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家道訓 巻之二 總論中



 家のわざを能く務めれば、利養は求めずして其の内にあり。
士は、奉公を能く務めて諂わず、農は田畠をよく作りて、公を畏れて公役を能く勤め、工は、器物に心を用いてよく作り出し、粗相なる物を作りて人を欺かず。
商は、交易を勤めて偽らず、高利を取らず。
四民共に斯の如くなれば、あながちに、利を貪らざれども、福碌は自ずから来る。
努むべき業を正路に努めずして、僻事をして利を貪る者は、一旦は、人により幸いありと言えども、天道の悪み給う理なれば、後は必ず禍いあり。
愚人は、当時早く利を得んとして、後の禍いを知らず。
四民共に、只、正直に我が家の業を能く務め、天道を畏れて偽りなかるべし。
是れ、禍いを遁れ、福を得る道なり。


 人の家の禍いは、多くは利を求めるより起こる。
利を貪れば却って財を失い、禍い来たる事多し。
利を求めんよりは、只、家業を怠りなく務め、家財を妄りに費やさずして、分外の利を貪らざれば、禍いなく財を失わず。
凡そ、利を貪るは禍いの本なり。
戒むべし。


 古語に努めれば貧に勝ち、愼めば、禍いに勝つと言えり。
此の語、甚だ人に益あり。
家の業を能く勤める人は必ず富む。
身の事を能く愼めば、必ず禍い無し。
勤愼の二字、常に守り行うべし。
自ら行うべし。
自ら行いて、家人にも行わしむべし。
勤めるは、天の道なり。
天は、廻りて止まず。
愼むは、地の道なり。
地は、静かにして動かず。
勤めると愼むとは、天地の道に従いて則となす。
是れ人の行うべき道なり。
此の事深き理あり。


 若き子弟の輩、父母の家にありて、未だ君に仕えざる者は、父母に仕えて暇無きを良しとす。
又、家事をよく努めて怠らず、父兄の労に代わるべし。
かく努め行いて、少しも暇あらば、書を読み学問し、或は、文藝武藝を習い努むべし。
斯の如く努めれば、暇無くして、妄念起こらず、僻事を行うべき暇なし。
子弟若き者の僻事あるは、暇多くして、すべき業無き故、無賴の悪少年に交わり、妄念起こり妄行をなす。
たとえば、人を蹈む馬も、駈せゆく中には蹈まず。
つい立ちて居る時は、足に暇ある故に人を蹈むが如し。


 客を招きて饗せば、只、眞實に客の心に叶うを宗とすべし。
飾るべからず。
食品少なく潔くし、味を良くして薦むべし。
酒を薦めるに心得あるべし。
多少は、飲む人の分量に従うべし。
少し強いるは良し。
敷いても猶、辞せば、其の心に任すべし。
酒を好んで飲む人にも、分量の多少あり。
其の量を知らずして足らざるは害無し。
妄りにしい過して、人を苦しめるべからず。
大に酔いぬれば、禮義を失い、乱に及ぶ。
放言を発し病を生ず。
古人酒を狂薬と名づけし事むべなり。
酒を好む人は、あながちに辞せず、大かたは、其の人の心に任せたらんこそ、客の心に叶いて宜しかるべけれ。
酒は以て喜びを合すと言えば、只、人の心を悦ばしめ、興をやる程にすすむべし。
古人も、酒は微酔に飲み、花は半開に見ると云り。
主と客も、少し足らざる程に飲むべし。
十分にいうは、必ず後の憂いとなる。
殊に下部は、恣に飲めば、狂して禍いと成る。
吉田兼好が云える事むべなり。
凡そ、酒を恣にすれば、高き賤しき家を破り身を失う。
戒むべし。
人の家を破り身を失うは、多くは酒の禍いなり。


 親戚にば、時々招きて饗応すべし。
しからざれば情意、疎くなる。
食品は薄くし、情意は厚かるべし。


 家を治めるに、法なく忽せにして、家道妄りなれば、其の家の奴婢も怠り、無禮にして我がままになる故に、身の慣わし、悪しくなる事をば知らず、其の家風の忽なりなるを喜ぶ。
又、主人倹約ならざれば、奴婢の為め豊かなるように思いて喜ぶ。
此の二つは、無道にして却って賤しき愚かなる者多し。
しかれば、賤しき者と愚人との誉れを喜ぶべからず。
誹りを苦しむべからず。
又、賤しき者と愚なる者の褒め誹りを聞かば、信ずべからず。
是れを信じれば、誤りて僻事あり。


 家を治めるに、奴婢、最も治め難し。
是れを使うに、尤も、道あるべし。
遠ざけて厳しければ、恨み背く。
近づけて忽せなれば、奢り怠る。
恩愛を以て懐け、禮法を以て正すべし。
此の如くすれば、怨み無く奢り無し。
仁愛と禮法と、二つの者ならび行うべし。


