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【掌編小説】木々の叫びは風に乗って


私の声が聞こえますか?
きっと聞こえないと思います。
でも、もし聞こえているんだとしたら、少しだけお付き合いください。

私は、ある原生林で生きている杉の木です。
どこの原生林かって?
それは言えません。
草や木にだってプライバシーはあります。

草花が話せるかどうかは知りませんが(彼らは彼らなりの言語や話し方があるのでしょうが、私には分かりません)、私たち木々は話すことができます。
いつも話せるわけではありません。
風によって葉や枝が大きく揺れたときだけ、言葉を発することができます。
生み出された言葉は風によって運ばれ、山や海を越えて、遥か彼方へ伝わることだってあるのです。
そのおかげで、遠くにいる木々と言葉を交わしています。
私たち木々は風の力を借りて、言葉を届け合っているのです。

心地よい風の名残がやってきたときは、大抵楽しい言葉がやってきます。
「最近、ウロの中でリスがちょこまかと動くから、くすぐったくてしょうがない」とか
「アカショウビンの大きな鳴き声で、せっかくの昼寝を台無しにされた」とか。
どこの誰が発したかも分からない、近くで生きる動物たちとのあれこれを聞くのは、私たちの楽しみです。
ろくに身動きが取れないのですから、それくらいの楽しみがあったっていいでしょう?

ただ、激しい風の名残がやってきたときは、震えてしまうほど恐ろしい言葉がやってきます。
どこで生きてきたのかも姿形さえも知らない仲間たちの、おびただしい叫び声が、風に乗ってやってくるのです。

例えば、チェーンソーで切られる痛みを訴える声。
その声は、ビーバーにかじられたり、鹿に樹皮を食べられたりしたときのものとは、比にならないほど苦痛に満ちています。

私が今までで一番恐ろしいと思ったのは、青々と繁った若い木が、燃えていったときの言葉です。
煙草の不始末とかいうやつで、どこか遠くの森が焼けたようでした。
そのとき届いた声の悲惨さと言ったら、もう…。
ぬるい温度の、肌触りの気持ち悪い風に乗って、「熱い、熱い」と叫ぶ声が、ひっきりなしにやってきました。

キノコ雲によって、一瞬で吹き飛ばされた木々の叫びも、忘れることができません。
言葉にもならなかった、断末魔の叫びのようなそれを、未だに私は思い出してしまいます。
そのたびに私は涙を流してしまうのです。

人間みたいに耳を塞げたらいいのですが、私たちは風が届ける言葉を拒絶することなどできません。
全て受け入れて、聞くほかないのです。

一日中、いや、永遠のように感じるほど長い時間、救いようのない叫び声を耳にしなければいけない気持ちを想像できますか?
仲間の叫びを聞く必要などなく、のうのうと過ごせるあなたたちには、きっと分からないでしょう。
もし私が風の力を借りずに声を発し、体を動かせるとしたら、叫び声を上げた木のもとへ行ってあげるのに。

万に一つの可能性もないとは思いますが、もしあなたが叫んでいる木を見つけたら、その木を優しく撫でてあげてください。そして、その木のことを、ずっと忘れないでやってください。

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池田はまな
読んでくださって、ありがとうございました。