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居合抜きの達人

昨日は「原作の次元には『ルパンの相棒』であるという事以外にはアイコンらしいアイコンが存在しなかった」「『射撃の名手』という側面はアニメ化の際に加えられた要素である」(※1)といった事を書きましたが、今日は五右ェ門についてを採り上げてみようと思います。

五右ェ門と言えば斬鉄剣。斬鉄剣と言えば五右ェ門。
五右ェ門とその愛刀・斬鉄剣との切っても切れない関係性。

その辺を踏まえて押井守がかつて「五ェ門に至っては、ただの兇器ですから(笑)。あれは特殊兵器であって、あるシチュエーションにはまらないと、何もできない男なんです」(※2)といった具合に括った事があって…それに対して「何て言い草だッ」といった感じで猛反発する五右ェ門ファンが結構いたりするようですが…此処で押井守が言ってる事って、アタシなんかにしてみれば「将にその通り」だと思っちゃうんですよね。別に「五右ェ門てのは中身が何も無い存在だ」とかそんな事を言いたい訳じゃなくて、そうじゃあなく、これまでに描かれてきた平均的な五右ェ門像と言うか、彼の扱われ方を冷静に判断するなら、殆どの場合『五右ェ門=斬鉄剣』でしかないという構造が厳然とあるだろう、と。

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五右ェ門が次元なんかと較べて決定的に違うのは、次元の場合は仮に射撃の腕どうこうが一切関係無しに登場したとしても依然として次元は次元なんですね。
彼には『ルパンの相棒』という約束されたポジションがありますから、拳銃振り回して活躍するような場面が無かったとしても、常にルパンと行動を共にしてるだけで成立しちゃう。それが次元。

だけど翻って五右ェ門の場合は、斬鉄剣という存在と切っても切れない関係なので、斬鉄剣を使わないシークエンスでは五右ェ門ってのは『基本的に』機能しないんだって事があって…もっと極端な事を言えば、仮に例えば五右ェ門が斬鉄剣を持たずに登場したとしたら『斬鉄剣を持っていない』事に強烈な意味が発生してしまう訳で…結局は斬鉄剣という存在から自由にはなれないんですね。つまりだからホントに五右ェ門と斬鉄剣ってのは切っても切れない関係なんだ、二つで一つなんだ、といったような事が言えるだろうと。

特に新ルパン以降なんかの場合、何かこうルパンが窮地に陥った時なんかに、「五右ェモ~ン!」とルパンが五右ェ門に助けを求めて、そんでもって五右ェ門が颯爽と登場して「ざ~んて~つけ~ん!」でスパッと何か斬って状況を打破するという…そういったパターンでもってお手軽に処理されてしまってる部分てのが、これはもうあまりにも多い訳で。

そんなだから「五右ェ門とは即ち特殊兵器である」ってのは「ルパン」という作品に対する極めて的確な批評であって…吉川惣司なんかも「あれは全部類型なんですから、モンキー・パンチが作ったのと、ルパンだけがちょっと違うんで、他は全部類型でね、なんか道を求めて、剣の道を求めて……とか、どうしようもない類型でしょ。これをあえて並べて、おふざけをやってるわけだから真面目な話じゃないんですよ、全然」(※3)ってな事を言ってましたが、つまりだから「ルパン」をやるって時にはまず、そういった類型を並べて、その上で「じゃあこれで何をやろうか」「何を盛ろうか」って話になってくるんですよね。

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…ってのは実は今回の本論とは関係が無いので話を戻します(苦笑)

斬鉄剣。五右ェ門の愛刀が斬鉄剣だってのはアニメ版の話であって、原作での五右ェ門の愛刀は"流星"である…なんてのは、これはもうルパンファンにとっては基礎中の基礎な訳ですが、実はこれは厳密に言えばちょっと正確じゃあなくて、何故なら原作(旧)や原作(新冒険)においては"流星"なんて名前は一度も登場しませんから、本当は「原作(新)での五右ェ門の愛刀は"流星"である」と言うべきなんですよね。

更に言えば「アニメ版での五右ェ門の愛刀は斬鉄剣である」ってのも、果たしてこの『斬鉄剣』ってのが、固有の刀を指す銘なのか、それとも『鉄を斬る剣』を総称しての『斬鉄剣』なのかって問題があったりもして。『斬鉄剣』ってのがはっきりと固有の刀を指す銘なんだって事が判るのは、新ル第131話「二人五右ヱ門 斬鉄剣の謎」まで待たなければなんなくて、それ以前ってのは実はちょっと判然としないんですよねェ。うう~む…。