 奴婢は、才力ありて質實なるこそ願わしけれど、かかる者は稀なり。
才弁にして利口なる者は、多くは誠少なくして、主を欺き、姧き事を行う。
家主たる人、もし是れを喜びて家事を任せては、必ず大なる禍いとなる。
才徳二つながら得がたければ、才鈍くとも質實なるを好むべし。
鈍くして捗らざれども、質實なれば、主人の教えに従い易く、後の禍い無し。


 古の諺に曰く、不癡不聾不爲家翁。
言う意は、家の主となる者は、家人の過ちあるを堪忍して、愚かなる様にあるべし。
賢立てして明察に過ぎれば、家人苦しみて家治らず。
又、家人の、人の悪を告げる事を取り上げて、聞き用ゆべからず。
耳聞からざるが如くなるべし。
斯の如くならざれば、家の主人と成り難し。
此の諺、よく心得べし。
大かたは知らずがほにて過ごすは、禍い無し。
是れ、智者のする事なり。
殊に、小人婦人の言う事を信ずれば、必ず誤る。
是れを聞きて信ずるは、愚かなり。
かかる知無き者に誑かされるは、誠に淺まし。
よく心を用ゆべし。

十一
 下人利口にして、我が心に叶いたりとも、愛し過ごすべからず。
愛過ぎれば、必ず奢り怠りて家法を乱し、私を行いて主人の禍いとなり、其の身も滅ぶ。
凡そ、利口なる者は、必ず佞奸なる故、却って主人の心に叶い易し。
是れを愛すれば禍いとなる。
畏るべし、好むべからず。

十二
 奴婢に罪ありとも、怒りに向く事を過ごすべからず。
憎み過ごせば、必ず恨み背きて禍いとなる。
愛するも憎むも、良き程あるべし。

十三
 凡そ、物各々の職分あり。
犬の夜を守り、鶏の時を司るも、亦、職分なり。
禽獣、猶、此の如し。
況んや人をや。
人、各々の職分あり。
家の主となりては、其の家人を憐れみ、其の僻事を戒む、是れ職分なり。
民の司と成りては、其の民を憐れむを以て職分とす。
其の職を尽して其の位に居るべし。
其の位に居て其の職分を勤めざるは、名有りて實無しと言うべし。

十四
 家の主となりて、初めに努めて苦しまざれば、後に楽しみ無し。
父の譲りを受けし初め、又、祿を初めて得たる時より、家を治めるに約にして奢らず、慾を堪えて恣ならず。
家財を用いるに、倹にして費やさず、家業を勤めて怠らざる、是れ皆、初めに苦しむ也。
此の如くすれば、財豊かにして、一生の間、身を終わるまで乏しからず。
是れ後に楽しむなり。
此の如く、初めに努めて苦しむは、是れ家を保つ要道なり。
凡その事、初めに努めざれば後の楽しみ無し。
若き時、苦しんで努め学べば、一生の間、老後までの楽しみとなる。
若き時いたずらに日を過ごせば、一生の間、愚かにして身を終わる。

十五
 婦人と小人の言、奴婢の讒言間言を聞くべからず。
父子兄弟夫婦の至れる親しみも、此等の人の間言を信ずれば、必ず不和になる。
婦人と小人との讒を信じて、科も無き子を殺し妻を殺し、臣を殺したる試し、和漢古今少なからず。
愚かなる事の至りなり。
凡そ、讒言、畏るべし。
仮初の事にも、片口を聞きて信ずれば、必ず誤る。
愼むべし。
周子の曰く、家人の離れる事、必ず婦人に起こる。

十六
 家の主人たる人は、讒を信ずべからず。
凡そ、讒言は、小過を大過に言い為し、小悪を大悪に言い為し、似たるを實に言い為し、無きを有るに言い為し、或いは、其の人の嫌う所を知りて怒らしむる、皆、讒言の巧みなる言なり。
聞く人、明らかに察すべし、惑うべからず。
才力ある人と雖も、讒者には迷い易し。
悲しむべし。
只、智者は惑わず。

十七
 富貴の家に、貧賤なる親戚の出入するは、主人の仁愛の厚き事現れて、其の家の面目とすべし。
かかる人の来るを恥づべからず。

十八
 我が身の大事ありて、思慮決し難き事あり、又、公に申す事、皆、思慮ある人に問いはかり、其の人の評論に従うべし。
我が身の事は、私慾ある故、才ある人も心昧くなりて、善悪の理見え難し。
我が思慮する所、十分に良しと思えど、傍より見れば悪しき事多し。
人の上の善きも悪しきも、傍よりは明らかに見え易し。
碁を囲むものは、迷いて手見えず、傍らより見る者は、眼あるが如し。
すべて人は、一世の内、大事ありて、我が思案にて如何せんと、独り決定し難き事多し。
知慮ありて、よく是非を分別する朋友を平生求めて、常に親しく交わり、大事有る時、其の人の思慮を借り用ゆべし。
我が身、又は、子弟などの身に大事あらば、我独りはからいて、決定する事なかれ。
知慮ありて、其の事を能く心得たらん人に問いはかるべし。

