見出し画像

人事労務担当者のための労働法解説(6)

【求人票の記載と実際の労働条件が異なる場合はどうなるのか?】
 求人票の記載と異なる労働条件で労働者を雇用する場合、労働者側から、「求人票には○○と書いてあったのに」と主張され、トラブルになることがあります。
 今回は、労働条件明示義務と実際にトラブルになった裁判例について書きたいと思います。

1 労働条件の明示義務


 労働条件明示義務は、労働基準法15条で定められています。
 労働基準法15条1項は、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他労働条件を明示しなければならない。」と定めています。
 この規定の趣旨は、労働条件の明示をしないまま労働させ、労働者を予期に反して不当な労働条件で働かせることを防止する点にあります。
 具体的な明示方法については、契約期間、就業場所、賃金、退職・解雇に関する事項、退職手当に関する事項等について、書面を交付する方法によるとされています(労働基準法施行規則5条)。
  
 労働基準法15条は、「労働契約時」の明示義務を定めていますが、「求人募集の段階」での明示義務を定めたものとして、職業安定法5条の3があります。
 この規定の趣旨も、労働基準法15条1項と同様です。
 明示事項については、職業安定法施行規則4条の2に定められています。
 その他具体的な方法については、厚生労働省ウェブサイト「労働者を募集する企業の皆様へ」のページが詳しいので参照されるとよいでしょう。

2 求人票の明示と契約時の労働条件が異なる場合はどうなる?

 
 実務上、求人票の明示と契約締結時に使用者から提示される労働条件が異なることが問題となる場合があります。

 この点については、過去の裁判例をみると、求人票において具体的に明示した労働条件は、労働契約の内容となると判断した裁判例があります。
 ただし、
①労働契約締結の際に求人票と異なる別段の合意をした場合
②求人票等で示された労働条件が抽象的な明示にとどまっている(確定的な明示をできない)場合
には、労働契約の内容にならないと判断される傾向にあります。

 裁判例上問題となったケースは、給与額、契約期間の定め等があります。

3 給与額の相違が問題となった裁判例


 給与額の相違が問題となった裁判例として、日新火災海上保険事件(東京高裁平成12年4月19日判決)と八洲測量事件(東京高裁昭和58年12月19日判決)があります。

 まず、日新火災海上保険事件は、原告が、被告である会社から、求人情報誌、採用面接や会社説明会で「中途採用者も同期新卒者と同等の給与を支給する」旨の説明を受け新卒同年次定期採用者の平均給与を支給されると認識していたが、実際には、新卒同年次定期採用者の下限の金額であったことは不当であると主張した事案です。
 この事案について、裁判所は、会社が具体的な額または格付けを確定するに足りる明確な意思表示があったものと認めることはできないとして、原告の主張は認められませんでした。
 この事案は、求人情報誌等で示された給与額(同期新卒者と同等の給与)が抽象的であったことから、そのまま契約内容になることはないと判断されたものと考えられます。

 次に、八重洲測量事件です。この裁判例は、新卒採用者の求人票に記載された「初任給の見込み額」をみて応募したが、実際に入社する段階になって提示された給与額が、石油ショック等の影響により、求人票に記載された額を下回っていたという事案です。
 この事案について、裁判所は、「求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでない」と述べつつも、石油ショック等の影響により決定されたものであること、内定後契約前に事情を説明した上で契約書を作成していること等を考慮し、結論として、求人票に記載された金額が契約内容とならないと判断しました。

 給与額については、求人票により募集する段階で確定的な明示ができない場合が多いと思います。かといって契約の際に求人票の記載と異なる金額を提示することは職業安定法5条の3に違反すると指摘されるリスクもあります。
 やむを得ず、求人票の記載と変更する場合には、変更内容・変更理由を明確に説明したうえで、契約書をきちんと作成すべきでしょう。

4 雇用期間の違いが問題となった裁判例


 雇用期間の違いが問題となった裁判例として、福祉事業者A苑事件(京都地裁平成29年3月30日判決)があります。

 このは、求人票には、「期間の定めのない」旨記載されていたにもかかわらず、採用の際には「1年間の有期契約」との労働条件を提示され、労働条件通知書に署名・押印したという事案です。
 結論としては、裁判所は、「求職者は、当然に求人票記載の労働条件が労働契約の内容となることを前提に労働契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情のない限り、労働契約の内容となる」と判断しました。
 裁判所は、労働条件通知書に署名・押印がされていましたが、使用者側が記載内容を十分に説明していなかったことや労働条件通知書を提示された時点で既に就労を開始しており拒否するとが困難であったことなどを考慮し、労働条件通知書は無効であると判断しました。

 求人票に「期間の定めなし」と記載したのに、採用の際に「1年契約」と変更することは、労働者にとっての影響が大きいため、望ましくありませんが、やむを得ない事情の変更により、変更せざるを得ない場合には、採用前に変更内容・変更理由を丁寧に説明してきちんと契約書を作成すべきでしょう。

5 まとめ


 求人票の記載と異なる内容で契約を締結する場合には、変更内容・変更理由を丁寧に明確に説明し、変更後の内容を明示した契約書を作成すべきでしょう。
 この手間を怠ると、後から労働者側から求人票の記載どおりの労働条件の主張をされ、トラブルとなるリスクがありますので注意が必要です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?