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ジャコメッティ

アルベルト・ジャコメッティの彫刻作品を初めて見たのは、確か二十歳の頃だったと思う。最初の出会いは作品集だった。針金のように細く引き伸ばされた人体像に不思議な魅力を感じた。日本ではジャコメッティの彫刻の本物になかなかお目にかかることができない。国内で最初に見たのは大原美術館の「ヴェニスの女Ⅰ」だった。イギリス留学中にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツでジャコメッティの彫刻作品の大回顧展を見る機会があり、作品集で目にしていた多くの彫像を実際に鑑賞することができた。

たくさんの彫像を見て確信したことは、ジャコメッティの作品は(シュルレアリスム期の作品は別として)徹底したリアリズムの作品だということだ。ジャコメッティの細長い彫刻は、第二次大戦後に哲学者サルトルが評論を書いて紹介したことから実存主義哲学と結びつけて論じられることが多いが、ジャコメッティ自身は現実のヴィジョンの忠実な再現を目指していた。他ならぬサルトル自身が「彼はまず最初に人間を、見た通りに、つまり距離を置いて、彫刻することを想いついたのである」と書いている(「絶対の探求」)。

幸運にも鹿児島にはジャコメッティの彫刻の常設展示がある。長島美術館の第2展示室にある「スティールⅢ」。弟ディエゴをモデルにした中期の作品である。横顔が平べったく作られていて真横から見ても面白いが、ジャコメッティの彫刻はやはり正面から見るように作られている。ある程度距離を置いて、鼻の先端に焦点をあてて見るとよい。オブジェとしては奇妙でも、ヴィジョンとしては正確に作ってある。

弟ディエゴも家具職人として近年高く評価されている。地下一階にはディエゴが制作したブロンズ製のテーブルが展示されている。兄弟の作品が併せて見られる美術館は日本国内はもちろん、海外でも珍しいのではないだろうか。コレクターの人柄が偲ばれる。

2012年2月15日(南日本新聞コラム「南点」掲載)

【追記】現在、常設展示されているのはディエゴが制作したブロンズ製のテーブルのみで、「スティールⅢ」は見ることができない。