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−香色− 手作りティラミスをもらった

友人から、手作りティラミスをもらった。

ぼくは今、大学の研究室にいる。この居室では、7、8人がデスクワークをしている。
ぼくは、ここで、ティラミスを食べる。


ティラミスの瓶を開ける。
刹那、幸福の香りが我が鼻腔をつく。この香りは、拡散方程式に従って、やがて部屋中に行き渡り、他の人たちのもとへ届くだろう。ぼくは幸福の伝道師である。

否、人々が享受する幸福は、嗅覚のみに制限されている。
ぼくだけが、それを味わう特権を手にしている。ぼくは飯テロリストかもしれぬ。


特権は、直ぐに行使すべきものである。
ティラミスの表層をスプーンで一掬いし、しみじみと味わう。香ばしい苦みとやさしい甘さがせめぎ合う。まるで人生のよう。

言わずもがな、今のぼくは、人生の中のクリーム部分。
なぜなら、今ぼくは、ティラミスを食べている。



しかし、幸福には終わりがある。ティラミスは尽きた。
ぼくは特権を失い、平民に戻った。幸福の余韻と、名残惜しさに浸る。

何時か再び、ぼくが特権を得る時が来るであろう。能動的に幸福を探し求めよう。
そして自らもまた、他者に幸福を与えるよう努めねばならぬ。

そうして初めて、ぼくは真の「幸福の伝道師」たり得るのだ。


新たな決意を胸に、ぼくは、ティラミスの無い時間を生き始める。



......という、大仰な食レポを書きたくなるくらい、美味しいティラミスだった。


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【香色】こういろ
香料の煮汁で染めた色。平安時代には高価なものとされた。
ティラミスにぴったりな色。
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