2020 AHA CPRおよびECCのガイドラインと医療ISD(Instructional Systems Design) :IHCAにおける早期認識と予防

はじめに

 アメリカ心臓協会からCPRとECCのガイドライン2020のハイライトが発表されました。「はじめに」にあるように蘇生教育科学および治療システムに関するAHAのガイドラインの包括的な改訂版になっています。

 AHAの国際トレーニングセンターも運営する一般社団法人・日本医療教授システム学会(JSISH)は、G2005以降のCPRとECCガイドラインを教育・トレーニングの視点で学び・導入し・普及してきました。AHAはG2005のECCプログラムをデザインするにあたってインストラクショナルデザインをはじめて取り入れ、現在に至っています。2005年にはECCプログラムを補完する教材としてibstpiのインストラクターコンピテンシーに基づくコア・インストラクター・コース(CIC)を導入しました。2018年にはCICの背景となっているインストラクショナルデザインに基づいて、ECCプログラムの効果・効率・魅力を向上するための原理とモデルを示した論文・ハイライトを発表しました。

 という経緯を経てのG2020ガイドラインのハイライトの内容は、これからの蘇生教育の方向性を示すきわめて興味深い内容になっています。この記事ではCPRとECCのガイドライン2020のハイライトに記載された蘇生教育科学と組成の訓練に係る変更点を、医療ISD(医療者向けISD)の観点からできるだけ分かりやすく解説したいと思います。

 解説の仕方は、ハイライトを読み進みながら、ここは大事なコンセプトだ、この用語は医療ISDとして分かる必要がある、これからのトレーニングのデザインやインストラクションに重要だと感じたことを書き留めたり解説したりしたいと思います。

早期認識と予防

 米国の病院に入院した成人の約1.2%は院内での心停止(IHCA)を起こしていて、その転機はOHCA(院外心停止)よりも有意に良好で、IHCAの転機は継続的に改善していると書かれています。
 IHCAのアウトカムが継続的に向上する鍵は図3のIHCAにおける救命の連鎖の早期認識と予防にあります。
 米国の病院に入院する患者を受け持ったり担当する看護師や医療者は、次のようなリハーサルを行うことでIHCAの転機を改善していると考えられます。①この患者さんの年齢、基礎疾患や原疾患を考えれば、入院中、シフトの間あるいは担当している間に心停止になるかもしれないと予測する、②心停止するというプランBを考えその際の早期認識と初動の仕方を考える、③②を実際の手順としてリハーサルする、リハーサルができたら患者のところに行ったり患者と対面する。①、②と③のプロセスは状況認識と予測(situation awareness)として広く知られている概念ですが、この知識をパフォーマンスに落とし込み集中的な練習(deliberate practice、蘇生教育の領域ではrapid cycle deliberate practiceがある)と経験学習により習慣化することが必要になります。早期認識と予防や状況認識と予測の重要性について本を読んだり講義を受けるだけではパフォーマンスの向上は起きませんし、IHCAの転機改善も期待できません。

 Deliberate practice(DP)でパフォーマンスの向上、その結果としてIHCAの転機を改善するためには医療ISDを応用した教材とDP、そして経験学習が必要になります。米国の大学病院やアカデミックな病院ではIDの学位を持った職種があったり、外部のIDer(インストラクショナルデザイナー)グループとの連携があるのでこのような成果を生み出しやすくなっています。

 日本医療教授システム学会では図3IHCAの早期認識及び予防を含めた看護実践能力とパフォーマンスを向上するプログラムとして、「急変させない患者観察テクニック」を教科書とする患者安全TeamSimパッケージを提供しています。医療者の仕事や看護実践の中で一次救命処置や二次救命処置は実践の中で選択される部分的な技能になります。医療者は仕事の中でIHCAに遭遇するします。仕事の中で遭遇するIHCAの転機を改善するには、部分的な技能だけでなく、仕事全体の中で部分的な技能を使うこと=リアルなパフォーマンスを学び習慣化する必要があります。
 急変させない患者観察テクニックは看護実践の中で急変を予測し心停止にさせない(=早期認識と予防)看護実践の仕方を深い読み方で分かるように執筆された図書になります。本の読み方には浅い読み方と深い読み方があります。本を深く読んでパフォーマンスを向上する能力はプロフェッショナルの基本技能になりますが、本を読んで分かる・自分の脳力を向上するという技能はDB(よくデザインされた効率的で魅力的な学習)により獲得する必要があります。患者安全TeamSimセミナー(ベーシック、ステップ1からステップ4)は最新の学習科学と医療ISDを使ってデザインされたプログラムで、本を深く読み自らのパフォーマンスを向上する能力が未発達な看護学生1年生でも急変させない患者観察ができるようになり、それが看護実践の中で習慣になるようにデザインされています。

 病院スタッフの蘇生能力を向上するには救命処置という部分のトレーニングだけでなく、仕事の中でプランBが必要な患者を見分けた上で患者のところに行ったり患者と対面するまえに頭を整え(プランBを事前にリハーサルする)るパフォーマンスの学習が必要になります。

 G2020でIHCAの転機をさらに向上するためにはECCプログラム+患者安全TeamSimのハイブリッド学習が必要になります。患者安全TeamSimで学ぶ技能はOHCAにも転移できるので、患者安全TeamSimのインストラクターであればOHCAの転機向上を目的としたECCプログラムの効果的・効率的・魅力的なインストラクションができるようになります。


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