バカにつける薬

『バカにつける薬』  当書:ハーレクインムーン

 居酒屋で話している男。

だから、それは間違ってるんだよ!
違う違う、そんなわけないだろう。それは全部嘘なんだ。俺は全部わかってるんだよ。
裏でとんでもないことが起こってるんだよ。
高橋、お前のSNSにさ、妻も上司もわかってくれないって書いてただろう?
このわかってくれないっていうのはわかってくれる人間がいないってことだよな。
俺もそうなんだ!わかっている人間が本当にいないんだよ!それが仕方ないのはわかってるんだ。まわりはみんな洗脳されてるからな。でもお前はわかってくれないと書いていた。お前のそれはわかってくれる人間が欲しいっていうメッセージなんだよな!
高橋!お前はわかってほしいんだろう!変わりたいんだよな!

 店員に静かにするように諭される。

あ、うるさかったですか。すいません。
‥‥‥今の店員さんは工作員だな。
だって静かにするように言ってきただろう。不都合な真実を知られたくないんだよ。
手を見たよな?人差し指に絆創膏が貼ってあっただろう。あれは組織のメッセージなんだ。人指し指、人を刺す、殺すってことだ。殺す為にスパイを探してるんだよ。
それにこの居酒屋の名前も武蔵だろう。武蔵は数字だと634。634ってのは、東京タワーの高さ634メートルと同じなんだ。つまりこの居酒屋も国の監視下に置かれてるってことさ。

高橋、確かに疑いたくなる気持ちはわかるよ。
真実を知ることは怖い。俺だってそうさ。真実を知ることでまわりからは奇異の目でみられて迫害される。当たり前だよな。真実は全てをひっくり返してしまうから。俺が間違ってるってことにしたほうが彼らの人生は変わらずに済むんだから。
でもな高橋、真実から目を背けることは長い目でみたらもっともっと怖いことなんだよ。
変わりたいって思っているのに真実を認めないなんてそんなバカな話はないだろう。俺はさ、変わりたいって思ってるお前を助けたいんだ。高橋、お前は騙されてるんだよ!

誰にって、この国を牛耳る黒幕だよ。黒幕がいるんだ。
おかしいと思わないか、環境は日に日に破壊され、食糧問題は解決されず、人々は憎みあい、戦争は止まらない。高橋、お前は戦争したいと思うか?

だよな、俺も戦争なんてしたいと思わない。でも戦争はなくならないんだ。
誰も戦争したい人間なんていないのになくならない。つまりこれは黒幕にとって不都合なんだよ。戦争や環境問題や食糧問題がなくなると黒幕が困るんだ。つまり俺の再就職が決まらないのも、俺が結婚できないのも全部黒幕のせいなんだ。だって俺が力を持つと真実が多くの人に知れ渡ってしまうんだから。

俺はこの間違った世界をなんとかしてあげないといけない。
俺はこの世界のワクチンになりたいんだ。世界の歪みを治す特効薬に。 だから、まず高橋。お前に真実を伝えたいんだ。高橋、お前は幸せか?話の通じない洗脳された上司に囲まれて口うるさい奥さんに小言を叩かれて安い月給で働くことが人にとっての幸せだろうか。

高橋、俺はいいんだ。俺の幸せはどうだっていいんだよ。
俺が幸せかどうかなんて瑣末な問題なんだ。
カントは価値を真・善・美だといったけれど、善なる真実を追求していくことが人間としての美しさなんじゃないのか。俺は美しく生きたいんだ。仕事が決まらないのは俺のせいじゃない。結婚ができないのは俺のせいじゃない。全部世界が、奴らが間違ってるんだよ。

あいつらがバカなだけなんだよ。バカなだけなんだ。
バカだらけだ。バカばかりだ。バカだからさ、何も考えてないから騙されるんだよ。

仕事も奥さんもいてさ、バカばっかりだよ。
なぁ、高橋。バカはバカだからいいよな。
バカはさ、ほんとバカは幸せでいいよな、高橋。

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