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『安倍晋三 回顧録』を読む。#3 回顧録全体から受ける人物の印象

回顧録全体から受ける人物の印象

 安倍はどのような人物だったのか?
 インタビュー全体から受ける印象として、3点指摘したい。

①なるべくしてなった政治家

 安倍は、政治家になるべくしてなった、という印象である。
 祖父に岸信介、父に安倍晋太郎、親類に佐藤榮作。
 政治家一族に育つ。
 回顧録でしばしば言及されるのは、麻生太郎との相性の良さである。

安倍 麻生さんとは、人間的に肌が合うんですよ。お互い政治の世界で育ったという環境も影響しているのでしょう。

150頁

 政治の世界というものが〝実在〟する。
 その世界の住人と、それ以外と。
 区別があるのは当然でしょう? と言わんばかりなのである。

 国葬儀で菅義偉が弔辞を読んだ。
 その中で、安倍が岡義武著『山県有朋』を読んでいたエピソードが披露された。

 地元が山口県ということもあるだろうか。
 私には、安倍は、明治・大正の「元老」のようなつもりで政治にのぞんでいたのではないかと思える。
 回顧録の随所に、そうした意識がにじみ出ているように感じる。

②「勝てば官軍」的意識

 山県の時代と異なるのは、現在では衆院選が実質的な総理大臣選びの場になっている点だ。
 その選挙なるものに対して、安倍は「勝てば官軍」的な意識が強いように感じる。
 選挙を重視しはするが、それを「政治に民意を反映させる場」だとはまったく捉えていなかったのではないか。
 山県が、
「維新を成功させたのだから実権を握って当然でしょう?」
 と考えたとすれば、安倍は、
「選挙に勝ったのだから権力を行使して当然でしょう?」
 といかにも言いそうなのだ。

 2018年、森友学園国有地売却問題で財務省が決裁文書の改ざんを認めた。
「官邸一強の弊害」などと指摘されたが、それに関してこう答えている。

安倍 私は自民党総裁として12年、14年、17年の衆院選、13年、16年、19年参院選と、国政選挙で6連勝しました。総裁選は12年、15年(無投票)、18年で勝ったわけです。この九つの選挙で、一つでも負けたら、安倍内閣は終わりだったんです。政権選択ではない参院選だって、負けたら党内で倒されちゃいますから。実際、第1次内閣にはそういう側面がありました。選挙で勝利を得るために、官邸主導で政策を推進し、全力を尽くすのは当然でしょう。

286頁

 選挙で勝利することを最重視していた。

 2017年9月に衆議院を解散した。
 自称「国難突破解散」である。
 解散を決断した最大の理由は何だったのか?

安倍 もし衆院議員の任期が2年残っていれば、解散見送りもあったかもしれない。だけど任期が残り1年少々でしたからね。8月に内閣を改造し、支持率も少しだけ回復していました。解散せずに、秋に臨時国会を迎えれば、「モリカケ」問題の疑惑が残っているとさんざん野党は攻撃してくるでしょう。(…)その間に、小池さんが準備万端で衆院選に臨んでくる。多くの選挙区に候補者を擁立し、自民党は苦しくなる。それならば、先にこちらが仕掛けてやろう、という判断でしたね。
 かつ、この年は北朝鮮が弾道ミサイルを繰り返し発射していた。(…)北朝鮮に対抗するため、国際社会で制裁の議論を活発化させる上でも、この局面で政治力を回復したかったのです。

267頁

 解散は「政治力回復のため」だった。

 また公明党との連立の意義について、こう答えている。

安倍 選挙での公明党の力は大きい。国政選、地方選ともに、公明党が自民党の候補に推薦を出すと、どっと支持が増えるのです。推薦が出る前と比べると、2割くらい上がる。とてつもない力ですよ。公明党を指示する創価学会幹部から、「総理どうです? 相当上積みしたでしょう? うちの支持者はちゃんと投票所に足を運んでいますからね」と言われると、もう平身低頭するしかない。残念ながら、明らかに自民党支持者より組織力が強いですね。

64頁

 選挙に勝つために、統一教会にも「平身低頭」してしまったのだろうか。

③あっけらかん

 インタビュー全体に言えることだが、かなり微妙なことを言っているようで、実にあっけらかんとしている。
 これを言ったら国民を軽視していると受け取られるかもしれない、と疑う感性がそもそも欠落しているのかもしれない。
 よく言えば率直。
 悪く言えば、国民の方を向いている感じがしない。
 支持層も不支持層も含めての「国民の代表」だという意識が感じられない。

 自民党の岩盤支持層さえついてくれば、それでいいと思っている。
 安倍は、シュンペーターの民主主義観に忠実な政治家だったのではないか。

 秋葉原での街頭演説で、
「こんな人たちに負けるわけにはいかない」
 と叫んだことがあったが、あれは本心から出た言葉だったのだろう。

 回顧録にもその気配がにじみ出ている。

 自身の主張・政策に関しても、ためらいが無い。
 中国は「不良」。
 アベノミクスは「正しい」。
 財務省は「嫌い」。
 官僚の人事権は握って「当然」。
 そう断定する調子には、自信しか感じられない。

 回顧録では「官僚の無謬性」に複数回言及している。

安倍 過去に間違いを犯したことはないという官僚の無謬性というのは、すさまじいです。

390頁

「自己の無謬性」に思いを致すことはなかったのだろうか? と私などは思ってしまう。

 以上をまとめると、安倍は最初から最後まで「政治の世界に棲んだ人」という気がする。
 ①根っからの政治家で、②勝てば官軍で、③それで何が悪いんですか? と言い放ってあっけらかんとしている。
 よく言えばリーダーシップがある。
 悪く言えば唯我独尊的である。
 そのような性質が、一方で反発を生み、一方で熱烈に支持されたのだろう。

(次回に続く)

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