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可も泣く、不可も泣く -野田秀樹 解散後全戯曲から好きな台詞を紹介します

大好きな野田秀樹の戯曲について紹介します。

夢の遊眠社という劇団を解散した後の、「NODA-MAP(野田地図)」として上演された作品を収めた戯曲集を全て読み直して、好きな台詞を3つずつ挙げました。

私自身が普段、よく引用、参照するので自分のためのメモという意味合いが強いです。そのため、感想や解釈を加えて書くものではありません。版元の書籍ページへのリンクを貼っていくので、気になる戯曲集があったらそちらで詳細を見ていただければ嬉しいです。

言語芸術の一形態として、詩や歌集を読むような身構えで言葉の奔流に臨んでも、複雑な構造の物語を読み解くつもりで挑戦的にあたっても、知的な興奮を得ることができるのが、戯曲の魅力です。

そして、上演用の台本として、なにかを舞台の上につくろうとしている表現者たちのためのスクリプトであるという存在感が、私の享楽を刺激するのです。用途のある書籍を、文学作品として読むことに快感があるのです、と告白することで、劇作家のいう「上演台本であって読み物ではない」という本心と、折り合いをつけたい。

それでは始めます。


戯曲集一覧

『タイトル』(発売年)
収録戯曲
※全て新潮社刊

 『解散後全劇作』(1998年)
  キル
  贋作・罪と罰
  TABOO
  赤鬼
  ローリング・ストーン

 『20世紀最後の戯曲集』(2000年)
  Right Eye
  パンドラの鐘
  カノン

 『二十一世紀最初の戯曲集』(2003年)
  農業少女
  2001人芝居
  売り言葉

 『21世紀を憂える戯曲集』(2007年)
  オイル
  ロープ
  THE BEE

 『21世紀を信じてみる戯曲集』(2011年)
  ザ・キャラクター
  表に出ろいっ!
  南へ

 『エッグ/MIWA 21世紀から20世紀を覗く戯曲集』(2015年)
  エッグ
  MIWA

 『贋作 桜の森の満開の下/足跡姫 時代錯誤冬幽霊』(2018年)
  贋作 桜の森の満開の下
  足跡姫 時代錯誤冬幽霊

 『Q/フェイクスピア』(2022年)
  Q:A Night At The Kabuki
  フェイクスピア

『解散後全劇作』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340511/

「キル」

ミシンが夢を見た。大草原の夢を縫っていた。ミシンが足を踏むたびに草原はひろがっていった。ボビンケースからつむぎ出される野心の糸が、モンゴルの野を駆けめぐり、蒼き狼を縫いつけて、吠えかかる日をミシンは夢見た。足踏みと草原をつなぐ宿命のベルトがはずれない限り、一台のミシンは、世界を手にするはずだった。ミシンが夢を見た日、その男は産声をあげた。

もうじきですよ、その日までは、なんと言われようと残忍なあなたでいて下さい。忘れないで下さいよ、あたしはあなたの征服心のファンなんです。あたしだけは、八十になっても、八百になっても、あなたの征服心を着るモデルですよ。

この朝は、夜会服に光るシルクとも違う、真昼の暖かさで包んでくれる羊とも違う、シルクでも羊でもない、新しい麻だ。麻き夢見し、酔いもせずだ。

「贋作・罪と罰」

とにかく殺した、二人も殺した、理論に従って、呼び鈴を鳴らされ、扉一枚の恐怖にも耐えた。人を殺してなお、身を潔白と考え、人々を軽蔑し青白い天使面をして歩き回っている。あの左官屋には出来ません、英さん、これは左官屋じゃない。

私はね、自分の罪がわからないの、ぜったいに! 一度も! 今ほど強く、正しかったと思うことはないわ!

英。今すぐ外へ言って、十字路に立ち、ひざまずいて、あなたがけがした大地に接吻しなさい。それから世界中の人々に対して、四方に向かっておじぎをして大声で「わたしが殺しました!」と言いなさい。それから、まっすぐ、ひと言も言わず、牢へ入りなさい。そして、その牢が開く時を待ちなさい。俺が、俺がその牢を開けてやる。新しい時代と共に。

「TABOO」

一度も好きだったことがないわ。

これは死ぬ芸ではない。死ぬ舞いだ。もう決して死ぬまいと思う心が戦場に舞う。それが俺のてんのうだ。

ほら、明日こそは暖をとっているあの人達の、あの炎のそばに身を寄せて、さあさ、食うや食わずの芸人の、空の芸をごろうじろ。

「赤鬼」

鬼が人を食べるんじゃないの、人を食べるから鬼なのよ。

鬼が人を食うんじゃないのね。人が鬼を食べるのね。人間が鬼を食べるのね。人間が生きるために食べるもの、それが鬼なのよ。そして、覚えてるよ、あたし。腕を差し出しながら、いつかあなたが言ったこと。「食え、生きろっ」あたし、食ったよ。そして生きたよ。

