公的機関による養育費の立替払い制度・取立て制度に関する制度面を中心とした論点整理について
この記事は、法務省HPに掲載されている「公的機関による養育費の立替払い制度・取立て制度に関する制度面を中心とした論点整理について」を転載したものです。
令和2年12月24日
公的機関による養育費の立替払い制度・取立て制度に関する制度面を中心とした論点整理について
法務省・厚生労働省
不払い養育費の確保のための支援に関するタスクフォース
第1 はじめに
養育費の督促・徴収の段階における直接的な公的支援として,海外では,①公的機関が権利者に対して立替払いをした上で,公的機関が 事後に義務者から徴収をするという制度(いわゆる「スカンジナビアン・モデル」。以下「立替払い制度」という。)や,②公的機関が権利者に代わって義務者から取立て・徴収をした上で,それを権利者に渡すという制度(いわゆる「アングロサクソン・モデル」。以下「取立て制度」という。)を採用している国がある。そして,我が国にも同様の制度を導入すべきであるとの意見がある(注)。
このような状況を受け,本タスクフォースでは,今後更なる議論を行うための論点整理として,まず,仮に我が国に諸外国と同様又は類似の制度を導入することとした場合に,理論上考え得る制度イメージを挙げた上で,それらの制度の導入を検討する場合の論点について,制度面,体制面,運用面等について幅広く整理を行った。本資料は,その検討結果をまとめたものである。
なお,本タスクフォースでは,方向性を定めることなく,幅広くまた多角的に,論点の整理を行うことを試みた。また,以下の各制度イメージについて,いずれか一つの制度のみを選ぶという択一的なも のではなく,理論的には,以下で提示した複数の方向性を組み合わせる方策も考えられるとの認識に至った。その上で,現行法の枠内で速やかに実施を検討すべき施策があれば,まずはそれに取り組みつつ,併せて,法改正や新制度の立ち上げを伴う制度を導入することの当否については,本タスクフォースでの論点整理を踏まえつつ,引き続き検討を続けていくことが望ましいとされた。
(注)法務大臣養育費勉強会取りまとめ(令和2年5月29日),養育費不払い解消に 向けた検討会議取りまとめ(令和2年12月24日)
第2 立替払い制度
1 はじめに
立替払い制度は,後述の取立て制度とは異なり,扶養義務者の資力が不十分な場合であっても,速やかに権利者や子を救済することができることから,最も広範かつ迅速な支援が可能となる。もっとも,その実現のためには法改正が必要であるし,財政的な影響が非常に大きいことから,制度導入の当否については多角的かつ慎重な議論が必要となる。
仮に立替払いを導入する場合には,まずは,以下の各論点について 検討を行う必要があると考えられる。
論点
事後的に求償をすることができない場合には,損失を公費(税金)で負担することになる点について国民の理解が得られるか。
求償事務という全く新たな事務が公的機関(国,自治体等)に生じ,相当な事務負担となることが予想されるところ,いずれの部署が担うのが可能かつ適切か。
権利行使よりも立替払いの方が容易ということになると,監護親(権利者)が真摯に権利行使をしなくなったり,義務者が履行をしなくなったりする事態(モラルハザード)が生じないか。
現行法の下では,公的機関であっても義務者の財産を把握することは容易ではないため,回収の実効性を高めるために,義務者の収入,資産等を把握するための制度を整備する等の措置を新たに講ずる必要はないか。
現行法の下では,離婚時に養育費の取決めが必要的なものとされておらず,離婚後において養育費の具体的な請求権を有する者とそうでない者とが存在するが,そのような状況下で,具体的請求権を有する者に対してのみ公的な給付(立替払いの支援)を行うことは相当か。
公的機関の求償権と,監護親(権利者)の請求権(残額又はその後に継続的に発生するもの)や他の債権者の債権との優先関係をどのように整理するか。
2 公的給付と強制徴収による求償スキーム(公法型)
(考えられる制度イメージ)
公的機関がひとり親家庭に対して一定期間・一定額の公的給付を行う。
〔対象となるひとり親家庭の考え方〕
【①】死別等も含むひとり親家庭全体
【②】非監護親が存在している場合に限る。
【③】監護親が養育費の債務名義を有している場合に限る。同額について養育費請求権が消滅することとし,公的機関は, 義務者の扶養義務の範囲内で強制徴収公債権を取得する。
公的機関が強制徴収の方法によって求償する。
(説明)
このスキームは,公的機関が一定期間,一定額の公的給付をすることとした上で,その公法上の効果として,権利者の権利が同額で消滅するとともに,公的機関が義務者に対して同額の求償権を取得するという方向性である。
