家道訓 巻之五 用財中
一
我が家の生業を勤めて、財を生ずるの本とし、又、倹約を行いて、財を保つの道とす。
もし然らずして、家業に怠りて勤めず、財を妄りにして倹約ならざるは、是れ、困窮の基にて家を破る。
故に、家を豊かにし財を足すの道は、四民共に能く家業を勤めるにあり。
又、財を保ちて失わざる道は、倹約を行うにあり。
凡そ、士農工商、皆、其の家職を能く勤めて怠らず、是れ、財を生ずるの本なり。
又、倹約にして妄りに費やさざるは、財を保つの道なり。
此の勤めると倹約との二つは、よく家を保つ道なり。
利養を得る事は、あながちに貪り求めざれども、家業を能く勤める中に自ずから有り。
此の上に倹約を行うべし。
大富貴の人、家財祿米多しと言えども、財は限りある物なれば、倹約ならざれば、後は必ず財尽きて貧しくなる。
我が家にある所の財を顧みて使い用ゆべし。
二
家を治めるは、國を治めるに同じ。
財を用い人を用ゆ、此の二事を愼むべし。
質實にして盗まざる奴を選びて使い、財を司らしむべし。
財を司る奴か騙しければ、我が利、慾のみ営みて、主君を欺きて主人の家を破る。
財を用いると人を用いるとの二つは、家を治めるの要なり。
心を用ゆべし。
三
凡そ、人家の必ず貧しくなる事、天の禍いにもあらず、人の不徳によれり。
まづ、後の憂いを慮らずして、堪忍の心無く、只今の口腹耳目の欲を恣にし、倹約を嫌い、分限より奢りて費えをいとわず、好んで人の財を借り、負い目多けれども憂わず、買える物の価をつぐのわず。
それを乞い求めれば、怒りて彌與えず。
日夜出遊びて、我が家に居る事稀にして、我が家事を努めず、家の破損を修理せず、器物の損失を知らず。
内に居ては、夜も臥すべき時臥さずして時を失い、朝は遅く起き、家業を務めず、常に怠りて時を費やす。
財の出入りを記さず、藏の内の財の多少を知らず、家事を家僕に任せて自ら計らず。
酒を好みて恣にし、放逸なる無頼の友に交わり、遊宴を事とし、器物を好み、様々の物好きして、からの大和の無用の物を多く買い集め、色を好みて止まず、諸々の好き好む事多し。
無益の藝を好み、淫楽を好み、衣服の飾りを好み、美味を好み、饗応を好み、營作を好み、無用の器を好む。
斯の如く好み多きは、即ち是れ禍いを好むなり。
斯の如くなる人は、必ず人の諌めを嫌いて聞き入れず。
是れ皆、困窮の基なり。
四
人家の富む事も、又、必ず故あり。
其の品多し。
只、天の福にもよらず、其の主人の行いによれり。
先づ、家を治めるに、萬の事、恣ならず、口腹耳目の欲をすごさず、私慾を堪え、後日の憂いを慮り、倹約に妄りに費やさず、分外の奢りをせず、家事を自ら努めて下人に任せず、家財の多少有無を計り、家業を勤めて怠りなく、朝は早く起き、夜は遅く寝ね、起き臥しに、其の時を失わず、酒食を貪らず、買える物の価を早くつぐのい、人の財を借りる事を嫌い、我が家祿の分内にて事足りて、外に求めず。
財を用いる事、我が家祿の分限に応じて過ぎざる故に、財不足せずして人に求めず。
もし故ありて財不足し、已む事を得ずして人の財を借りらば、心にかけて早く返し、初めの約をちがえず。
衣食家居器物の美を好まず、物ずきを好まず。
気に合わざるとて軽々しく改め作らず、營作を好まず、無用の器物を好まず、無益の藝能を好まず、凡そ、好む事少なくなし。
好む事少なきは、則ち是れ、禍いを好まざるなり。
斯の如くなる人は、必ず人の諌めをよく聞き用いて防がず。
五
家をよく保つとよく保たざるとは、夫の徳不徳のみにあらず、又、妻の行いの善悪によれり。
古人、家貧しくして良妻を思うと言いけんも、むべなり。
夫は、外をおさめ、妻は内をおさめるが、職分なり。
夫よく勤倹なれども、妻もし放逸に奢りて務めず、驕りて倹約ならざれば、家を保ち難し。
殊に貧賤なり。
家は一重に妻の力によって盛え衰える。
夫は常に内に居ずして、妻の仕業を知らず、只、妻に任せ置きぬ。
然るに妻不徳なれば、財を失いて必ず家を破る。
故に上士以下、庶人の家を滅ぼすは、多くは妻の科なり。
