週刊iGEM第一号『合成生物学/iGEMのはじめ』

はじめに

 本日より、毎週金曜日にiGEM高校生チームCrimsonNinjas_jpから『週刊iGEM』というタイトルで合成生物学やiGEMについてまとめた記事を連載していきます。
 CrimsonNinjas_jpは研究活動とアウトリーチ活動の2つを主軸として掲げております。『週刊iGEM』はそのアウトリーチ活動の一環として合成生物学の認知を広め、議論を引き起こすための一助となれたら幸いです。

 合成生物学について全く知識のない人からiGEMerまでどんな人が読んでも新しく知ることがあるような記事を目指したいですが、私もまだまだ勉強中ですので、万が一間違った情報などを書いていた場合はご指摘いただけますと幸いです。
 スケジュールとしては、今回と次回は導入的な内容、以降はiGEMerの方々でも唸らせられるような内容にできたらと思っております…!
 あとはjamboree(毎年11月に開かれるiGEMの本大会)が近づいて来たら、内容をiGEMに絞るつもりです。できれば時事的な話題にも触れられるようになりたいですね…

 初回の本日は『合成生物学/iGEMのはじめ』ということで、合成生物学/iGEMについての概要をまとめられたらと思います。

合成生物学とは?

 合成生物学というと何を想像されるでしょうか。ここでは従来の生物学と合成生物学の違い、iGEMにおける合成生物学、合成生物学の強み、以上3点をまとめられたらと思います。

・従来の生物学と合成生物学の違い
 生物学は大まかに2つに分けられるといわれています。1つは従来の生物学で解析生物学といわれる学問です。アリストテレスの種の分類の提唱にはじまり、現在の細胞・分子の観測に至るまで、生物に関連することを発見し、分類し、記録していく学問になります。
 それに対して、もう1つが合成生物学と言われる学問です。簡単にいうと、生物システムを理論に基づきデザインしていくことで、生物を理解していく学問になります。具体的には、「数式をもとにゲノムをデザインする」「人工ゲノムの作製」「ゲノムの自由な編集」「細胞の再構築系」などが挙げられます。
 歴史的にみると生物学の99%は解析生物学ですが、合成生物学は18カ月で2倍に技術が進歩するといわれているように、ここからの進展が期待されている学問になります。

・iGEMにおける合成生物学
 先ほど生物学は解析生物学と合成生物学に分けられると書きましたが、実は合成生物学も大きく2つに分けられるといわれています。1つがより工学的な合成生物学である、トップダウン合成生物学です。具体的には先ほどの「数式をもとにゲノムをデザインする」「人工ゲノムの作製」「ゲノムの自由な編集」などが挙げられます。もう1つがより生物学的な合成生物学である、ボトムアップ合成生物学です。具体的には「細胞の再構築系」などが挙げられます。
 どちらも非常に興味深い学問なのですが、iGEMではトップダウン合成生物学を扱います。ここではトップダウン合成生物学の概念についてまとめます。

 早速ですが、皆さん園芸は得意でしょうか?
 都会で生活していたら関わらないといわれたらそれはそうなのかもしれませんが、もうしばらくお付き合いください。私は園芸が苦手なため、植物の水が足りているか足りていないかは全く判断ができません。しかしそれだと植物を枯らしてしまいますよね。
 そこで解決策として土壌の乾燥を検知できるシステムの開発を目指すとします。
 一般的に考えると、湿度センサーと発光システム、回路基板などを繋ぎ合わせたハードウェアを作るというのが想像しやすいかもしれません。これは工学的なアプローチですよね。
 それに対して合成生物学者は生物を操作することを目指します。例えば、カメレオンのストレスに応じて色を変える塩基配列を植物の塩基配列に組み込めば、乾燥というストレスに応じて色が変わる植物を作れるかもしれません。

 つまりトップダウン合成生物学では生きた生物を何か有用なことをするように操作したいと考えます。生物のDNAを書き換え、生物が何か有用な機能を持つようにしたいのです。

・合成生物学の強み
 合成生物学者が対象としている課題の多くは、他の工業分野でも取り組むことができます。では合成生物学独自の強みとはいったいどこにあるのでしょうか。
 一般的に「細胞は複製能をもっていること」「細胞はたくさんの複雑なタスクをこなすことができること」「環境にやさしい解決策を生み出すポテンシャルを有していること」の3つが挙げられます。
 「細胞は複製能をもっていること」というのは、例えば合成生物学的手法によって有用な物質を生産できる細胞ができたとして、その細胞を大量培養して大規模生産の需要を満たすことができるかもしれません。工学的な機械ではそうはいかないですよね。
 「細胞はたくさんの複雑なタスクをこなすことができること」というのは、細胞は従来の製造設備では再現が難しいようなこともナノスケールの正確さで行えるポテンシャルを秘めています(さらに機構が壊れたら自己修復できますしね)。特異的な化学反応などの再現にはかなりの優位性を持っているのかもしれません。
 「環境にやさしい解決策を生み出すポテンシャルを有していること」というのは、細胞システムを利用することによって無駄の少ないプロセスになることが多くあります。今日における工業生産が消費するエネルギーを大いに減らせる可能性があります。

日本語で合成生物学に触れるためには

 私は英語が不得意であるため、”日本で”ではなく、”日本語で”合成生物学に触れるためにはというタイトルを付けさせていただきました。英語ができていればと悔やまれる日々を過ごしております…
 ここではネット記事に触れていると限りがないので、合成生物学について触れている本とその簡単な内容をまとめさせていただきます。
 高校生向けの合成生物学のオンラインコースとか日本語でも学べるようになれば良いですよね!

