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君子訓 巻之下


 君子は、國土の利を取り盡さずして民に与え、運上課役をかけて民を苦しめず。
然れども、民の利を恣にする事を禁ず。
且仕えて君の祿を得る者は、商いをなし利を求むべからず。
故に、古語にも、大を受ける者は小を取らずと言えり。
天道の物を生ずる、二つながら全き事なし、牙ある獣には、角なし、角ある獣には、上歯なし、翼あるものには、手なし、花よきものは、實あしし、實良き物は、花あしし。
士として君の祿を得る者、民と利を争い、民の財を奪うは、天道に背けり。


 世間に、多くの人を殺すこと、四つあり。
刑・兵・歳・病なり。
一には、刑を誤りて科なき者と科軽き者とを殺す。
二つには、わが身乱を起こして科なき敵味方を多く殺し、又、我が、不仁・無禮なるによりて、人に兵乱を起こさしめるなり。
三つには、水旱風蟲の災いに逢い、民多く餓死す。
四つには、民諸々の病にかかり、殊に疫病流行りて人多く死するなり。
此の四つの物は、皆、よく人を殺す。
此の内、刑と兵とは、人に係り、歳と病とは、天にかかる。
されど、四つのものは、俱に人民を殺すに至らずして活かす道あり。
先づ、刑を以て云わば、民を惠んで衣食を足らしめれば、民盗みをせず、科人少し。
其の上に、訴えを能く聞き分け、理非直曲を明らかにすれば、罪なき人を殺さず。
兵を以て云わば、仁義を行えば、人怨み背く者なくして、兵乱起こらず。
我が身、兵乱を起こさざるは、言うに及ばず。
歳を以て云わば、民の土貢を軽く取り、民を多く使わず、三年耕して一年の食あらわしめ、飢える者を助け救えば、凶年に逢いても餓死の愁なし。
病を以て云わば、民に情けありて飢寒の愁なからしめ、病の本を防ぎ、医薬を施して病ある者を救えば、病死の災い少し。
是れ、人に係るものの憂いを去るのみならず、天に係るものと言えども、人力を以て憂いを防ぐなり。


 民の飢えを救うに、早く救わば、費え少なくして施し廣し。
遅ければ、費え多くして施し狭し。
又、飢え人を救うに、朝夕両食の内一食を与えれば死なず。
其の飢えの甚だ敷と甚だしからざるを選びなくして、妄りに多く与うべからず。
一日に一食を与えれば、米多からずして、人を救う事多し。
一処には、飢え疲れて弱き者には、わきて朝夕薄き粥を与うべし。
食に飽かしむれば死す。
氣力出来て後は、食を与うべし。
一処には、未だ疲れざる者を集めて、一日に一度食を与うべし。


 貧賤なる者、或は、独身なる者、老人小児など、人に言いかすめられ、或は、飢え凍えて苦しむを上に訟えれども、奉行人、取り挙げざれば、其の奉行人を罪に行う。
是れ、周禮の法なり。


 五穀と木の實と、未だ實のらざるを取らず。
又、市に売らず。
小なる木を伐らず。
小さき魚を取らず。
凡そ、萬物の成就せざるを損なわざるは、仁愛の一つなり。
其の上、物の長大になりて取り用いれば、民用・國用の為になるなり。


 漢の宣帝、諸國に倉を建て、米安き時は、價を増して高く買いて入れ置き、米貴き時には價を減じて賤しく売る。
名づけて常平倉と言う。
夫れ、米甚だ安ければ、士農の為あしく、甚だ貴ければ工商苦しむ。
貴きと賤しきとは、其の害同じ。
此の故に、常平倉の法を行えば、此の害なくして四民ともに困窮に至らず。
我が邦にも、古は、是れに效いて常平倉あり。
義倉あり。
義倉は、水旱等の災いある時、飢民を救わん為に設く。
これ良法なり。
但し此の法、上に財乏しくては、行われず。


 和漢ともに、世末になりては、虚文多くして忠實少なし。
誠は、日々に衰え、偽りは、月々に盛んなり。
道を行わんとならば、当世の飾りて奢りたる風俗を改め、古人の質素淳朴の風俗に立ち帰るべし。
唐の太宗天下を治めるに、奢りを去り、費えを省き、公役を軽くし、年貢を少なくし、正直にして無欲なる者を民のつかさとす。
数年の後、民、衣食余りありて、路に落ちたるを拾わず。
商人、野に宿しても盗の患なし。
奢靡の俗をひるがえして、淳朴の風に帰せしは、唯、上の政、其の道を得たればなり。