十九
 人家の内、子弟婦女の謗りを言い傳えしむる事なかれ。
人の心の同じからざる事、其の面の如し。
人の為す事、我が気に合ざる事多くして、陰にては、人の事を謗り語る事あり。
それを語り傳えれば、聞く者、必ず怒り恨み、間隙、是れより生じて、不和になる。
智ある人は、かようの言を聞き入れず、耳に聞きたるまでにて、心に掛けずして、恨み怒りを起こすべからず。
凡そ、小人婦女下部の云う事は、道理に違える事多し。
我が心に叶えば褒め、叶わざれば謗るは、かかる人の習いなり。
必ず妄りに取り上げて聞き入れるべからず、信ずべからず。
是れを信じれば、父子兄弟夫婦も必ず不和になる。
畏るべし。

二十
 妾を求めるには、其の性行のよきと、良家の女とを擇ぶべし。
良家とは、族姓賤しからずして、風俗育ち良きを云う。
其の人品の善し悪しと、家法の善し悪しを擇ぶべし。
人の子は、父よりも母によく似る理あり。
故に、其の心の賢愚も勇怯も、多くは、母に似るためしあり。
勇者の女子の産める子は勇なり。

二十一
 養父母となり養子となる者、人ごとに賢者にあらず。
養父母となりては、我が生める所にあらざれば、養子に誠の愛なし。
父愛なく子孝無くして、養父養子心に叶わざる事を、互いに恨み怒りて後、義絶し、あだかたきとなる者世に多し。
子無くんば、其の同性の内にて、年長じて後、よき生質の人を擇びて養うべし。
同性の子弟によき人品なくんば、遠慮あるべし。
又、はじめは養子を愛すれども、實子を生んで後、私欲起こり、養子をうとんじ憎む者多し。
是れ亦、甚だみにくし。
心軽くして、妄りに早く他の子を養いて、後悔すべからず。
故に養子をするには、能く擇んで遅きに宜し。

二十二
 家を治めるに、男女の別正しく、内外の防ぎを厳しくすべし、混乱ならしむべからず。
男女の別なく、家法正しからざれば、子弟の輩禮義なく、風俗妄りにして淫行多く、家風を穢し罪におち入る。
子弟をゆるして淫邪におもむかしむべからず。

二十三
 婦女子の、しばしば外に出でて禮節を努め、遊観を好むはいまいまし。
婦人は内に居て、家を治めるを職とす。
外に出づる事刺激は宜しからず。
親戚の間も、只、使いを以て音信を通ずべし。

二十四
 婦女子は生まれつき陰柔にして智なく、多くは姦邪なり。
正道に従いがたし。
奴婢は慣わし卑しくして、義理に移り難し。
共に愚にして道を諭し難し。
故に道理を以て、其の過ちを一々に正さんとせば、恨み背き、不順にして家道和睦しがたるべし。
只、常に家法を正しくし、禮を以て相対せば、自ずから僻事少なかるべし。

二十五
 家人は、かねて禮義を正しくして、悪事を防ぎ戒むべし。
悪事出来て後、戒めるは遅し。
禮は未然を防ぐ、法は已然に戒むと云り。
未然は、未だ事出来ざる前なり。
已然は、すでに事出来て後なり。
禮は、たとえば無病の時よく養い生ずるが如し。
病無き時よく養生すれば、病起こらず。
法は、病起こりて後、薬を飲むが如し。
病起こりて薬を服せんより、無病の時よく養生すれば病なし。

二十六
 家の盛え衰えるは、家法の正しくなるを盛えとし、家法の廃るを衰えとす。
富貴なりとて盛えとすべからず、貧賤なりとて衰えとすべからず。
家の盛衰は、禮義の行われると行われざるとによれり。
是れ古人のいえる意なり。
今の世の人も、亦、斯の如く心得べし。

二十七
 奴婢を使うに、心は惠み深くして、禮法は厳しく立つべし。
法忽せなれば、侮りて罪を犯し科におち入る。
賤しき者は、法忽せなれば怠りて悪におち入り、科を犯し易し。
憐むべし。
凡そ、下部などを使うにも、心を用いて侮らず。
又、下部に侮られず。法を犯されず、怠らしめざるがよろし。
又、不慈にしてかれを苦しめ、所を失わしむべからず。
陶淵明が、一僕を子に与える文に、これも、亦、人の子なり、よく遇すべしと云り。
法とすべし。

