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実子誘拐:その長期的な影響

 家族法、政策、実践のための国際センター( International Centre for Family Low, Policy and Practice)は、家族法や児童法のあらゆる側面について、学術的、実務家的、政策的な視点を結集し、共同ディレクターがそれぞれ長年に渡って取り組んできたイングランド法と比較法の重要セクションであるこの広い領域で、分野横断的・管轄横断的に研究を実施、普及させるために2013年10月に設立されました。
 この新しい国際センターは、2009年から2013年にかけての、ロンドン・メトロポリタン大学に設立した「家族法、実務センター」の活動を発展させたもので、2010年と2013年に開催された国際会議が大成功を収めたことから、世界の家族法コミュニティに貢献する新しい国際拠点が必要であると確信するに至りました。
 このため、新しい国際センターは、もはやイングランドとウェールズにある単一の学術的な本拠地であるだけでなく、国内外の大学とも関連しています。
 本記事はこの国際センターが2014年5月に発行したフリーマン教授の研究レポート(下記の添付ファイル)「Parental Child Abduction: The Long-Term Effects」(ICFLPP_longtermeffectss.pdf)を翻訳したものです。

マリリン・フリーマン教授、博士号
実子誘拐:
その長期的な影響
2014年12月5日
家族法、政策、および実践のための国際センターwww.famlawandpractice.com

謝辞

 著者は、ロンドン・メトロポリタン大学の法学部、ガバナンスおよび国際関係学部がこのプロジェクトに提供した最初の資金援助に感謝する。また、この調査サンプルのアメリカ国内の構成の大部分を得るための支援と援助、そしてこのプロジェクトにとって極めて貴重な協力を頂いた、過去に誘拐された子どもたちのために活動しているアメリカの団体「テイク・ルート」、特にその事務局長であるリス・ハビブ氏に多大な感謝を表するものである。著者の同僚であるニュージーランド・オタゴ大学のニコラ・テイラー准教授にも感謝の意を表する。彼女は、本報告書の草稿を快く読み、最終的な形にするためのコメントや示唆を提供してくれた。彼女のサポートは非常に貴重である。また、このプロジェクトの初期段階における2人の非常勤研究助手、ジェームズ・ヒースとソナリーニ・グナセケラの協力にも感謝する。また、本報告書に序文を寄せてくださったヘイル男爵夫人のご厚意にも心から感謝する。著者は男爵夫人に非常に感謝している。
 著者が誘拐とその後の人生経験を理解するのを助けてくれた、誘拐を経験した研究参加者への心からの感謝の気持ちを表すのに十分な言葉を見つけるのは難しい。著者は必然的に研究参加者が語ったことに感動し、彼らが経験したしばしば波乱万丈で混乱し、痛みを伴う出来事-それは、同じような影響を受けた他の人々のために、将来的に違いをもたらすかもしれないと願って、彼らが初めて明かすこともあった-を共有しようとする姿勢に大いに感謝した。この報告書を、彼ら、そして過去に誘拐された、そして現在誘拐されている全ての子どもたちに捧げる。

マリリン・フリーマン
2014年12月5日

概要

 この小規模な質的研究は、何年も前に誘拐された人々の生活体験を調査するために実施した。その目的は、参加者から見て、誘拐が彼らの人生にどのような影響を与えたのか、また、その影響は長期にわたって続いているのかを知ることであった。この研究は、研究主宰者が、誘拐された子ども3組、誘拐された子どもと誘拐されていない兄弟姉妹1組を含む34人の参加者に行った個人面接に基づいている。面接は、2011年から2012年にかけて、主にイギリスとアメリカで行われ、2014年には電子メールによる更新の機会も設けられた。調査の結果、かなりの割合の参加者が、誘拐によってメンタルヘルスの面で非常に大きな影響を受けたと報告しており、それらの影響は、誘拐から非常に長い年月が経過し、成人した後も続いていることがわかった。したがって、これらの調査結果は、誘拐の長期にわたる影響に関する先行研究の結果を支持する傾向にあり、その長期的な影響は、このプロジェクトで、誘拐された子どもが誘拐事件のかなり後に、大人になってから直接報告することにより強調された。本研究は、誘拐の影響は深刻で長期にわたるため、誘拐とその影響から子どもを守るために更に努力しなければならないと結論づけている。誘拐の防止、誘拐された場合の再統合、残された家族と再会した場合は勿論のこと、誘拐された子どもが見つからない場合、常居所地国に戻されない場合を含む誘拐された子どもとその家族への支援に関する勧告を行っている

目次

序文 イングランド・ウェールズ最高裁判所副総裁のリッチモンドのヘイル男爵夫人による序文
1.はじめに
2.背景
  2.1 子どもに影響を与えるその他の人生の大きな出来事
    2.1.1 養子縁組
    2.1.2 子どもの手放しと児童養護施設
    2.1.3 虐待
  2.2 子どもの誘拐の影響に関する著者の先行研究
    2.2.1 返還された子どものアウトカムに関するパイロットプロジェクト(2001年3月)
    2.2.2 誘拐後に連れ戻された子どものアウトカム(2003年9月)
    2.2.3 国際的な子の奪取-その影響(2006年5月)
  2.3 誘拐-法的背景
    2.3.1 1980年ハーグ子の奪取条約
    2.3.2 ヨーロッパと改正ブリュッセルⅡ
    2.3.3 1996年ハーグ条約
    2.3.4 非条約国
    2.3.5 法的意思決定における移転と誘拐の関連性
3.方法論
  3.1 サンプル
  3.2 面接
  3.3 臨床的フォローアップ
  3.4 データ解析と発表
4.所見 
    ⒜  他国出身の親
    ⒝  国際的誘拐または国内の誘拐
    ⒞  誘拐前のドメスティックバイオレンス
    ⒟  誘拐犯の身元と地位
    ⒠  誘拐の理由
    ⒡  保護を意図した誘拐
    ⒢  誘拐された子どもの年齢
    ⒣  誘拐された期間の長さ
    ⒤  1980年ハーグ条約の運用
    ⒥  複数回の誘拐
    ⒦  一緒に誘拐された兄弟
    ⒧  誘拐されていない兄弟
    ⒨  引き離されていた時間
    ⒩  子どもの声と法的手続き
    ⒪  再会
    ⒫  誘拐の影響
       (ⅰ) 主たる監護者による誘拐
       (ⅱ) 保護者による誘拐
       (ⅲ) 誘拐された子の年齢
       (ⅳ) 再会
       (ⅴ) 複数回の誘拐
       (ⅵ) 国内または国際的な誘拐
    ⒬  支援とアフターケア
5.結論
6.勧告
    (ⅰ) 予防
    (ⅱ) 保護
7.おわりに