 君子たる人、領内にある大社・名山・大川などは、祭るべし。
縱え正しき神にても、祭るまじきを祭るを淫祀という。
淫祀は、福なし。
是れを祭るは、諂えるなり。
惑いと言うべし。
富貴の人、我が身の栄華を祈らんとて、神社・佛堂を建て萬僧を供養し、萬灯をともす事あり。
其の費えは多けれども、民のためには、露程も補いなし。
其の財の費えを以て、貧苦なるものを救い助けなば、いかばかりか功徳となりて、天の惠も深かるべきに、我一人の心を慰めんとて、多くの人を悩まし、かかる儚き事をするは、愚かなりというべし。
昔梁の武帝、堂塔伽藍を多く立て、大功徳なるべしとおもい、達磨に問いしに、達摩無功德といえり。
武帝仁政を行わずして下を苦しめ、民の貨をしいたげ取りて、無用の営作をなし、終には、人怨み天怒りて、身も國も亡びたり。
達磨無功徳と答えたる事、宜なるかな。
達磨は、佛法中の人なれども、其の言斯の如し。
後世の多欲なる僧と、天地隔懸というべし。


 風俗の悪しきわざを、世の成り行きに任せぬれば、諸人の禍となる。
其の所を司る人、是れを戒めて行わしむべからず。
女子を嫁せしむるに、衣服・器物など、分限にすぎ、甚だ奢りて費え多し。
是れ、世の慣わしとなれり。
斯の如くなれば、其の産を失い、人の財を借りてつぐのわず。
是れ、唯、人の目を輝かしたるのみにて、益なくして害多し。
男子は又、学問すれば、氣減り病者となるなど言いて、人の親を脅し戒め、我が子にも警め防ぎて、学問せしめず、一生子を愚かにす。
是れ皆、愚俗の悪しく心得たるが、風俗となれるなり。
又、前の年、妻を娶りし者あれば、睦月の始めに其の友となる者つどいて、其の人をとらえ、水をかけてくみあい戯れ、酒を飲み、肴を喰い、酔い狂いて、後は、いさかい罵り、禍を生ずる事多し。
又、正月十日など、女子の道を行くを、童とも松の枝に打ち、衣に墨などをぬり付けることあり。
凡そ、かようの卑しくて人を害する戯れの習わしは、其の所の長となる者、堅く戒めて其の風俗を改むべし。
其の風俗に任せて禁ぜざれば、長となる職を虚しくして、智なく力なしと言うべし。


 凡そ、たわれたる音楽を作り出して、人心を蕩し、怪しく珍しき衣服・器玩又は、からくりなどにて、人を惑わし、鬼神左道を以て人を誑かし、銭財を貪り取るは、皆、姦民の所為なり。
古の明君、政をするに、是等の事を堅く禁じて、背く者あれば重刑に行い給えり。

十一
 公事訴訟を聞くに、まづ我が心を平らかにし、氣を和らげ、各々其の人の心底を、思うように言に盡させ、目安などをも思うように書かせて、其の心を察し、證人を立てさせ、證文を出させ、我が私の贔屓偏頗なく、親戚・朋友の毀誉、頼み、助けを聞き入れず、扨両方いうの所理のつづまりたる所をくらべて、其の曲直是非を決すべし。
もし片口を聞き、或は、傍らより助け誉める者の言を信じ、夫れに惑い移りなば、聞き誤まる事多かるべし。
凡そ、訴えを聴くに、先入の言を主とすべからず。
先入の言とは、先づ早く入れたる方の詞なり。
夫れを信とし善と思えば、後に聞く方の言、理あれども、皆、僻事に聞きなすものなり。

十二
 訴訟する者、正直なるは、我に理あるを頼み、奉行に賂を送らず。
故に、奉行の助けなし。
不直なる者は、我が非を掩わんとて、奉行に賂い、手立てを廻らすにより、是れを助ける者多し。
斯の如くなれば、理は、僻事になり、僻事は、理となりて、刑罰あたらず。

十三
 訟を聞くに、其の言の無禮なるを怒り悪むべからず。
其の言の敬えるに悦ぶべからず。
訟を聞くに喜怒起れば、それによりて私出来るものなり。
又、人の頼むによりて、其の方に意を移すべからず。
我が事しげく閙わしとて、夫れによりて訟の事をあらく決断して過ぐべからず。