僕が息を吸うと、海の向こうは浜にうちよせて来ます。僕が息を吐くと、海の向こうは浜から沖にかえっていきます。僕は海の向こうといっしょに息をしています。そしてその海の向こうには、妹の絶望が沈んでいます。

「ローリング・ストーン」

石はひんやりとした。寝苦しい夏の夜の枕の冷たさ、どんな枕の中にも入っている古代の時代の冷たさそのままだった。

わからないの。どうしてなのか。けれども分かるの、子供のころから、あなたが憎いということだけが。

もう一度、石を積みはじめるぞ、凍てつく川面を滑って、辿り着いた彼の岸辺で、また石を積み上げ始めるぞ、そしてその石に手を触れてもう一度、手のひらに伝わってくる石の声を聞いてみよう。

『20世紀最後の戯曲集』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340512/

「Right Eye」

カルテの中に、RIGHT EYE、右目失明という文字を見つけた。RIGHT EYEを誤訳すれば正しい目、私はもう正しい目ではこの世を見ることはできない。これから、この世を見るのはLEFT EYE、右目と訳すよりも、のこされた目と誤訳する方が正しくなった。

でも覚悟をしておくのよ。思い通りになると思っていたカメラマンが勝手に動き出したように、あなたの右の目玉も思い通りには動かなくなるわ。

君たちは私の右の瞳と同じように、三十三歳で止まったままだ。あれからもいろいろなものが目の前で死んでうしろへ通りすぎていった。のこされた私と、のこされた瞳は今日もまた目の前のものだけを見る、君たちと右目の代わりに。それでも、のこされたものは、のこされた瞳で、のこされた夢を見つづける義務がある、いや自由がある。あのカメラマンが、それでもシャッターを押したように。あの戦場の光の真下で、悠久の時へ向けて。

「パンドラの鐘」

生まれてはじめての記憶は、赤い風景。見渡す限りが、夕陽で赤くただれ、そして誰かが洪水ほど涙を流した。何故かは知らない。その日、何がおこったのか。気がつけば、俺はみなし児だった。

このパンドラの鐘の真下で見る未来だ。その日、俺の頭の上で、もうひとつの太陽が爆発するんだ。思い出したぞ。未来のその日を。

そうね、きっとこの鐘の中は、真っ暗で寂しいから、少しおしゃべりをして。そのうちに、私の声がだんだんゆっくりとなって、声がとぎれていく。お前が、どんなに呼びかけても私の声が返ってこなくなる。そうしたら、お前の仕事。

「カノン」

だがわれらに囲まれあでやかに、黒水干に太刀を佩き、ヤナグイを背に弓杖ついて、沙金お前は、一同見渡し薔薇の唇を開いた、あの忘れ花の夜。

俺の犯す罪科は、嵐近づく海の巌に打ち寄せる波。次から次と、覆い被さる。そう、俺の罪はカノン。犯した罪をまた罪が追う。俺の罪はカノン。殺された者の叫びを、また別の叫び声が追う。罪はカノン。ひとたび犯せば。

だから、人の子が、山のあなたでも見るような遠い瞳で、えいえん、えいえんと泣くのを聞いて、忘れっぽい猫の子は、その永遠を見よう見ようと、ソバで鳴くのだ。おい、猫。この脅迫状を忘れっぽい奴らに届けてくれ。化け猫が出る季節を楽しみに待て。希望が化けて生まれる季節を。

『二十一世紀最初の戯曲集』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340513/

「農業少女」

この葉っぱの粉末を、お茶なんかに混ぜて飲むと、人間の心の底に沈んでは消えるはずのエロティシズムが沈まないで、浮かび上がって、幻聴として聞こえてくる。

きっとそれは、『農業少女』という芝居になる。その芝居が幕を開ける日、俺はあいつを殺しに行く。そのことを、お前に伝えにきた。

あたしは農業。あたしは待つ女。嫌いで嫌いで仕方のないものに、あたしはなっていく。誰も来ない。もうここには誰も来ない。みな忘れてしまった。愛も、熱狂も、夢も土の温もりも。このひんやりとした黄金色の線路。私の錆色の夢枕。忘れられた者の耳をのこして、ここにのこして、誰もがもう旅立ってしまった。帰ってこない。この新世界には。二度と。誰も。まだ来ない。……もう来ない。