序文

 国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約の前文は、締約国が「子の監護に関する事項において子の利益が最も重要であることを深く確信している」と誇らしげに宣言しているが、その後に、締約国が「子を不法な連れ去り又は留置によって生ずる有害な影響から子を国際的に保護すること並びに子が常居所を有していた国への当該子の迅速な返還を確保する手続を定める」という希望を表明している。前提として、誘拐は非常に有害であるため、非常に厳密に定義された例外的なケースを除いて、母国への帰還が自動的に正しい解決策になるということである。
 しかし、そのような有害な影響を示す証拠は極めて乏しく、非常に小さなサンプルを含む研究に基づいており、多くの場合、少し前のもので、誘拐された子ども自身の視点からの研究は殆ど存在しない。
 本研究は、1つ目の欠陥に苦しんでいるかもしれない。-サンプルが少なく、無作為に選ばれておらず、長期的に有害な影響を受けそうな人たちにある程度偏っている。誘拐が発生したのもかなり以前のことで、ほぼ全てがハーグ条約発効前である。但し、これは長期的な影響の研究では予想されていたことである。そして、3つ目の欠陥に悩まされていないのは確実である。-この研究は、幼少期に誘拐された人々の経験を調査したもので、その中には、相当の時間を経て、子どもを連れ去られた家族と再会できた者もいれば、再会できなかった者もいる。彼らには語るべき重要な物語が幾つかあり、そこから幾つかの重要な教訓を学ぶことができる。
 例えば、誘拐された親が自分を探索せず、再会が果たせなかった者は、自分は誘拐された親が追いかけようとしなかった価値のない人間であるという思い込みや、その親に対する恨みの感情に苦しむことがあること、再会を果たした者は、彼らが引き離されて不在している間に変化し適応した家族構造の中で自分の居場所を見つけるのに苦労すること、彼らが誘拐犯とは全く思わないような主たる監護者によって彼らが誘拐された場合でさえ、大きな有害影響を受け得ることがわかる。
 要請を受けた国は、「返還することによって子が身体的若しくは精神的な害を受け、又は他の耐え難い状況に置かれることとなる重大な危険」(13条⑴⒝)がある場合には、子どもを返還する義務はない。このように、条約は、全てのケースで推定される誘拐の有害な影響と、個々のケースで起こりうる返還の有害な影響のバランスを取ろうとしているのである。この例外は誘拐犯によって頻繁に主張されるもので、特にドメスティックバイオレンスや虐待から逃れてきたと主張する主たる監護者による誘拐において、裁判所が例外をあまりにも制限的に適用していると考える人は少なくない。子どもが自分自身や監護者の保護のためと認識した誘拐の影響が、他のケースと異なるかどうかを知ることは興味深いことである。今回の30件のサンプルでは、そのようなケースはたった4件だったため、結論を出すことができない。また新たな研究プロジェクトが始まる予感がする・・・。
 しかし、このプロジェクトの主なメッセージは、小さいながらも、誘拐された子どもにはサポートが必要であるということである。-子どもが返還された場合は、効果的なフォローアップとサポートを提供し、子どもが返還されなかった場合は、子ども自身がアクセスできる安全な支援ソース(例えば、インターネットを利用する)を提供する。フリーマン教授が述べているように、実子誘拐とは何であるのかを確かめる必要がある。-子どもに長期にわたる深刻な影響を与え得る深刻な問題であり、単なる家庭内の不幸な出来事の一つではない。

