ここ、マクベス

『ここ、マクベス』  原案 小駒ゆか

 舞台中央、スポットライトの中に女優が一人。

光は闇。闇は光。
輝く光は深い闇に。深い闇は輝く光に。

ここは楽屋。私は女優。本番まで後10分。ウォームアップはすんでいる。
チケットは完売。千客万来満員御礼。当日券もソールドアウト。
万歳、私。万歳、魔性の大女優。万歳、いずれアカデミー賞の大スター。
もうまもなく幕が上がるのだ。一人芝居の幕が。
今から私は恋愛や結婚に悩む可愛らしいステレオタイプな女の子を演じる。
真っ暗な舞台の上でスポットライトの輝きが私を照らす。

でも私は全く納得がいっていない。
煌びやかな衣装を纏う私の心は暗澹たる有様だ。
だって、私のモノローグは面白くない。くだらない。ありきたり。普通。
演出家はそんな私の優等生な芝居を面白いって言ってくれるけれど私にはそう思えない。何も知らない赤ん坊なら、いざ知らず、どこをどうみても笑えるものが何もない。
私の芝居はつまらない。私の偽りの心が偽りの顔で隠される。
不自然な演技が私の心に不自然な煩いを生む。

私は昔からそうだ。まじめで良い子で優等生。普通に自然に愛されるように。
世間を欺くには、世間と同じ顔色をしなきゃいけない。
レールの上から落ちないように生きてきたことで骨の髄まで染みついた、そんな私の愛嬌が私を守ってくれる。もう人の顔色を窺わなくても人は私を可愛がってくれる。
生まれながらの気品というやつ、私にはそれが恐い。

だって、すごい俳優になりたいのに、私はすごい苦労をしていない。
逆境が人に与える教訓ほどうるわしいものはないのに。
苦労したい。「あの人大変だよね」って「頑張っててかっこいいよね」って言われたい。 光は闇がなければ生まれない。私は私の中に闇を持ちたい。私は物語になりたい。お行儀のよい世界から飛び出したい。「狂ってる」って「変だね」って言われたい。

もっと自分じゃないものになりたい。 身長も小さいコケティッシュな私に回ってくるのは可愛らしい役ばかり。
髭を生やしてパイプをふかしてみたい。華麗にジャケットをさばいてみたい。予言されて王も友人も殺し、重圧に耐えかねて壊れ、最後は復讐の刃に倒れるようなそんな役がやりたい。
なんてドラマチック。なんて狂ってるんだろう。そしてなんて羨ましいんだろう。
世界に予言されて、世界に変化を望まれるような、そんな役を演じてみたい。

どうやったらなれるかはわかってる。もっと苦労したらいい。もっともっと苦労したら。
でもどうやったら苦労できるんだろう?私には苦労の仕方がもうよくわからない。
誰か私に苦労をさせて、私をここからどこかに連れていって。

ここで何が喋れるんだろう。錐の穴ほどの小さな隙間から、神様たちがこっちをみてる。
本音の私は口を噤むしかない。
ああ、開演のベルが鳴っている。

こうやって私は、明日も、明日も、また明日も、つまらない歩みを進めて最後の台詞に辿りつくのかな。過去はない。未来もない。あるのは今だけ。私はここにいるしかないのに。

消えろ、消えろ、どうせ束の間の灯火だ!
人生はたかが歩く影じゃないか。私は哀れな役者じゃないか。
スポットライトの中にいるのは出番の間だけ。袖へ入ればそれでおしまい。
私の話が狂人の物語として伝わればいいな。この声の中に叫びと怒りを感じてほしい。
どうせ意味なんてはじめからないんだ。

光は闇。闇は光。
輝く光は深い闇に。深い闇は輝く光に。


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