・Natalie Kuldell 他『バイオビルダー 合成生物学をはじめよう』
⇒iGEMerの方にはお馴染みだとは思いますが、合成生物学の概念を学ぶという点においては最適かと思います。内容は合成生物学の概要とアイディエーションの方法、具体的なプロジェクトの紹介です。

・ベン・メズリック『マンモスを再生せよ』
⇒こちらは私が合成生物学に興味を持ったきっかけの本です。内容としては、Harvard大学のGeorge Church教授らのマンモスを復活させるプロジェクトに関してです(ただ前半はGeorge Church教授の人生について書いているため、興味ない人にはつまらないかも…)
 マンモス復活プロジェクトに関しては週刊iGEMでもまとめさせていただく予定なので乞うご期待!

・須田桃子『合成生物学の衝撃』
⇒日本で合成生物学というと最も有名な本かもしれません。合成生物学の歴史や著名なプロジェクトに触れており、かなり分かりやすくまとまっています。
 こちらの本で触れられているミニマルセルプロジェクトについても週刊iGEMにてまとめさせていただく予定です。

・ジェイミー・A・デイヴィス『サイエンス超簡潔講座 合成生物学』
⇒意外と知名度低いように感じますが、とても分かりやすいです。合成生物学の概要を、まさに超簡潔にまとまています。純粋に知的好奇心をくすぐられる本だと思います。

・エイミーウエブ『ジェネシス・マシン 合成生物学が開く人類第2の創世記』
⇒最近噂の、といった感じでしょうか。内容は合成生物学の歴史や今後の未来の可能性に関してです。特に未来の可能性については、ここまで詳細に書いてある本は日本にはないかと思います。

 合成生物学について触れている雑誌や先端的な遺伝子工学について書いた本は他にもありますが、私がしっかりと読めていないので省かせていただきました。上に挙げた本はどれも非常に面白いので是非!

iGEMとは?

 The international Genetically Engineered Machine Competitionの略称で、合成生物学の世界大会になります。生物版ロボットコンテストといわれることも多く、DNA/RNA配列を設計し、生物学的なパーツ(BioBrickという)を作りだし、それら価値を競います。
 もう少し分かりやすくいうと、塩基配列をパーツとして捉え、そのパーツを組み立てることにより新しい機能を持った生物を創り出し、その価値を競うコンペティションになります。
 例えば、「毒素を検出するパーツ」と「緑色に光るパーツ」を組み合わせて、「毒素を検出したら緑色に光る生物」を創るといったような感じです(そう簡単には行きませんが…)
 プロジェクトは実用化に重きを置いたものから、童話を微生物で再現するといったものまで、多様な"価値"が認められています。プロジェクトはwikiと呼ばれるサイト上にまとまっているため興味のある方は見てみると良いかもしれません。
(参考(iGEM2020 best wiki):https://2020.igem.org/Team:Leiden)

 塩基配列をパーツとして捉えるという概念はなかなか理解しづらいかもしれませんが、iGEMは「シンプルな生物システムを標準化された交換可能なパーツから構築し、生きている細胞中で機能させることができるかどうか?」といった問いを始まりとしているため非常に重要な考え方になってきます。
 長さの単位は標準化されているから、世界中で1cmというと誰もが同じ長さを想像できるし、それをもとにプラモデルの設計とか簡単にできるじゃん。それであれば生物の形質を決定する塩基配列も振る舞いを標準化して、パーツにすることによって細胞の設計も簡単にできるようにしない?というと分かりやすいのかもしれません。

 最後にiGEMの特殊性としては、研究以外のウェイトの重さや排出しているスタートアップ企業の多さが挙げられるでしょう。
 ここまでの説明だとiGEMはひたすら遺伝子実験を行うのかと思われるかもしれません。しかし実際はプロジェクトの社会的影響力から成すべきを見出す活動や、プロジェクトのシミュレーションを行う活動、そしてiGEM必要経費を集める活動などなど様々な活動を行います。iGEMの良いところであり、大変なところでしょうか。
 また基礎的研究にとどまらず、実用化に重きを置いたプロジェクトが多いため、iGEM参加後スタートアップを立ち上げるチームも複数存在します。代表的なものとしてiGEM2006 MITのメンバーによって設立されたGinkgo Biowarksは2021年時点で時価総額一兆円を超える大企業へと成長しました。

日本でiGEMに触れるためには

 iGEM Japan Communityのdiscordはオープンですので、そこに入るのが一番近道でしょうか…?
 身近のiGEMerに声かけたら招待していただけるかと思います!
 あとはiGEMの雰囲気を知るというと、iGEM Japan Communityのadvent calender(iGEM・Synthetic biology(合成生物学)・Japan Advent Calendar 2022 - Adventar)やYomogy(https://yomogy.com)が分かりやすいのかと思います。

次回予告

 次回も導入的な要素が大きくはなりますが、合成生物学とiGEMの歴史についてまとめさせていただく予定です。
 自分の興味分野の背景を学ぶのが面白いと感じるのは私だけでしょうか…?少しでも興味を持っていただけるように頑張ります💪

 ご質問、ご指摘、リクエストなどございましたらTwitter(@iGEM_Ninjas)のDMにていつでもご連絡ください。

 ではまた来週お会いしましょう!

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