戒むべし。
妻の徳は愼みて驕らず、夫と姑に受けし違いて我がままからず、専ら家事に心を用いて身をへりくだり、女工を能く努めて怠らざる、是れ婦人の徳なり。
斯の如くにして能く家を保つべし。
夫となれる者は愛におぼれず、必ず婦に教えて家を治めしむべし。
六
倹約を行いて家を保つ事、必ず早く慮りて行うべし。
行き詰まりては、詮方なし。
例えば、若き時より中年まで養生せず、口腹好色の慾を恣にして、晩年に至りて、漸く養生を愼まんとするが如し。
愼まざるに優れども、衰えて後は、益少なきが如し。
七
財を用いるに、人々身上に相応の分量あり。
是れを、節とす。
節とは、良き程なり。
節に過ぎれば、奢となり、節に及ばざれば吝嗇となる。
節を守るは中に叶う道なり。
八
費えを省き奢りを抑えて、家財の分限に応じて用ゆべし。
分限の外に越えて用ゆべからず。
奢り費えを抑えて、私慾を堪えるには、努めて力を用いざれば、倹約は行い難し。
心弱くしては、欲に惹かれて行われず。
又、世俗の謗りを恐れては、倹約は行い難し。
力を用いて行い遂ぐべし。
欲に惹かれ謗りを恐れるは、力量なし。
欲に勝つには、剛を以てす。
恐れざるは勇者の技なり。
九
倹約にして財を費やさざるは、尤も良法なり。
然れども、倹約を行うに事よせて、財を惜しみて禮義を缺き、仁愛を施さざるは、鄙狹と云うべし。
倹約にあらず、是れ吝嗇なり。
不徳なり。
禮義を努めて財を用ゆべく、與うべき時ならば、財を惜しまずして潔かるべし。
又、貧窮を救うにおいては、財を惜しむべからず。
我が身には倹約にして、人に施すには財を惜しまざるは、是れ善なり。
我が身には、奢り費やして禮義を缺き、人に施し惠まざるは不徳なり。
財を惜しみては、善を行い難しと、古人云り、むべなるかな。
又、無益の事に財を費やして惜しまざる人あり。
愚かなりと、云うべし。
無益の事に財を用いるは、淵に捨てるに同じ。
是れ善を行い人を救う道を知らず、其の志なき故なり。
無下の事なり。
凡そ、一とせの衣食の費えは多からず、やどりは、茅屋一間に起き臥して足りぬ。
下部は、我が労に代わる人の外は無くても事かかず。
器は、只、飲食の器、日用の調度のみ助けとなる。
其の外の器、皆用なし。
人の身を養うには、此の数多の物に過ぎず。
是れを備えるは、さほど費え多からず。
然れば財祿ある人、倹約をだに行えば、自俸するに餘りあるべし。
不足して人に乞い借りるに及ぶべからず。
然るに財用を多く費やし過し、人に乞い借り、自ら困窮に至り、一生身を苦しめ人を苦しめ、子孫まで困窮せしめるは、悲しむべし。
是れ用財の良法を知らざればなり。
十
我が身の私慾を少なくすれば、身を養い自ら楽しむに、多くの財を費やさずして事足りぬべし。
大富貴の人といえど、人に代わりて大に飲み食う事ならず。
多く絹を重ね著せず、大なる屋宅に居らずして、身を安くす。
然れば
身の養いは、分外を願わずとも事足りぬべし。
十一
古の賢王は、時々民に土貢を許し、人の乏しきを救い、人に多く施し給いしだに、其の藏に財穀満ちみちて、後は穀腐り銭縄腐りしとかや。
今の卑賤の士、小祿の家も、倹約にして財をよく用いる人は、財餘りありて不足の憂い無くして、人に乞い借らず。
然れば、人の貧窮すると豊饒なるとは、財を用いるに法有ると無きによれり。
財の用いよう良ければ、貧しきも富むに至る。
用いよう悪しければ、富めるも貧しくなる。
財を用いるに心を用ゆべし。
十二
倹約を行い、驕り費えをせず、華美を好まずして、餘財を貯え置きて、或は凶年に遭い、もしは長病死亡の変、又、婚嫁の費え、水火盗賊の禍い、殊に軍用を兼ねて備え、すべて不慮の時の変、又は、人の貧苦寒餓を救うに備うべし。
餘財無ければ不慮の変に応ずる事難く、人の困窮を救い難し。
十三
借の一字は家を破るの基なり。
此の一字をかたく禁ずべし。
財祿の多少、大身小身に随って、其の分限の内にて、不足無きように財を用ゆべし。
乏しきを堪えて人に借るべからず。
