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ガルシア・マルケス「族長の秋」(1975年)



ガルシア・マルケス「族長の秋」おもしろい。(主人公の「大統領」は映画「ワイルドバンチ」のマパッチ将軍をイメージ)
 
たまにはSFじゃないのを読んでみよう、ということで初のラテン・アメリカ文学に挑戦。
 
時系列がゴチャゴチャと思いきや、だいたい順番通りになっています。
 
冒頭、船員が語る幽霊船の怪談みたいだな、と思いました。夜が明けて、白骨の船長にびっくりする話。航海日誌は100年前の日付で終わっていた、そんな感じです。
 
大統領の邸宅なのに、ハゲタカに食い破られたバルコニー、牛たちがずうずうしくうろつき回って、ひづめで建物をめちゃめちゃに壊しています。
 
植物の枝が壁をはい、肖像画の目玉から突き出して、さらに伸びて、外の茂みと合流しています。荒れ放題だ。
 
床にうつぶせになった白骨の死体は、孤独な大統領。鳥についばまれて、苔と虫だらけになっています。
 
大統領には華やかな時代もあったことがうかがわれます。ハレー彗星の年、ペストの流行した時代を生きた彼の遺物が残されています。
 
ずいぶんと年月が経っているみたいですが、この数年、大統領府の内部で、人間の立てる物音が聞こえることはなく、鉄の扉は堅く閉ざされていました。
 
それなのに夜になると、巨船のものかと思うほど、無数の灯がともり、にぎやかな巨獣のひづめの音や、吐息が堅固な壁越しに聞こえます。ほら、幽霊船の怪談みたいでしょ。
 
バルコニーで夕暮れを眺める牛は目撃されていた。笑 大統領はミノタウロス?そうじゃないけど、すごくおかしいよね。
 
よくこんなことで国が保たれているなあ。意味がわからない!
 
日常的な行政は、多年にわたって保持してきた絶大な権力の惰性で、ひとりでに機能していたようです。そういうことか!はじめはみんな戸惑うかと思いますが、読んでいるうちに分かることがたくさんあるので、そのまま読み進めてくださいね。
 
大統領が孤独とはどういこと?これも読んでいるうちにわかります。一章読むたびに、大統領の周りからどんどん人がいなくなっていきます。自分の側近にテロの犯人がいるとわかっている時は、激しい孤独と心細さを感じ、独裁者は誰も信じられず、猜疑心から孤独なのだとわかります。
 
大統領府がいちばん賑やかだった時代は、ほとんど騒々しい市場です。人と動物でごった返していて、これが廃墟に変わるなんて信じられないくらい。
 
籠の中の小鳥がさえずり、聖水盤の水を飲んでいる牛、バラの植え込みで寝ているレプラ患者や盲人、中庭でエサをあさっているニワトリや雌鶏、いろんな色をした冷たいジュースを運んでくる女、廊下に野菜を背中に下したロバ、はだしの使用人。
 
大統領を取り巻く主な人物は、影武者、初恋の相手、将軍、母親、正妻と息子などです。みんな悲惨な最期を遂げるから、読む人を選びます。この人たちがいなくなるたびに、大統領は独りぼっちになっていきます。そして誰もいなくなった、大統領さえも・・・。過度の残酷さをもつ男なのに、どこか憎めないので可哀そうになってくる。
 
彼の人生でただ一人の正妻の死後、大統領はふたたび街へ出ることをやめ、大統領府の彼女を思い出す造作はすべて取り払い、殺風景ながらんどうの建物の中で、ごく少数の職員だけをそばに残して暮らすようになります。大統領は耄碌しているので、建物の中を独りでうろつき回っています。
 
マジック・リアリズムと言われる手法で書かれていますが、大統領の年齢は150歳から、250歳とも言われています。これも読者を幻惑する魔法かな。
 
彼の経歴も、身元もはっきりしません。彼の栄華の時代でさえ、その存在を疑う理由がたくさんあって、側近ですら、彼の確かな年齢を知りません。若く見えたり、年老いて見えたりします。
 
大統領がずっと老人なのもおもしろい。初恋の女とのエピソードの時点で、この世でいちばん年取った男なのだ。
 
それじゃあ存命のお母さんは何歳なの?大統領はお母さんよりも年上なのではないか?読んでいるとそんな疑問で頭がいっぱいになり、しっかり魔法にかけられています。笑
 
大統領に影武者がいるのも、これまた魔法。
 
分身の術を使うと一部の人から信じられている大統領は、ドミノというゲームを楽しんでいると思ったら、謁見の間で牛のフンに火を付けて蚊を追い払っています。笑
 
大統領がその手で病気を治すと信じる病人が官邸の植え込みで寝ている頃を見ると、大統領が悪い人に見えないよね。いちばん笑えた奇跡は、大統領府の目の前に海があるから、大波が街へ押し寄せた時は、建物が水没してしまいました。タニシがびっしり鏡に貼り付いて、サメが狂ったように謁見の間を泳ぎ回っています。みんなパニックなのに、大統領だけが軍服と、ブーツと、金ピカの装具をつけて右腕を枕にして、漂流しています。笑 この時、彼は不首尾な恋に悩み、海中で法悦を味わっていた。大統領の奇跡は本当なんじゃないかと思った。尊師が空中浮遊する奇跡みたいだ。笑
 
実際に政権が発足した頃の大統領はみんなから親しまれていたみたいです。全国民の一人ひとりや、統計の数字、解決すべき問題をすべて頭に入れています。市中の見回りをして、病気の子供に薬を飲ませたり、種牛に厄除けのまじないをしたり、夫婦の問題の相談に乗っています。オバサンの壊れたミシンを修理してあげることも。国民の日常生活の不便は、どんな些細なことでも、重大な国事と同じ。市民に寄り添うものすごくいい大統領です。
 
大統領の残酷なエピソードも、書きたいけど、ちょっとすごすぎるので書くことがためらわれるほどです。また書こうかなあ。
 
興味があったら読んでみてください。
 


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