十四
 賞罰は、君子、其の臣民を御する大權なり。
賞罰、妄りなれば、臣下の心服せずして、上の威軽くなる。
功ある者を賞し、罪ある者を罰せんと下知を立てるは、法令なり。
もし功あれども賞せず、罪あれども罰せざる時は、是れ、賞罰信なきなり。
斯の如くなれば、法立ずして、民信ぜず。
善をするに惰りてつとめず、悪をする事を恐れずして、罪を犯す者多し。
尚書に、令出づれば惟を行わしめ反かざれといえり。
此の意は、法令を出さば、初めよく思案し僉議して、後まで破れざるように法を立つべし。
一度下知を出しては、後まで其の法を用い、背く者あらば罪に行うべし。
斯の如くなれば、法立ちて破れず、民信じて能く守る。
後まで立ち難き法ならば、始めに能く評議して是れを止むべし。
是れ、始めを愼むなり。
もし朝に令して夕に改める時は、民惑いて上を軽んず。

十五
 人を殺し、家に火をつけ、公の財を盗む、大罪なれば、必ず刑に行われる事、いかなる愚民も知れり。
父母尊長をないがしろにし、人を打擲し、偽りを行い、人の財を盗み、人の妻を犯すたぐいも、また國の大禁なり。
されど右の三ヶ條の如くには、民恐れず。
國郡を治める人は、兼ねてかようの禁制を厳しく立て、月々に読み聞かせ、民をして深く法令を恐れしむべし。
法令揺るがせなれば、惰りて罪を犯す者多し。
民の父母として、我が國郡に死罪多きは、豈、心に快からんや。
是れ、不仁にして、民を愛するに心を用いざればなり。

十六
 年八十以上、七歳以下、死罪あれども刑せず。
是れ、古法なり。
ハ十に至れば、老いて智昏くなる。
七歳以下は、智未だ開けず。
故に、是れを刑せず。

十七
 一人禁獄せられては、其の家の父母・兄弟・妻子・一族憂い苦しみ、家業を止めて勤めず。
且獄中一日の苦しみいはん様なし。
政をする人は、其の苦しみ、其の家の患をも思うべし。

十八
 凡そ、罪を犯して、未だ顕われざる内に白状する者は、赦す。
これ古法なり。
又、知らずして科を犯す者は赦すべし。
再びに至るとも、大悪にあらずば、懲らさしめて赦すべし。
三度に至れば、赦すべからず。
是れ、齊の桓公の言なり。

十九
 官ある人、公の法度を仮て、私の恩に報ゆべからず。

二十
 漢土唐の世に、律令格式の四法を立てたり。
我が國にも古朝廷に律令格式の書を作りて、其の法備われり。
是れを、官人に教え学ばしめるを、明法の学という。
其の師を明法博士という。
乱世に及んで兵火にかかり、律と格とは、亡び失せて、今少し残れり。
令と式とは、今も全本あり。
律とは、罪を正す定法なり。
いかようの科は、いかように行うという定法を記せり。
此の定めに従いて行えば、刑罰に誤り無し。
後代は、此の定法なくして、其の所々の奉行職の人、我が心に任せて行う事になりぬ。
もろこしには、唐の代に限らず、昔より律の書あり。
近代も、明律あり、清律あり。
本朝にも、古律亡びて後、法曹至要抄と云う書あり。
貞永の式目も律の類なり。
令は、下知をなす法なり。
本朝には、淡海公の作り給える令あり。
清原夏野是れを注せり。
義解と云う。
又、令の集解という書あり。
格は、古来行われし政を書きつけたり。
今の留書きというものあり。
某の年いかなる事ありしを、いかように行いしという記録なり。
式は、式法なり。
延喜式今もあり。
此の律令格式の四書は、古朝廷政務の軌範なり。
昔の明法の学者は、此の四書を習いしとかや。
今も古の道に本づきて、時宜に従い律令の書を作りて、明法の学を講すべきことなり。

二十一
 後漢の崔寔の言に、刑罰は者治乱之薬石也、徳教は与平之梁肉也といえり。
言う意は、政をするに刑罰を用いるは、病おこりて後、薬を用いるが如し。
五常・五倫の教えは、平生無病の時、米肉を食して身を養うが如し。
故に上たる人、徳を修め教えを立て、民を導くべし。
其の上に罰を犯す者は、止む事を得ずして刑を用ゆ。
教えずして人を罪にいれるは、仁にあらず。
古の聖王は、一人を刑して千萬人恐れ愼む。
故に、刑は無刑を期すといえり。

二十二
 儀禮に曰く、父は者子之天也、夫は者妻之天也。
是れを以て推すに、君は臣の天なり。
凡そ、君父と夫に背くは、則ち天に背くなり。
其の咎大なり。
此の三つは、天下の大倫にて、五倫の内にて尤も重し。
故に、君父と夫とは、我に対して無道なる事ありとも、恐れて背くべからず。
もし背く者あらば、罪に行いて許すべからず。
然らざれば、天地の間人倫の道立たず、法度記綱敗る。

