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「東京クロノス」の挿入歌『光芒』に学ぶ、文法の壊し方。


はじめに

音楽のように、文章も意図的にルールを破るとエモくなるという話。


「東京クロノス」とは?

VRゲーム。ジャンルはミステリーアドベンチャー。
ノベルゲームの未来、そしてVRの可能性を世に知らしめた傑作。
開発は、VRゲーム界を牽引するMyDearest株式会社

STORY
2018年、春。櫻井響介が目を覚ますと、
そこはいつものような賑騒がしさのかけらもない渋谷の街だった。
周囲を見渡しても、人間の姿はない。
唯一見つかったのは、自分を含む8人の幼馴染たちのみ。
渋谷スクランブル交差点でこの世界について話す8人。
すると突如、大型ビジョンに血のような赤い色のメッセージが映し出された。

「 私は死んだ。犯人は誰? 」

不可解なメッセージを目の前に、この世界から脱出を試みる8人。
もしも、この世界が「クロノス世界」であるなら……脱出方法は1つ。
不可思議な現象を起こしている犯人を見つけ出し、殺すこと――

「東京クロノス」HPより(https://tokyochronos.com/index.html

めちゃくちゃ面白い。初めてプレイしたときの衝撃は今でも忘れられない。
実は最近、2周目をやっているが、全てを知った上でプレイすると伏線に気付けるため、1周目とは違った楽しさがある。結末を知りたくて焦る気持ちもないので、セリフの一言一言を噛みしめながら進めている今日この頃。


『光芒』とは?

「東京クロノス」の挿入歌。

マジでいい曲。ヘビロテしている。


あなたは誰?

これから日本語の文法についてあーだこーだ言うので、その前に少し自己紹介をば。

職業:ライター&校正者

専門は公用文の執筆&校正。最近はWebメディアでの校正も。
ちょっとだけ日本語に詳しい(かもしれない)人。
※仕事のご依頼はXのDMまで。


本題。 "「東京クロノス」の挿入歌『光芒』に学ぶ、文法のぶっ壊し方"

『光芒』のサビの最後には、次の歌詞がある。

必ず君を一人にはさせないから

この歌詞には、文法的な違和感がある。
そのため、気になって仕方がなかった。
逆に言えば、非常に印象的で、ずっと記憶に残るフレーズだったわけである。そしてある日、気が付いた。
あー、これ、わざとか


(1)文法的な解説

違和感を生み出しているのは、「必ず……ない」という表現。順を追って説明する。

まず、専門用語で言うと、「必ず」は陳述副詞である。

【陳述の副詞】
副詞の種類の1つ。「けっして」という副詞には,かならず「ない」という否定の助動詞がくるように,あとにくる言葉と呼応して,いろいろな話し手の態度や気持ちを表す。

用例
「もし〜なら(仮定)」「まるで〜のように(たとえ)」「たぶん〜だろう(推量)」「どうか〜ください(願い)」「なぜ〜か(疑問)」「断じて〜ない(否定)」など。

学研キッズネット「陳述の副詞」より(https://kids.gakken.co.jp/jiten/dictionary04200523/

陳述副詞とは、簡単に言うと、「決して+ない」のように、相棒が決まっている言葉のことである。ネイティブであれば感覚的に分かるし、使っているはず。

日本語という言語は文の最後に言いたいことが来る。つまり、最後まで読まないと何を言いたいのか分からない。しかし、陳述副詞があれば、文末がどうなるのか予想できるのである。

ということは、だ。予想に反する呼応表現が来るとビックリする、というか普通は来ないし、来ちゃいけない。

では、「必ず」はどんな言葉とセットになるのか。

一般に肯定的な形式の述語と照応して用いられる。

「新明解国語辞典」より

「必ず」が肯定の場合にだけ使われるのに対して、「絶対(に)」は肯定・否定いずれの場合にも使われる。

「使い方の分かる類語例解辞典」より

つまり、ざっくり言うと、文法的には、

✖ 「必ず……しない」
○ 「必ず……する」

であり、普通、「必ず君を一人にはさせない」とは言わないということである。


(2)「必ず…ない」としたのはわざとだ、と思える理由


理由①:2番の歌詞でも「必ず」が使われている

2番のサビの最後は次のとおり。

必ず君との約束守るから

「必ず」が再び出てくる。この歌において「必ず」が重要なワードであり、あえて使っていることは間違いないだろう。

ちなみに『光芒』は、最後に1番のサビが繰り返されて、「必ず君を一人にはさせないから」で終わる。『光芒』で一番伝えたいのは、このフレーズなのだ。(「東京クロノス」をプレイすれば、その意味が分かる。みんなやろう。)