分限の外に用い過ごせば、必ず財足らずして人に借りる。
財を借りれば、年年に利息を出し、其の利息に又、利加わり、後に積りては、其の負い目おびただしくなり、必ず家産を破る。
借りて利息を人に與えれば、後は我が財は我が用にたたず、皆、人に奪われ人の物となる。
惜しむべし。
故に家を保つの道は、分限の外に財を費やさずして、分内にて事足りるをよしとす。
いかに貧困にして自由ならずとも、力量を用い堪えて、分外の事をなすべからず。
此の如くせば、人に求めずして足りぬべし。
故に財を納めて家を保つの道は、借りる事を禁ずべし。
少し借りれば多く借りるに至る。
多く借りれば家を保ち難し。
借りる事、しばしばに至れば、後は必ず家を破る。
然れども、故ありて財乏しき時、已む事を得ずして、人の財を借り用いば、なるべき程は、我が身と妻子の俸養を薄くして、艱難を堪え、財を貯え集めて、借れる物を早く償うべし。
借りる物数多償わずんば、萬の俸養を甚だ軽くして艱難を堪え、身を苦しめて財を集め、返さんと約せし期を違えず、約に乖くべからず。
十四
おぎのり買う物の価を、早く償うべし。
人に損失をなさしむべからず。
是れ信義の道を失わざるのみならず、家を保つ良法なり。
此の如く、艱難を堪えること堅固ならざれば、必ず貧窮を免れずして、家を保ち難し。
十五
我が家を保つ道に、富貴の人も自ら心を用い、微細の事も能く計り知りてつづまやかに行うべし。
昔の人は、大名高家も、家事を自ら務め、微細の事にもよく心を用いて、疎かならざりし故、貧困に至らざるのみならず、餘財多かりしなり。
今の人大家にあらざれども、我が家事を難しとて、財用を自らは貸さず、入る事も出す事も多少を知らず。
只、家の奴に任せて自ら知らざれば、家の計、疎かにして分外の費え多く、且つ奴に、かすめ取られる事多し。
此の如くなれば、家産足らずして終に貧困に至る。
小身の人にも、かようの家事に疎かなる者多し。
一生貧窮に苦しむと云ども、我が家計に疎く疎かなる故なる事を知らず。
只、世の成り行き悪しきと、我が不幸とのみ思えるは誤りなり。
我が身、困窮に苦しむのみならず、人の妨げとなり、果ては子孫の災いとなる。
悲しむべし。
十六
貧窮の時、艱苦を堪忍する事、努めて守るべし。
世の人、多くは家を保つに法無く、倹約の道を知らずして、貧窮を堪忍する事無く、後日の災いを計らず、当時の欲に任せて、分に過ぎて財を多く用いる故に、財足らず。
古の人、我が身を倹約にし、萬不自由を堪え、財を妄りに費やさず、人の財を借りる事を嫌いて、深き恥辱とす。
故に財を借りる人稀なり。
もし已む事を得ずして人に借りれば、恥じて云わず、隠して表さず。
今の人は、人の財を借りる事を好み、人に借りる事を恥じず、かえって借りる事多きを以てめいぼくとす。
財を借りて、妄りに用いる人を、無欲なり、心潔きとて褒む。
又、倹約にして、妄りに費やさず、人の財を借らざる人をは、かえりて吝嗇なりとて譏る。
世こぞって、此の如き風俗となれり。
習いて風をなせり。
一人の科には非ず。
されど人々我が科ぞと思いて、身に省みて道を行うべし。
是れ倹約と吝嗇との善悪をわきまえざる事、雪と墨とを見分けざるが如し。
愚かなりと云うべし。
十七
我が身に俸ずる事は薄くして、人に施し禮義を行う事を厚くする、是れ用財の良法なり。
今の人は、我が身に俸ずるに驕り、人に施し禮義を行うには薄くす。
是れ用財の道を失えり。
十八
我が財祿の分限を忘れ、後の困窮を考えずして、当時の嗜慾に任せ、分に過ぎて財を用いれば、必ず財足らず。
財不足するによりて、廉恥の心無く、努むべき禮義を行い難く、人の困苦を惠まず、與うべき物を與えず、奉公を勤むべき力無く、軍用に乏し。
是れ家を保ち財を用いる道を知らざればなり。
然れば、貴賤共に、家を治めるには、必ず財を用いようを知るべし。
是れ人世の尤も切要なる急務なり。
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