二十三
 或処に頑民あり、しばしば其の父を打つ。
奉行聞きて、其の罪を糺し、君に告げて是れを刑戮す。
頑民殺される時まで尚、其の罪に服せずしていう、我もし他人の父を打ち候わばこそ罪せらるべけれ、我が父をこそ打ち候え、左程罪とは覚え候わず。
かかる無理なる刑にあう事、不幸の至りなりとて、上を怨みけるとなん。
或士是れを聞きて、彼の民の言いしも一理ありといえり。
此の士、不学にして、孝の道の重きを知らず、五刑の属三千にして、罪不孝より大なるは無しという事を聞かずして、かくは言いけるならし。
然れば、四民ともに人倫の教えなくんばあるべからず。
村里に佛堂を建て、僧法師の輩、朝暮佛法を勧める程にこそなるまじけれ、せめて其の所の司、時々来りて、耕作を勤め、父母を養い、君長を敬い、法令を守り、廉潔をはげまし、正直にして偽りなく、人と争う事なきように教え戒めば、風俗正しく、萬民和順にして、使い易かるべし。
殊に農人は、世事になれず、悪習に染まらず、其の心朴なり。
道理を以て教え導かば、善に遷り易くして、古の淳朴なる風にも立ち帰るべし。

二十四
 士の節義あるを上より賞美すれば、士の風俗強くして忠臣勇士多く出づ。
もし柔惰にして従いやすき者を悦び、剛直なる士を嫌えば、士の風俗弱くなりて恥を知らず、佞諛の人多く出づ。
故に、忠信を重んじ、節義を貴ぶは、士を教えるの道なり。

二十五
 天に怪異あらわれ、地に妖祥起こるは、皆是れ、天の人に変を示し、告げ戒め給うなり。
譬えば、親の子を憐みて、其の悪を止め善をなさしめんとて、せっかんするが如し。
國家の主は、天の警めを恐れ愼んで、我が身を顧み、其の政を正しくして、國家を保つべし。
若し是れ、自然に出来たる事と思えれば、大なる不敬なり。
天変恐れるに足らずといえる事は、國家を亡す基なり。
人の君となり奉行職となる人は、いやしき人恐れて上下の間遠く隔りて、下の心上に通ぜずして、下の憂い苦しみを知らず。
故に、顔色を和げて下の情を盡さしめ、物の言い良きようにすべし。
唐の太宗と、延喜の帝の、我が威の強くして下の物言い難きを恐れて、顔色を和げて、其の臣下に対し給うは、此の故なり。
凡そ、政をするには、下情に通ずるを良しとす。
王公大人といえども、自ら聞かず、自ら見ざれば、萬事昧くして明らかならず、人民の愁い悦び、苦しみ楽しみ、姦悪私曲を知る事なり難し。
善悪利害を知らず、國の豊饒凶荒、家の費侈を知らず、祿位の高く多きに誇りて下情に通ぜず。
斯の如くにしては、臣民いかようの悪を行い、善を行いても知らず。
自ら聞かず見ざれば、下情に通じ知るべきようなし。
昧しというべし。

二十六
 人を讒言する人は、人の小さき過ちをかざりて、大に言いなすものなり。
或は、過ちなき人をも過りありと云い、君たる人能く察せずして、其の言を信ずるは、迷いの甚だしきなり。
讒を聞きて善人を退けるは、其の善人の災いのみならず。
萬民の災いなり。

二十七
 鄒の穆公という君、下に命じて鴨と雁とを飼うに、米を飼わず、唯、粃を以て餌となす。
或時、食に粃なし。
民に買えば、折節粃少なくして、米の價より高し。
依て其の司米をはましめんと云う。
君用いずして曰く、汝小利を知りて大損を知らず。
百姓朝夕寒暑を厭わずして稲を作り出すは、鳥獣の為に非ず。
且つ米は、人の上食なり。
何ぞ是れを以て、鳥を養わんや、蔵の米を出して、價高くとも臣の粃を買いて鳥に飼うべし、蔵の米を臣に与えるは、則ち我が倉に在ると同じと言えり。

