SDGインパクト基準について(2)

 SDGインパクト基準(1)に続き、今回は「企業・事業体向けSDGインパクト基準」に焦点を当てて内容を解説します。

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 企業・事業体向けSDGインパクト基準は国連開発計画(UNDP)が開発したSDGインパクト基準(SDG Impact Standards)の三分冊の一つであり、2021年7月に第一版が公開されました。この基準について日本語版が作成されており、我が国でも注目されています。

 この基準は、企業等がSDGsに対する積極的な貢献を、組織体制および意思決定に組み込むための手引書という位置づけです。その名称から、インパクトを測定するための基準、あるいはSDGsへの貢献を報告するための基準と解釈されがちですが、パフォーマンス測定やレポーティングのための基準ではないことが、本文の冒頭(p.7)で明言されています。

<誰がどう使うのか>
 この基準は、SDGsに対する積極的な貢献に尽力しているのであれば、規模、地域、セクターに関わらず、あらゆる企業と事業体によって利用可能とされています。これは、SDGsに貢献するための「良い進め方」を記したガイドです。したがって、自社の事業活動と、この「良い進め方」とのギャップの分析、あるいは自己評価のツールとして使用されます。その上で、このギャップ(理想と現実の差異)を埋めて実践のあり方を徐々に改善していくことが望まれます。

 企業や事業体以外の利用も想定されています。例えば、投資家は投資マンデート・ガイドライン・デューデリジェンスの設定に、アナリスト・アドバイザー・認証提供者・調査会社は顧客へのアドバイスあるいは認証・ベンチマークの実施の際に利用できます。また、政府や政策立案者は政策や規制を調整する際にこの基準を参照することができます。

<SDGインパクト認証>
 なお、本基準と並行して、外部機関によるSDGインパクト認証の策定が進んでいます。認証プロセスは、企業が本基準の目標を達成するための方針やプロセスを有していることを保証できるように設計されます。認証は市場の信頼と信用を構築し、インパクトウォッシュや誇張表現のリスクを減らすための重要な仕組みとなることが期待されます。
 
 企業はまずこの基準を用いて自己評価を行った上で、認証を提供する第三者認証機関により、インパクトマネジメント実践の認証を定期的に受けるという形へ移行することが推奨されています。日本においても認証サービスの提供に向けて準備している団体があり、早々にサービス提供が開始されると思われます。

<「基準」を構成する四つのテーマ>
 他の二つ基準と同様に、企業・事業体向けSDGインパクト基準も、「戦略」、「アプローチ(執行・管理)」、「透明性」、「ガバナンス」という4点で構成されています。積極的にSDGsに貢献するには、この4点に関して何をすべきかが示されています。

①    戦略:組織のパーパスや戦略の中に、SDGsに対する積極的な貢献を組み込むことが求められます。また、貢献度を確認するための意欲的なインパクト目標を設定することも必要となります。

②    アプローチ(執行・管理):SDGsへの貢献は組織の意思決定の中に組み込むべきです。事業活動のインパクトを体系的にモニタリングし、インパクトマネジメントを経営の執行に統合することが求められます。

③    透明性:SDGsへの貢献をどのように組織のパーパス、戦略、アプローチ、ガバナンスに組み入れているかを開示し、そのパフォーマンスを測定し定期的に報告する必要があります。

④    ガバナンス:インパクトマネジメントの実践を組織の意思決定に組み込むうえで、ガバナンスは不可欠な要素であり、SDGsへのコミットメントをガバナンスの実践を通して強化することが目指されます。

 以下では、この四つのテーマで構成されるSDGインパクト基準の構成の特徴を、3点にまとめました。

<テーマと指標のセット>
 前述のようにSDGインパクト基準は四つのテーマで構成されていますが、それぞれのテーマには複数の推奨指標(practice indicators)が設定されています。指標といっても何かの数量や比率といった数量的な変化を測るものではありません。むしろ、「(何々が)設定されている」、「(何々を)明記している」、「(何々を)考慮している」のように、テーマごとの具体的に着手すべき活動を提示する内容になっています。

