Alice in the sandbox. 第二幕

第二幕 Wonder land in the box.

私は、虚空の中を落下し続けていた。
どのくらい立ったのだろうか、1分?10分?それとももう何時間も?
落下を続けるうち、時間の感覚というものはとうに意味をなさなくなっていた。
そして、私の意識は周囲の虚空に吸い込まれるように遠く、遠く…

「ううん、落ちる…死んじゃうよお…」
「お嬢さん、お嬢さん。お目覚めなさいな。もう、朝ですよ。」
「わわっ!?えっ!?何!?誰!?」
聞き覚えのない男の声で、私の意識は急速に現実へと引き戻された。
「おはようございます、お嬢さん。」
背後を振り向くと、どうやら声の主らしいその男は、イギリス人がするような紳士的な挨拶をしてきた。しかし一方でそこには、どこか小馬鹿にしたような。腹の底で笑ってるようなそんな印象を受ける。
「はあ…おはようございます…?って、そうじゃない!」
つられて挨拶をしてしまってから、そんな場合じゃないことに気づいた。
ぐるりと辺りを見渡すと、そこはまるで見た事のない場所だった。
奇妙な形をした木、見たことも無い果物、派手な色の鳥が空を舞い、遠くには大きな謎のオブジェ…お城、だろうか。
「おおっと、これはご無礼を。自己紹介がまだでしたね、私猫のシュレーディと申します。お気軽にシュレーディとお呼びください。以後、よろしくお願いします。」
猫の、シュレーディ…どこか引っかかるような名前だ…というか猫?
「その…どう見ても人間…ですよね?」
彼は笑いながらからかう様に言う。
「細かいことは気にしちゃあいけませんよ。お客さんだってみーんな、見逃してくれてるんですから。」
客…?どういう事だろうか…?
「…て、そうでもなくて!」
先程に続きまたも猫さんのペースに乗せられていることに気づく。
この男、どうやら相当口が回るようだ。
「ここは何処なんですか!私、一体どうやって帰るんですか!?」
「さあ…?来た道から戻ればいいんじゃないですかねえ?」
「来た道って…」
そう言いつつ上を見上げる。先程の体験が妄想でなければ、私は遥か上空から落下してきたはずだ。
私は箱の中に落下してきた
「もしかして、転がってきた箱を開けてみたら、訳が分からないうちに見たことも無い空間で落下していて、気づいたらここにいた…とか?」
背筋がゾクリとした。彼の言ったことは事実を正確に述べていた。
もっと言えば、彼は私の言おうとしていたことを一言一句違わずに述べていた
「もしかして、図星ですかね?いやあ、ダメですよ、好奇心で迂闊に訳の分からないものを開けるなんて。強い好奇心は身を滅ぼしますからね。」
間違いない、この男は何かを知っている。私がここに来た経緯を、私よりも詳細に。
「ねえ、知っているなら私の質問に答えてよ!あの箱は何!?どうして私はここに来たの!?」
訳の分からない箱、訳の分からない空間。そして目の前の訳の分からない男。
分からないものだらけで、私の脳はパニックを起こしかけていた。
「どうして…ね。」
一瞬、彼の目付きが冷たくなったように感じた。
「どうしても、知りたいですかね?」
「あっ…当たり前でしょう!」
「そうですか…それでは、私のできる限りはお手伝いさせていただきます。立ち話もなんですし、お茶でも飲みながらでは如何です?」
先程感じた冷たさは、どうやら気の所為だったようだ。
直ぐに元の飄々とした雰囲気に戻った。
「お茶に付き合えば、話してくれるのね?」
「えぇ、私の知っていることならなんなりと。」
「…貴方は、なんでも知ってるように見えるけど?」
そう言うと男は鼻で笑った。
「いえいえ、そんなことはございません。私は知ってることだけを知っておりますので。」
その男は、自分が知ってることに関しては全て知っていた
「それでは、行きますよ。」
「どこへ?」
「それはもちろん、お茶会の会場ですよ。二人きりでお茶と言うのも悪くは無いですが…賑やかな方が楽しいでしょう?」
「それは…」
お茶会なんてどうでもいいから早く真相を教えてくれ、というのが本音だったが、どうやら彼の機嫌を損ねては不味そうだ。
「そう…ですね。」
「それに、君なら『彼』ともきが合いそうだしね。」
「『彼』?」
「お茶会の主催者だよ。『彼』は…その、ちょっぴり愉快な奴でね。悪い奴じゃないんだ。君もきっと…気に入るかもしれない。」
彼らしくなく(この数分で私は彼がどういう話し方をするのかほとんど理解していた)、歯にものが詰まったような言い方をする。
何か気がかりがあるのだろうか。
「そう…楽しみだわ。」
気にしても仕方が無い。
私は、その男に案内されるがままお茶会の会場へと向かった。

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