ブレンダ・ヘイル
2014年12月5日

1.はじめに

 本調査は、実子誘拐がもたらす長期的な影響について、現在の理解を深めるために行われたものである。私たちはこの問題について更に知ることで、誘拐を防ぐために、また誘拐された子どもたちのために、他に何か必要なことがあるとすれば、それは何かを理解する必要がある。実子誘拐の影響については殆ど一般的に知られておらず¹、存在するデータは小さなサンプル²に基づいていることが多く、またかなり昔に行われた研究³であることもあり、検討されているテーマに対する認識や期待が現在とは大きく異なっていたかもしれず、研究デザインが影響に関する詳しい情報を生み出すことができなかったかもしれない⁴。また、誘拐された子ども、または誘拐されたことのある子どもの視点から得られたデータは、更に少ない⁵。
 1980年「国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約」(以下、「条約」)⁶は、増え続ける誘拐された子ども⁸の常居所地国への返還を確保するための手段として、よく知られており⁷、また非常に有用であることが証明されている⁹。しかし、条約の目的は誘拐された子どもを返還した段階で達成しきっており、この条約に、誘拐された子どものアウトカムを返還後にフォローアップする仕組みは存在しない¹⁰。誘拐された子どもが返還されないこともある。そのケースは、子どもが発見されなかったり、要請を受けた国の司法当局や行政当局が返還しないことを決めたり、出された返還命令を執行しなかったりするためであろう。しかし、返還されずとも誘拐された子どもであることに変わりはなく、返還された子どもと同じような課題だけでなく、返還されなかった状況に特有の課題もある。その中には、誘拐被害者である親にとって自分は争うほどの重要な存在ではないという認識からくる無価値感も含まれるかもしれない。
 多くの国が条約に加盟しておらず、これらの国々が関与する誘拐が発生した場合、残念ながら子どもと誘拐被害者である親との良好な接触を確保する以上のことはできないことが多いため、通常はそこに焦点が当てられる¹¹。このような子どもの返還が実現する可能性は低いため、条約の加盟国間で誘拐された子どもの場合よりも、誘拐の影響について調べることが難しくなっている。したがって、この調査では、非条約国に誘拐された子どもの影響を知ることが特に役に立った¹²。
 勿論、全ての誘拐が国際的なものであるわけではなく、国内で発生するものも少なくない。これは、オーストラリアやアメリカのような国土の広い地域で、住民が海外よりも寧ろ国内の様々な州に移動する傾向がある場合に特に関連する。このような場合、このような誘拐に対処するための国内の関連法は、条約と同様に、子どもの返還を確保することに重点を置いており、通常、フォローアップのための要件は含まれていない¹³。そのため、子どもの福祉や誘拐の影響に関する情報が得られることは殆どない。
 条約やその他の誘拐された子どもに関する法律文書の目的は子どもの返還であるが、これらの子ども(およびその家族)の問題は、環境の変化の中で自分の家族構造の中に自分の居場所を見つけるのに苦労するため、しばしば返還時に高められることになる。再会そのものが、誘拐された子どもにとって多くの問題の原因となることがあり、再会によって生じた混乱が、アイデンティティや帰属意識に関連する難しい心理的問題を引き起こすきっかけとなることも多いようである。このような時期は、関係者にとって非常に試練の時である。子どもは、誘拐した親を唯一の支援システムとして一定期間過ごした後、殆ど記憶にない親のもとに戻されるため、忠誠心に葛藤を覚えることが多く、起こった出来事についてあらゆる種類の困難な感情を抱いており、親は、感情的には、自分のもと戻ってきた成長した「違う」子どもではなく、誘拐された子どもを取り戻せると期待していることがある。また、誘拐されなかった兄弟姉妹、異母兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)、継兄弟姉妹が、誘拐された子どもを探すのに費やされた時間、誘拐されなかったこと、誘拐された兄弟が戻ってきたことで注目を集めるために争わなければならないことに憤りを感じているかもしれない。また、誘拐されてから家族構成が変わり、新しい継親や他の兄弟姉妹と関係を持つようになったかもしれない。誘拐された子どもは、誘拐被害者である親が自分を見つけられなかったこと、自分を見捨てたことを責めるかもしれない。誘拐被害者である親が死んだと思い、そのことを悲しんでさえいたため、いま子どもと一緒に幸せに暮らしていけると期待している人が、子どもにとっては、自分がかつて知っていたものの亡霊にしか見えない。誘拐被害者である親は、誘拐された子どもが自分の家に帰るのに十分な努力をしなかったと責め、自分は見捨てられたようなものだと戻ってきた子どもを恨むかもしれない。これらは、子どもが戻ってきたときに起こりうることのほんの一例である。子どもが戻って来ることが家族にとって幸せで充実した経験になる可能性も同様にないわけではないが、少なくともこれらの問題が発生しないとは言い切れない。このような家族は、多くの場合、単独で支援なしで対処し、その際に大きな課題に直面する。
 移動の多いこの世界で、私たちは最早、どんな場所で起こったことであれ、個人的に自分に影響を与えないという希望や信念のもとに予防線を張ることはできない。影響はあるし、今後もあるだろう。このような子どもやこのような家族は、たとえ私たちが知らなくても、私たちのグローバル社会と私たちの生活の一部なのである。彼らの体験が私たちに与える影響は大きく、私たちはその影響を無視したり、見を瞑ることはできず、無視したり、目を瞑るべきでない。誘拐の波紋は、管轄区域を無視して跳ね返る。誘拐された子どもは成長し、過去に誘拐された大人になり、私たちの多くを含む可能性のある人間関係や家族を形成することになる。彼らの経験や彼らの人生は、私たち自身の人生に触れ、影響を与えるであろう。彼らは私たちとは別のグループや社会を構成しているわけではない。私たちは互いの一部である。
 子どもの誘拐の影響が現在殆どわかっていない理由には、関連する研究サンプルを得ることが困難であることが知られている。また、誘拐被害者とその家族に対する支援サービスは殆ど存在せず、彼らと接触することは非常に困難である。この研究プロジェクトに関する「テイク・ルート」¹⁴の協力は非常に貴重であったが、それは誘拐被害者が利用できる数少ない支援サービスだからである¹⁵ 。「テイク・ルート」のメンバーの中には、アメリカで私との研究面接に参加する準備を整えていた者もおり、大変ありがたかった。その他の参加者は、主にアメリカとイギリスで、仕事上のコンタクト、メディアへの露出、そして主に口コミを通じて募集した。したがって、この報告書に記載されている情報は、研究主宰者(PI)である私が個人的に行った34件の詳細な面接から得られている。誘拐は面接の10~53年前に発生¹⁶し、条約に署名していない国を含む18の異なる国が関与している。
 要するに、これらの面接対象者の大半の体験は、誘拐の影響が時に深刻な負の影響を及ぼし、長く続く可能性があるという以前の調査結果¹⁷を裏付けるものである。誘拐被害者のアフターケアの支援欠如は、自分の悩める感情への理解と確認を求めている被害者にとって切実なものである。また、実子誘拐に対する社会の誤った考え方に、多くの被害者が挫折を感じている。親による誘拐と他人による誘拐に対する社会の考え方の違いは非常に顕著で¹⁸、子どもが他人ではなく親に連れ去られた場合、その経験はそれほど悪いものではないと考えられているため、比較的に無関心になる傾向がある。しかし、実子誘拐の経験には、誘拐した親やその関係者による性的虐待や身体的虐待が含まれることもあり¹⁹、子どもは虐待が何時どのように終わるかも分からず、常に恐怖と危険に晒される。見知らぬ人による誘拐は、当然ながら恐ろしいことが起こったと見做される。しかし、親による誘拐は、子どもにとって、見知らぬ人に誘拐された子どもが感じたこととは全く違うことを感じるかもしれず、特に子どもを保護するために誘拐をした場合は、必ずしも恐怖や危険を感じるとは限らない。たいていの場合、実子誘拐は、子どもが慣れ親しんだもの全てから引き離され、子どもにとって馴染みのない、あるいは子どもがそれまで知っていた人とは別の親とともに、未知の、恐ろしい、危険な世界に飛び込まされ、子どもが純粋に生き延びることに焦点を当てるという、見知らぬ人による誘拐と全く変わらない経験をする場合もある。それほど極端な状況でなくても、親に誘拐された子どもは、家庭、学校、友人、ペット、親戚から引き離され、起こったことを正当化するための嘘を聞かされていたかもしれない。戸惑いの感情や不誠実さへの懸念は、子どもが自分の生活から突然取り除かれたものに対して感じると予想される喪失感や悲しみの感情を抱いたまま、一人で対処せねばならない、このような状況で生じることが多い。このような問題や経験は、子どもが誘拐被害者である親のもとに戻されたときに悪化することがあり、子どもが誘拐被害親のもとに戻されずに大人になった場合でも、活発な姿を見せてはいるが、感情の問題は未解決のままである。場合によっては、これらの問題は、以前誘拐された子どもの将来の人間関係や生活を含む、誘拐された子どものあり方や行動の全てに影響を与える。
 これらは、国際社会が対処しなければならない問題である。このような大人たちは、1980年ハーグ条約によって私たちが保護することを義務づけられている誘拐された子どもたちである²⁰。彼らを以前住んでいた場所に戻すことで彼らを保護するのに十分なことができたかどうかは別の問題であるが、少なくとも、このような状況において、私たちは彼らが誰であるかを知っており、それが彼らに援助と誘拐後の支援を提供するための良い出発点になるのである。誘拐被害者が発見され、要求された国から返還されない場合も、同様に誘拐後の支援を提供できる可能性がある。誘拐被害者が見つからず、彼らが誰で、どこにいるのか分からない場合、誘拐後の迷路の中の道を自分で探すようにしておくよりも、彼らのために何かできることはないのか、検討する必要がある。更に、誘拐を未然に防ぐために、私たちは十分なことをしてきたかどうかも問わねばならない²¹。この点については、本報告書の結論のところで触れることにする。

