本書は、Todd McGowan, The Fictional Christopher Nolan (Austin: University of Texas Press, 2012)と、同書の出版後に発表された二本の論文 の翻訳である。クリストファー・ノーランの映画に関して、ヘーゲル哲学とのつながりを探りつつ、主体や夢といった概念をめぐって考察し、「真実の発見は、その背景となる嘘が存在しない限り不可能である」(15)という「嘘の存在論的優位性」を、説得力を持って提示している。全9章で、各章一作品を扱い、『フォロウィング』(1998)から『インターステラー』(2014)へと製作の軌跡を辿るかたちで作品分析されているが、個々の作品論、あるいは、ノーランの作家主義的側面の検討に留まることなく、ヘーゲル、ジャック・ラカンの哲学、思想を基盤として、スラヴォイ・ジジェク、アラン・バディウ、ジョルジョ・アガンベンらの理論にまで目を向けた倫理的議論を展開しており、その議論は刺激的で充実しているとともに、これから哲学、思想を学ぼうとする読者にも十分耐えうる親切丁寧な説明が施されている。……翻訳という点では、滑らかな日本語で非常に読みやすい。また、ときに原著者マガウアンの誤解を指摘する箇所があるように、原書の正確さがしっかり検証されており、信頼のおける丁寧な翻訳作業がなされたことが分かる。(川村亜樹氏=愛知大学教授)