二十八
 太公望曰く、以不仁得之、以不仁守之、必及其亡也。
言う意は、不仁にして國を得たる人、不仁を以て其の國を守れば、必ず、其の一代にして亡ぶ。
大和もろこし其のためし多し。
國の長久するは、其の君、仁なればなり。
亡ぶるは、不仁なればなり。
桀紂以下、歴代不仁の君、亡びざるは無し。
堯舜湯武は言うもさらなり、漢の高祖文帝、後漢の光武、唐の太宗、其の余歴代の賢君は、皆、仁心ありし故、國長久せり。
凡そ、國家の興亡、身の安危、皆、仁と不仁とによれり。
禹湯は、己が身をせむ、故に栄え給う。
桀紂は、人を責む、故に亡びたり。
己を責めるは、仁なり、人を責めるは、不仁なり。
仁の道、豈、勤めざるべけんや。

二十九
 唐の李昉といいし人、宰相となれり。
客来れば必ず三事を問う。
一には、民間に何の憂苦かある。
二には、今の世政を行わんに、いかなる善道かあるべき。
三には、今の政にいかなる悪しき過ちやある。
此の三つの事聞きたしと言われしなり。
是れ、世間諸人の公論を聞きたく思い、又、下情の上に達せざらん事を歎きてなり。
宰臣の法とすべし。

三十
 秦の始皇の子、二世皇帝の曰く、凡そ、天下を有つを貴しとするは、唯、意を恣にし、慾を極めて楽しむ故なり。
下を治めるには、唯、法度を厳しくして下を制すれば、民、上を犯さずして乱起こらずと言えり。
是れ、秦の天下を失えるゆえんなり。
秦より以下、天下を治めること能わずして、天下を失い、身を亡ぼせる人多きは、皆、此のゆえなり。
天下を有ちては、唯、善を行いて、廣く民を憐み惠みて、萬民各々其の所をるを以て、楽しみとすべし。

三十一
 臣下に祿を与え過して富貴になれるは、奢りて使い難く、用に立たず。
臣下貧窮に迫れば、必ず恥を知らず、偽り邪に成りて忠なし。

三十二
 凡そ、高官の前にありては、いかなる小人も愼み隠す故に、姦悪ありといえども知れず。
民に臨んで愼まざる故に、其の行う所、善悪まぎれなし。
故に、吏の善悪は、下より告ぐる所を聞きて、其の上にて其の善悪を糺すべし。
訟える者を咎めず、民の口を塞ぐべからず。

三十三
 或明君の言にいう、神の罰、君の罰、誠に畏るべし。
然れども、我が臣下の罰、百姓の罰、尤も恐るべし。
如何となれば、神の罰は祈りて免れるべし。
君の罰は、詫びごとを以て遁れるべし。
唯、民と臣との心を失いて、背かれぬれば、其の災い遁れるべきようなし。

三十四
 漢土も大和も、王公の國土を得給うことは、其の始めは極めて難き事なり。
中にも戦闘の時に生まれて、家を興し國を得給う人は、安樂なる暇なし。
風に櫛けづり雨に沐い、朝夕戦闘を事とし、自ら敵に臨みて、鋒鏑を冒し、萬死を出でて一生を得、常に心を労し、身を苦しめ、大艱難大辛労を経て、終に大國を得、大祿を受け給えり。
唯、時の幸にて、故もなくたやすく國を得給うにはあらず。
又、既に國を得ては、城郭を築き、法制を定め給う辛労も、亦、はかりなし。
其の大勲労をなし給う事は、本より忠義の心に出で、唯、我一代の栄華を受けん為にはあらず。
代々賢子孫おはしまして、能く其の志を継なぎ、其の法を守りて、人民を保ち國土を失わず、長久にして栄え楽しまん事を願いたまう。
是れ、始めて國を得給う先公の心にて、君子創業垂統為可継の意なり。
其の子孫たる人は、其の先祖の大なる動労を以て國を得給う事の難きを思い、其の先祖を尊び、其の志を継ぎ、其の法を守りて永く國土を保ち、人民を治め給わば、是れ、其の先祖の志にかないて、諸候の孝行、是れより大なるは無し。
もし、先祖の國を得給うことの難き事を思わず、我が身、何の辛労もなく、居ながら國を領して、其の富貴安楽を受け、恣に驕り、酒宴遊樂を事とし、剰え我が才智に誇り、先祖を侮り、其の定め置き給いし家法を破り、又、國民を苦しめ、政法を猥にして、終に其の臣民に背かれ、國土を失うに至るは、諸候の不孝、是れより大なるは無し。
此の思うと思わざるとの二つは、國家の治乱存亡の機なり。
諸侯の子孫たる人、此の二つの機を察して、常に愼みて徳を修め孝を行い給わば、其の後、栄永く傳わりて、令名限りなかるべし。

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