¹ M.フリーマン,「国際的な子の奪取の影響と結果」、季刊家族法 第32巻第3号(1998年秋号)603-621頁(以下、「影響と結果」);M.フリーマン,「返還された子どものアウトカムに関するパイロットプロジェクト」2001年3月、9月 [2001] IFL 1;M.フリーマン(2003),「誘拐後に帰還した子どものアウトカム」2003年9月(以下、「アウトカム」)の5,6頁にはパイロットプロジェクトの結論が記載されている;M.フリーマン(2006)「国際的な子の奪取:その影響」2006年5月(以下、「影響」)を参照。「アウトカム」と「影響」の報告書については、www.reunite.orgを参照。説明については、以下の2:2を参照のこと。
² 例えば、グライフ, G.L.(2009)「子どもの誘拐の長期的な余波:2つのケーススタディと家族療法への影響」.家族療法のアメリカンジャーナル 第37巻、273–286頁。
³ 当時入手できた文献のレビューについては、ジャネット・キアンコーネ(2000)「実子誘拐;文献のレビュー」アメリカ司法省、少年司法および非行防止局2000(http://www.ncjrs.gov/pdffiles1/ojjdp/190074.pdfで入手可能)を参照。文献レビューは、著者が前掲脚注1の「影響と結果」にも収録している。また、グライフ, G.L.(2000)「一方の親による誘拐の子どもへの長期的な影響に関する親の報告((以下、「親の報告」)、児童精神医学と人間開発 第31巻、59–78頁。これは、グライフが「かなり少数の子どもが精神的に苦しみ続けており、同世代の子どもたちよりも身体的な不調を抱えている可能性がある」ことを発見した電話面接と郵送による簡単なアンケートで得られた32人の親の報告に基づいている。そして、グライフ,G.L.とバワーズ, D.T.(2007)「未解決の喪失:数年前に兄弟姉妹が誘拐された大人と関わる際の問題点」(以下、「未解決の損失」)、家族療法のアメリカンジャーナル 第35巻、203-219頁。
⁴ 例えば、フィンケルホルの研究では、無作為に選ばれた10,544世帯を対象に全国電話調査を行い、回答者に評価を依頼することで被害を算出した。フィンケルホル、ホタリング、セドラック「家族に誘拐された子ども;発生率とエピソード特性に関する全国世帯調」、結婚と家族ジャーナル 第53巻、805頁(1990-91)脚注15および611頁を参照、前掲脚注1「影響と結果」で今回の研究の著者はこの研究結果の限界を指摘した。
⁵ 著者は、「影響と結果」(前掲書606頁)において、利用可能な研究におけるこのギャップを指摘し、また、初期の研究プロジェクトの幾つかにおいて、研究目的のために刑事司法や臨床集団に依存していたため、経験が特にトラウマになっている人々のサンプルが過剰に表現される危険性があったことを論じている。アゴピアンは、5人の子どもとの面接に基づき、誘拐が5人の子どもに与えた影響について小規模な研究を行った、M.W.アゴピアン「親による誘拐が子どもに与える影響」、児童福祉第63巻511頁(1984).著者の2006年の研究「影響」前掲脚注1の参加者として子どもたちが含まれており、グライフは、以前誘拐された子ども8人、その面接を受けた子の実親3人と継親1人、面接を受けていない誘拐された子どもの親1人と面接を行い、そして、面接を受けた子どもを誘拐した犯人との更なる面接を実施した。面接は、9件の別々の誘拐に関するものであった。-グライフ,G.L.(2010)「長い誘拐後の家族の再会」,バージニア州アレクサンドリア:行方不明および搾取された子どものための国立センター。以前に誘拐されたある子どもの説明を提供している後述の脚注113の、グライフとウィンケルスタイン・ウォーターズ「曖昧な再会:誘拐の余波を理解するための事例と枠組み」(2014),2 IFLP 1, 24-32頁も参照。
⁶ 1980年10月25日に締結された国際的な子の奪取の民事面に関する条約は、関連資料とともに、国際私法に関するハーグ会議のウェブサイト www.hcch.net で閲覧可能である。条約の全歴史については、国際私法に関するハーグ会議、「Actes et documents de la Quatorzieme session」(1980), 111巻, 「子どもの誘拐」(ISBN 80 12 03616 X, 481頁) を参照。更に後述の 2.3.1 参照。
⁷ 現在、この条約には93カ国が加盟している。http://www.hcch.net/index_en.php?act=conventions.status&cid=24 最終訪問日:2014/10/03
⁸ 2008年に実施した条約に基づく申請の統計分析(下記脚注9参照)は、このような申請が急増していることを示している。この統計は、条約の使用に関するものであり、非条約国への誘拐、各締約国の条約を管理する中央当局を通さない申請、および国家間の誘拐を除く。従って、実際の誘拐件数は、統計上の数字よりも多い可能性がある。しかし、これらの統計は、誘拐事件の傾向を示す有効な指標として見ることができる。
⁹ 「2003年の調査と比較して、返還申請が45%、接触申請が40%増加している」、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する1980年10月25日のハーグ条約に基づいて2008年に実施された申請の統計分析、第Ⅰ部グローバルレポート(以下、グローバル レポート)のカーディフ・ロースクールのナイジェル・ロウ教授が作成した5頁目(グローバルレポートは、統計分析の第Ⅰ部を形成し、第Ⅱ部には地域別報告書、第Ⅲ部には国内報告書が含まれている)、1980年ハーグ子の奪取条約と1996年ハーグ子の保護条約の実際の運用に関する2011年6月の特別委員会の注意のための2011年11月の予備文書第8A, 8B, 8C(更新)。http://www.hcch.net/upload/wop/abduct2011pd08ae.pdfhttp://www.hcch.net/upload/wop/abduct2011pd08be.pdf; http://www.hcch.net/upload/wop/abduct2011pd08c.pdf
この間、イングランド・ウェールズは158件の申請を行い、200件の申請を受け、1999年の取扱件数から33%増加した。また、アメリカは309件の申請を行い、283件の申請を受けた。2003年よりも申請件数が増えなかった国は少数であった。しかし、ロウは、2003年以降、アメリカが受け取った申請件数が5%減少しても、1999年の取扱件数に比べると14%増加していることに言及した。注目すべきは、2003年以降は202%、1999年以降は87%という劇的な申請件数の増加があり、これは全体として2003年以降の申請件数の33%増を構成していることである。オーストラリアは86件の申請と75件の申請を受け、合計で2003年の件数から21%増加した。ニュージーランドは54件の申請と37件の申請を受けた。全ての統計の詳細については、前掲のグローバルレポートを参照。