 例えば、最初のテーマである「戦略」の推奨指標を一部示すと以下のとおりです。

 企業や事業体は、この指標ごとに自らの事業活動をチェックし、「良い進め方」とのギャップを確認することになります。

 ちなみに、報告スタンダードであるGRIスタンダードにおいても、一般開示事項(GRI2)の中に「戦略」や「ガバナンス」といった項目があり、それぞれに複数の開示事項(disclosure)が提示されています。テーマごとに、これを確認するための指標(開示事項)をセットにするという構成は似ています。

<インパクト測定の重視>
 SDGインパクト基準の作成に協力した団体の一つとして、IMP(インパクト・マネジメント・プロジェクト)が示されています。この団体は2018年に国連開発計画、経済協力開発機構(OECD)、GRI、PRI(責任投資原則)、GIIN(グローバルインパクト投資ネットワーク)等の支援を受けて発足した団体です。ビジネスや投資活動が地球や社会に与えるインパクトを測り、これを適切に管理するための規範を関係団体が協議する場を提供しています。

 SDGインパクト基準はパフォーマンス測定のものではないと明言していますが、各テーマの指標の中に、インパクトの定義や測定手法等について専門的で詳細な取り組みが示されています。その記載内容にはIMPの影響がみられます。例えば、「戦略」の指標1.2.4において、インパクト目標が「インパクトのタイプ(すなわちABCインパクト分類)を明記している」ことを求めています。このABCインパクト分類とは、特定の成果に対する企業や投資の貢献度を分類する方法として、IMPが開発したものであり、Act to avoid harm (被害を回避・軽減するための行動)、 Benefit Stakeholders (ステークホルダーへの利益供与)、Contribute to solutions (SDGs達成に向けたソリューションへの貢献)の、それぞれの三つの頭文字(ABC)をとった分類法です。

 さらに、「アプローチ(執行・管理)」の指標2.2.1.2では、「SDGs のターゲットに沿った適切なベースライン、反事実、最低限の基準値を決定」を求めています。この反事実とは、事業体が何も行動を起こさなかった場合に、ステークホルダーに仮想的にもたらされる可能性のある状況や状態のことを示しており、慎重な準備を伴う専門的なインパクト分析手法です。

 また、インパクトの多寡の評価には、「活動やアウトプットの指標ではなく意思決定に有用なアウトカムの指標を選択する(指標2.2.4.1)」こと、さらに代替指標として活動あるいはアウトプットの指標を使用する場合にも、「できるだけ早くアウトカムの指標に置き換える(指標2.2.4.4)」ことが推奨されています。現状では、多くの企業がインパクトの測定にアウトカムでなく、活動やアウトプットレベルの指標を使っており、アウトカム指標の選択を推奨することは難易度が高いです。

<外部への情報開示の不完全性>
 前述のように、SDGインパクト基準は、サステナビリティ報告書などを作成するための基準(スタンダード)ではありません。SDGsに貢献するための「良い進め方」と現状とのギャップを分析するためのツールという位置づけです。企業や事業体の外部の関係者への情報提供を意図するものではないため、GRIスタンダードのような報告スタンダードと異なり、企業の過去のパフォーマンス、実績について情報開示するという指標は含まれていません。推奨指標として提示されているのは、適切なインパクト目標を設定しているか、インパクトデータが体系的に収集されているかという体制面のチェックに留まります。

 企業や事業体が自己分析ツールとしてこれを使うのであれば、こうしたチェックで不都合はないでしょう。しかし、この基準は、投資家や金融機関、アナリスト、行政などの外部者にも利用されることも想定されています。その場合、当該企業や事業体の過去のパフォーマンスや実績について情報開示が無いのは不十分ではないでしょうか。特に、今後、第三者機関がSDGインパクト基準での保証や認証といったサービスを提供することになると、「認証企業」=「大きなSDGsインパクトが見込まれる企業」と解釈されるでしょう。外部者が、認証企業に対する投資、融資、助成や協働を検討する際に、SDGインパクト基準に基づく認証だけでは、当該企業の過去のパフォーマンスや実績について情報が得られないことになります。

 企業、事業体が自身のSDGsへの積極的貢献を外部者に示す際は、SDGインパクト基準だけでなく、GRIスタンダードなど他のツールも利用して情報開示することが求められるでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8月は全2回に渡り、「SDGインパクト基準について」をお届けしました。

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