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養生訓 巻第四 飲食下


 東坡曰、
 早晩の飲食一爵一肉に過す。
尊客あれば之を三にす。
へらすべくして、ますべからず。
我をよぶ者あれば是を以つぐ。
一に曰、分を安すんじて以福を養なう。
二に曰、胃を寛くして以氣を養なう。
三に曰、費をはぶきて以財を養なう。
東坡が此法、倹約養生のため、ともにしかるべし


 朝夕一さいを用ゆべし。
其上に醤か肉醢か或つけものか一品を加えるもよし。
あつものは、富める人も常に只一なるべし。
客に饗するに二用るは、本汁、もし心に叶わずば、二の汁を用させん為也。
常には無用の物也。
唐の高侍郎と云し人、兄弟あつものと肉を二にせず、朝夕一品のみ用ゆ。
晩食には只蔔匏をくらう。
大根と夕がおとを云。
范忠宣と云し富貴の人、平生肉をかさねず。
其倹約養生二ながら則とすべし。


 松蕈、竹筍、豆腐など味すぐれたる野菜は、只一種煮食すべし。
他物と両種合わせ煮れば、味おとる。
李笠翁が、閑情萬寄にかくいえり。
味あしければ腸胃に相応せずして養とならず。


 もち・餌の新に成て再煮ず、あぶらずして、即食するは消化しがたし。
むしたるより、煮たるがやわらかにして、消化しやすし。
もちは数日の後、焼煮て食うに宣し。


 朝食、肥濃の物ならば、晩食は必淡薄に宣し。
晩食豊腴ならば、明朝の食はかろくすべし。


 諸の食物、陽氣の生理ある新きを食うべし。
毒なし。
日久しく歴たる陰氣欝滞せる物、食うべからず。
害あり。
煮過してにえばなを失えるも同じ。


 一切の食、陰氣の欝滞せる物は毒あり。
くらうべからず。
郷党篇にいえる、聖人の食し給わざる物、皆、陽氣を失て陰物となれるなり。
穀肉などふたをして時をへるは、陰鬱の氣にて味を変ず。
魚鳥の肉など久しく時をへたる、又、塩につけて久しくして、色臭味変ず。
是皆陽氣を失える也。
菜蔬など久しければ、生氣を失いて味変ず。
此如なるは皆陰物なり。
腸胃に害あり。
又、害なきも補養をなさず。
水など新に汲むは陽氣さかんにて、生氣あり。
久しきを歴れば陰物となり、生氣を失なう。
一切の飲食、生氣を失いて、味と臭と色と少にても、かわりたるは食うべからず。
ほして色かわりたると、塩に浸して不損とは、陰物にあらず食うに害なし。
然共、乾物の氣のぬけたると、塩蔵の久して、色臭味変じたるも皆陰物也。
食うべからず。


 夏月、暑中にふたをして、久しくありて、熱氣に蒸欝し、氣味悪しくなりたる物、食うべからず。
冬月、霜に打れたる菜、又、のきの下に生じたる菜、皆くらべからず。
是れ皆、陰物なり。


 瓜は、風涼の日、及秋月清涼の日、食うべからず。
極暑の時食うべし。


 炙もち・炙肉すでに炙りて、又、熱湯に少ひたし、火毒を去りて食うべし。
然れずは津液をかわかす。
又、能喉痺を発す。

十一
 茄子、本草等の書に、性好まずと云。
生なるは毒あり、食うべからず。
煮たるも瘧痢傷寒などには、誠に忌むべし。
他病には、皮を去切て米みずに浸し、一夜か半日を歴てやわらかに煮て食す。
害なし。
葛粉、水に溲て、切て線条とし、水にて煮、又、みそ汁に鰹魚の末を加え、再煮て食す。
瀉を止め、胃を補う。
保護に益あり。

十二
 胃虚弱の人は、蘿蔔、胡蘿蔔、芋、薯蕷、牛蒡などうすく切てよく煮たるを、食うべし。
大にあつくきりたると、煮ていまだ熟せざると、皆、脾胃をやぶる。
一度うすみそか、うすじょうゆにて煮、其汁にひたし置、半日か、一夜か間置て、再前の汁にて煮れば、大に切りたるも害なし、味よし。
鶏肉、野猪肉なども此如くすべし。

