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家道訓 巻之四 用財上



 萬の事、皆、法あり。
法に従えば、其の道立ちて、其の事成る。
法を守らずして、只、我が心に任せ行えば、必ず、其の事破る。
家をおさめるに、尤も法あるべし。
法無ければ必ず財用盡き、困窮して家を保ち難し。


 凡そ、家を治めるに、財を用いる法を知りて、堅く愼み守るを要とす。
是れを知りて守ると、知らずして守らざるとは、家の盛衰存亡の本にて、其のかかる所、いと、重き事なれば、常に心を用い、よく其の法を知りて守るべし。
疎かなるべからず。
其の法を知らず、疎かにして、心を用いざれば、必ず困窮に至りて家を破る。
今の人、家の主となりて、多くは、家を保つ道を疎かにして、財を用いる法を知らず。
故に貧窮に至る。
貧窮なれば、自ら苦しむのみならず、親を養う事薄く、君に仕えるに務め難く、人に施し恵まず、禮義を行い難し。
人に乞い借り買いおぎのりて、負い目を償のい難し。
百行かけて行われず。
武士は、武備無くして戦陣を務め難し。
不意なる変に遭えば、困苦して如何ともすべからず。
貧苦の禍い、子孫に至りて止まず。
或いは、一代にて家を破る。
悲しむべし。
諸々の細事雑藝をば、さほど知らずともありなん、先づ、家を保つ道を早く知りて守るべし。
是れ、人生至要の事なり。
疎かなるべからず。


 家を治める主人は、日夜家事をよく勤めて怠らず、疎かにならず、財を用いるに奢らず費やさず、専ら倹約を行うべし。
勤と倹との二つは、家を治める要道なり。
此の二つの道、行われば、貧窮に至らず。
我が川に乏しからず。
勤と倹と二つの道を行うに、心に小にして疎かならざるを宜しとす。
是れ勤倹を行う心法なり。


 勤倹なれば、必ず貧窮に至らず、我が財祿にて家を保ち、財を人に求め借らずして足りぬ。
人の貧窮を救い、音信贈答饗応の禮義を調え、其の上餘畜ありて、不意の禍いに遭える時の変に備え、武具を調え武事に備えあるは、是れ、よく財を用いるなり。


 家を保つの道は、勤と倹との二つにあり。
四民共に勤めれば、家業よく治まり、財祿を得るの基となり、又、家業よく調のえり、家治る。
勤めるは、是れ、財祿を得るの本なり。
本は、努むべし。
倹約なれば、財を失わずして、よく家を保つ。
倹約は、財を保ちて失わざる道なり。
二つの者並び行われて家道立つ。
一つも缺くべからず。
四民皆同じく是れを行うべし。
又、勤と倹との工夫は忍にあり。
忍は、こらえるなり。
苦労をこらえて、よく努め、私欲をこらえて倹約を行うべし。


 飲食衣服家居器物など、我が身の分より軽くするが、よき程なるべし。
身上に相かなえりと思うは、分に過ぎたるなるべし。
只、親を養うは、本に報ずる道なれば、我が身を忘れて財を惜しむべからず。
又、禮義を行い、人を救い助ける事は、分に随い力を出すべし。
財を惜しむべからず。
是れ、人を憐れみ人に交わる道なればなり。


 家の破れたる所は、早く修理し、武具を調え備え、古くして損じたるは改め補い、父より譲れる器などの缺け損じたるは、早く修復すべし。
凡そ、小破の時、修理を加えざれば、大破に至ては難し。


 仕えるものは、君より賜る祿あり。
農工商は得たる田地あり家財あり。
士も庶民も、其の財祿の多少によらず、其の分内にて倹約を行い、家人を養い家を保つべし。
是れ君父より受けたるのみならず、天より賜る所の定分の財祿なれば、大身小身貧富ともに、其の家の財祿を用いて事足りぬべし。
是れ、天命を安んじて外を願わざるなり。
已む事を得ば、外の財を借り用ゆべからず。
もし、家祿の分限に過ぎて費やせば、必ず財不足して、外に借り用いるに至る。
是れ、財を用いるに法無くして、天命を安んぜざるなり。
よく財を用いる人は、財祿の多少によらず、其の家に得たる所の財祿の分量にて事足りぬ。
家の困窮するとせざるは、家祿の多少によらず、又、時の風俗の奢れると倹なるにもよらず、又、我が幸不幸にもよらず、只、我が一心の倹なると、怠り奢れるによれり。
以約失之者鮮矣と、聖人ののたまえる事、信ずべし。
是れ、家を保つ法なり。


