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初学訓 巻之三


 人となりては、稚き時より、其の父兄となる人は其の子弟に、書を讀ませ、道を学ばしむべし。
学問の道は他なし。
只、道を知りて、善悪を明かにわかち、善を行い、悪を去るにあり。
故に、君子の学問は、仁心を保ち、常に善を行うを宗とす。
善を行わざれば、博学にして、經傳に明かなるも、無用のことなり。
大人は、善を行えば、其のほどこしひろし。
然れども、極めて賤しき乞丐といえども、善を行うに志あれば、其の分に随て、其の功多し。
故に、学問する人は、只、常に善をするに志ありて、日々、善を行うをつとめとすべし。


 善を行う道は、まづ、孝弟を本として、人倫をあつく行うべし。
力あらば、ひろく施し、衆をすくい、貧賤にして下にありとも、其の身にしたがいて、善を行うべし。
人倫をあつくして、次には、鳥獣蟲魚草木までも、憐み恵むべし。
是れ、善を行う次第なり。


 学問する人は、まづ、誠の心を本として、善を好みて、常に勤め行い、悪を嫌いて、つとめ去るべし。
学問の道、善を行い悪を去るをむねとす。
学んで書を讀めども、善を好まず行わざれば、用なし。
わが身の過ちを改め、悪を去りて善を行い、殊に、孝弟を本として、人倫を憐み、其の分に應じて、人に施し救い、其の位に随いて、人を敬うべし。
これ、愛敬の二は、およそ、人にまじわる心法なり。


 善を行うに、愛敬の心を本とすべし。
其の人に随いて、愛敬に厚薄有るべし。


 学問するに、道を知らん事を以て心とし、善を行いて、人を愛し助けるを以て事とすべし。
是れ、学問の要とする所、本を務めるなり。
其の目的は、君子とならんことを期するを以て志とすべし。
然らずして、才学のみに心を用い、是れを以て、自ら誇り、人を侮る故、書を讀まざる時より、心ざま、かえって、悪しくなりもて行けり。
是れ、君子となる事を好まずして、小人となる事を学ぶなり。
書を讀むによって、かえって、小人となるは口おし。
もし、斯の如くならば、学問すれば、人品悪しくなると、俗人のいえるも宜なり。
かかる学問は、せざるに如かず。
されども、それによって学問せざるは、たとえば、噎ぶによって食せざるが如し。
食は日用の物なり。
むせたるは、食する人の過ちなり。


 学問の道は、人倫の道を行い、人を憐み恵むを以てつとめとす。
身を修めるを以て根本とす、身修まらざれば、人倫の道行われず。
天下國家の法なくして治らず。
身を修めるの道は、易に、所謂、見善則遷、有過則改む。を以て要とし、わが身に省みて、人を責めざるをつとむ。
人の善を見ても遷らず、わが過ちあれども改めず、是れは、一向、道に志なき人なり。
左傳に曰く、人非聖人誰無過。過而能改。
善莫大焉。
論語に曰く、過則勿憚改。
尚書に曰く、改過不吝。
やぶさかとは、おしむをいう。
過ちあらば、おしまずして速やかに改むべし。
学問の道他なし。
只、過ちを知りてよく改め、善に遷るを宗とすべし。
学者、此の事を以て、常に心にかけてつとむべし。
過ちを改めんとならば、まづ、わが過ちを知るべし。
人の過ちは知り易く、わが過ちは知り難きは、人を見るには私なし、故に明かなり、我が身には私して、過悪をも知らず。
わが身に過ちあれども、知らざるは愚なり。
知りて改めざるは悪なり。
其の罪深し。
明鏡と雖も、其の裏を照らさず。
智者といえども、わが身を知るには暗し。
故に、君子は、まづ、わが身を省みて、其の過ちを知るべし。
其の上、道ある人に交わりて、其の諫めを聞き、過ちを改めて善にうつる。
是れ、学問の益なり。
子路は、人其の過ちを告げ聞かすれば喜べり。
ここを以て、程子の言に、子路を亦百世の師なり、といえり。
人、わずかなる酒肴くだものなどの贈り物をうけてだに、めで喜ばぬ者なし。
況や、過ちを告げ、善言を進むるをや。
これほど大なる恵みあらんや。
子路の喜べる事、宜なるかな。
過ちを聴くことを嫌い、諫めをいう人に怒るは、不善の至りなり。
わが身に過ちなきと思うは、愚なる事、是れより甚だしきはなし。
如何となれば、前にも言える如く、古人の言に、人聖人にあらず、誰か過ちなからん、過ってよく改めるは、善これより大なるは無しといえり。
およそ、人の悪事多きなかに、諫めをいう人を悪み嫌い、わが過ちを改めざるほど、大なる悪なし。