十三
 蘿蔔は菜中の上品也。
つねに食うべし。
葉のこわきをさり、やわらかなる葉と根とを、みそにて煮熟して食う。
脾を補い、痰を去り、氣をめぐらす。
大根の生しく辛きを食すれば、氣へる。
然ども食滞ある時、少食して害なし。

十四
 菘は京都のはたけ菜水菜、いなかの京菜也。
蕪の類也。
世俗あやまりて、ほりいりなと訓ず。
味よけれども性よからず。
仲景曰、薬中に甘草ありて、菘を食えば病除かず。
根は九月十月の比食えば味淡くして可也。
うすく切てくらうべし、あつく切たるは氣をふさぐ。
十一月以後、胃虚の人くらえば滞塞す。

十五
 菓、寒具など、炙食えば害なし。
味も可也。
甜瓜は核を去て蒸食す。
味よくして胃をやぶらず。
熟柿も木練も皮共に、熱湯にてあたため食すべし。
乾柿はあぶり食うべし。
皆、脾胃虚の人に害なし。
梨子は大寒なり。
蒸煮て食すれば、性やわらぐ。
胃虚、寒の人は、食うべからず。

十六
 人は病症によりて禁宣の食物各かわれり。
よく其物の性を考がえ、其病に随いて精しく禁宣を定むべし。
又、婦人懐胎の間、禁物多し。
かたく守らしむべし。

十七
 豆腐には毒あり。
氣をふさぐ。
されども新しきをにて、にえばなを失わざる時、早く取あげ、生だいこんのおろしたるを加え食すれば害なし。

十八
 前食未だ消化せんば、後食相つぐべからず。

十九
 薬を服す時、あまき物、油膩の物、獣の肉、菓、もち、餌、生冷の物、一切氣を塞ぐ物、食うべからず。
服薬の時多食えば薬力とどこおりて力なし。
酒は只一盞《いっさん》に止るべし。
補薬を服する日、ことさら此類いむべし。
凡薬を服する日は、淡き物を食して薬力をたすくすべし、味こき物を食して薬力を損ずべからず。

二十
 だいこん、菘、薯蕷、芋、慈姑、胡蘿蔔、南瓜、大葱白等の甘き菜は、大に切て煮食すれば、つかえて氣をふさぎ、腹痛す。
薄く切べし。
或辛き物をくわえ、又、物により、酢を少加るもよし。
再煮る事を右に記せり。
又、此如の物、一時に二三品くらうべからず。
又、甘き菜の類、およそつかえやすき物、つづけて食うべからず。
生魚、肥肉、厚味の物つづけ食うべからず。

二十一
 薑を八月九月に食えば、来春眼をうれう。

二十二
 豆腐、菎蒻、薯蕷、芋、慈姑、蓮根などの類、豆油にて煮たるもの、既に冷えて温ならざるは食うべからず。

二十三
 暁の比、腹中鳴動し、食つかえて腹中不快ならば、朝食を減ずべし。
氣をふさぐ物、肉、菓など食うべからず。
酒を飲べからず。

二十四
 飲酒の後、酒氣残らば、もち、餌、穀食、寒具、菓、醴、にごりざけ、油膩の物、甘き物、氣をふさぐ物、飲食すべからず。
酒氣めぐりつきて後、飲食すべし。

二十五
 鳥獣のこわき肉、前日より豆油及みそ汁を以煮て、その汁を用いて翌日再煮れば、大に切たるも、やわらかになりて味よし。
つかえず。
蘿蔔も亦同じ。

二十六
 鶻突羹は、鮒魚をうすく切て、山椒などくわえ、味噌にて久しく煮たるを云。
脾胃を補う。
脾虚の人、下血する病人などに宣し。
大に切たるは氣をふさぐ、あしし。