 古人の財を用いるは、其の財祿の分限に応じて、過分の事なかりしかば、困窮する人少なし。
後の人は、分限に過ぎて、下士は上士の真似をし、上士は、大夫の真似をし、大夫は、諸候の真似をす。
事によりて、士たる者、甚だ分を越えて、諸侯の真似をする事、亦、多し。
斯の如くならば、何ぞ困窮せざるべきや。
事によりて、上より下に等しく軽くするは害無し。
下より上を濳して、貴き人の真似をするは、大なる科なり。


 財を用いるに、小を積んで大に至る故、小の費えをも惜しむべし。
然れども、もし、已む事を得ずして、少しの者放すとも大なる害無し。
一時に大に財を用いんと思わば、必ず、猶豫して、よく計るべし。
已む事を得ば、堪えて費やすべからず。
少しの費えを積んで百に至りても、猶、大なる費え一事は、それより甚だしく財を破る。
愼むべし。

十一
 家を治め、財を用いるに、事毎に心を用いて精くし、細やかにして疎略なるべからず。
奢らず、吝かならず、過不及なく、よき程にすべし。
用い過ごすは奢れり、不及なるは、吝かなり。
心悪しくして、大ように、疎かなれば、財の用いよう過不及にして、或は奢り、或は吝かなり。
與うべき者を與えず、與うまじき者に與え、多く與うべき者に少なくし、少なかるべきに多くするは、事、背きて理に当たらず。
是れ、心を用いず、用いても精しからざるなり。

十二
 君より祿と位とを得るは、誠に難き事なり。
されど、得る事難きよりも、保ちて失わざる事尤も難し。
祿位を得る事は、幸にして得る人あり。
財祿を保って失わざる事は、徳無ければ成り難し。
幸ありて得れども、徳無くして失う人多し。
故に財祿ある人は、徳行を愼しんで其の財祿を保つべし。
又、財祿を貪り、分外の富を求めて子孫に遺さんとせんより、家法を遺せども必ず失う。
四民、皆、此の如し。
我が財祿を保ちて失わず、子孫長久ならしめん事を願わば、只、仁心を以て人を憐れ惠み、善を行うを常の楽しみとし、子孫に善を教え勧むべし。
是れ、天道に叶う理なれば、当時、目に見えたる幸は無くとも、後に必ず天の惠みを受くべし。
是れは萬金を捨てて神佛に諂い祈るに百倍せる祈祷なり。
是れ我が私言にあらず、古の賢き人の教え、古今の験し明らかなり。
疑うべからず。

十三
 財を用いる法を、禮記の王制に云り。
曰く、財用を制するに、入る事を計りて、出す事を為す。
言う意は、年の暮れに、今年得る所の財の分限を数えて、其の分限の多少にし従い、其の年の豊凶によりて、それに応じて、来年まで使い用いる分限を定めて、時々に省みて、使い用いる事を節にすべし。
得る所の財の分量より少なく用いるは宜し。
得る所より過ぎて多ければ、財不足して困窮となる。
戒むべし。
是れを、入るを計りて出だす事をすると云う。
其の上、費えを省き奢りを戒めて、成るべき程、餘財を多く蓄え、凶年、火災、盗賊、疾病、死亡、軍用に備うべし。是れ萬世財を用いるの良法なり。

