「ホムンクルス」

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主演:綾野剛

脚本:内藤瑛亮 松久育紀 清水崇

監督:清水崇

原作:山本英夫


ホムンクルス(ラテン語:Homunculus:小人の意)とは、ヨーロッパの錬金術師が作り出す人造人間、及び作り出す技術のことである。
-Wikipediaより引用-

 綾野剛演じる記憶を失ったホームレス名越進が、成田凌演じる研修医の伊藤学と出会い、報酬70万円を条件として頭蓋骨に穴を開ける人体実験(トレパネーション手術)を受け、術後7日間に渡って名越の状態を観察するといった物語。頭蓋骨に穴を開ける際に用いる医療用のドリル音が開幕と同時に館内へ響き渡る。この音は上映中に幾度と響き渡る為、映画を観終わるころにはキュイーンというドリル音が耳に入るだけで頭痛がする錯覚に襲われる。頭蓋骨に穴を開けることにより、本来は全体の10%程度しか動作していない人間の脳を90%にまで引き上げることが目的らしい。この完全なるフィクションと思われがちなトレパネーションは、現実世界でも実行が可能であり、過去に実例もある。遡ること8000年も前から存在する外科的手術らしく、脳内血流量を活発化することにより子供さながらの気持ちや意識を取り戻すことができるとのこと(科学的には立証されていない)。実際に赤子の頭蓋骨は柔らかく、骨同士はすべて繋がっていない為、私たちよりも血流が良いらしい。故ジョンレノンが生前に施術を望んだことでトレパネーションが有名になったようだ。

 頭蓋骨に穴を開けることにより、いわゆる第六感が覚醒する。子供の意識と大人の知識を併せ持つ人間になれる。そして、意識の全てを左半身に集中させた時にのみ、通常では見えないであろう”もの”が名越には見えるようになった。紙のようにペラペラのサラリーマン、腰を中心として上半身と下半身が分離している女、頭部が巨大な電球のOL、全身がモザイクの人間、ロボットのヤクザ、砂のJK、のっぺらぼうの女、水で形成される男、それら全てにおいて、本作品の世界観を形成するであろうその造形に目を惹かれた。伊藤はそれらをホムンクルスと呼び、脳内の小人や心の歪みと表現している。ホムンクルスは当人の心の歪みが表出したものであり、家庭環境やコンプレックスによって造形が異なる。トレパネーション手術により心の歪みを可視化出来るようになった名越は、最初は戸惑うものの、次第に眼前のホムンクルスと向き合うようになっていく。心の奥深くに潜む歪みの声に耳を傾け、受け入れる。幾度となく繰り返されてきた自己否定を、根底から肯定するように。ホムンクルスを宿した本人が、目を背け続けてきた自身の過去と向き合うことにより、心の歪みをありのまま受け容れることでホムンクルス自体は消滅する。

 「私はお前だ」ー 表出したホムンクルスは名越自身の心の歪みと類似していたのかもしれない。心同士の会話で消滅した相手のホムンクルスが、自分自身の身体の一部となり出現するようになる。そして術前は喜怒哀楽という感情の起伏が一切無かった名越だが、トレパネーション手術を受けホムンクルスと関わる日々を送る毎に感情表現も増していく。その最たる例が”愛”なのだろう。愛があれば、頭蓋骨にだって穴を開けれらる世界がある。愛は常に狂気の可能性を内包していて、狂気こそが愛を象徴する最たる感情なのかもしれない。名越は”歪み”と表現されるホムンクルスにさえも、愛を持って接している。真っ直ぐな感情は眩しくて直視することが難しい、少し歪なぐらいがちょうどいい、そうなのかもしれない。

 自分自身の根底に佇む心の歪み、抱えている本人はその存在に気がついているのではないだろうか。「あなたのホムンクルスはどのような造形をしていると思いますか?」と問われれば、わたしは即座にその絵を書き始めることが出来る。気が付いているけれど、見ないフリや知らないフリをして向き合おうとしない、向き合うこと自体が恐ろしい。そうして今日も心の奥底へと歪みを閉じ込めている。「見てほしいのに、見てもらえない。見てほしいばかり、ちゃんと見ようとしない」諭すように放った名越の言葉は、自分自身に投げかけられた言葉のように錯覚する。

 この世界は脳が見せた幻想。いま目に映るすべての情報が虚像なのかもしれなくて、それを絶対的に否定することは出来ない。脳が見せている都合の良い世界、たくさんの都合の良い解釈が存在するだけなのかもしれない。名越にとってホムンクルスは自分と他人との繋がり。わたしにとってのホムンクルスとは劣等感やコンプレックス、様々な心の歪みであり、しかし紛れもなく自己を形成している一部分。自分自身を、歪みを、否定することなく肯定することもなく、ただそっと寄り添いながら都合の良い解釈をこれからも繰り返してゆくのだろう。


 綾野剛、成田凌のタッグが作品の世界観を確立させていました。「愛がなんだ」主演の成田凌と岸井ゆきのが再共演していることが個人的にとても嬉しかったです。あっという間の2時間が過ぎて名残惜しいけれど、成田凌は今回もキマっていて最高に最狂でした。


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