二十七
 凡諸菓の核いまだ成ざるをくらうべからず、菓に双仁ある物、毒あり。
山椒、口をとぢて開かざるは、毒あり。

二十八
 怒の後、早すべからず。
食後、怒るべからず。
憂いて食すべからず。
食して憂うべからず。

二十九
 腹中の食いまだ消化せざるに、又食すれば、性よき物も毒となる。
腹中、空虚になりて食すべし。

三十
 永夜、寒甚き時、もし夜飲食して寒を防ぐに宣しくば、晩饌の酒飯を、数口減ずべし。
又、やむ事を得ずして、人の招に応じ、夜話に、人の許にゆきて食客とならば、晩そんの酒食をかさねて減ずべし。
此如かにして、夜少飲食すればやぶれなし。
夜食は、朝晩より進みやすし。
心に任せて恣にすべからず。

三十一
 朝夕の食、塩味をくらう事すくなければ、のどかわかず、湯茶を多くのまず。
脾に湿を生ぜずして、胃氣発生しやすし。

三十二
 中華、朝鮮の人は、脾胃つよし。
飯多く食し、六蓄の肉を多く食っても害なし。
日本の人は是にことなり、多く穀肉を食すれば、やぶられやすし。
是れ、日本人の異国の人より体氣よわき故也。

三十三
 空腹に、生菓食うべからず。
つくり菓子、多く食うべからず。
脾胃の陽氣を損ず。

三十四
 労倦して多く食すれば、必眠り臥す事をこのむ。
食して即臥し、ねむれば、食氣塞りてめぐらず、消化しがたくして病となる。
故に労倦したる時は、くらうべからず。
労をやめて後、食うべし。
食してねむらざるがため也。

三十五
 古今医統に、百病の横夭は多く飲食による。
飲食の患は色欲に過たりといえり。
色慾は楢も絶べし。
飲食は半日もたつべからず。
故飲食のためにやぶらるる事多し。
食多ければ積聚となり、飲多ければ痰癖となる。

三十六
 病人の甚食せん事をねがう物あり。
くらいて害に成食物、又、冷水などは願に任せがたし。
然共病人のきわめてねがう物を、のどにのみ入ずして、口舌に味わいしめて其願を達するも、志を養う養生の一術也。
およそ飲食を味わいてしるは舌なり。
のどにあらず。
口中にかみて、しばしふくみ、舌に味わいて後は、のどにのみこむも、口に吐出すも味をしる事は同じ。
穀、肉、羹、酒は、腹に入て臓腑を養なう。
此外の食は、養のためにあらず。
のどにのまず、腹に入らずとも有なん。
食して身に害ある食物といえど、のどに入ずして口に吐出せば害なし。
冷水も同じ。
久しく口にふくみて舌にこころみ、吐出せば害なし。
水をふくめば口中の熱を去り、牙歯を堅くす。
然共、むさぼり多くしてつつしまざる人には、此法は用がたし。

三十七
 多く食うべからざる物、諸のもち、餌、ちまき、寒具、冷麪、麪類、饅頭、河濡、砂糖、醴、焼酒、赤小豆、酢、豆油、鮒、泥鰌、蛤蜊、うなぎ、鰕、章魚、烏賊、鯖、鰤魚、しおから、海鰌、だいこん、胡蘿蔔、薯蕷、菘根、蕪菁、油膩の物、肥濃の物。

三十八
 老人、虚人、食うべからざる物、一切生冷の物、堅硬の物、稠黏の物、油膩の物、冷麪、冷てこわきもち、餌、粽、冷饅頭、并皮、糯飯、生味噌、醴の製法好からざると、冷なると。
海鰌、海鰮、鮪、梭魚、生菓、皆脾胃発生の氣をそこなう。

