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養生訓 巻第五 五官


 心は人身の主君なり。
故に天君と云う。
思う事を司る。
耳目口鼻形、形は頭身と手足なり、此の五は、聞くと、見ると、嗅ぐと、物言い、物食うと、動くと、各々、其の事を司る職分ある故に、五官と云う。
心のつかい物なり。
心は、内にありて五官を司る。
よく思いて、五官の是非を正すべし。
天君を以て五官をつかうは、順なり。
五官を以て天君をつかうは、逆なり。
心は身の主なれば、安楽ならしめて苦しむべからず。
五官は天君の命をうけ、各々官職をよく勤めて、恣なるべからず。


 常に居る處は、南に向い、戸に近く、明なるべし。
陰欝にしてくらき處に、常に居るべからず。
氣をふさぐ。
又、かがやき過ぎたる陽明の處も、常に居ては精神をうばう。
陰陽中にかない、明暗相半すべし。
甚だ明るければ簾をおろし、くらければ簾をかくべし。


 臥すには、必ず東首して生氣をうくべし。
北首して死氣をうくべからず。
もし君父近きにあらば、あとにすべからず。


 坐するには、正坐すべし。
かたよるべからず。
燕居には、安坐すべし。
膝をかがむべからず。
又、よりより牀几にこしかけ居れば、氣めぐりてよし。
中夏の人は、常に此の如くす。


 常に居る室も常に用いる器も、かざりなく質朴にして、けがれなく、いさぎよかるべし。
居室は、風寒をふせぎ、身をおくに安からしむべし。
器は、用をかなえて、事かけざれば事たりぬ。
華美を好めばくせとなり、おごり貪りの心おこりて、心を苦しめ、事多くなる。
養生の道に害あり。
坐する處、臥す處、少しもすき間あらばふさぐべし。
すき間の風、ふき通す風は、人の肌へに通りやすくして、病おこる。
おそるべし。
夜、臥して耳邊に風の来る穴あらば、ふさぐべし。


 夜ふすには、必ず側にそばたち、わきを下にして臥すべし。
仰むき臥すべからず、仰むき臥せば、氣ふさがりて、おそわれる事あり。
胸の上に手をおくべからず。
寝入りて、氣ふさがりて、おそわれやすし。
此の二いましむべし。


 夜ふして、いまだ寝入らざる間は、両足を伸べて臥すべし。
寝入らんとする前に、両足をかがめ、わきを下にして、そばだち臥すべし。
是れを、獅子眠と云う。
一夜に五度い寝返るべし。
胸腹の間に氣滞らば、足を伸べ、むね腹を手を以てしきりになで下し、氣上る人は、足の大指を、しきりに多く動かすべし。
人によりて、此の如くすれば、あくびをしばしばして、滞りたる氣を吐き出す事あり。
大に吐き出すをいむ。
寝入らんとする時、口を下にかたむけて、臥すべからず。
眠りて後、よだれ出て悪しし。
仰きて臥すべからず。
おそわれやすし。
手の両の大指をかがめ、残る四の指にて、にぎりて臥せば、手、胸の上をふさがずして、おそわれず。
後には、習となりて、眠りの内にもひらかず。
此の法、病源候論と云う醫書に見えたり。
夜、臥す時に、のどに痰あらば必ずはくべし。
痰あらば、寝入りて後、おそわれ苦しむ。
老人は、夜臥す時、痰を去る薬を飲むべし、と醫書にいえるも、此の故なるべし。
晩食・夜食に、氣をふさぎ痰をあつめる物、食うべからず。
おそわれん事をおそれてなり。


 夜臥すに、衣を以て面をおおうべからず。
氣をふさぎ、氣上る。
夜臥すに、燈をともすべからず。
魂魄定まらず。
もしともさば、燈をかすかにして、かくすべし。
眠るに口をとづべし。
口をひらきて眠れば、眞氣を失い、又、牙歯早くおつ。