¹⁰ 第1条
 この条約は、次のことを目的とする:
a)いずれかの締約国に不法に連れ去られ、又は留置されている子の迅速な返還を確保すること。
b)一の締約国の法律に基づく監護の権利又は接触の権利が他の締約国において効果的に尊重されることを確保すること。
¹¹ 「2012年だけでも、634人以上の子どもがハーグ条約を締結していない国に誘拐された」。クリス・スミス下院議員の下院、アフリカ、グローバルヘルス、グローバル人権、国際組織に関する小委員会における発言(2013/5/9 ワシントンDC)。http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CHRG-113hhrg80801/html/CHRG-113hhrg80801.htm
ハーグ会議ウェブサイトのマルタ・プロセスに関する情報を参照。このプロセスは、その構想に関与する国(アルジェリア、ベルギー、エジプト、フランス、ドイツ、イタリア、レバノン、マルタ、モロッコ、オランダ、スペイン、スウェーデン、チュニジア、イギリス)間の国境を越えた接触権の保護をより良くすることは勿論、国際的な誘拐がもたらす問題にも対処する。マルホトラ「帰還するか、帰還しないか:ハーグ条約対非条約国」家族法実践ジャーナル(2010)、1.3巻, 50頁を参照。
¹² 更に後述の 2.3.4 参照。
¹³ 例えば、オーストラリアでは、返還命令は、子どもを見つけ、子どもを連れ戻し、子どもを親や、子どもが一緒に暮らしている人、一緒の時間を過ごしている人、コミュニケーションを取っている人、子どもに対する親責任を持つ人に引き渡す権限を与えることができ、またその人が再び子どもを連れ去ったり占有することを禁止することもできる(1975年家族法67Q条 )。アメリカでは、州をまたがる実子誘拐に対処するため、「子の監護事件の管轄及び執行に関する統一法典」(1997), 9(1A) U.L.A. 657 (1999). www.nccusl.org (UCCJEA) が制定された。マサチューセッツ州はまだUCCJA(「子の監護事件の管轄に関する統一法典」)を使用していますが、他のすべてのアメリカ州はUCCJEAを採用している。いずれの場合も、子どもの返還後のフォローアップについては要求されていない。
¹⁴ 「テイク・ルート」は、子どもの誘拐被害者は、行方が分かって以降、直接的なサービスを受けていないことを受けて設立され、その「サポートブランチプログラムは、子どもの誘拐被害者が行方判明後に利用できる最初で唯一の継続的なアフターケアサポートプログラムを提供します」-ウェブサイトの「About」参照、www.takeroot.org。
¹⁵ 「再会」は、1987年に親の支援ネットワークとして始まり、情報及び資料センターへと発展してきた。国際的な実子誘拐と国境を越えた子どもの転居に特化したイギリスの主要な慈善団体である。イギリスで唯一の電話相談窓口を運営し、子どもを誘拐された人や子どもを誘拐した人への支援を行っている。詳しくは www.reunite.org 参照。
¹⁶ 誘拐から面接までの期間を区分した場合の面接件数の内訳は、以下の通りである:10~15年:3件、16~20年:2件、21~25年:5件、26~30年:4件、31~35年:7件、36~40年:4件、41~45年:6件、46~50年:2件、50年超:1件。
¹⁷ M.フリーマン「影響」。2006年5月 www.reunite.org 。また、グリーフ「親の報告」前掲脚注3を参照。これらの子どもたちは、青年期後半から成人期前半にかけて、感情的な問題や身体的な問題を抱える可能性のある「危険な」集団であり続けることを70歳で確認した。
¹⁸ 「家族による誘拐に関して、その壊滅的かつ長期的な影響に対する社会の認識が欠けています。家族による誘拐に対して、世間の人々は、子どもは『大丈夫だよ』と断言する反応を示します。なぜなら、誘拐された子どもはもう一方の親と一緒にいるからです。子どもを誘拐された親が一方の親に子どもを連れて行かれるのは当然だと思ったり、この問題は、争っている2人の親の間の「ただの」親権争いだと思ったりすることもあります。しかし、誘拐された子どもの大半は家族によって連れ去られたものであることを、証拠が明らかに示しているのです」。カリフォルニア児童誘拐タスクフォース http://www.childabductions.org/impact2.html
警察が記録した完全な誘拐の5分の4以上は被害者が知っている者が加害者として関与している。見知らぬ人物による犯行は5分の1未満である。http://www.childabduction.org.uk/index.php/the-facts は、下記を引用。ニューイス, G.とトレイナー, M. (2013)「連れ去り:英国における子供の誘拐に関する研究」,ロンドン:PACTおよび児童搾取およびオンライン保護センター。
¹⁹ このことは、ジャンヴィエ、マコーミックとドナルドソン「実子誘拐:子どもを誘拐された親の調査」,少年家庭裁判所ジャーナル41巻1-8頁 (1990)では、調査をした親の子ども101人のうち3分の2が逃亡中に身体的虐待または性的虐待を受けたと考えられると報告している。但し、この数値は前掲脚注4のフィンケルホルらの電話調査が示唆した推定値5%よりも非常に高い値である。
²⁰ 条約の前文には、不当な連れ去りや留置きの有害な影響から国際的に子どもを保護したいという起草者の願いが記されている。ペレス・ヴェラ教授による条約の説明報告書(以下、ペレス・ヴェラ報告書)は、24項で、国際的な子どもの誘拐の激増に対する闘いは、常に子どもを保護したいという願いに触発され、子どもの真の利益の解釈に基づくべきであると説明している。http://www.hcch.net/index_en.php?act=publications.details&pid=2779。
²¹ 特に暴力や虐待を背景として誘拐が発生した場合、全ての誘拐を防止できるわけではない。以下の文献を参照。M.フリーマン「主たる監護者とハーグ子の奪取条約」[2001] IFL 150(以下、「主たる監護者」);議事録18(国際私法に関するハーグ会議の第14回セッションの行為と文書、第11巻、子の奪取、p386)には、誘拐が子の最善の利益であり有害ではないと認められた状況についての議論が記載されている。また、ブルッフ「ハーグの児童奪取条約事件におけるドメスティックバイオレンス被害者とその子どもたちの満たされていないニーズ」(2004) 38(3) 家族法季刊もある。前掲脚注1の「影響」の62頁で見たように、「影響」のサンプルで面接を受けた主たる監護者に誘拐された子どもは、その出来事を誘拐と見なしていなかったことは覚えて置く価値がある。この点に関する詳細は、後述の4⒫(ⅰ)の議論を参照。