 人の身のわざ、五あり。
貌、言、視、聴、思なり。
貌とは、身の形の動きをいう。
貌と、言と、視と、聴と、心に思うと、すべて、五のわざなり。
思うは、其の本なり。
善を好み悪を嫌いて、邪念を起さざるは、是れ、思いを愼しみて、意を誠にするなり。
凡そ、此の五事を愼しみて正しくすれば、身修まる。
論語に、視と、聴と、言と、動と、禮にかなえば、即ち、仁なる事を説き給えり。
右にいえる五事と同じ。
人の身のわざは、視、聴、言、動の四に過ぎず。
四のわざに、皆、天然の則ありて、行うべき道理あり。
是れを禮という。
此の四のわざにつきて、為まじき事を為るは、皆、非禮なり。
心と身との非禮を戒めて、非禮にして物を見、物を聴き、物を言い、非禮にして形を動かすことなかれ。
此の如くすれば、事々、皆禮にかないて、人欲の私なく、天理行なわれて、本心の徳闕けず。
是れ即ち、仁なり。
仁とは、人の本心の徳なり。


 天命とは、天道より生れつきたる福と禍とあり。
又、時として、不慮に福あり禍あり。
富貴、貧賤、壽夭、皆、生れつきたる天命ありて、分限定まれる故、道なくして神佛にへつらい祈り、身を屈めて権臣にへつらい求めても、生れつかざる福禄は得がたし。
人の生れし初め、天の陰陽の氣をうける時、厚薄ありて、其の厚きを受けたるは、富貴にして福あり。
或は、命ながし。
薄き氣を受けたる人は、貧賤にして禍あり。
又、命みじかし。
又、時として、不慮に出で来る禍福あり。
富貴なる人も、時の禍あり。
貧賤なる人も、時の福あり。
すべて、人の力にてなし難き事は、皆、天命なり。
故に、諸々の福と富貴とは、人力を以て得がたし。
諸々の禍と貧賤とは、人力を以て免れがたし。
すべて、人の富貴、貧賤、吉凶、禍福、寿命の長短、萬の事は、皆、陰陽の変化によりて、もとより生れつきて、定まれる天命あり。
不幸なりとて、妄りに憂いなげき、或は、富貴財禄を貪りて、諂い求めるは愚なりというべし。
富貴、貧賤、吉凶、禍福、皆、生れつきたる天命なれば、天命に任せて、貪り求むべからず。
又、憂うべからず。
天命を安んぜざるは愚なり。


 人力を以て天命を得る道あり。
士は、君に仕えて、よく勤めれば、君の寵を得て、禄あつし。
農は、田をつとめてよく作れば、秋のなりわい多し。
工商は、其の家業をよくつとむれば富む。
凡そ、四民ともに、よくつとむれば、家富む。
古語にも、人生は、つとめにあり。
つとめれば乏しからず、といえり。
又、倹約を行いて、妄りに財を費やさざれば、よく家を保ちて貧しからず。
又、養生をよく愼しめば、命ながし。
是れ皆、人力を以て、天命を得る理あり。


 天道は、人の善に福し、悪に禍し給う。
是れ、人のしわざの善悪によりて、天より、福と禍とをむくい給える理なり。
是れは、天道の常理なり。
疑うべからず。
又、人の性質によりて、富貴、貧賤、禍福、壽夭あり。
或は、時によりて、不意に、吉凶あり。
皆是れ、陰陽の変化にして、人の生れつきにより、氣を禀けること厚薄あり。
厚き氣をうけたる人は、富貴にして福あり。
薄き氣をうけたる人は、貧賤にして禍あり。
又、長き氣をうけわたるは、命ながく、短き氣をうけわたるは、夭し。
天の陰陽の氣をうけて斯の如くなれば、すべて天命という。

