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三原芳秋・渡邊英理・鵜戸聡編『クリティカル・ワード 文学理論』(フィルムアート社)

読書の幅広げる入門書

文学理論の入門書である本書は2部構成になっていて、「基礎講義編」では、5人の研究者が文学理論の根本問題である5つのテーマについて論じ、「トピック編」では、現役の大学院生5人が「こういうものが欲しかった」を合言葉に、文学理論の現在進行形の諸問題についてのトピックをコンパクトに整理してまとめている。

本書は初学者にも入りやすい構成になっている。まず第1章「テクスト」では、作品をテクストとして読むことで何が起こるのかをわかりやすく説明している。「テクスト」理論によって読書は創造的行為となる。第2章「読む」では、繰り返し読まれるテクストとの新たな出会いについて論じられる。最も鮮烈な例は、長谷川櫂による芭蕉の句《古池や蛙(かわず)飛(とび)こむ水のおと》の解釈だ。長谷川は批評的かつ実証的に「古池に蛙は飛びこまなかった」と推論した。これはどちらが正しいということではなく、芭蕉の句はその両方の読みを可能にする多義的なテクストだということだ。

第3章「言葉」では、マイナー文学における「言語の脱領土化」の問題が論じられる。その一例として挙げられるのが、崎山多美の「沖縄文学」である。崎山の「シマコトバ」を交えた多声的な文体は、メジャーな日本語を「カチャーシャー(かき回す)」。そうすることによって、言葉の新たな可能性を探っている。第4章「欲望」では、ジェンダー、人種、セクシュアリティを軸に主体形成の問題が論じられ、第5章「世界」では、海外文学を読む体験が考察される。同じ執筆者による付録のコラム「世界の文学(裏)道案内」を読めば、多くの日本の読者が考える「世界文学」がいかに欧米寄りであるかに気づかされるはずだ。

日本における文学理論の第一人者の大橋洋一氏がブログで絶賛し、売れ行きも好調で、発売から3か月で再版された。自分の読書体験の幅を広げたいと思っている人には、少し背伸びしてでも読んでほしいお薦めの一冊だ。

2020年7月26日(「南日本新聞」掲載[一部改稿])