それどころか旧ル第13話「タイムマシンに気をつけろ!」や新ル第1話「ルパン三世颯爽登場」においては「秘剣斬鉄剣!」と口にしているので、この時なんかはひょっとすると技の名前だったかも知れない位で。もっと言えば、旧ルにおいて五ヱ門が、自身の愛刀が斬鉄剣であるとは実は一度も言っていないんですよね。
ちなみに『斬鉄剣』という単語が最初に登場した旧ル第7話「狼は狼を呼ぶ」の脚本を担当したのは大和屋竺でござーます。命名は大和屋竺って事になるんですかね。

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…ってのも実は今回の本論とは関係が無いので話を戻します(苦笑) 今回のテーマは「斬鉄剣のインフレは一体いつから始まったのか?」という問題です。

斬鉄剣と言えば、その物凄い切れ味と五右ェ門の物凄い技とでもって何でも真っ二つにしてしまう事が可能となる物凄い剣な訳ですが…あまりにも何でもかんでも斬り続けた為に、最早どんな物を斬っても、ちょっとやそっとでは面白味が無くなってしまったと言うか、その辺での衝撃ってのは薄れてしまったといったような事があるだろうと思うんですが如何でしょうか。

分厚い鉄の塊や、飛んで来る銃弾を斬ってしまう時点で既に『偉大なる大嘘』ではあった訳ですが、それが次第にスケールアップし、どんどんどんどん大嘘度に拍車が掛かりました。斬鉄剣の性能・能力のインフレ。それによってむしろ大嘘ならではの爽快感が削がれていくジレンマに陥ってしまったのがどうにも皮肉な構図です。 これは「DRAGON BALL」などを筆頭にした週刊少年ジャンプのバトル漫画における『強さのインフレ』問題と似た構図ですね。

この辺の問題が実は、この日記の最初で触れた「五右ェ門とは即ち特殊兵器である」といった問題と関係してきたりもするんですが…それはともかく。斬鉄剣のインフレってのは一体いつから始まったのでしょうか? 話がややこしくなるので此処では、アニメ初登場の時点から、五右ェ門が持っている剣は全て斬鉄剣であると看做して話を進めます。

旧ルパンで五ヱ門が斬ったのは全て、先に挙げた『鉄の塊や銃弾』のレベルを越える事はありません。第7話でベンツSSKを、第8話でトレーラーのコンテナを両断した事があるのが「少し大物かな」といった程度。

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最終話で分厚い金庫の底を丸く刳り貫いた事を指して言った「斬れっこないぶあつい金庫を五右ヱ門にくり抜かせ、ゼニ形を号泣させ、セイセイしてルパンを終えた」(※4)という宮崎駿の談話は有名で、それを受けて「この最終話が斬鉄剣のインフレの始まりだった」という捉え方がされる事があったりもするようですが、宮崎駿の当時の気分はともかくも、客観的に判断をするなら、旧ル最終話での描写によって「大嘘度が特に際立って跳ね上がった」という訳ではないですよね。

続く新ルパンではまず最初にオープニングでプロペラ機を両断しているのが「やや大物かな」といった印象ではありますが、これも別に「旧ル時代に較べて著しく大嘘度が増した」といった感じではありません。ベンツSSKやトレーラーのコンテナを両断したのと、そんなには変わらない感じ。

で、そのまんま、新ル初期ってのは『鉄の塊や銃弾』レベルから大きく逸脱したりはしていないんですね。第3話で月を、第26話で流れ星を斬ってみせたりしていますが、これはあくまでも冗談であって実際に斬った訳ではありませんから、斬鉄剣のインフレに直接には結びつかないと言って構わないでしょう。

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最初にインフレが始まるのはオープニングの第2バージョン(第27~50話)においてです。此処で五右ェ門が高層ビルを斬っているのがインフレ時代の始まりと言っていいんじゃないでしょうか。それまでにも建物の壁などは当たり前に斬っていましたが、そうではなく、建物全体を斬ってしまったというのが肝腎な点です。どう考えたって五右ェ門の手も届かないだろうし、斬鉄剣の長さも足らないだろうって物を最初に斬ったのは此処。鉄の塊や銃弾を斬る事が出来るという『大嘘』を踏まえた上でも「いくら何でもそりゃあ無茶だろう!」という物を抜け抜けと斬った最初。 だからこそ『この時点では』面白かった訳ですが。

そういった具合にオープニング第2バージョンで一度は斬鉄剣能力が暴騰するんですが、これが実は本編には特に反映されず、依然として『鉄の塊や銃弾』レベルに安定したまんま殆ど逸脱する事はありません。