十一
 凡そ、萬の事、皆、天命なれば、人の力及びがたし。
不幸なりとも、天命をやすんじて、憂うべからず。
されども、人事をば盡すべし。
人事を盡すとは、わが身を愼しみて行うべき道をつとめ行い、過ちを改め善に遷りて、禍に遭うべき罪咎なからんことを求めるをいう。
病ある者の、愼しみてよく保養するも、亦、人力を盡すなり。
是れ、人力のつとめによりて、天命を得る理あり。
此の如くにして、其の上は、天命にまかせて楽しむべし。
憂いて心を苦しむべからず。

十二
 学者、讀書の楽しみきわまりなし。
此の楽しみ、無学の人に知らしめ難し。
わが輩の如き愚者といえども、書を讀めば、古の聖賢に、目のあたり見えて、其の教えを聴くが如し。
又、書を讀めば、天地萬物の道理に通じ、からやまとの天下古今の事を知る。
其の楽しみ大ならずや。

十三
 いまだ道を知らざる人は、酒に酔いて醒めず、眠りて覚めざるが如し。
道を知れる人は、酒に酔いて醒めるが如く、眠りの覚めたるが如し。
故に、道を知れる人を、先醒という。
此の酔いさめる人は稀なり。
吾も人も、身を終わるまで、酔いて眠り覚めず。
されども、よく学んで、久しく此の道に志ある人は、遅くとも、覚める理あり。
少し学べば、少しの益あり。
大に学べば、大に益あり。
益あらずという事無し。
されども、学びよう悪しくして、善を行わず人を憐まず、我が身に誇り、人を誹り侮り、人に勝たんとする心甚だしくなるは、学才長ずるに従いて、彌其の人悪しくなる。
今の世には、かようの学者多くなる。
末世の学者のならい、おそるべし。

十四
 学問の道は、他にあらず。
只、善悪を明かにして、善を行い悪を去るにあり。
凡そ人は、只、心もわざも、善に志善を行いて、人を憐れみ恵み、人を楽しましめて、人を苦しめず、人をよみして、人をにくまず、人をうらみず、人の善を褒めて、人をそしらず。
是れ、即ち、仁の理にして、君子の道なり。
人となりては、君子の道を学び行うべし。
善に志なく、善を行わずして、人を苦しめて、人を憐れまず、人を侮りて、人を敬わず。
人を怨み怒り、人を譏る。
是れ、小人の道なり。
人となりて、小人の道を行うべからず。

十五
 およそ、一念悪をおもい、一事悪を行えば、天道にそむく理なり。
おそるべし。

十六
 朋友の間、悪しき事あらば、面前に言うべし。
陰にて譏るべからず。
後ろめたく聞こえる。
面前に、其の過ちを責め、かげにて、其の善を褒めるべし。

十七
 人をほめ過すも、諂いに近く、また、人を知らざるの過ちあり。
不智というべし。
およそ、人を褒貶すること愼しむべし。
古語に曰く、一言妄りに発すれば、駟馬も追い難し、又曰く、一言を以て知とし、一言を以て不知とす。
言愼しまずんばあるべからず。

十八
 言を愼しめば禍なし。
飲み食う事を愼しめば病なし。
故に、古語に曰く、病は口より入り、禍は口より出づ。

十九
 同官同列の人は、私意の争いなく、人我の隔てなくして、和睦し相愛すべし。
是れ亦、朋友の道にて、君のためなり。
家の乱は、多くは臣下の争いより起る。
凡そ、われ一人を立てんとし、わが才を専らに立てんとすれば、必ず、同列を妨げるゆえ、かえって、わが身の禍となる。
又、同藝の人にも、相争うべからず。
誹るべからず。
同列を誹り、同藝を誹るは、是れ、小人のわざなり。
才能善行は、相助けて進むべし。
不能あらば、誹るべからず。