2.背景

2.1 子どもに影響を与えるその他の人生の大きな出来事

 2.1.1 養子縁組
 養子縁組をした子どもは、養子縁組をした後、ある家族環境から別の家族環境に人生を移されるため、見捨てられ感、喪失感、悲しみ、アイデンティティへの疑問、自尊心の欠如、怒り、うつ、信頼の欠如など、様々な感情をそれぞれの時期に抱くことがある²²。養子と誘拐された子どもの状況には、どちらも家族の少なくとも一部を置き去りにするという点で共通点があり、赤ちゃんはその変化に気づかないかもしれないが、大半は新しい家族環境の中で生活することに適応しなければならないだろう。勿論、この2つの子どものグループには、根本的かつ決定的な違いもある。誘拐された子どもは、通常、誘拐によって自分に起こることに準備ができていない。一方、養子縁組をした子どもは、通常、年齢に応じた高レベルの支援を、特に、子どもの実親に対する個人的感情よりも子どもの利益を優先し、子どもに悪影響を与える機会を作らないことが普通にできる養父母から受けるのである。しかし、誘拐された子どもは、誘拐犯が子どもと引き離された親の悪行を繰り返し言及して自分の立場を正当化し、その親に対抗するため子どもと手を組むべきと感じている可能性がある場合、そのような支援を受けられないことが多い。誘拐された子どもは、引き離された親が彼らに興味を示さなくなった、あるいは死んだと聞かされている可能性がある。彼らは、誘拐犯を、自分たちが放り込まれた新しい世界における唯一の支援システムとして頼ることで、それらの問題に対処せねばならない可能性がある。養子縁組が破綻する割合は低い²³が、養子は養子縁組に対処するための専門的な支援を受けることができる²⁴4。一方、誘拐された子どもは、引き離された親や家族のもとに返還されても、返還されなくても、通常そうした支援を受けられない。ここでは、このような出来事に対する社会的な態度の大きな違いが明確に表れる。

²² 「養子縁組が被養子者に与える影響」,児童福祉情報ゲートウェイ,2013年8月参照。https://www.childwelfare.gov/pubs/f_adimpact. pdf#page=2&view=Postadoption Issues.
²³ 全体の破綻率は比較的低いと思われる。セルウィン、ウィジェダサ、ミーキングス(2014)「養子縁組命令を超えて:課題、介入、養子縁組の破綻」,ブリストル大学 政策研究大学院 ハドリー養子縁組・里親研究センターを参照。この文献は5,6頁で次のように述べている。「12年間(2000~2012年)にわたる、37,335件の養子縁組に関する国内データと565件の破綻に関する養子縁組管理者からの情報提供を用いて、破綻率を3.2%と算出した。この割合は、私たちが予想していたよりも低いものだったが、命令前と命令後の破綻の割合を分離した数少ない研究(ランドール 2013)で報告された割合(3.7%)と同様だった。研究チームは、同じ方法論を使用してウェールズにおける養子縁組の破綻に関する研究(ウィジェダサとセルウィン 2014)も完了した。破綻率は両国とも同様であった。ウェールズは11年間の養子縁組の破綻率が2.6%だった」。
²⁴ 例えば、2013年養子縁組法制に関する特別委員会は、養子縁組後の安定を確保するために、養子縁組後の支援を強化することを求めた(336節)。これを受けて、養子縁組支援基金が発足し、認知療法、遊戯・音楽療法などの治療サービスや集中的な家族支援-子どもたちが以前の経験から回復し、養子縁組家族と結びつき、新しい生活に定着できるよう支援する-に充てるため、1930万ポンドの資金が提供された。 https://www.gov.uk/government/news/new-193-million-support-fund-for-adoptive-parents

