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映画館へ行こう

映画館で見て感動した映画をテレビやビデオで見てまったく印象が異なるのに驚いたことがある。それは、ブラウン管が高精細テレビになり、ビデオがDVDやブルーレイになったとしても変わらない。映画館と自宅で映画を見ることの違いは何なのだろうか。

まずスクリーンの大きさが挙げられる。映画スクリーンもテレビ画面もサイズはまちまちなので単純に比較はできないが、平均して10倍から20倍くらいの大きさの違いがあるだろう。

次に反射光と透過光のメディアの違い。映画は投影された映像を見る反射光メディアで、テレビは光源それ自体を見る透過光メディアである。前者は太陽の光に照らされたものを見る感覚に近く、目が疲れにくい。仕事で一日中パソコンのモニター画面を見た後で、さらにまたテレビ画面を見たいと思うだろうか。

第三に、映画館の暗闇で見るのか、それとも明るい部屋のなかで見るのか。暗闇に投影された光の映像の不思議な魅力は古くから多くの論者の関心の的となってきた。文化史家シヴェルブシュはこう述べている。

観客席の暗がりは、明るい画面に、他の状況ではもちえないような強度を与える。光による映像はすべて、ちょうどトンネル―この場合は視覚的トンネル―の出口に見える光のように、暗闇からの救済として体験されるのである。

『闇をひらく光』(法政大学出版局)


最後に、これが最も重要な点だと思うのだが、映画視聴の体験が分節化されているか否か。自宅での視聴は日常生活の一部だが、映画館での視聴は、日常生活とは異なるひとつの分節化された体験となりうる。映画視聴の前後には交通機関や徒歩での移動が伴うのである。

いったん映画館に入れば、私たちは不動の姿勢のまま暗闇のなかで仮想の遊歩を楽しむ。現在公開中の故・森田芳光監督の映画「僕達急行 A列車で行こう」のコピーにあるように「ココまで来たら世界のどこだって行ける!!」のである。

2012年3月28日(南日本新聞コラム「南点」掲載)