「2001人芝居」

初めての自分の言葉は、聞き逃がせば聞き逃がせそうな、言葉よりもため息に近い、とてもちっぽけな『え?』でした。そして意味もなく泣けてくるのです。意味も無く、膿も無く、耳も無く、まして母も無く、泣けてくる。泣いた私につられて、意味も無く、膿も無く、耳も泣く、母も泣く、亡くなった私と無意味のために何もかもが泣く。可も泣く、不可も泣く。

生まれたての子供をモニターと飛ばす。でももしも誰かが人知れずやってしまったら、数十年経った頃、彼は自分の意味に気がつく。そして誰もが経験したことのない気持ちに襲われる。孤独なき一人ぼっちだ。

世界に絶望している俺が、決して絶望を知らない初めての人間を作り出すんだ。そのモニターの栄養の最後の一滴まで搾り取った彼は、やがて初めて自分の意味を語り始める。もちろん、今まで真似てきた言葉で。私はそれを知りたいのだ。孤独なき単独者の口から出る希望の言葉、俺はそれを聞いてみたい。

「売り言葉」

光太郎、わかってるんだがない。あたしの面倒で、仕事が出来ないんだろ。知ってるがない。ざまあみろ……ざまあみろ……ざまあみろ……ざまあみろだ! ざまあみろって言ってんだよ、光太郎! あたしは今まで、水の下に潜っていたんだがない。

東京市民よ! これは、智恵子抄への売り言葉なのであります。

本当に、私はこんなにも綺麗に死ぬことが出来るのかしら。私はこの死の瀬戸際においてさえも、生涯の愛を一瞬に傾ける女でなければならない。ぱっと戻った意識の中で、光太郎を見ながら私はそう思った。そして、かすかに笑い、私は一つだけ、深呼吸をした。

『21世紀を憂える戯曲集』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340514/

「オイル」

あのね……もしも……天国があるなというのなら、何故あの世に作るの? この世にないの。どうして、天国が今ではなくて、アフターなの? その答えを教えてくれたら信じてもいいよ。あなたのこと……もしもし、もしもし、あれ切れちゃったの切っちゃったの? 怒ったの?……ごめんなさい。嘘ついた。ほんとは助けが欲しい。あなたの。聞こえていたら、返事して、神さま。

そのオイルで飛行機を飛ばせと。

さあ、あなたたちは何も恐れることはない。老いて、老いて、オイルになるの。そして、この古えの物語の中に死体を積み上げよ。天国に届くほど積み上げて、天まで噴き上げるオイルになれ。死んでも老いて、腐って溶けて、それでも忘れぬ、火黒き燃える水になれ、さあ!! 天国が約束されているのよ。このマホ女のコトバで。

「ロープ」

ぼうっとしながら、くり返し、くり返し、ロープにはね返っては戻ってくる。そしてドーンだ。そこで止まれないのか。止まれるはずだ人類ならば、おや誰。止まったぞ……

俺は本能的に両手を差し出した。まるで海から上がってきたばかりの、海草がついたままのようなびしょびしょで、けれど温かく、限りなくやわらかいものをつかみとった。

このタマシイを、どこかのリングサイドで、青年の純情が、育ててみようと思うんだ。

「THE BEE」

人生の中で、今が、もっとも自分をコントロールできている。そんな気がしてきた。

それで彼は、悪い策略を用いて、悪い連中を悪さでしのぐために完璧に悪になりきる決心をしました。

我々の周りの世界がゆっくりと失せていく。

『21世紀を信じてみる戯曲集』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340516/

「ザ・キャラクター」

一枚じゃない、ギリシアの紙々だ。

わしがゼウスになったあの日。『わし』と『和紙』が一体化した。そして、この『紙』に『神』が舞い降りてきたんだ。

『俤』の中に残っているはずの、弟はいなかった。『儚さ』の中にあるはずの夢もなかった。ただあるのは、お前の、お前たちの書いた『幼さ』の中にある幻。そして、お前たちの幼い時間が見た幻は、あまりにも無惨だ。お前たちの幼さがあまりにも無惨なとき、その幼さが抱えた幻もあまりにも無残だ。

『表に出ろいっ!』

だったら、どこに行こうとしていたんだ。
……書道教室よ。

大嫌いだからよ。

なんで入ろうとしたの? 私たちを助けるために?
いや、誰もいないかと思って。

「南へ」

本物だろうな、こんだけ読めないんだから。

来た方角だもの、北にきまってるでしょう。

南へ。もしくは、昔、南を名のった日本人へ。

『21世紀から20世紀を覗く戯曲集』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340517/

「エッグ」

じゃ、何? 2020年の話? 2020年の東京オリンピックを中止させるつもりか?