二十八
 もし悪性なる下部ありて、不忠をなさば、打ち叩き、責めわたるべからず。
事無くして、早く追い出すべし。

二十九
 子孫の争いを慮りて、年いまだ老いざるに、早く書置きをする人あり。
又、書置きを偽りて作り出す者あり。
是れ亦、遠慮すべし。
人の父祖となる者は、死後まで子孫の為を思慮すべし。

三十
 喪祭の禮は、終わりを愼み遠きをおう道なれば、心を用いて厚くすべし。
疎かにすべからず。
然れども國法に背くべからず。
時宜に従うべし。
國法と風俗に背かざる限りは、其の心を盡すべし。
先祖は子孫の根本なり。
年数へだたり遠しと云えども、思い慕いて忘るべからず。
時節の祭、謹み篤くし、本に報ずるの心、怠るべからず。
木の根につちかい養えば枝葉、茂る。
先祖に篤くすれば、子孫、盛える理あり。
然れども、君子の先祖に篤きは、盛えを求める為にあらず。

三十一
 もろこしの諺に、兼ねて後の用心無き事を謗りて曰く、三月に桑を植えん事を思い、六月に塘を掘らん事を思う。
言う意は、三月蠶を飼う時に至りて、初めて桑を植えん事を思い出し、六月旱する時に至りて、始めて塘を掘らん事を思い出すは、かねて後の用心をせざる人の油断なる事を言えり。
遠き慮り無ければ、必ず近き憂いあり。
家を治めるには、萬の事、後を慮りて、かねて早く其の用意をすべし。
此の如くすれば、時に望みて俄かに行きあたり苦しまず。
中庸にも、凡そ、事前に定めれば躓かずと云り。
初め憂えざれば、終わりに楽しみ無し。

三十二
 我が身、事足りる事を知らずして、人を貪る者は、身富めりと雖も心にまどし。
我が身、事足りる事を知りて、貪り無き人は、身
貧しけれど心は富めり。

三十三
 訟をば、俗にくじと云う。
くじは、人と理非を争うなり。
凡そ初めにおいて、證人を多くむすび、證文を詳らかに取りおき、初めを能く愼めば、終わりに訟無し。
初め疎かなれば、人より僻事を言いかけられて、後に悔いあり。
後に悔いなからん事を思えば、初めに心を用いて愼むべし。
凡そ、我が身、正直にして、人に邪曲ありとも、なるべき程は堪忍すべし。
我が取るべき財を人にかすめられるとも、我が家の亡びにならざる程は、損失を堪忍すべし。
小人と争いて、奉行に訟え、対決し、人を科に陥れるも快からず。
其の上、吾に十分理ありと思えど、又、彼に理ある時あり。
吾のみ理ありと思うべからず。
我が身には私ある故、非をも理と思い誤る事あり。
一遍に思うべからず。
もし彼に理あるを知らず訟えるは我が恥なり。
又、訟をきく人、人毎に必ず賢明ならず。
きき誤りて是を非とし非を是とし、或いはかた口を聞きて信じ、聞き誤る事多し。
又、親類権貴の人に頼まれ、或いは賄賂に耽りて私する事、古来、其の例、少なからず。
されば如何なる正直の人、道理明白にして、證據分明なれども、終に其の理を得ずして本意を遂げず、却って科に陥る事多し。
吾に理あるを頼むべからず。
已む事を得ば訟をなすべからず。
十分に我に理ありとも堪忍すべし。
もし已む事を得ざる事ありて訟えば、只、其の一事のみ言いことわりて、其の人の他の悪事を、言葉に表すべからず。

三十四
 人に五計あり。
一生の間、十歳より六十まで、時につけて為すべき営みある事をいえり。
先づ、十歳の比は、単に父母の養いによりて成り立てり。
父母の教えに背くべからず。
是れを生計と云う。
二十歳は、もとより身を愼み、学問し藝を習い、家学を勤めて身をたてる計をなすべし。
是れを身計と云う。
三十歳より四十歳に至ては、家事を営みて、家を保つ計をすべし。
是れを家計と云う。
五十にしては子孫のために計る。
子孫は、年若く世事に慣れず。
父、まづ其のために計をなすべし。
是れを老計と云う。
六十より以上は、我が死後の事を営み計るべし。
死後の事を早く営まざれば、死にのぞんで、悔しけれどかい無し。
此の五計は、もろこしの人朱新仲が語なり。
是れ世の常の人も及ぶべき計なり。
もし、此の年に応じて計をなさずんば、怠れるなり。
力無しと言うべし。

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