 凡そ一日に一度、わが首より足に至るまで、惣身のこらず、殊に、つがいの、節ある所、ことごとく人になでさすりおさしむる事、各所十遍ならしむべし。
先づ、百会の穴、
次に頭の四方のめぐり、
次に両眉の外、
次に眉じり、
又、鼻ばしらのわき、耳の内、耳のうしろを、皆、おすべし。
次に風池、
次に項の左右をもむ。
左には、右手、右には、左手を用ゆ。
次に両の肩、
次に臂骨のつがい、
次に腕、
次に手の十指をひねらしむ。
次に背をおさえ、うち動かすべし。
次に腰及腎堂をなでさする。
次に胸、両乳、次に腹を多くなづる。
次に両股、
次に両膝、
次に脛の表裏、
次に足の踝、足の甲、次に足の十指、次に足の心、皆、両手にてなでひねらしむ。
是れ、寿養叢書の説なり。


 入門に曰く、導引の法は、保養中の一事なり。
人の心は、常に静なるべし。
身はつねに動かすべし。
終日安坐すれば、病生じやすし。
久立久行より、久臥久坐は、尤も人に害あり。

十一
 導引の法を毎日行えば、氣をめぐらし、食を消して、積聚を生ぜず。
朝いまだ起きざる時、両足をのべ、濁氣をはき出し、起きて坐し、頭を仰ぎて、両手をくみ、向うえ張出し、上に向うべし。
歯をしばしばたたき、左右の手にて、項をかわるがわるおす。
其の次に両肩をあげ、くびを縮め、目をふさぎて、俄に肩を下えさぐる事、三度。
次に面を、両手にて、度々なで下し、目を、目がしらより目じりに、しばしばなで、鼻を、両手の中指にて六、七度なで、耳輪を、両手の両指にて挟み、なで下ろす事六、七度、両手の中指を両耳に入れさぐり、しばしふさぎて両方へひらき、両手をくみ、左へ引くときは、こうべ右を、かえり見、右へ引くときは、左へ、かえりみる。
此の如くする事、各三度、
次に手の背にて、左右の腰の上、京門のあたりを、すぢかいに、下に十餘度なで下し、次に両手を以て、腰を按す。
両手の掌にて、腰の上下をしばしばなで下す。
是れ、食氣をめぐらし、氣を下す。
次に手を以て、臀の上を、やわらかに打つ事、十餘度、
次に股膝を撫でくだし、両手をくみて、三里の邊をかかえ、足を先へふみ出し、左右の手を前え引き、左右の足ともに、此の如くする事しばしばすべし。
次に左右の手を以て、左右の胻の表裏を、なで下す事数度。
次に足の心を、湧泉の穴と云う、片足の五寸を片手にてにぎり、湧泉の穴を左手にて右をなで、右手にて左をなづる事、各数十度。
又、両足の大指をよく引き、残る指をも、ひねる。
是れ、術者のする、導引の術なり。
閑暇ある人は、日々かくの如くす。
又、奴婢、児童に教えて胻をなでさせ、足心をしきりにすらせ、熱生じてやむ。
又、足の指を引かしむ。
朝夕此の如くすれば、氣下り、氣めぐり、足の痛を治す。
甚だ益あり。
遠方へ歩行せんとする時、又は、歩行して後、足心を右のごとく按すべし。

十二
 膝より下の、はぎの表裏を、人をして、手を以て、しばしばなでくださせ、足の甲をなで、其の後、足のうらを、しきりに多くなで、足の十指を引かすれば、氣を下しめぐらす。
自らするは、尤よし。
是れ良法なり。

十三
 氣のよくめぐりて快き時に、導引・按摩すべからず。
又、冬月按摩をいむ事、内経に見えたり。
身を労働して、氣、上る病には、導引・按摩ともに悪しし。
只、身を静かに動かし、歩行する事は、四時ともによし。
尤も飯後によろし。
勇泉の穴をなづる事も、四時ともによろし。

十四
 髪はおおくけづるべし。
氣をめぐらし、上氣をくだす。
櫛の歯しげきは、髪ぬけやすくして悪しし。
牙歯は、しばしばたたくべし。
歯をかたくし、虫はまず。
時々、両の手を合わせ、すりてあたため、両眼をあたためのすべし。
目を明らかにし、風をさる。
よりて髪ぎわより、下額と面を上より下になづる事二十七遍、古人、両手はつねに面に在るべしと云えるは、時々両手にて面をなづべしとなり。
此の如くすれば、氣をめぐらし、上氣をくだし、面色をうるわしくす。
左右の中指を以て、鼻の両わきを多くなで、両耳の根を多くなづべし。