二十
 謙と矜との二を知るべし。
謙は、へりくだるなり。
卑下するをいう。
我に才智善行ありても、誇らざるなり。
へりくだりて、わが身に自慢せず誇らざるは、是れ、天道神明のたすけ給う所、人のよみする所なり。
学問する人は、まづ、謙を以て基とすべし。
基とは、家を作る土台なり。
土台を築かざれば、家を作りがたし。
謙ならざれば善に進む下地なくして、学問の道立ちがたし。
学問しても、益なし。
家を作らんとして、基なきが如し。
是れを以て、謙を学問の基とす。
わが身をへりくだり、わが身をよしとせず、人の善言を聴き、人の善を取り用い、おのれを立てずして、人の善にうつれば、善に進む事極まりなし。
天下の善徳なり。
矜は、ほこると訓む。
自慢する事なり。
謙の裏なり。
われにいかなる才能善行ありとも、ほこりかがやかすべからず。
ほこれば、其の才能をも善行をも、失いて、人に悪まれ誹られ、禍あり。
わが身に自慢して、自ら誇り、人を譏れば、善に、遷りがたし。
故に、悪日々に長じて、不善に進む事限りなし。
是れ、天下の悪事なり。
学問せんと思わば、初より、先づ、此の矜の字を誡め去るべし。
是れ、第一の事なり。
もし、是れを去らざれば、学問しても、益なきのみならず、かえって害あり。
才力の進むに従いて、已に誇るゆえ、悪彌長ず。
学ばざるにしかず。
学問すれば人の心悪しくなるとて、俗人の学問を嫌うは、此の故なり。
師は、是れを以て弟子を誡め、初より、誇る事あらば、許すべからず。
弟子は、是れを以て自ら誡め、自ら恕すべからず。
故に、学問する人は、大根本あり、謙の字なり。
大禁戒あり、矜の字なり。
故に、学問する人は、初より、必ずまづ、此の禁戒を守り、根本を立てて、学問をつとむべし。
かえすがえす、わが身にほこり、人をそしるより、大なる悪なし。
みずからほこる人は、必ず、人をそしる。
みずから是とすれば、必ず、人を非とす。
是れ等の悪しき事を、すべて凶徳という。
心に銘じて、自ら誡むべし。

二十一
 わが善は、大なりともかくして、自ら褒むべからず。
是れ、身にほこらざるなり。
人の善をば、小なりとも、あらわして褒むべし。
是れ、人の善を助くるなり。
わが過ちは、飾らずしてあらわし、早く改むべし。
是れ、わが身の益なり。
人の過ちをばあらわすべからず。
これ、人を害せざるなり。
愛の道なり。
是れ、君子の心なり。

二十二
 節義とは、君、親、夫のために、義理を守りて、命を軽んずるをいう。
武士の戦場にのぞみて、君のため、命をおしまざるは、いうに及ばず、禄を惜みて、君をいさめず、命を惜みて、君に背き、敵に降り、或は、婦人の、夫に背き、死をおそれて、敵に従うようの類を、節義を失うという。
是れ、利欲にひかれ、命をおしみて、義理を失うなり。
凡そ、男女ともに、萬の才能うるわしくとも、節義闕けては、其の餘のよき事は見るにたらず。

二十三
 利口にして、才力するどに、世變になれて、小事にかしこき人に、大體にくらくて、よき智恵なく、愚なる人あり。
又、辨才なく才力つたなき人に、かえりて、其の心明かにして、大體にかしこき人あり。
人に交わり人を使う人は、人を用いるに、外の貌のうるわしきと、言のかしこきに迷うことなかれ。
よく其の心の内を察すべし。
外明かなれば、内くらく、外くらければ、内明かなり。
故に、外働きて、内愚なる人あり。
外くらくして、内明かなる人あり。
たとえば、水と火との如し。
水は、外くらくして、物をてらす光なけれども、内見え透きて明かなり。
火は、外明かにして、よく物を照らせども、その内くらくして見え透かず。
人の内外、かわりあるも、これに同じ。
必ず、其の貌によりて、人を見あやまるべからず。

