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認知症の母と沖縄移住 12 下見・騒音

浦添市と宜野湾市の境界に宿を取り、下見の日程に8泊9日も費やしたのは、騒音の大きさを確認しておくためでもありました。

東京に住んでいて、沖縄から流れてくる大きなニュースといえば、何と言っても、米軍基地問題。辺野古移設の反対運動に、米軍兵士による犯罪、それに軍用機の離発着による騒音被害……。

20年以上前のことですが、米軍機の訓練飛行による騒音がひどく、日常生活にも支障をきたすといったニュースを見た記憶があり、強く印象に残っています。

下見をする半年前には、沖縄県主催の移住相談会に参加して、県の担当者に話を聞いてみましたが、戦闘機もさることながら、軍事ヘリのローターが回転するバリバリバリっという音にどきっとさせられるとのことでした。

軍用機による騒音を南国での移住生活のコストとして受け入れられるのかどうか。音や臭いに対する許容度は、個人差も大きいので、自分たちの耳で確かめてみようと思ったのです。

滞在した格安コンドミニアム「もりもりランド」は、浦添市の北部で、少し歩くだけで宜野湾市に入り、普天間基地までは車で8分となかなかの近さです。

さぞかし、やかましいに違いない。耳栓を持っていく必要があっただろうか。戦々恐々としながら宿に入りました。

最初の2、3日は静かに過ぎていき、えっ、米軍機なんて飛んでいるの?と疑問に思うほどでした。3日目の昼間にようやく、バリバリという音がして、ベランダに出て確認してみると、確かに軍用機らしいシルエットがゆっくりと移動していました。

音の計測装置までは持っていかなかったので客観的な数値を示すことはできませんが、外で音がしているなという程度で、うるさい、心臓がどきっとする、室内の会話が聞こえない、仕事が手につかないというレベルではありませんでした。

8泊9日の滞在中、浦添市北部で軍用機の音に気付いたのは1日に3、4回程度で、音はそれほど気にならず、夫婦二人で許容範囲という結論に落ち着きました。東京の下町で10年間、暮らした賃貸マンションは都道に面しており、夜中でも大型トラックの行き交う音がしていたので、騒音への耐性ができていたことも大きかったのかもしれません。

宜野湾市を散策していても、南部の大謝名、嘉数のあたりでは軍用機の騒音はさほど気になりませんが、激安スーパーが密集している中西部の海岸沿い、大山まで行くと様相は一変します。

夜中にドンキホーテで買い物をした帰りに、帰還中の軍用ヘリに遭遇しましたが、着陸に向けてかなり低空を飛行していました。漫画の世界ならヘリから縄ばしごを下ろして、ルパン三世が飛びつけるくらいの距離まで高度を下げていました。

軍用ヘリのローターが奏でる、バリバリバリバリ、シュンシュンシュンという音は、目の前で道路工事のドリルの掘削音を聞かされているのと同じか、それ以上の大きさでした。さすがにこの音を夜中に何度も聞かさせるのは、たまらないなと思ったものです。

沖縄では、軍用機の騒音もさることながら、国道沿いは、暴走族の改造バイクによる爆音がうるさい――。

移住説明会では、県の担当者からそんな忠告を受けました。こちらもかなり、気になる情報でした。私たちが探していた物件は、浦添市、宜野湾市南部の国道58号線沿いにあったからです。

国道58号線は、沖縄県では、車線の幅も総延長も最大級の国道で、格好の暴走ルートになっていたからです。夜中にホテルを抜け出して、国道58号線を散歩してみましたが、暴走族がたまに単発で走っているくらいで、ものすごい列を作って車線を占拠して、一晩中、爆音を響かせているという状態ではありませんでした。

下見期間中に毎日通い詰めた居酒屋「かよい船」で、おかみさんに話を聞いてみても、「昔はね(凄かった)」との答えが返ってきました。20年以上前までは、国道沿いにギャラリーが押し寄せ、暴走族がショーでも演じるように爆音をかき鳴らしていたそうですが、最近はすっかり鳴りを潜めておとなしくなったとのことでした。

結局、騒音問題は杞憂に終わりました。2020年5月9日に移住しましたが、やはり、軍用機の音も暴走族の音も聞こえてはくるものの、それほど気になる程の大きさではありませんでした。

めでたしめでたしと思っていましたが、そうは問屋が卸しませんでした。何か月かに一度、昼夜を問わず、耳をつんざく戦闘機の爆音が聞こえてきます。どうして突然、戦闘機の音量が上がったのだろうか。不思議に思っていましたが、翌日、スマートニュースで地元紙を読んで疑問が解消しました。米軍岩国基地から戦闘機が飛んできて普天間基地の戦闘機と合同演習を行っていたのです。

冷静に考えてみれば、軍事演習は毎月この日に、毎日この日に決まったルートを規則正しく飛ぶ、という予定調和のお役所仕事であろうはずがありません。いつ、どういうルートで軍事演習を行うかは予想がつかないので、下見に1週間かけようが、2週間かけようが、1か月かけようがあまり意味はなかったのです。

暴走族も同様です。彼らの時代はとうに過ぎ去ったのかと思って、静かな夜を楽しんでいましたが、10月を過ぎたあたりから突然、ぶんぶんとやり始めました。夏の間は暑くて、昼間の仕事ですっかり疲れてしまうのか、鳴りを潜めていただけでした。今まで静かな夜に慣れ親しんでいたので、バイクの爆音はかなり神経を逆なでしました。

暴走するなら、どうして夏の間から毎日やってくれないのか。突然、騒音を聞かされると、体が順応できないではないか。そう思っていたら、年が明けた2021年からは毎晩欠かさず、何か月も走り続けてくれるようになりました。おかげで最近ではあまり気にもならなくなりました。

住んでみて気がついたのは、毎朝8時にラッパの音に続いて、米国国歌の「星条旗を永遠なれ」と君が代が、基地のスピーカーから大音量で流れてくることでした。こちらの方が軍用機や暴走族よりも騒々しいのですが、時報だと思って聞き流しています。

流す順番が、君が代を先にせずに、星条旗を永遠なれを先にしているところに、米軍の統治意識が表れているなあと思いながら……。

58号線沿いで最も気になるのは、軍用機でも暴走族でも国歌でもなく、風の音でした。沖縄は風が強いことで有名ですが、国道58号線は標高30メートル前後で、やや東の内陸寄りを平行に走っている国道330号線沿いに比べて、はるかに高台に当たるので、風の通り道となってしまい、風速が強い日には、ひゅうひゅうと激しい音が吹き荒れています。

まあこちらも、風に飛ばされて看板や石が飛んでこない限りは許容範囲だと思っています。

住んでみると、騒音だけでなく、嬉しい音のプレゼントもありました。鳥のさえずりです。東京の下町に住んでいるときには、スズメとキジバトの鳴き声しか聞こえませんでしたが、沖縄では何種類もの野鳥が、聞いたこともない音色を美しく奏でてくれて、朝からとてもいい気分にさせてもらえます。

都内の下町も大きな公園が多くて、自然豊かな地域ではありましたが、沖縄の浦添市の周辺はベッドタウンにもかかわらず、昔の城、グスクがあったというだけあって、輪をかけて自然が多く、低層マンションやアパートの屋上や軒先に野鳥が住み着いているようです。

沖縄移住の楽しみはいくつもありますが、移住から1年以上がたった今では、野鳥たちのさえずりも、大きな楽しみの一つになっています。


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