様子がやや変わるのは第61話「空飛ぶ斬鉄剣」で…戦車や乗用車、軽飛行機といった『鉄の塊や銃弾』レベルの物に加えて、基地建物も斬っています。此処へ来てようやく本編でも建物を斬った訳ですが…此処ではその事自体にあまり衝撃は無いんですよね。演出的に「どうだ!無茶なもんを斬ったぞ!」といったようには強調されておらず、主眼はあんまり其処には無い感じで。

それよりかはむしろ「斬鉄剣は五右ェ門が手にしていなくても滅茶苦茶に何でも斬る事が出来るんだ」という事が描写されてしまった事の方が重要であって…つまり『五右ェ門=斬鉄剣』って図式、「スーパーウェポンの斬鉄剣を携えててこその五右ェ門なんだ」という構図の成立ってのは、実は恐らくこの辺に始まっています。

その事を考えれば、ファンの間で何かと問題視される「コンニャクが斬れない」云々なんてのは、むしろ些細な事でしかないとアタシなんかは思うんですよね。そもそも弱点の設定なんてものは作劇の基本ですし(その設定のされ方や扱われ方については問題があるとは思うにせよ)。この辺については、第152話での「次元は帽子が無ければ拳銃を上手く撃てない」云々なんてのに対してもアタシは同様に捉えています。

この後は第64話「クリスマスは女神の手に」でもビルを斬っていますが、これは周囲を移動しながら斬っているので、あまりインフレには影響していないですね。第70話「クラシック泥棒と九官鳥」では核ミサイル、第73話「花も嵐も泥棒レース」では飛び降りながら灯台を斬っていますが、既にもう斬鉄剣能力の平均水準が徐々に上がり気味になっていますから、この程度ではインフレは爆発しません。

それではオープニング第2バージョンで始まったインフレが何処で爆発してハイパーインフレ化したのか?と言うと…第94話「ルパン対スーパーマン」において、なのであります。新ルもそろそろ終盤に差し掛かる辺り、かなり話数を重ねた第94話。 この回で『不二子が』高層ビルをビシバシ斬りまくったのが決定的なターニングポイントだったんではないでしょうか。しかもこれ…またしても斬鉄剣が五右ェ門の手を離れちゃってますね。

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…といった訳で。斬鉄剣のインフレが始まったのは新ルOP第2バージョン、そしてそれを決定的にしたのは新ル第94話「ルパン対スーパーマン」だったという事になるだろうといったお話でした。

(※1)原作(旧)では国際射撃大会優勝という『射撃の名手』設定が、次元ではなく不二子(※初出時はリンダ)に与えられていたというのは極めて象徴的です。

(※2)「キネマ旬報臨時増刊 THE ルパン三世 FILES」『インタビュー●押井守 幻の押井ルパンは「虚構を盗む」はずだった』(平成8年4月29日発行/キネマ旬報社)

(※3)「双葉社MOOK・アニメコレクション ルパン三世 ルパンvs複製人間」『OUTSIDER(アウトサイダー) ルパン三世! 吉川惣司INTERVIEW』(昭和60年5月10日発行/双葉社)

(※4)「アニメージュ80年10月号」『宮崎駿「ルパン私論」を書く ルパンはまさしく、時代の子だった』(徳間書店)

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※Kさんへの返信

「拙者が手にしてこそ斬鉄剣なのだ」(新ル第147話「白夜に消えた人魚」)

台詞もサブタイトルもバッチリ合っています。
でこれ…アニメ版において五右ェ門が「拙者が手にしてこそ」的な事を口にしたのは実はこれが唯一だったりするんですよ。他には一切無し。ちょっと唖然としますね。

似たような台詞を探すなら…「マモー編」での有名な台詞、「折れたのは剣のせいではない…! 私の腕の未熟さ故だ…」ってのがあって、つまり斬鉄剣てのは使用者の腕によってその性能・能力などが左右される面があるんだって事になる訳ですが…そういった言及ってのが、アニメ「ルパン」シリーズの膨大なエピソード群の中で「白夜に消えた人魚」と「マモー編」でのたった二回しかないんだってのが何かちょっとアレですね。