仮に立替払い制度を設ける場合には,公的機関による求償事務の負担を可能な限り軽減する必要があると考えられることから,私債権と同様の強制執行手続ではなく,強制徴収の手段を用いることができることとするために,公法上の原因によって公債権が発生することとするものである。
なお,公的給付の対象とするひとり親家庭の選択肢については①から③までが考えられるが,この他にも多様な考え方があり得る。
このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
論点
実質的には,公的機関が監護親(権利者)の私債権について代位弁済を行っていることと同視することができるが,その場合に,公的機関が,求償権を強制徴収公債権として取得することに理論的又は法制的な問題はないか。
公的給付の開始のタイミングについて,ひとり親となった時点とするか,養育費の支払が止まった時点と考えるか。
対象となるひとり親家庭について所得の制限を設けるか。申請主義とするか。
公的機関が立替払い(給付)をする期間及び金額をどのように定めるか。
偽装離婚等による制度の不正利用をどのように防ぐか。
〔【①】について〕既存のひとり親家庭に対する公的給付である児童扶養手当(死別の場合には遺族基礎年金)との関係をどのように整理するか。
〔【①】及び【②】について〕公的機関が求償する場面において,非監護親の扶養義務の内容をどのような手続で定めるか。
(【②】及び【③】について)父母の離婚によってひとり親家庭になった場合は公的給付を受けられるのに,死別による場合には受けられないことについて,公平の観点から問題はないか。特に,【②】については,義務者が失業等によって収入が全くない場合でも社会保障給付を受けられるにもかかわらず,死亡した場合には受けられないこととなるが,公平の観点から問題はないか。
(【③】について)子のための公的給付の有無が,監護親が債務名義を作成しているか否かで変わることとなることについて,どのように考えるか。
実際には養育費の支払合意がない場合等であるにもかかわらず,公的給付を受けることのみを目的とした債務名義が作成されることとなるおそれはないか。
公的機関から求償されることを懸念して,義務者が債務名義の作成に協力しなくなるのではないか。
3 弁済による代位と強制執行による求償スキーム(民事法型)
(考えられる制度イメージ)
公的機関が,債務名義を有する権利者に対して,一定期間,回収不能となった養育費請求権のうち一定額を第三者弁済する。
公的機関は,民法第499条によって権利者に代位する。
公的機関は,権利者の有する債務名義を用いて,義務者に対して強制執行を申し立てる。
(説明)
このスキームは,公的機関が,民事上の弁済として,債務名義を有する権利者に対して,養育費債権の一部弁済を行い,弁済による代位に関する民法第499条の規定に基づき,権利者に代位して,義務者に求償をするという方向性である。公的機関は,私債権を代位行使することとなるため,例えば民間事業者(保証会社等)が第三者弁済をした場合と同様に,強制執行の方法で取り立てることとなる。
公平性の観点から問題をおいた上で,理論的又は法制的な問題を考えたときに,公的機関が第三者弁済をすることの根拠や,第三者弁済又は弁済による代位に関する規定の整備等について制度的な対応は必要となるものの,上記2の公法型と比較すると,基本的な構造は現行法の枠内で説明できるものである。
このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
論点
立替払いの対象が,監護親において養育費債権に係る債務名義を有している子に限定されることについて,公平性の観点から問題が生じないか。
強制執行制度を用いるとすると,公的機関による回収の実効性はどうか。また,回収事務の負担が過重とならないか。それを解決するために,例えば,公的機関が弁済による代位を行った段階で,公債権に性質を切り替えることとした場合に,理論的又は法制的な問題はないか。
公的機関による代位行使と,強制執行における養育費請求権(扶養義務に係る定期金)の特例に関する規律の適用について,どう整理するか。
実際には養育費の支払合意がない場合等であるにもかかわらず,公的給付を受けることのみを目的とした債務名義が作成されることとなるおそれはないか。
公的機関が義務者に対して権利行使(私債権・強制執行)することを懸念して,義務者が養育費に関する債務名義の作成に協力しなくなるのではないか。
第3 取立て制度
1 はじめに
取立て制度は,公的機関が権利者に代わって義務者から取立て・回収した金銭を権利者に支給するというものであり,立替払い制度とは異なり,給付又は弁済による直接的な財政支出は生じない。もっとも,取立て・回収のための事務負担という新たな事務が継続的かつ大量に生ずるところ,その事務が過重なものとなれば制度が十分に機能しないといった事態が生ずるおそれもあり,制度導入の当否については多角的かつ慎重な議論が必要となる。 仮に取立て制度を導入する場合には,まずは,以下の各論点について検討を行う必要があると考えられる。
