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『ピンハイ』〜最後の1杯〜

−中日新聞杯と小柄な球児−
イカルの競馬小説No.006

 『‥それで‥ピンハイ野郎はっ‥野球に勝ったのか‥?』

 3杯目を呑み終え‥小柄なお客様は少し酔いが回っていた‥

 「お客様‥ずいぶん酔われていますので‥そろそろお水でも‥」

 『たのむっ…!最後の1杯だけ‥!ピンハイの結果が知りてぇんだよ‥』

 「かしこまりました‥」

 私は‥最後の一杯をグラスに注ぎながら‥

『ピンハイ』〜最後の1杯〜
《花言葉》

 市営球場の中央では両チームが整列し向かいあっていた‥

 『それでは町内会野球トーナメント決勝戦を行います!互いに礼!』


 あざぁぁす!!


 球児時代に戻った大人達が一斉にグランドに散らばった

『おいっ!頼んだぞ!!』


 えっ‥僕は一瞬、観客席から父の声が聞こえたような気がして観客席を見渡した‥

 しかし‥そんな事があるわけがなかった‥

 「いるわけないだろ‥」自分に言い聞かせるように小さくグランドにつぶやいた‥

 決勝戦もiPhoneケースと同じ「2番ショート」

 僕は駆け足で遊撃手の位置につき‥

 守備位置を足で慣らしながら、父の言葉を叫んだ

『勝負は体の大きさじゃねぇからな!』

 1回の表を0点で抑え、その裏、我々南町チームの攻撃‥

 1番、魚屋の息子が俊足をいかして内安打を放ちノーアウト1塁‥

 さっそく僕の仕事がやってきた‥

 やる事はわかっていたが花屋兼監督のサインを確認した‥

 花監督は複雑なサインを出していたが‥

 実は全く意味がなかった。
 なぜなら花監督は野球好きなだけで野球経験はないからだ‥

 僕は花監督が胸のポッケに入れている造花の花を見た‥

『アカシヤの花』

花言葉・・【堅実】

 僕は花監督の花サイン通り、バットを横に構えた‥

 勢いよく投げ込まれた低めの直球を、我ながら絶妙にライン際に転がし見事に送りバントを決めた‥

 ドヤ顔でベンチに戻りチームメイトとハイタッチを交わした‥

 そして、町内会のプライドをかけた一戦は
 一進一退の攻防で9回裏2対3‥

 南町チーム最後の攻撃‥1点を返さなければ試合終了‥

 たかが町内会野球とは思えない緊張感が球場を包んでいた‥

 打順は良く1番からの攻撃‥

 またもや先頭の魚屋の息子が粘りのファーボールで出塁をした

 『でかしたぞ息子!勝ったら今夜はステーキだ!』魚コーチがチームを一気に盛り上げた‥

 初回と同じノーアウト1塁‥

 守備陣は極端なバントシフトをひいた‥ 

 絶対に決めなきゃいけない大事な場面‥
 心を落ち着かせ‥

 いるわけもない父との思い出を思い出していた‥


『おいっ!サインぐらい見ろ!』


 花監督のゲキにふと我にかえり花監督のサインを確認した‥


 花監督の適当なハンドサインで見にくかったが胸にさしている花は‥

『赤いサルビア』

花言葉・・【燃える想い】

 まさかの‥『打て』のサインだった‥


 予想もしていなかったサインに少し驚いたが燃える想いが込み上げる‥



 左尻ポケットの御守りを握りしめた‥

 大事な場面にドキドキしたが
 午前中に買った「心臓が飛び出るぞ馬券」のドキドキに比べれば屁でもない‥

 球場の電光掲示板の時計を見ると時刻は15時25分‥

 『勝負に体格なんて関係ない‥強いやつは強い‥がんばれ!ピンハイ!』

 東町のストッパーがマウンドからオーバースローで腕を思い切り投げ下ろした‥

 小さな馬体の『2番ショート』は‥

 人一倍長めに見えるバットを思い切り振り抜いた‥

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