2.1.2 子どもの手放しと児童養護施設
 多くの子どもたちが親から手放され、必然的にその影響を受けている。日本では、2011年3月~2014年3月の3年間に、17歳未満の未成年者を親もしくは後見人が手放した件数は、合計395件にのぼる²⁵。中国の済南市にある「赤ちゃんポスト」²⁶では、驚くべきペースで赤ちゃんが預けられ、ポストへの受け入れが制限されるようになった。親が手放した子どもに関する最近出版されたルーマニアの共同書籍²⁷は、著者らが行ったブカレスト早期介入プロジェクトに基づいており、その書籍では、子どもたちはIQの下が深刻であることを見出し、脳の発達に変化が見られることは勿論、様々な社会的障害や感情的障害が見られることを明らかにした28。これらの子どもたちは、重度の反応性愛着障害であったと言われている:
 「・・・個々人が、この場合では子どもが、大人や親と情緒的なつながりを持つことができず、愛の交換ができないという病理学的かつ精神医学的な診断である²⁹」。
 この研究と本の著者の一人、ハーバード大学医学大学院とボストン小児病院の小児科教授であるチャールズ・ネルソンは、どのように脳の正常な発達が経験に依存していて、その経験が存在しない場合、回路が発達しないか非定型的に発達し、結果として回路の誤配線が起こるか説明した³⁰。
 今回の研究プロジェクトでは、何人かの誘拐された面接対象者が、愛情ある人間関係を築くことの難しさは勿論、見捨てられたという感情や家族との関係を築けないことについて語った。面接対象者の多くは、自分の何が問題なのかわからない、理解できない、と話した。誘拐された子どもは、親から手放されたり施設に入れられたりした子どもに関して定義された影響と同じような影響を受けている可能性がある。今日、子どもを手放す影響に注目が集まっているが、この問題と誘拐の関連性をこの視点で考えることは有益であろう。

 ²⁵ ジャパンタイムズニュース http://www.japantimes.co.jp/news/2014/07/20/national/social-issues/nearly-400-children-abandoned-in-japan-since-2011-survey/#.U9pi3PldUUM
²⁶ 2014年6月1日に開設され、わずか11日間で106人の子どもたち(全員が障害や病気を抱えている)が済南の施設に預けられた、参照:http://edition.cnn.com/2014/06/30/world/asia/china-baby-hatches-。
ポストは、孤児院の脇にある小さな離れの部屋で、地元の親や後見人が匿名で子どもを預けることができる。親は、生年月日や健康状態などを記入するように指示される。全国に32カ所あり、2011年、人道的でない方法で赤ちゃんが処分されることへの対応として、初めて導入された。赤ちゃんポストは、ヨーロッパでは1999年にドイツで初めて導入された。赤ちゃんポストを使用する母親を保護するために法改正が行われたため、ヨーロッパでは子どもの手放しは法律に違反しているが、現在なお、ドイツ、オーストリア、ベルギー、チェコ共和国、ハンガリー、イタリアに約100カ所の赤ちゃんポストが設置されている。
²⁷ ネルソン,フォックスとジーナ(2014)「ルーマニアの捨て子たち:貧困、脳の発達、回復に向けた闘い」,ハーバード大学出版
²⁸ http://books.google.co.uk/books/p/harvard?q=Google+Search+Inside&vid=ISBN9780674724709&hl=en_US&ie=UTF-8&oe=UTF-8&redir_ esc=y
²⁹ ジェーン・アロンソン、医師で世界孤児財団の創設者、ワシントン・ポスト http://www.washingtonpost.com/local/romanian-orphans-subjected-to-deprivation-must-now-deal-with-disfunction/2014/01/30a9dbea6c-5d13-11e3-be07-006c776266ed_story.html
³⁰ 前掲のワシントンポストの記事参照。

2.1.3 虐待
 誘拐されていない子どもは、大人によって虐待されることが多く、これにはネグレクト、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待が含まれることがある。誘拐はそれ自体が児童虐待の一形態であることが認識されているが³¹、誘拐された子どもは、誘拐中または誘拐後に、更に他の多くの形態の児童虐待の一つまたは複数を受ける可能性もある³²。ラゼンバット³³は、虐待の経験は、子どもの健康、成長、知的発達、精神的ウェルビーイングのあらゆる側面に長期的に大きな影響を及ぼし、大人としての機能を損なう可能性があると述べた³⁴。うつ病、重度の不安症、パニック発作、心的外傷後ストレス障害は、虐待の最も一般的なメンタルヘルス上の影響であり³⁵、子どもの身体的虐待は、成人期まで持続し、親子関係を含む将来の人間関係にも一般化する、幅広い衰弱性の感情問題や行動問題と関連している。神経学的損傷、身体的損傷、痛み、障害、極端な場合は死に直結することもある。また、子どもの攻撃行動、感情問題や行動問題、教育上の困難との関連も指摘されている³⁶。これらの問題の幾つかは、誘拐されたものの虐待を受けていない子どもたち(誘拐自体の結果として発生した虐待を除く)が経験しており、少なくとも虐待の影響と誘拐の影響の類似性を示し、誘拐それ自体が往々にして事実上虐待の一形態であるという主張の裏付けとなる。「多くの場合、子どもの虐待は子ども、家族、社会に一生続く結果をもたらす」というラゼンバットの発言³⁷は、私たちが学び始めている誘拐の影響の潜在的重要性を示唆するものである。

