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薔薇枕

『薔薇枕』 原案 嶋尾明奈

 カレー屋の女、常連客と話をしている。

うん、カレーを作っているとホッとするよ。
じっくりゆっくり煮込んでいくでしょ。するとじゃがいもや玉葱が形を保ったまま固さを失っていくじゃない。それを見ていると私の中の強張りが消えていくような気がするの。
ほろほろとろとろ。私が大きな鍋の中でどんどんなくなっていくから。

スパイスカレーだよ。ストレスカレーっておい。「あー、よく似てる」ってバカ(笑う)。
ターメリック、カルダモン、レッドペッパー、そこにストレス。いれないいれない。
別にストレス溶かしてないから。そうちゃんのカレーに溶かしてるのは愛情だからね。
愛情は最高のスパイスでしょう。ガラムマサラ、コリアンダー、クミンシード、そこにラブをひとつまみ。

おいおいラブは入れるでしょ。入れさせなさいよ。私の愛をうけとりなさいよ。
本日最後のお客様なんだから私の愛情をひとかけらも残さず平らげていきなさいね。
重いだと?待て、ちょっと待て。それは愛情の話?それともカレーの話?
愛もカレーも重くないからね。スパイスカレーだから。胃にも優しいから。

(笑う)冗談ばかり言ってますとも。冗談くらい言わせてよ。
だって賢いことばかり言ってたら人とぶつかるし、人に合わせてばかりいたら足をすくわれるし、やりたいことばかりやっていたら嫌がられるでしょう。だからテンション上げてさ、笑いで言葉をオブラートに包んでさ、周りに気をつかって生きてるんだから。

楽じゃないよ。生きるのは楽じゃない。
大学生にはわからないかもしれないけれどさ。
だからじっくり鍋をかき混ぜてる時は無心で混ぜてるでしょう。とても楽なんだ。
何も考えないでいいからホッとするの。あ、そうちゃん、お水、まだ飲む?

客のコップに水を注ぐ。

‥‥‥え?マジか。このタイミングで?薔薇が登場ですか。今、私、仕事中だよ。
仕事中じゃなくても無理だよ。そうちゃんと私一回り違うんだよ。それに私、人妻だよ。
子供もいるんだよ。私の愛は料理にいれるだけ。冗談はよしこさんだよ。
そうちゃんの気持ちは嬉しいけれど無理だよ。

すごいね。「俺なら私を楽にできる」って即答できるんだ。すごい自信。
‥‥‥いいね。まっすぐで。自分の世界で完結できて。生きるのが楽だろうね。
周りの声をカットアウトできるから、自分の人生を謳歌できるものね。
私は気を使っちゃうから無理だな。相手はどう思うかなってすぐ考えちゃうから。

そうちゃんはさ、パパになれる?
すごっ!これも即答できるんだ。それは想像力があるのかないのかわからないな。
じゃあ、想像してみて小学生の娘がいて、朝起きるのが苦手なの。起こそうとしたら「嫌い」って叫ぶの。「嫌い!嫌い!嫌い!」って何度も何度もしつこく言われるの。
‥‥‥子供だから仕方ないか。そっか、そうだね、子供だもんね。子供の言葉で傷つくのなんてバカバカしいよね。‥‥‥アドバイスありがとう。

でもね、なかなか抜けない小さな棘って、ストレスになるよね。
私の心に刺さった棘は誰も抜いてくれないからさ、私、もう傷つきたくないんだよ。
そうちゃんが癒してくれる?そうだよね、即答できるよね。
その即答が刺さるなぁ‥‥‥じゃあ、そうちゃん慰謝料払える?
はは、これは即答できないか‥‥‥ごめんね、いじわるなこと言ってるね。
友達じゃダメなのかな。‥‥‥そっか。うん。わかった。

‥‥‥お会計しよっか?もうお店閉めるからさ。
ラムカレー愛情入り1200万円。はい2000万円預かって、800万円のお返し。
ありがとね、気持ち嬉しかったよ。この薔薇飾るね。

 客、帰る。

(薔薇を見て笑う)はは、全く生きにくいなぁ‥‥‥この世は生きにくいよ。
(大きく息を吐いて)さ、明日のカレー煮込むかー!

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