三十九
 凡の人、食うべからざる物、生冷の物、堅硬の物、未だ熟せぬ物、ねばき物、ふるくして氣味の変じたる物、製法心に叶わざる物、塩からき物、酢の過たる物、にえばなを失える物、臭悪き物、色悪き物、味変じたる物、魚餒、肉敗たる、豆腐の日をすぎたると、味あしきと、にえばなを失えると、冷たると、索麪に油あると、諸品煮て未だ熟せずと、灰有る酒、酸味ある酒、いまだ時ならずして熟せざる物、すでに時過たる物、食うべからず。
夏月、雉食うべからず。
魚鳥の皮こわき物、脂多き物、甚なまぐさき物、諸魚二目同じからざる物、腹下に丹の字ある物、鳥みづから死して足伸ざる物、獣毒箭にあたりたる物、鳥毒をくらって死したる物、肉の脯、屋濡水にぬれたる物、米器の内に入置たる肉、肉汁を器に入置て、氣をとじたる物、皆毒あり。
肉の脯、並塩につけたる肉、夏をすぎて臭味あしき、皆食うべからず。

四十
 いにしえ、もろこしに食医の官あり。
食養によって百病を治すと云。
今とても食養なくんばあるべからず。
殊老人は脾胃よわし、尤食養宣しかるべし。
薬を用るは、やむ事を得ざる時の事也。

四十一
 同食の禁忌多し、其要なるをここに記す
猪肉に、生薑、蕎麦、こすい、炊豆、梅、牛肉、鹿肉、鼈、鶴、鶉をいむ
牛肉に、黍、韮、生薑、栗子をいむ
兎肉に、生薑、橘皮、芥子、鶏、鹿、獺
鹿に、生菜、鶏、雉、鰕をいむ
鶏肉と鶏子とに、芥子、蒜、生葱、糯米、李子、魚汁、鯉魚、兎、獺、鼈、雉を忌
雉肉に、蕎麦、木耳、胡桃、鮒、鮎魚、をいむ
野鴨に、胡桃、木耳、をいむ
鴨子に、李子、鼈肉
雀肉に、李子、醤
鮒に、芥子、蒜、あめ、鹿、芹、鶏、雉
魚酢に、麦醤、蒜、緑豆
鼈肉に、ひゆ菜、芥子菜、桃子、鴨肉
蟹に、柿、橘、棗
李子に、蜜を忌
橙、橘に、獺肉
棗に、葱
枇杷に、熱麪
楊梅に、生葱銀杏に、鰻
諸瓜に、油餅
黍米に、蜜
緑豆に、榧子を食し合すれば人を殺す
ひゆに、蕨
乾筍に、砂糖
紫蘇の茎、葉と、鯉魚
草石蠶と、諸魚
魚鱠と、瓜、冷水
菜瓜と魚鱠と、一にすべからず
鮓肉に、髪有るは人を害す
麦醤、蜂蜜と、同食すべからず
越瓜と、鮓肉
酒後に、茶を飲べからず腎をやぶる
酒後芥子及辛き物を食えば、筋骨を緩くす
茶と、榧と同時に食えば、身重し
和俗の云、蕨粉を、餅と緑豆をあんにして食えば、人殺す。
又曰、このしろを、木棉子の火にて、やきて食すれば人を殺す。
又曰、胡椒と沙菰米と同食すれば人を殺す。
又胡椒と桃、李、楊梅同食すべからず。
又曰、松簟を米を貯る器中に入置けるを食うべからず。
又曰、南瓜を、魚膾に合せ食すべからず。

四十二
 黄ぎを服する人は、酒を多くのむべからず。
甘草を服する人は、菘菜を食うべからず。
地黄を服するには、蘿蔔、蒜、葱の三品をいむ。菘は忌ず。
荊芥を服するには生魚をいむ。
土茯苓を服するには茶をいむ。
凡、此如類は、かたく忌むべし。
薬と食物とのおそれいむは、自然の理なり。
まちんの鳥を殺し、磁石の針を吸の類も、皆天然の性也。
此理疑うべからず。

四十三
 一切の食物の内、園菜、極めて穢わし。
其根葉に、久しくそみ入たる糞汚、にわかに去がたし、水桶を定め置、水を多く入て菜をひたし、上におもりをおき、一夜か一日か、つけ置取出し、印子を以てその根葉茎をすり洗い、清くして食すべし。
此事、近年、李笠翁が書に見えたり。
もろこしには、神を祭るに園菜を用いずして、山菜水菜を用ゆ。
園菜も、瓜、茄子、壺盧、冬瓜などはけがれなし。


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