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ユーキジャンクッパが私の転職を引き留める

年明け早々職場で号泣してから、早3ヵ月近く経とうとしている。
こんな悪待遇の会社絶対に辞めてやる!
と当時は息巻いていたが、新年度を迎えた現在も相変わらず毎日のように上司に腹を立てながらもこの会社に居座っている。

この号泣した過程を知る友人から「まだ転職しないの?」と聞かれることがしばしばあるが、
30歳を過ぎ転職経験を重ねると転職なんてそんな簡単にできるものじゃないのよ…
と心の中でつっこみながらいつも曖昧な返事でのらりくらりと会話を終わらせる。

転職に踏み出していない理由は上記のとおり一言で表せるものではないので詳しく話すつもりはないが、一因としていわゆる"アットホームな環境"が私の後ろ髪を引っ張っているのだと思う。
以前の投稿であれだけ上司をブラック呼ばわりをしておいてよく言えたもんだと思われるかもしれないが、人によるが社員思いなも一面もあるのだ。
そして過日の憎悪を打ち消す程の人情を私に感じる瞬間、いつもそこには食がある。

私が勤めている食品会社では飲食店を営んでいる。
ボーナスも退職金も出ないこの零細企業の数少ない福利厚生"賄い"には、私だけでなく全社員が心躍らせるものである。
といっても、賄いは飲食店勤務のスタッフの特権であり、事務職の私はそう毎日ありつける代物ではない。

しかし、たまに事務職の人間にも昼食の施しが与えられる日がある。
繁忙期にスタッフ一丸となり大量の仕込みをこなした時、赤字脱却に向けて今が正念場という時期、前月の売上がなかなか良かった時。
こういう時にこのお声がけがかかるのである。

「今日はユーキジャンクッパ作るで!」

この声がけが来たら、すかさず仕事を中断して一目散に調理場まで走る。
上司は調理場に立ち、寸胴鍋に牛肉と余った野菜を何でも放り込んで、コチュジャンやごま油の調味料やら水を加えて煮込み出す。
寸胴鍋いっぱいの肉と野菜がぐつぐつと煮込まれている様と食欲をそそる香りに、どれだけげっそりしている時でもたちまち気分が上がってしまう。
煮込まれてすっかり具材がくたくたになったら、どんぶりに盛った白米の上に熱々のスープをかける。
白米の蒸気が出汁の効いた辛い香りをムワッと押し上げて、もうたまらない。
待ってました、ユーキジャンクッパ!
上司お手製ユッケジャンクッパの完成だ。
(名前の由来は、上司の氏名を文字っているそうだ)

全員にどんぶりが行き渡ったら、狭いテーブルをみんなで囲って「いただきます」。
食べ始めてまもなくは皆、「うまっ」「熱っ」とちらほらつぶやくと後は黙々とスープを味わうように口に注ぎ込む。
やたらと美味しいのはやはり大量の具材を使うことにより出汁がよく出ているからだろうか、こればかりは一人暮らしでは真似できない料理テクニックである。

何口か味わった後
「今日の仕込み手伝ってくれてありがとうね〜」
「こんな商品出したら良くない?」
「今月はやっと黒字になりそうやねん」
「ほんま勘弁してほしいわ〜」
徐々に会話が始まる。
ポジティブな内容から愚痴まで、仕事中だとなかなか聞けないみんなの心情も、食を囲めば喜怒哀楽のフルコース。
そこに一皿の料理があるだけで、知らなかったみんなの本音がぽろりと出てくるのだ。
つくづく料理ってすごいよなぁ。
弾む会話とやみつきスープに思わず「もう一杯おかわりいただきます!」

ほかほか辛いスープと普段より饒舌なおしゃべりでほてった体のまま、デスクに戻る。
皆何事もなかったかのように黙々と仕事に取り組むが、その日1日私の心の中はホカホカが持続したままだった。


あともう一つ、ユーキジャンクッパに並んで嬉しい施しがある。
職場の近所の和菓子屋さんのおはぎだ。
そこのおはぎはあんこが上品な甘さで、スタッフ皆が大好きな一品なのである。

これもまたたまに、
「おはぎ買ってきたよ〜!」
とタッパいっぱいの数種類のおはぎを買ってきてくれる神先輩がいる。
そんな時は皆、目を輝かせながらどれにしようかときゃっきゃ盛り上がるのだ。

各々厳選したひとつを食べながら、しばし団欒タイムに入る。
「美味しすぎるぅ〜」と悶絶するみんなを見た先輩は、
「これ食べたらみんな午後からも頑張れると思ったんや」
ふふっと笑いながら一言。

ありがとうございます、その労いの気持ちと美味しいおはぎがひとつあれば、午後どころか明日もそれ以降もなんだか頑張ろうと思えるのです。
おはぎひとつに込められた心遣いのパワーは偉大。
手料理でもお店で買った食べ物でも、誰かに贈る食べ物には贈り手の様々な気持ちが込められていて、愛を感じませんか。
そう気づいてから、私はより一層食を愛するようになった。


辛い事件があった後も会社には居続けているが、辛いことがなくなったわけではない。
今も腹が立つことや不安はたくさんあるが、賄いや差し入れに込められた先輩の愛が私の後ろ髪を引っ張り、明日も頑張れてしまうのだ。



(余談だが、この日おはぎを食べた先輩たちは皆、「甘いもの食べてめちゃ眠くなってきたしもう今日は仕事やめよ〜?」
と言ってデスクにうつ伏せていた。
おはぎで英気を養ってほしいという先輩の気持ちは見事に仇となってしまったのだ。)

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