Kさんがこの「白夜に消えた人魚」に特に注目したのは実に興味深いところで、これを引き受けて話を更に進めるなら…「自分が使わないと駄目なんだ」「自分の手を離れては斬鉄剣の真の能力は発揮されないんだ」という極めて重要な発言が為された事で、ある種の『斬鉄剣単体の独走・暴走』を「そうじゃあないんだよ」と食い止める効果があってそれはいいんですが、結果的には五右ェ門が斬鉄剣の従属物みたいになっちゃってんのが物凄く残念で皮肉なんですよねェ…。そもそもは斬鉄剣が五右ェ門に従属してた筈が、話数を重ねる内にいつの間にか「五右ェ門が斬鉄剣に従属している」と言っても構わないような状態になっているんだという事が、ある意味あそこで明確になっちゃってる訳で。

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原作で五右ェ門が竹光を使ってたのは原作(旧)第76話「男性とハジキは使いよう=テッテイ篇=」ですね。「オレはこの竹光で今まで身を守ってきたんだ……」と言っていますから、このエピソード『以前』は竹光を使ってたって事になりますが、各エピソードの前後関係・時系列が判然としませんから、五右ェ門の竹光時代が何処に該当するのかってのも判然とはしないですね。
そしてまた、これ『以後』も"流星"を愛用し始めるまでは依然として竹光を使い続けたのかも知れませんが、これまた各エピソードの前後関係・時系列が判然としませんし、そもそも"流星"を使い始めたのがいつ頃からなのかも全く判りませんから、殆ど何んにも判んないんですよね。「竹光を使用している事が明確に判明しているのは第76話だけ」って事にするしかないんでしょう、やはり。

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※Mさんへの返信

第2OPのビルの場合は仰る通りイメージ的なものなので、だから出鱈目にオーバーでも別にオッケーだったりして、そうした意味ではインフレの決定的な引き金にはなっていないんですけど、そもそものルーツ探しをやるとあそこに行き着くだろうって事で…で、それを踏まえた上でやっぱり肝腎なのは本編での扱われ方だろうって事になりますから、そうやって辿ってみると第94話がかなり決定的な分岐点だったんじゃないかって事になるんですよね。

PARTIIIは確かに斬鉄剣インフレは抑えられてたと言っていいだろうと思います。五右ェ門が斬ったとは明示されてませんが、第1OPでビルを斬ってるのがインフレなだけで、これもまぁOP内での話ですから問題は深刻じゃなくて…何しろ摩天楼群が空を飛んじゃうようなOPですしね。本編中では実際インフレは深刻化してなくて、新ル時代の相場がそのまんまスライドしたようなレベルに安定してると言っていいんじゃないかと思います。

俯瞰すればTVシリーズでは『それ程に』インフレが深刻化した訳じゃないとも言えるんですが、それはインフレ度のカーブが徐々に右肩上がりになった結果、緩やかに相場が上がっていった結果ではあって、例えば旧ル初期からポンといきなりPARTIII後半を持って来て比較してみると、相場がウンと上がっている事がはっきりしちゃうんですよね。この辺がまぁおっかないと言えばおっかないとこで。

劇場版・OVAに目を転じると、「マモー編」はおよそ新ル相場、「カリ城」はおよそ旧ル相場ですね。様子が変わるのは「バビロン」で…此処では稲妻を斬っちゃってるのがまずアレで…まぁそれは冗談だとしても、ラストで『ルパンが』斬鉄剣を使ったのが黄金のバベルの塔の崩壊に繋がっていますから、インフレ度はかなり桁外れな感じ。 その後の「風魔」ではまた旧ル相場に戻っていますし、何より五右ェ門の殺陣をじっくりたっぷり魅せた唯一の作品ですから、五右ェ門について考える際には「風魔」ってのはホント外せない作品ですよね。

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やっぱりインフレが本当の意味で深刻化するのは平成に入ってからなんじゃないかなぁと思います。平成ルパンについては全く視野に無いのでデータも纏めておらず、印象論だけになってしまいますから無責任な事しか言えないんですけど…やっぱりTVSPが「年一回のお祭りだ」って事もあって「ドンドン派手に!」みたいな事でインフレを深刻化させたような気がします。「五右ェ門の見せ場を」って事になった時に、やっぱり斬鉄剣で何か物凄い物を斬って「またつまらぬ物を…」とか言っておけばそれでオッケーなんだ、といったような思想が支配的になってるだろうと…大雑把で曖昧な記憶を手繰るとそんなような気がするんですよね。

いや…TVSPも「燃えよ斬鉄剣」でステルスを斬ったのが頂点で、平均的には新ル相場の水準なんですかね…?? 調べる気になんないので「TVSPはハイパーインフレだろう」と無責任に言いっ放しにしておきますが(苦笑)

(※初出 / mixi / 2009年6月3日)