「花束みたいな恋をした」

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主演:菅田将暉 有村架純

脚本:坂本裕二

監督:土井裕泰


 「別れる男に、花の名前をひとつは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。」とは川端康成氏の言葉です。彼は1972年に自殺を成し遂げています。


 その肝心の花の名は教えずに、造形のみを記憶の断片としてしまえば、別れた彼の中で花が咲くことはないのだろうな、と本作を観て一番深く残っている感想です。意識的か無意識的かは脇に置いておいて、それはきっと彼女なりの優しさだったのではないかと私は思う。言葉、これは即ち呪いに等しい。関係性が恋仲となればそれは顕著に現れ、相手との逢瀬が途絶えたときに凄まじい効果を発揮する。些細な言葉が膨大な苦しみを与える。その苦しみを与えない為に、いつか別れることを理解していたが為に、彼女は花の名を教えなかった。その知らずの優しさこそが本当の愛と呼べるのではないか。そのように感じた私はどこかロマンがチック過ぎるのだろうか。

 音楽はモノラルじゃなくステレオで、イヤホンは右と左で奏でる音が違う。ファミレスで偶々居合わせたエンジニアの熱弁を、5年の時を経て、まるでイヤホンを体現しているかのように隣席同士で熱弁を奏でる。しかし、この時奏でられたメロディーは右からも左からも全く同じ音楽(熱弁)が鳴り響いている。互いに違うパートナーを連れて尚、流れた音楽は止められない。


 決して陽気とはいえない男女の幸不幸現実での葛藤の表現方法も良い。良く言えば”世間受けしそう”な、悪く貶せば”ありきたり”な、感情の振れ幅が二人の役者によって巧妙に表現されている。今回は特に、菅田将暉さんと有村架純さんの目の動きに引き込まれる部分があった。菅田将暉さんはシャイで決して普段は積極的ではない男性の性質を、有村架純さんは控え目だけれど心の奥底では燃えるように熱い芯をもった性質を、一人につき目は二つ、計四つの目でそれぞれがそれぞれの良い性質を表現し、その性質の表現をそれぞれが正しい解釈として受け取る。そういった目の演技(もちろん声音や仕草などの演技も素晴らしい)が特に印象に残っている。

 世間一般からすれば、陰キャと呼ばれる部類なのだろうか。他人の誘いを断れず、見ず知らずの人がたくさん集まる場では居場所がなくなる。本物の陰キャというやつはこんな程度では済まないだろうが、一応”準陰キャ”ということにしておこう。上記の点もそうだけど、文学が好き、映画が好き、漫画が好き、音楽が好き、等々の全てを私も愛しているので、私自身も陰キャ寄り、いや寧ろ”正当な陰キャ”なのかもしれない(趣味は決して関係ないだろう)。ひとりぼっちで完結する趣味を愛している。疲れるよね、人がたくさんいる場所って。精神をヤスリで徐々に細かく削られる感じがする。


 大学生だった二人がフリーターとなり、就職して会社勤めとなる中で、主に麦(菅田将暉)がどんどん疲弊していってしまう。本当にやりたかった事の絵を描くことも止めてしまう。ペンを握っていた手はスマホを握る手となり、見つめていた小説や漫画はスマホのスクリーンとなり、最終的にパズドラだけが彼の息抜きとなった。この描写には何をもって”富み”と呼ぶべきなのか、考えさせられる節があった。仕事での激務をこなし、それなりの収入を得たとしても、それと引き換えにするのが自分自身の感性だなんてあまりにも悲しすぎる。そこに生きている意味などあるのだろうか、とさえも思ってしまう。対する絹は就職しても自分らしさを保ち続けていた。それは、彼女はいつだって生活内での余裕を忘れなかったからではないだろうか。仕事以外の時間で、好きなことや趣味とキチンと向き合っていた。

 就職後の麦君の疲弊振りは、現代社会に対する風刺的表現なのだと思う。過激な労働は、素晴らしき感性さえも破壊する。時間が奪われれば創造することなど出来るはずが無い。どちらかと言えば私自身も労働に傾倒してしまう性質なので、今後は創造と仕事とを自分の中にある一定ライン上で完全に分別してしまわなければいけないと考える。


 この作品を見終えた後はアサヒスーパードライが飲みたくなる。実際、この文章もアサヒスーパードライを飲みながらキーボードを叩いている。笑

そして、個人的には絹はオダギリジョー演じる上司と寝たんじゃないかと思っている。寧ろ寝ていてほしいとも願っている。しかし、それらの真偽は謎のままがよい。

”人生肩の力抜いていこうよ”ってこと、”現在抱いている感性を大切に育んでいこうよ”ってこと、そして”人生を創造しようよ”ってことを本作より学びました、というよりも再認識させられました。ベッドシーンも良い意味でエロティックな感じは一切なく、爽快でした。

思えば、今年一本目の映画館での鑑賞。それがこの作品で本当に良かったと思えます。


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