十四
 古は、三年耕して、必ず一年の食有りと言えり。
此の意は、農人は、三年田を作れば一年の食の餘計あり。
例えば、四町の田地を作れば、三町の振る舞いをなし、一町の生業を残して用いず。
三年過ぎれば、三町のふるまいを成し、一町の生業を残して用いず。
三年過ぎれば、三町の生業の餘計出でくる故に、例え水早風蟲の凶年に遭いて、五穀實らざれども飢饉の患い無く、財用事かけず。
士と工商の家も、此の計を持って知るべし。
是れを以て計に、古の法は、士は君より賜る所の祿を、毎年四に分つち、三分を用いて一分をば蓄え置きて用いず。
一分を三年重ねれば三分となる故、もしは、凶年に遭い変に遭いても、困苦の患い無し。
三分の一を蓄え置くは、凶年のため、或いは、水火盗賊不意の変を助け、又、軍用に備え、人の困窮を救わんが為なり。
是れ、古、財を用いるの法なり。
此の法を行えば、四民ともに財豊かにして、貧窮の患いなし。
是れ、古今通用すべき良法なり。

十五
 凡そ、太平の世の勢は、年々に、萬の事必ず華美に赴きて奢り、費え多くなりもて行く物なれば、倹約を宗として行わずして、只、其のままにて、世の成り行きに任せぬれば、人々困窮して家を保ち難し。
俗にながれ時に移り行かば、倹約の道立たずして、後には、必ず家を破るに至るべし。
家主となる人は、早く謀り遠く慮るべし。
萬の事は、遠き後の事を早く慮らざれば、必ず近き憂い有り。
はじめ憂い勤めれば、後は必ず安楽なり。
初めに怠りて心を用いざれば、後は必ず憂い苦しみとなる。
此の理を能く慮るべし。

十六
 財の用いよう善きと悪しきとは、例えば、今兄弟二人あり、其の家の財祿の分限も、人の口数も同じく、父の譲れる財も同じく、父の借り物の負い目の無きも同じ。
然れば、家の貧富も、亦、同じかるべきに、一人は家富み豊かに、萬不足無し。
一人はまどしく、せわせわしく、常に財を借りて、利に利を加えて人に與え奪われて、財を費やし盡し、後には、其の借れる物を償なわず、年々にようやく貧困に至る。
是れ何故ぞや。
財の用い様よきと悪しきとによれり。
よきとは、後を慮りて今を愼むなり。
悪しきは此の裏なり。

十七
 天地の気滞れば、必ず変をなして、風雷水旱地震などの災いとなる。
世間の物、久しく集まれば必ず散る。
人の気血飲食廻らずして滞れば、必ず病となる。
財寶も、多く集めて人に施し惠まざれば、滞りて後日の禍いとなる。
老子も、多く集めれば、必ず厚く失うと云り。
是れ、必然の道理なり。
財多く集まれば、貧苦なる人に施すべし。
財を多く集集めて人に施さず、永く子孫に傳んとすれども、火災盗賊など、不意の災変に遭いて財を失い、或いは子孫の不徳によりて財を失う事、古今世上に其の試し多し。
財を集めたるまでにて、人に施さざれば、必ず禍いとなる。
鹿臺の財、鉅橋の粟、奢りてはたもち難し。
鄧通が銅山の財、石崇が金谷の富も、不徳なれば、ついに失えり。
又、官祿を貪り、財寶を集めて子孫に遺せども、我が身に仁愛を行わずして、積善無ければ天道に背きて、後の餘慶なし。
其の上子孫不肖にしては、其の官祿と財寶を保ち難し。
只、陰徳を行いて、常に善をなし、廣く人を救い、子孫に其の餘福を遺し、又、義方の教えをなして、子孫の行いを正しくせんこそ、子孫の幸いとは成るべけれ。
我が身一人にて、福祿を多く受け過ぎれば、天道見てるをかきて、子孫には福残らず。
我が身自ら幸いの満てるをかきて、我がため子孫のため、禍いを遁れるべし。
是れ、自ら福を受け過ごさずして、子孫に福を残し與えるなり。
是れ、智者のする所なり。

十八
 財を多く蓄えて餘りあらば、人に益ある事に使い用ゆべし。
無益の営みをなして、財を費やすはいたずら事なり。
惜しむべし。
君子の財を妄りに用いずして惜しむは、人に益ある事に、財を用いんが為なり。
例えば、百萬銭を費やして、萬燈を灯さんよりは、十萬を出して、飢えたる者、萬人を養うは益多し、又、百萬銭を出して、女子を嫁せしむれど、十萬銭を出して子を教える人無しと、古人云り。
又、大富の人は、一日の内にも千金を費やして、無益の驕樂をなせども、百金を出して飢えたる人を救う人無きは何ぞや。