論点
取立て制度を利用することができる主体(権利者)や期間を限定するか。仮に限定する場合には,どの範囲の主体や,どの程度の期間とすべきか。
公的機関の支援の範囲を債務名義成立後に限定するか。債務名義成立過程への支援も含めるか。
公的機関の支援の範囲を債務名義成立後に限定した場合,公的機関が義務者に対して取立てすることを懸念して,義務者が養育費に関する債務名義の作成に協力しなくなるのではないか。
公的機関の支援を利用するための資力要件等を設けるか。
現行法の下では,養育費の取決めが必要的なものとされておらず,養育費の具体的な請求権を有する者とそうでない者とが存在するが,そのような状況下で,具体的請求権を有する者に対してのみ公的な給付を行うことは相当か。
2 強制徴収型
(考えられる制度イメージ)
権利者が公的機関に対して取立ての申立てをする。
公的機関において,独自に義務者の所在や財産を調査・把握し,権利者に代わって請求や,強制徴収の方法での取立てを行う。
(説明)
このスキームは,権利者から依頼を受けた公的機関が,強制徴収の方法によって,義務者から養育費を取り立てることとする方向性である。
このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
論点
私人である権利者に帰属する私債権が,公的機関が代理行使・代位行使する場合に強制徴収公債権に転化するとした場合に,理論的又は法制的な問題はないか。
公的機関の徴収と,監護親(権利者)の請求権(残額又はその後に継続的に発生するもの)や他の債権者の債権の行使との優先関係等についてどのように整理するか。
強制徴収を担う機関の体制や,当該機関の運営に要する財源についてどのように考えるか。
3 強制執行手続代理型
(考えられる制度イメージ)
権利者が公的機関に対して取立ての委任をする。
公的機関(公的機関から再委任を受けた弁護士等が実際の事務を遂行することも考えられる。)が,権利者を代理して,独自に義務者の所在や財産を調査・把握し,権利者に代わって,請求や強制執行の方法での取立てを行う。
(説明)
このスキームは,権利者から委任を受けた公的機関が,民事上の代理人の立場で,最終的には強制執行の方法によって,義務者から養育費を取り立てることとする方向性である。公平性の観点からの問題をおいた上であれば,基本的には現行法の枠内で説明できるものであるといえるが,強制徴収の方向性に比べると取立てに係る事務量は増えることとなるし,実効性(回収率)も低くなるおそれがある。
このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
論点
裁判手続において,公的機関が一方当事者を代理することとなるが,手続的な公平性の観点から問題が生じないか。
合わせて強制執行手続についての負担軽減を行わないと,公的機関の事務負担が過重になるのではないか。
4 本人による手続遂行支援型
(考えられる制度イメージ)
権利者が公的機関に対して養育費取立て支援の申立てをする。
公的機関(公的機関から再委任を受けた弁護士等が実際の事務を遂行することも考えられる。)が義務者の所在や資産について調査を行い,権利者に情報提供する。また,申立書の作成支援等を行う。
権利者は,これらの支援を受けながら,自ら強制執行の方法で取立てを行う。
(説明)
このスキームは,権利者が自ら強制執行を申し立てることを前提としながら,公的機関が申立てについて必要な支援を行うという方向性である。
これまでも改正民事執行法により第三者からの情報取得手続等の執行手続を新設するなど法務省において取組みを進めてきており, また,厚生労働省においてもひとり親家庭に対する自治体を通じた支援を行っていることから,現在の施策と連続性が高いものと位置付けられる。上記第1で指摘した,まず取り組むべき方向性の一つになるものと考えられる。もっとも,公的機関による調査・情報提供制度については,法制度的な対応が必要になる。
このような方向性については,以下の各論点について検討を行う必要がある。
論点
権利者本人が手続を遂行することとなるが,強制執行手続については手続面・精神面の両面で負担が重いと感じられているとの指摘があることから,手続全般に対する法的支援を拡充することや,強制執行手続そのものの負担軽減や利便性向上のための制度見直しを行うことが必要なのではないか。
権利者に対する強制執行手続全般に対する法的支援の拡充と併せて検討することが前提となるのではないか。
第三者からの情報取得手続等の執行手続や,履行勧告・履行命令等の様々なオプションとなる手段の更なる活用を併せて図っていくことも必要ではないか。
以 上
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