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カスタード愛の行方

私のアルバイト先は卵屋さんが開いたパン屋で、自家製カスタードのクリームパンが看板商品だ。そのため、毎日大量のカスタードを仕込む。数十個の卵を割り、素手で分けた黄身を他の材料と混ぜガスで炊く。カスタードの絶妙な固さから腱鞘炎にならない混ぜ方に至るまで極める点は尽きない。冷えた卵に手が凍りそうになる日も、ひたすらに熱くて重い銅鍋を必死に抱える日も、炊きあがったカスタードのほかほかと甘い香りに包まれれば幸せだった。カスタード要員として4キロのカスタードを2回仕込み、そのあと授業に行くこともしばしばだ。初めは失敗ばかりだった私も、今では「カスタードのプロ」という異名を持つほどにまで成長し、体力、腕力、手の皮の厚さは人並み以上だと自負している。

いい気になった私のカスタードにかける情熱はとどまるところを知らず、周りにも溢れ出した。誕生日の後輩へ祝意を。迷惑をかけてしまった友達へ謝罪を。お世話になった先輩へ感謝を。全てクリームパンに思いを乗せた。カスタードへの探究心はいつしか「人の笑顔を見たい欲」へと姿を変えていき、これからも続いてゆくのだろう。

と、思っていた矢先、突如舞い込んできたのが「閉店のお知らせ」だった。原材料の高騰や職人さんの体力を考慮してのこと。授業も就活も落ち着いて、大学最後の1年、パン作りを極めようと意気込んでいたけれど…。仕方ない。こればかりは不可抗力だ。

私が青春をささげたパン作りは、今週で終わりを迎える。カスタード作りも包餡も、いったんお別れ。ちょっと寂しいけれど、最後は有終の美を飾ろう。自分も、お店も。そしてこれから先、どんな形になるかはわからないけれど何かしらパンに関わり続けたいと思う。見るのも作るのも食べるのも大好きだから。

私の老後の夢はけっこう前から決まっている。それは今も変わらない。

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