十九
 我が身の養いを薄くして、父母の奉養を厚くすべし。
次に兄弟親戚朋友の貧窮なるを救うべし。
其の外、飢寒艱苦する者を助けるを以て楽しみとすべし。
親戚の娘、嫁すべき時に至れども、貧窮にして嫁する力無き者あり。
吾もし力あれば、財を助けて嫁せしむべし。
凡そ、財あれば、此の如く有益の事をなすべし。
財を吝むべからず。
我が力に従いて施すべし。
斯く善を行いて人を助けば、家富み財多く持てる甲斐あり。
善をする事、斯の如くならば、豈、楽しからずや。
道理を知らざる人は、多くの財を費やし無益の事をなして、義理に背く事多し。
財寶を多く費やして、道理に背くはむげに愚かなり。
よくわきまえて、無益の事に財を費やさず、益ある時に財を用ゆべし。
斯の如く、善を行いて人を救う人は、必ず天道の御めぐみ深くして、禍い無く福長し。
無益の祈祷をして、妄りに神仏に諂うには、遥かに勝りて、しるし大なり。
無智の人は此の理を知らず。
道無くて神仏に諂うは、神仏を愚かにし、私ありとして、欺き侮るなり。
何ぞかかる人に利生あらんや。

二十
 凡そ、財を惜しみては、善を行う事成り難く、功を立てる事も成り難し。
又、人の心を得ずして、人思いつかず。
人の和無き故、事を成し難く、為す事はがゆかず。
軍にも賞を行えば士卒身をすて勇戦を励ます。
三略にも、香餌之下には、懸魚ありと云り。
賞薄ければ、士卒励みなく、軍功も立ち難し。
是れ皆、吝嗇の禍いなり。
俗語に、小欲大損と云う、是れなり。

二十一
 人もし富貴にして、寶を多く貯え持てば、是れ、天より我一人に厚くし給うにあらず、多く人を救わしめん為に、我に授け給うと思いて、天命に従いて、常に仁愛の心を持ちて、貧苦なる人を惠み、飢餓する者を救いて、善を行うを以て楽しみとすべし。
是れ、天の御心に背かざる也。
斯の如くならば、富貴なる甲斐有りて大なる楽しみなるべし。
財を多く持ちても、我が身一人の奉養に奢り、人に施さずして善を行わざるは、無用の物なり。
石瓦を多く持てるに同じ。
かかる人を守銭虜と古人の云いけんも、むべなり。
財を持てる甲斐なくして、貧賤の人と同じ。

二十二
 財を用いる道を知らで貧窮なれば、父母を養うに薄く、人に與うべき物を與えず、人を惠む事なり難く、人の負い目を返さず、廉恥の道行われ難く、人の惠を受けて酬いず。
官となりても、貧なれば民を貪り易く、忠義を務め難し。
禮義に叛き、心術に害ある事、皆是れ、困窮より起こる。
困窮は、倹約ならざるより起これり。
然る故に、倹約は、家を治める要道なり。

二十三
 凡そ、人家に無くて叶わざる物の外、無用の物を求め蓄えざれば、心の患い無く、財の費え無し。

二十四
 器物は、朝夕用ある物を寶とすべし。
無用の奇物を寶とするは、價は多く費えて、我が用に立つ事は、稀なり。
常に用ある器は、費えは少なくて、用に立つ事多し。
得難き寶を尊ぶは、古人の戒めなり。

