「東京クロノス」の挿入歌『光芒』に学ぶ、文法の壊し方。
はじめに
音楽のように、文章も意図的にルールを破るとエモくなるという話。
「東京クロノス」とは?
VRゲーム。ジャンルはミステリーアドベンチャー。
ノベルゲームの未来、そしてVRの可能性を世に知らしめた傑作。
開発は、VRゲーム界を牽引するMyDearest株式会社。
めちゃくちゃ面白い。初めてプレイしたときの衝撃は今でも忘れられない。
実は最近、2周目をやっているが、全てを知った上でプレイすると伏線に気付けるため、1周目とは違った楽しさがある。結末を知りたくて焦る気持ちもないので、セリフの一言一言を噛みしめながら進めている今日この頃。
『光芒』とは?
「東京クロノス」の挿入歌。
マジでいい曲。ヘビロテしている。
あなたは誰?
これから日本語の文法についてあーだこーだ言うので、その前に少し自己紹介をば。
職業:ライター&校正者
専門は公用文の執筆&校正。最近はWebメディアでの校正も。
ちょっとだけ日本語に詳しい(かもしれない)人。
※仕事のご依頼はXのDMまで。
本題。 "「東京クロノス」の挿入歌『光芒』に学ぶ、文法のぶっ壊し方"
『光芒』のサビの最後には、次の歌詞がある。
この歌詞には、文法的な違和感がある。
そのため、気になって仕方がなかった。
逆に言えば、非常に印象的で、ずっと記憶に残るフレーズだったわけである。そしてある日、気が付いた。
あー、これ、わざとか。
(1)文法的な解説
違和感を生み出しているのは、「必ず……ない」という表現。順を追って説明する。
まず、専門用語で言うと、「必ず」は陳述副詞である。
陳述副詞とは、簡単に言うと、「決して+ない」のように、相棒が決まっている言葉のことである。ネイティブであれば感覚的に分かるし、使っているはず。
日本語という言語は文の最後に言いたいことが来る。つまり、最後まで読まないと何を言いたいのか分からない。しかし、陳述副詞があれば、文末がどうなるのか予想できるのである。
ということは、だ。予想に反する呼応表現が来るとビックリする、というか普通は来ないし、来ちゃいけない。
では、「必ず」はどんな言葉とセットになるのか。
つまり、ざっくり言うと、文法的には、
であり、普通、「必ず君を一人にはさせない」とは言わないということである。
(2)「必ず…ない」としたのはわざとだ、と思える理由
理由①:2番の歌詞でも「必ず」が使われている
2番のサビの最後は次のとおり。
「必ず」が再び出てくる。この歌において「必ず」が重要なワードであり、あえて使っていることは間違いないだろう。
ちなみに『光芒』は、最後に1番のサビが繰り返されて、「必ず君を一人にはさせないから」で終わる。『光芒』で一番伝えたいのは、このフレーズなのだ。(「東京クロノス」をプレイすれば、その意味が分かる。みんなやろう。)
理由②:文法的に正しくすると、ありきたりになる
「必ず君を一人にはさせない」を文法的に正しくしてみる。
どうだろうか。個人的には、ビビるくらい平凡になってしまった印象を受ける。ありきたりな、どこかで聞いたような、そんなフレーズ。これではキーフレーズとしてインパクトが足りない。
理由③:「決して(…しない)」より、「必ず(…する)」の方がポジティブな雰囲気が出る
前述のとおり、陳述副詞があれば、文末がどうなるかを予想できる。つまり、「…しない」が呼応する「決して」を文頭に置くと、自動的にその文には、消極的な雰囲気がまとわりつく。一方、「…する」が呼応する「必ず」を使えば、前向きな印象を強制的に付与できる。
そのようなわけで、本来「ない」とセットで使われるのが自然な「決して」ではなく、否定と肯定の両方に使える「絶対」でもなく、肯定の表現が呼応する「必ず」にしたのではないだろうか。
まとめ
以上、僕の妄想を書き連ねた(全然違ったりしてね)。
音楽は、理論を破って作られることが少なくない。文章もまた、文法に違反することでエモくなる場合がある。
これは『光芒』の歌詞に限った話ではない。例えば、ギリギリセーフくらいの方法で「てにをは」を使うことにより、詩的な効果が生まれたりする。具体例を挙げると、観光関連で、「東京を遊ぶ」なんていうフレーズがある。普通に言えば「東京で遊ぶ」だが、「東京を」とすることで、東京中を遊び尽くすようなイメージが浮かんでくる。「京の都に遊ぶ」なんていう言い方もある。幻想的だ。(難易度が高過ぎて僕には使いこなせないけど。)
ただし。いち校正者として念を押しておきたいのは、基本を知らずして壊すのは無理だぜ、ということ。校正の仕事をしていると、意図せずにぶっ壊れた文章とよく出合う。それはよろしくない。エモくない。
文法的に正しい文章を書くことは、意外と難易度が高い。日本語ネイティブであっても、練習して習得する必要がある、と言われている。
意図的にぶっ壊れた文章を楽しむためにも、基礎的な文法をあらためて勉強してみることをオススメしたい。
そういえば、「必ず君を一人にはさせないから」の「から」もグッとくる。これは、「~から」の終助詞的用法というもので、続く言葉をあえて言わないことにより、相手に自分の気持ちを伝えるテクニックなのである。エモエモなのである。
『光芒』のエモさを味わい尽くすためにも、「東京クロノス」未プレイの方は、ぜひ。(今年、Nintendo Switch版も発売されるので、非VRユーザーも楽しめる。ただ、個人的には、VR版も一度は味わってほしい。特にオープニング映像は必見。)
最後に、あらためて『光芒』を聴いて震えて終わろう。
今度は、『光芒』 のアコースティックバージョン。
お気に入りの箇所は、2番のサビに入る前の「彩るよぉっ⤴」※。
※正式な歌詞は「彩るよ」。
それでは皆さま、良きVRライフを――。
(文・烏賊納豆)
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