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【BOOK INFORMATION】戦後日本の知恵を途上国に

『地域保健の原点を探る ―戦後日本の事例から学ぶプライマリヘルスケアー』
プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)は近年、保健医療に関する持続可能な開発目標(SDGs)達成の観点からも重要視されている。『地域保健の原点を探る ―戦後日本の事例から学ぶプライマリヘルスケアー』を上梓し、母子健康手帳を世界へ普及させる活動にも尽力した中村安秀氏に、本書の要旨について聞いた。

  ※本記事は『月刊 国際開発ジャーナル2019年7月号』の掲載記事です。

(公社)日本WHO協会 理事長
中村 安秀 氏

 1978年にアルマ・アタ(旧ソ連カザフスタン共和国の首都)で開かれた世界保健機関(WHO)と国連児童基金(UNICEF)共催の「PHCに関する国際会議」で、「アルマ・アタ宣言」が採択されてから昨年(2018年)で40年を迎えた。この宣言では、「2000年までにすべての人々に健康を」というスローガンが掲げられた。そして、保健医療サービスを人々が享受できるように住民や患者が主体的に参画するという、旧来の保健医療にはなかった「公平さ」と「参加」の思想を盛り込んだPHCが打ち出された。わずか5ページ、1,100語あまりのこの宣言が世界に与えた影響は大きく、現在、多くの国でPHCが実践されている。
 だが日本では、以前からこの理念に呼応するような地域保健活動が行われていた。第二次世界大戦後、農家の女性へ生活改善を指導する生活改良普及員や感染症対策、母子健康手帳(以下、母子手帳)をはじめとする母子保健対策などが行われ、戦後著しく低下した日本国民の健康水準を改善した。本書は、こうした戦後日本における保健師や助産師の活動を低中所得国の保健医療システム強化に活用するため、科学的な検討を加えた上で、低中所得国への応用可能性も検討した厚生労働科学研究費による研究内容を中心としている。この研究成果やその後の進展について、研究班の主要メンバーである石川信克氏、佐藤寛氏、大石和代氏、坂本真理子氏に執筆いただいた。加えて、沖縄の地域保健について小川寿美子氏に、戦後の日本の母子保健の取り組みと世界への母子手帳の広がりについて當山紀子氏に執筆いただき、国際保健医療協力で豊かな経験のある方々による重層的かつ複眼的な視座を持つ一冊となっている。
 本書を編纂するにあたり、私はヘンリー・カーの「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」という言葉に新たに触発された。そして、歴史を縦軸に置き、日本と低中所得国というグローバルな空間を横軸に置くと、過去との対話、事例からの学び、相互学習が三角測量のように位置することに気付いた。例えば、日本の母子手帳は今や世界に広がっているが、その過程には翻訳をするのではなく、母子手帳が戦後の食糧難の時代に配給手帳の役割も担っていた歴史と対話し、その意義を問い直す作業があった。続いて、低中所得国から留学や研修で日本に来た母子保健専門家が日本の母子手帳に触れる機会を意識的に作るといった取り組みの事例を、他国の人が学ぶ機会も設けられた。そして、母子手帳国際会議などの場を通した、プログラムの評価や科学的エビデンス、政策展開などに関する相互学習も行われた。このような三角測量の視座を展開する中で、母子手帳はアジアやアフリカなどへも広がってきたのだ。
 先人たちの知恵に学ぶことは、日本の未来を考える時の羅針盤になる。国際保健医療協力経験者のみならず、国内の地域の発展や共生に関心を寄せる方々にもぜひ手に取っていただき、忌憚ないご批判をいただけると幸いだ。


『地域保健の原点を探る ―戦後日本の事例から学ぶプライマリヘルスケアー』
中村 安秀 編著
杏林書院
2,400円+税

・amazon


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本記事は国際開発ジャーナル2019年7月号に掲載されています。

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