理由②:文法的に正しくすると、ありきたりになる

「必ず君を一人にはさせない」を文法的に正しくしてみる。

パターン1:決して君を一人にはさせない
パターン2:絶対君を一人にはさせない

どうだろうか。個人的には、ビビるくらい平凡になってしまった印象を受ける。ありきたりな、どこかで聞いたような、そんなフレーズ。これではキーフレーズとしてインパクトが足りない。

理由③:「決して(…しない)」より、「必ず(…する)」の方がポジティブな雰囲気が出る

前述のとおり、陳述副詞があれば、文末がどうなるかを予想できる。つまり、「…しない」が呼応する「決して」を文頭に置くと、自動的にその文には、消極的な雰囲気がまとわりつく。一方、「…する」が呼応する「必ず」を使えば、前向きな印象を強制的に付与できる。

そのようなわけで、本来「ない」とセットで使われるのが自然な「決して」ではなく、否定と肯定の両方に使える「絶対」でもなく、肯定の表現が呼応する「必ず」にしたのではないだろうか。

【ネタバレ注意?】
響介たちは一度、"君を一人に" させてしまった。
何もしないことで、一人にさせてしまったのである。
だから今度は、「君を一人にさせない」ために行動する、と決意したのだ。


まとめ

・普通「必ず」は「しない」につながらないが、意表を突くことで記憶に残るフレーズとなる。
・基本的に「必ず」という陳述副詞は肯定の表現と呼応するため、積極的な響きとなる。
・それで、「必ず」が使われていることにより、「『君を一人にはさせない』ようにする」という、行動的な印象が伝わってくる。

以上、僕の妄想を書き連ねた(全然違ったりしてね)。
音楽は、理論を破って作られることが少なくない。文章もまた、文法に違反することでエモくなる場合がある。

これは『光芒』の歌詞に限った話ではない。例えば、ギリギリセーフくらいの方法で「てにをは」を使うことにより、詩的な効果が生まれたりする。具体例を挙げると、観光関連で、「東京遊ぶ」なんていうフレーズがある。普通に言えば「東京遊ぶ」だが、「東京」とすることで、東京中を遊び尽くすようなイメージが浮かんでくる。「京の都遊ぶ」なんていう言い方もある。幻想的だ。(難易度が高過ぎて僕には使いこなせないけど。)

ただし。いち校正者として念を押しておきたいのは、基本を知らずして壊すのは無理だぜ、ということ。校正の仕事をしていると、意図せずにぶっ壊れた文章とよく出合う。それはよろしくない。エモくない。
文法的に正しい文章を書くことは、意外と難易度が高い。日本語ネイティブであっても、練習して習得する必要がある、と言われている。
意図的にぶっ壊れた文章を楽しむためにも、基礎的な文法をあらためて勉強してみることをオススメしたい。

そういえば、「必ず君を一人にはさせないから」の「から」もグッとくる。これは、「~から」の終助詞的用法というもので、続く言葉をあえて言わないことにより、相手に自分の気持ちを伝えるテクニックなのである。エモエモなのである。

『光芒』のエモさを味わい尽くすためにも、「東京クロノス」未プレイの方は、ぜひ。(今年、Nintendo Switch版も発売されるので、非VRユーザーも楽しめる。ただ、個人的には、VR版も一度は味わってほしい。特にオープニング映像は必見。)

最後に、あらためて『光芒』を聴いて震えて終わろう。
今度は、『光芒』 のアコースティックバージョン。

お気に入りの箇所は、2番のサビに入る前の「彩るよぉっ⤴」※。
※正式な歌詞は「彩るよ」。

それでは皆さま、良きVRライフを――。

(文・烏賊納豆)




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