十五
 五更におきて坐し、一手にて、足の五指をにぎり、一手にて足の心をなでずる事、久しくすべし。
此の如くして足心熟せば、両手を用いて、両足の指をうごかすべし。
右の法、奴婢にも命じて、此の如くせしむ。
或は云、五更にかぎらず、毎夜おきて坐し、此の如くする事、久しければ、足の病なし。
上氣を下し、足よわく、立ちがたきを治す。
久しくしておこたらざれば、脚のよわきをつよくし、足の立ちかぬるをよくいやす。
甚だしるしある事を古人いえり。
養老寿親書、及び東坡が説にも見えたり。

十六
 臥す時、童子に手を以て合せすらせ、熱せしめて、わが腎堂を久しく摩でしめ、足心をひさしく摩でしむべし。
みづから此の如くするもよし。
又、腎堂の下、臀の上を、静かにうたしむべし。

十七
 毎夜ふさんとするとき、櫛にて髪をしきりにけづり、湯にて足を洗うべし。
是れよく氣をめぐらす。
又、臥にのぞみて、煎茶に鹽を加え、口をすすぐべし。
口中を清くし、牙歯を堅くす。
下茶よし。

十八
 入門に曰く、年四十以上は、事なき時は、つねに目をふさぎて宜し。
要事なくんば、開くべからず。

十九
 衾爐は、爐上に、櫓をもうけ、衾をかけて火を入れ、身をあたたむ。
俗に、こたつと云う。
是れにあたれば、身をあたため過し、氣、ゆるまり、身、おこたり、氣を上せ、目をうれう。
只、中年以上の人は、火をぬるくしてあたり、寒をふせぐべし。
足を出して箕踞すべからず。
わかき人は、用いる事なかれ。
わかき人は、厳寒の時、只、爐火に對し、又、たき火にあたるべし。
身をあたため過すべからず。

二十
 凡そ衣をあつくき、あつき火にあたり、あつき湯に浴し、久しく浴し、熱物を食して、身をあたため過せば、氣、外にもれて、氣、ヘり、氣、のぼる。
是れ皆、人の身に甚だ害あり、いましむべし。

二十一
 貴人の前に久しく侍べり、或は、公廨に久しく坐して、足、しびれ、にわかに立つ事ならずして、たおれふす事あり。
立たんとする前より、かねて、みづから足の左右の大指を、しばしば動かし、のべかがめすべし。
かやうにすれば、しびれなえずして、立ちがたきのうれいなし。
平日、時々両足の大指を、のべかがめ、きびしくして、ならいとなれば、轉筋のうれいなし。
又、轉筋したる時も、足の大指をしばしば動かせばやむ。
是れ急を治するの法なり。
しるべし。
上氣する人も、両足をのべて、大指をしばしば動かすべし、氣下る。
此の法、又、人に益あり。

二十二
 頭邊に火爐をおくべからず。
氣上る。

二十三
 東坡が曰く、にわかに風寒にあいて、衣うすくば、一身の氣を、はりて、風寒をふせぎ、肌に入らしむべからず。

二十四
 めがねを、靉靆と云う。
留青日札と云う書に見えたり。
また、眼鏡と云う。
四十歳以後は、早くめがねをかけて、眼力を養うべし。
和水晶よし。
ぬぐうにきぬを以て、両指にてさしはさみてぬぐうべし。
或は、羅紗を以てぬぐう。
硝子は、くだけやすし。
水晶におとれり。
硝子は、燈心にてぬぐうべし。

