モーゼの「十戒」

 昨日は暴力バーの話を書いたが、「や~さん」本体とも出っ食わしている。因みにイーズカはヤスユキという名前なので、家族や親戚からは「やっちゃん」と呼ばれていた。

 新宿歌舞伎町に、や~さんのたむろす「風林会館」というビルがある。
 その前の通りは、風俗店案内所が軒を並べ、ポン引きが闊歩するメインストリートである。
 イーズカもスポーツクラブ「オアシス」から、ゴールデン街に行くのに良く歩いていた。

 ただ、ある日の昼間この通りを歩いていた。何か考え事をしながら歩いていて前のプロセスを覚えていない。
 たぶん「月末の支払いをどうするか」とかいう、そんな程度の考え事である。
 日常茶飯事ながら真剣に考えざるを得ない。

 目を上げたら、正面から「や~さん」の集団が組長を先頭に20人くらいやって来る。その距離はもはや5メートルくらいである。
 左右も、うしろも誰も居ない。危機に気が付いて全員が退避を完了していた。

 もう瞬時に判断するしかない。こんな大名行列をしている「や~さん」と戦っても意味がない。
 仕方なく、先頭の組長に道を譲った。

 次の瞬間、背後の20人ほどが、左右に真っ二つに割れた。中央に道が開けられ、「兄さん、こちらへどうぞ」とド真ん中を歩かされた。
 「ああ、悪いね」と言いながら歩いたが、生きた心地がしなかった。

 彼らは「組長に道を譲ってくれた人間に、仁義を切ってくれた」のである。
 イーズカを「かたぎ」と思ったか、「同業者の別の組」と思ったか分からないが、「礼には、礼で」返してくる。

 その少し前に、さと子さんから風林会館の1階の店で「ランチしよう」と誘われていた。
 さと子さんは「ワタシは用を済ませてから行くから、先に行ってて」とのことだった。
 行ってみたら広い店内、ランチ時は「や~さん」しか居ない。あちこちに黒や紺のテカリ気味のスーツに刈上げアタマの「や~さん」が集っている。

 「コラ~、早く来んかい」、「水のお代わりはまだか」、「チンタラせずに、メニュー持ってこい」と、荒々しい声が飛び交っている。

 そこに、さと子さんが遅れてやって来た。「スゴイでしょ、この光景」とほくそ笑んでいた。

 ホントに、こんな光景はヤクザ映画でも見たことが無い。一般人など、ほぼ居ない。
 しかし、店員は慣れたモノであった。怒鳴られようがテーブルを叩かれようが、「はいはい、少しお待ちください」と平然と歩いていく。

 「や~さん仕様の対処法」など無い。通常業務として接するしか無いのである。
 こんな連中の大名行列に、風林会館前の通りで出くわすとは思わなかった。

 「やっちゃん」は「や~さん」と親和性が高いのであった。


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