さあ、望遠鏡を逆さに持って、遠くへ遠くへ逃げましょう。

見渡す限りあまりにも多くのものが死に絶えていた、寺山はそんな廃墟の少年だった。だから彼もまた、今少しばかり『過去』から逃げてきてきたものを粗末にできなかった。それで、劇場の天井の梁にわからないように、『過去』を貼り付けてみたのではないでしょうか。

「MIWA」

華氏764度で、色とりどりの服がひとりでに燃え始めていた。綺麗な服が自殺している。自分勝手に燃えている。どうしよう、どうしよう。そうだ、もう、そうしよう、もう、そうしよう。妄想しよう。そこへ逃げ込もう。

手にするはずの忘れ物を手にできぬまま僕は戻って来た。……紙は華氏764度、神様は、いったい、華氏何度で自然発火するんだろう? 神様が自然に燃えていた。それで、これ幸いと、ここには悪魔ばかりが集まって来る。ここもまだ僕の妄想の海の底ひ?

俺という妄想は、外にある現実に比べれば、あまりにもちっぽけだ。それだけが分かった。だからじっとしてる。愛はお前にやる。

『贋作 桜の森の満開の下 / 足跡姫: 時代錯誤冬幽霊』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340518/

「贋作 桜の森の満開の下」 

 ※戯曲が書かれたのは夢の遊眠社時代です

これからは一目散に、永遠を下りつづけていくのですよ。

さよならのあいさつをして、それから殺してくださるものよ。あたしも、さよならのあいさつをして、胸を突き刺していただいたのに。

ねえもしも、また新しく、なにかをつくろうと思うのなら、いつも、落ちてきそうな広くて青い空をつるして、いま私を殺したように、耳男、立派な仕事をして……

「足跡姫:時代錯誤冬幽霊」

猿若っていうんです。
カワルサの反対?

理にかなった、理のある体。理在り体(りありてい)だ。ありていに言えばね。つまり、嘘があってはダメだ、リアリテイだ、わかるよね。

……ごめん! また大向うの嫌いな数字の話をしちゃったよ。でもそこできっと、姉さんのひたむきは生き返る。あの無垢の板で出来た花道の先、大向うで、ひたむきな心は、生き返る。

『Q/フェイクスピア』

https://www.shinchosha.co.jp/book/340519/

「Q : A Night At The Kabuki」

名を捨テロリストの先にも、名を拾イズムの先にも、あるのは、美しい死ばかり。

とんとんとん。
何の音?
お化けの音。
ああよかった。

私からの真っ白い返信。

「フェイクスピア」

ずしーんとばかり、とてもなく大きな音を立てて大木が倒れてゆく。けれども誰もいない森では、その音を聞く者がいない。誰にも聞こえない音、それは音だろうか。

置いてかれてなるものさ。老いて枯れたフィクションの森の最後のひと葉、それが僕。言葉が消える日、こころも消える。

なんか爆発したぞ、スコーク77。(から続く一連の言葉)

補足(扱わなかった戯曲集、未収録戯曲)

『野田版歌舞伎』

現代劇に絞って紹介し、今回は加えませんでした。

戯曲集に収録されていない作品

「パイパー」(初出:新潮 2009年2月号)

「ザ・ダイバー」(初出:新潮 2009年9月号)

「逆鱗」(初出:新潮 2016年3月号)

これから収録されると思われるもの

「Q:A Night At The Kabuki」(初出:新潮 2019年12月号)

「フェイクスピア」(初出:新潮2021年7月号)

→単行本になったので上に追記しました(2022/08/14)


初めて読む方に向けて おすすめの戯曲3作

台詞を3つずつ引くだけの紹介をしてきました。小説のようにお話の筋はあるけれど、あらすじや予備知識を提供することにはあまり意味が無いので、役名もト書きも伏せて、台詞だけを引用しました。(何の予備知識があるとわかりやすく読めるか、という情報自体が、大きなネタバレになってしまうということもあります)

データベース的に書籍ページへのリンクも貼れて、私としては当初やりたかったことは果たせているのですが、もし、このnote記事を見てくださった方の中で、一作だけでも読んでみるか、と思ってくださった方がいたら。その方に向けて、おすすめの戯曲を3つ、挙げておきます。私の特に好きな3作と一致します。

 1.「パンドラの鐘」

 2.「オイル」

 3.「キル」

以上です。読んでくださった方、ありがとうございました。野田戯曲を読む方が一人でも増えたら嬉しいです。そして、戯曲を、ただ戯曲として読む、という文学のあり方が少しでも広がることを願っています。

私が初めて読んだ野田秀樹の戯曲「半神」について、その出会いから書いたnoteも合わせて公開しました。よかったらこちらもご覧ください。



ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。つたないものですが、何かのお役に立つことができれば嬉しいです。