二十五
 士として、財利を貪り、吝嗇にして廉恥の志無く、親戚故舊の貧窮を惠まず、我に親しき人、我が釆地の農人などの飢饉を見ても、心強くして救わず。
親戚朋友の禮義を努めず。
或は、與うべき者に與えず、、取るまじき物を取り、人の財を用いて償わず。
もし此の事、我が身に一つも有れば、是れを戒むべし。
人の善き悪しきを見るも、皆、我が身の鏡なり。
善を見ては是れを学び、悪を見ては、我が身にも是れ有やと省みるべし。
此の如くすれば、人の善悪を見て、皆、我が身の益となる。
人の悪しきを謗らずして、我が身を省みるべし。
凡そ、鰥寡孤独貧窮にして頼り無き者、我が分に従い、力の及ぶ程は救うべし。
是れを救うに財を惜しむべからず。
如何となれば、我が身彼を救う程財あるは、天よりひとえに我が身に幸いし給うに在らず、貧苦なる者を救わしめんとて、吾にたからを与え富ましめ給う理なれば、天の御心に従いて、貧人を救い施すべし。
もし是れを、救わざれば、天の御心に背きて、其の禍い恐るべし。
天道に背きし禍い、たちまちに目に見え来たらず、其の報い、遅けれども遁れ難し。
此の理、必ず違わず、疑うべからず。
天道恐るべし。

二十六
 易に、天道は盈ちてるを虧くと云り。
又、物満れば、缺くとも云り。
又、古語に、多く藏むれば厚く失うとも云り。
財多く集めたる迄にて、人の貧窮を惠まざれば、盈ちては、必ず虧くる禍いあり。
天道恐るべし。

二十七
 人の器物を借りる事を好むべからず。
人を妨げる事、遠慮すべし。
入用ありとも、なるべき程は、不自由を堪えて、人の器、借りるべからず。
もし已む事を得ずして器を借らば、損なうべからず。
用い終われば、早く返すべし。
久しく留め置きて、貸せる主に事を缺かせ、乞い使いを受けて遅く返すべからず。
もし借りる物、損ぜば、能く補いて、其の過ちを謝し返すべし。
凡そ、我が家に、人の財寶器物書籍等を借りて、返さざる物有やと、時々自ら顧みるべし。
もし借れる物あらば、速やかに返すべし。
是れ亦、家を治める道の内の一事なり。
疎かにすべからず。

二十八
 物を買いて、買いたる負い目を忘れ、或は、怠りて負い目を返さざる事あらば、省みて早く返すべし。
是れ亦、心を用ゆべき事なり。

二十九
 商人は、日々月々に財を廻らし用いて、其の利を得るを以て、世わたるたつきとす。
もし商人の物を買いて、其の価を遅くつぐのえば、商人、其の財を廻らさずして、利を得難し。
たとえ、後日に残り無く返し與うとも、其のつぐのわざる間は、日々月々に得べき利を得ず。
其の商人の憂い思いやるべし。
凡そ、借りる物を返さず、買える物の価をつぐのわざれば、其の財主の恨み推し計るべし。
人の恨み怒り積りての天禍、恐るべし。

三十
 人の書を借りれば、まづ、我が書をさし置きて、まづ人の書を専一に見て、早く返すべし。
人の書を借りて、見ずして久しく留め置くは怠りなり。
大冊なる書も、二日に一冊は見易し。
中冊の書は、五冊からば五日に見て、早く返すべし。
十冊借らば、十日に見て返すべし。
久しく留め置くべからず。
早く返せば、人も亦、よく貸して惜しまず。
是れ学者の心を用ゆべき事なり。

三十一
 人の書を借らば、損ない汚すべからず。
雨漏り水煙り、猫鼠水火油膩、小児の防ぎをすべし。
借りる書は、器に入れ置きて、見る時取り出すべし。
もし損ない汚さば、補いて、其の誤りを謝して返すべし。
是れ亦、百行の一なり。

三十二
 凡そ、人に書を貸せば、我が用ある時事缺けぬ。
人に貸す事を惜しむべし。
是れを以て、書を借りる人慮りて、早く返すべし。
貸す人は、借りる人の貧にして書無きを憐れみて貸すべし、惜しむべからず。
富める人、もし書を見る事を好めども、書を買わざれば、学進まず。
我が書にあらざれば、用ある時考え難し。
財多き人は、書を買う事、惜しむべからず。

三十三
 我が身の奉養に奢る人は、必ず財を惜しみて人に施さず。
財多けれど人に施さざるは、只、吝嗇なるのみならず、不仁と云うべし。
財を惜しみては、善は行い難しと、程子の言える、誠に然り。

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