音響道楽

 むかしから音響が好きである。高校生の頃までは買い与えられたモノを聴くしか無かったが、大学生になると自分の手で買い始めた。

 大学1年から3年まで、毎夏2か月間は下田の弓ヶ浜の民宿でバイトしていた。1年生の時は先輩に連れていかれ、2年生からはイーズカが牢名主になった。

 まさに「牢名主」で逃亡が許されない。朝6時ごろに起きて朝食の配膳から始まり、その食器下げから清掃で午前中が終わり、昼食を賄いで食べて15時までの昼休みとなる。
 最初は歩いて3分の浜辺で遊んでいたが、3日で飽きる。4日目からはひたすら昼寝した。そうしないとカラダが持たない。
 15時からは魚やサザエを買いに行ったりの買い出しから始まり、慣れてくると夕食の料理も手伝い、皿への盛り付けも引き受ける。これは美的なセンスが問われる。
 出来上がった夕食を各部屋に運び、終わると自分たちの夕食を賄い飯で食べる。さすがに2か月間の住み込みなので、客とは違ったメニューとなる。
 そして夕食の皿を下げて、洗って20時過ぎには仕事が終わる。

 こんなスケジュールが毎日繰り返される。夜も近くのスナックに行ったりしたが、すぐに飽きて部屋でバイト二人で宴会して寝てしまう。
 当時はイーズカも早起きが辛かった。今や3時でも4時でも平気で起きられる。

 こんな2か月間なので、収容所に送り込まれたようなものである。カネを使うヒマも体力も無い。結果、学生にしては大金を持って東京に戻ることになる。
 2年目は牢名主になり、3年目は近所の民宿からも頼まれ、3人の学生を引き連れて乗り込んでいた。ただのバイト代とは思えないカネが手元に残った。
 このカネで結構な高級オーディオを買っていた。
 一度、良い音を聴くと、もうチープな音には戻れない。
 社会人になってからは次々と高級機種に買い替えて行った。しかし東京の部屋は狭い。静岡の実家には、父が早くに亡くなったので一時戻り、離れを建てて25畳ほどのオーディオ・ルームを持っていた。
 LPレコードはすべて田舎に持ち帰り、東京はCD再生のみにした。実家への帰省はオーディオを楽しみに帰っていた。
 25畳もあって他にはソファとベッドとクローゼットしか無いので、オーディオ装置も贅沢した。

 サイスイのアンプにティアックのCDプレーヤー、オンキョーの巨大なスピーカーに、レコードプレーヤーはテクニクスとビクターとDJ用の3台を持っていた。
 総額100万円を軽く超える金額をつぎ込んでいた。

 しかし母が老人ホームから介護施設に移る頃には帰省しなくなっていた。姉夫婦と仲が悪く「テメエなど、今すぐ死んでしまえ!!」と罵り合う関係である。

 やはり機械というモノは使わないとダメになる。まずレコードプレーヤーに回転ムラが出てしまう。これは東京に持ち帰り、ひたすら回し続けることで解消した。
 アンプはPhono端子だけが壊れた。サンスイで直そうにも、もう倒産してしまっていて直せない。元技術者がネット上で修理専門サイトを運営しているのが分かったが、値段がどうしても高くなる。
 ヨドバシカメラでPhono専門のアダプターを買えば6千円程度でLine端子に入力できることが分かった。

 最後はスピーカー。ふつうは壊れないが、長期間にわたって放置したので、湿気でウーファーのコーン紙の周辺がキズついた。加水分解して穴が開いてしまうのだ。
 これもヨドバシで教えてもらい、30センチのウーファーを外してメーカー合同のセンターに送れば、加水分解しない金属素材の混じったモノに交換できる。ただ1点18000円なので、左右両方で4万円ほどかかる。
 去年の夏、母が亡くなったので全てを相続放棄して、哲学書とレコードとオーディオ装置を東京に引き上げた。
 それで現在の東京の部屋にはオーディオ装置が2セットある。
 東京でずっと使っていたのは、ARCAMというイギリス・ケンブリッジのメーカーのアンプとCDプレーヤーである。
 スピーカーは大学の友人から貰ったダイヤトーンのブックシェルフ型である。
 これが相性が抜群に良くて、音がサイコーである。ビクターのレコードプレーヤーとも相性良く、普段はコチラばかり聴いている。たぶんコチラのセットは総額30万円そこそこである。
 イギリス製のモノは、軽くてシンプルで日本製とはまったく設計思想が異なる。
 とにかく「音が前に出てきて、メリハリが素晴らしい」。

 日本製のモノはコイルの凄まじいヤツが入っているので、とにかく重い。CDプレーヤーなど底部に厚さ1センチの鉛の板まで入っている。アンプもデッキも25キロから30キロ以上あり、動かす時は大仕事である。

 音は重厚だが、歯切れが悪い。クラッシックなどには良いが、イーズカの好きなラテン音楽や、ダンス・ミュージックには向かない。

 日本製セットに手を加えてもカネばかり食いそうである。

 マッキントッシュのパワーアンプを中心にして、チョンマゲ型のスピーカーと組んで、外国勢セットがもう一組欲しい、と思っている。

 結婚してから、こんなことを言うと殺されそうなので、結婚前に買ってしまいたい、と密かに狙っている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?