二十四
 凡そ、善を好まずして、悪を行い、君に不忠に、親に不孝に、國法を犯しておそれず、人に譏られ悪まれ、身を危うくして愼しまず、甚だしきは、家を破り、身を失うは、なにの故ぞや。
おろかにして知なきが故なり。
知なき故、善の行うべき事も、悪のなすべからざる事をも知らず。
たとえば、小児の、知なくして、水火をおそれず、井に落ち入り、火に這入るが如し。
又、善の行うべき事を知らざるは、たとえば、三歳の小児に、菓子と金とを、前に列ね置きて取らせんに、必ず、菓子をつかみて、金を捨つべし。
是れ、知なくして、金の寳なる事を知らざればなり。

二十五
 凡そ、百行萬善、皆、知あるより行われ、愚なるよりすたる。
此の故に、知は、人身の大寶なり。
貴ぶべし。
人たる者は、高きも賤しきも、若きも老いたるも、只、知を求むべし。
知を求むるの術は、いかんぞや、学問するに如くはなし。
学問にあらざれば、知を求むべきようなし。

二十六
 学問は、古の聖賢を師として、五常を心に保ち、五倫を身に行い、次に、天下萬物の理を究め、古今の事に通じて、わが心の知をひらく道なり。
凡そ、もろもろのいやしき小藝すら、皆、師あり、稽古ありて、つとめ学び、久しくして後に、其のわざをよく習い、得る理なり。
況や、わが身を修め、人を治める莫大の道理を知る事なれば、師なく学問なくしては、いかに生つきたる才ありとも、何ぞ、かかる事を、一人知るべきや。
是れ云はずして其の是非を思い知るべし。
ここを以て、古の聖人、生れながら知るの人といえども、猶、師を求めて、道を問い学びたまう。
況や、今の人の知は、古人に及ばず。
幸いに聖賢の書多し。
幼よりつとめて讀み、明師良友を求め従い、教えを受けて、道理を知り、知を開くべし。
人間第一のつとむべきわざ、是れより先なるは無し。
古の聖人、天下の人の教えのため、学問所を建て、師を立て、学ばしめ給うは、此の故なり。

二十七
 学問する人は、先づ、志を立つべし。
志を立てるとは、君子とならん事を、常に心がけて忘れざるをいう。
たとえば、都に行く人、一歩を踏み出すより、念々都に上る事を、忘れざるが如くなるべし。
君子とは、徳の至れる人をいう。
君子となる道は、善を好むに、誠あるを以て本とす。
善を好まざれば、本たたず。
其の上には、書を讀み よく学んで道を知りて、其の知れる所をつとめ行うにあり。
凡そ、学問するは、まづ、道を知り善を行いて、ついに君子とならん事を志てやまざるを、志を立てるという。
是れ、君子の学問は、常に善を行うを以て心とすべし。
善を行わざれば、学問も無用のことなり。
善を行う人は善人なり。
其の至りは、君子となる。
故に、学問の道は、常に善を行いて、君子にいたるを以て目あてとす。
弓射る者の、的に志すが如し。
志を立てるは、たとえば、飢渇の時に、飲食を思うが如く切なるべし。
是れ、学問の基なり。
善を好むに、怠りあるは、志を立てるにあらず。
もし、学をするに、善を好む、志なくんば、萬巻の書を讀むとも、藝能を習うに同じ。
只、才能のみ進みて徳行をつとめずんば、眞の学問にはあらず。
眞の学問は、徳行をつとめること、文学をつとめるより厚くすべし。

二十八
 学問の道は、善を好む志を立つべし。
且つ、明師良友を求めて、学術の筋を擇ぶべし。
師友の人品よからず、学術の筋悪しければ、学びても益なし。
是れ、第一擇ぶべき事なり。
初より、わが志をへりくだりて、わが身に才ありとて、誇るべからず。
われを是とし、人を非とすべからず。
知れる事も、知らざるが如く、心得ざるさまにて有りぬべし。
君子の心ざまを学ぶべし。
かりにも小人のわざに倣うべからず。

二十九
 学問は、只、善を行う道なりと知りて、常に善心をおこし、日々に善行をなすべし。
其の上、道理を以てわが身を責むべし。
道理を以て人を責むべからず。
古法にかかわりて、人を責むべからず。
古法になづみて、國法に背くべからず。

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