二十五
 牙歯をみがき、目を洗う法、朝ごとに、まづ、熱湯にて目を洗い、あたため、鼻中をきよめ、次に温湯にて口をすすぎ、昨日よりの牙歯の滞を吐きすて、干して乾ける塩を用いて、上下の牙歯と、はぐきをすりみがき、温湯をふくみ、口中をすすぐ事、ニ、三十度、其の間に、まづ別の碗に、温湯を、荒布の小篩を以て、こして入れ置き、次に手と面を洗い終わりて、口にふくめる塩湯を、右の荒布の小篩に、はき出し、こして碗に入れ、其の塩湯を以て、目を洗う事、左右各十五度、其の後べつに入れ置きたる碗の湯にて、目を洗い、口をすすぐべし。
是れにて終わる。
毎朝かくの如くにして、おこたりなければ、久しくして牙歯うごかず。
老てもおちず。
虫くわず。
目あきらかにして、老にいたりても、目の病なく、夜、細字をよみ書く。
是れ目と歯とをたもつ良法なり。
こころみて、其のしるしを得たる人多し。
予も亦、此の法によりて、久しく行なうゆえ、そのしるしに、今八十三歳にいたりて、猶夜、細字をかきよみ、牙歯固くして一もおちず。
目と歯に病なし。
毎朝かくのごとくすれば、久しくして後は、ならいてむづかしからず、牙杖にて、牙歯をみがく事を用いず。

二十六
 古人の曰く、歯の病は胃火の上るなり。
毎日時々、歯をたたく事、三十六度すべし。
歯、かたくなり、虫くわず。
歯の病なし。

二十七
 わかき時、歯のつよきをたのみて、堅き物を食うべからず。
梅、楊桃の核など、かみわるべからず。
後年に、歯早くおつ。
細字を多くかけば、目と歯とを損す。

二十八
 牙杖にて、牙根を、ふかくさすべからず。
根うきて、動きやすし。

二十九
 寒月は、遅く起き、暑月は、早く起くべし。
暑月も、風にあたり臥すべからず。
ねむりの内に、風にあたるべからず。
ねむりの内に、扇にてあおがしむべからず。

三十
 熱湯にて、口をすすぐべからず。
歯を損す。

三十一
 千金方に曰く、食事終わるごとに、手を以て、面をすり、腹をなでて、津液を通流すべし。
行歩する事数百歩すべし。
飲食して即ち臥せば百病生ず。
飲食して仰むきに臥せば、氣痞となる。

三十二
 醫説に曰く、食して後、體倦むとも、即ち寝ぬる事なかれ。
身を運動し、二、三百歩静かに歩行して後、帯をとき、衣をくつろげ、腰をのべて端坐し、両手にて、心腹を按摩して、縦横に往来する事、二十遍。
又、両手を以て、脇、腰の間より、おさえ、なでて、下る事、数十遍ばかりにして、心腹の、氣、ふさがらしめず。
食滞、手に随って消化す。

三十三
 目鼻口は、面上の五竅にて、氣の出入する所、氣もれやすし。
多く、もらすべからず。
尾閭は精氣の出づる所なり。
過ぎて、もらすべからず。
肛門は糞氣の出づる所、通利ありて滑泄をいむ。
凡そ此の七竅皆、とぢかためて、多く氣をもらすべからず。
只、耳は、氣の出入なし。
然れども久しくきけば神をそこなう。

三十四
 瓦火桶と云う物、京都に多し。
桐火桶の製に似て大なり。
瓦にて作る。
高さ五寸四分、足は、此の外なり。
縦のわたり八寸三分、横のわたり七寸、縦横、少し長短あるべし。
或は、形まるくして、縦横、なきもよし。
上の形まるき事、桐火桶のごとし。
めぐりにすかしまどありて、火氣をもらすべし。
上に口あり、ふたあり。
ふたの廣さ、よこ三寸、たて三寸餘なるべし。
まるきもよし。
ふたに取手あり。
ふた二三の内、一は、取手なきがよし。
やわらかなる灰を入れ置き、用いんとする時、宵より小なる炭火を二三入れて、臥さんとする前より、早く衾の下に置き、ふして後、足をのべてあたたむべし。
上氣する人は、早く遠ざくべし。
足あたたまらば火桶を足にてふみ退け、足を引いてかがめふすべし。
翌朝おきんとする時、又、足をのべてあたたむべし。
又、ふたの熱きを木綿袋に入れて、腹と腰をあたたむ。
ふた二三こしらえ置き、とりかえて腹と腰をあたたむべし。
取手なきふたを以て、腰をあたたむには、腰の下にしくべし。
温石より速に熱くなりて自由なり。
急用に備うべし。
腹中の食滞、氣滞をめぐらして、消化しやすき事、温石并薬石よりはやし。
甚だ要用のなり。
此の事しれる人すくなし。

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