³¹ 下記文献を引用したクレストン「ノートルダム法律・倫理・公共政策ジャーナル」15巻、2号、2012年1-1月、533頁を参照。グライフとヘガー「実子誘拐の見出しの背景にある家族」(1993);ドロシー・ハンティントン「実子誘拐:新しい形の児童虐待」,アドレス(1984年3月)「アメリカン検察庁総合研究所 親子断絶アプリの捜査と起訴」(1995)。また、フォークナー「実子誘拐は児童虐待である」(1999)。
www.prevent-abuse-now.com/unreport.htm は、下記文献を引用。「行方不明および搾取された子供のための国立センターの概要、申立人を支持するアミークス・キュリアエ(訳者註を参照)として、ロザノ対アルバレス」,アメリカ最高裁判所、No. 12-820。誘拐が虐待であることに関連する最近の声明については、以下を参照。下院共和党のクリス・スミス議員「2014年7月25日に議会で承認されたショーンとデビッド・ゴールドマン国際的な子どもの誘拐防止および返還法に関して」http://www.nj.com/monmouth/index.ssf/2014/07/child_abduction_bill_inspired_by_nj_father_ars_final_legislative_approval.html。
³² 保護のために誘拐され、誘拐自体による虐待を受けていない可能性のある子どもは、依然として、他の誘拐された子どもが遭遇する誘拐の一般的な影響の幾つかに影響を受けやすい。-前掲脚注21及び後述する4⒫(ⅰ)の議論を参照。
³³ 全国児童虐待防止協会リーダー(児童学)、クイーンズ大学、ベルファスト
³⁴ 2010 年 2 月、全国児童虐待防止協会が発行した研究報告書。主な調査結果2頁 http://www.nspcc.org.uk/Inform/research/briefings/impact_of_abuse_on_health_pdf_wdf73369.pdf
³⁵ 前掲2頁。
³⁶ 前掲3頁。フィンケルホル D. (2008)「幼年期の犠牲者。若者の生活における暴力、犯罪、虐待」,オックスフォード:オックスフォード大学出版を引用。
³⁷ 前掲5頁。ケンドール タケット K.A. (2003)「小児期の犠牲者の生涯にわたる健康への影響を治療する」,ニュージャージー州キングストン:株式会社市民総合研究所を引用。

2.2 子どもの誘拐の影響に関する著者の先行研究

 他の研究者の研究、そのうちの幾つかは先に「はじめに」で紹介したが、それらの研究に加え、私は親と子の誘拐後の状況について情報を提供する、幾つかの先行研究プロジェクトを実施している。

 2.2.1 返還された子どものアウトカムに関するパイロットプロジェクト(2001年3月)³⁸
 常居所の国への帰還時に子どもがどうなるのか、また、要請を受けた国の裁判所で行われた誓約が帰還時に子どもを十分に保護することができるのか、以前から懸念されていた³⁹。この2001年のパイロットプロジェクトは、配布されたアンケートに基づき、誓約の維持と有効性に焦点を当てたものであった。
 このパイロットプロジェクトの結論は、2001年3月の第4回1980年ハーグ子の奪取条約の運用に関する特別委員会における情報文書となり、「アウトカム」(5,6頁)に再記載された:
 「申請者である親がアンダーテイキング(訳者註を参照)することを、要請を受けた国の裁判所は誠意の証と見做すことが多いが、守られることを仮定した、そのようなアンダーテイキングが果たされないことは頻繁にあり、そのような仮定を支持することを疑問に感じざるを得ない。そのようなアンダーテイキングをミラーリング(訳者註を参照)したところで、それが実際に守られることを保証するものではないように思われる。主たる監護親が事実上幼い子どもを養育し続けることに関するアンダーテイキングでさえ、そのようなアンダーテイキングが破られた証拠が存在する。あるケースでは、誘拐被害親が、最近交わしたアンダーテイキングに反して、常居所のある国の空港で、空港到着時に子どもを主たる監護親から引き離した」。
 このことは、アンダーテイキングは単に司法的良心の宥和の洗練された形である可能性があり⁴⁰、多くの子どもが、彼らを十分に保護しないアンダーテイキングのもとに返還されていることを意味する。

 ³⁸ 再会調査ユニットのためにアンダーテイキングしたもの。 www.reunite.org
³⁹ アンダーテイキングに関する議論は、シュズ「ハーグ子の奪取条約、批判的分析」,ハート出版2013年、291頁以下を参照。
⁴⁰ M.フリーマン「主たる監護者」(前掲脚注21の146頁)。

2.2.2 誘拐後に連れ戻された子どものアウトカム(2003年9月)⁴¹
 このプロジェクトでは、33人の子どもについての22件の個別ケースに関係する30人の親に面接を行った。子どもと直接面接はしなかった。暴力の行使(6回与えられ、6回反故)、帰還した親の監護下からの帰還した子どもの引き離し禁止(8回与えられ、4回が反故)に関連したものを含む12件(57.14%)でアンダーテイキングがなされ、そのうち5件がミラーリングされた。12件中8件(66.6%)でアンダーテイキングが反故にされた。このことから、アンダーテイキングが守られることを最もよく保証するのは、アンダーテイキングを守るべき人の善意であるという研究結論に至った⁴²。しかし、このことは、必然的に、アンダーテイキングの有用性、そして、真にアンダーテイキングを守る意思を持つ者が、その規定によって最も規制されねばならない者になるのは如何なものか、疑問を提起した。アンダーテイキングを守るつもりのない者は、このメカニズムによって制約を受けることはないようである。調査結果は、アンダーテイキングによって提供されることが明らかな、帰還後の子どもに対する保護の欠如に関するパイロットプロジェクトの結論を強調するものであった。

⁴¹ 再会調査ユニットのためにアンダーテイキングしたもの。外務・英連邦省から資金援助を受けた。www.reunite.org
⁴² 前掲「アウトカム」の32頁。

2.2.3 国際的な子の奪取-その影響(2006年5月)⁴³
 この分野の他の研究⁴⁴は勿論、これらの先行プロジェクトで得られたデータから、子どもたちが誘拐体験から深刻な悪影響を被っている可能性があることが明らかになった。私は、憲法省の支援を受けて、2003年の調査の当初の30人の面接対象者⁴⁵のうち25人が参加に同意した、誘拐の影響を調査する特別プロジェクトを実施した。このプロジェクトの他の5人の面接対象者は、子どもの頃に誘拐された大人3人、元のサンプルの子どもの祖父母1人、誘拐された子どもの誘拐されていない兄弟姉妹1人であった。この研究では、33人の子どもを含む22件の個別のケースを対象とした。子どもへの影響は、面接をした大人の視点からだけでなく、非常に稀な、子どもとの直接面接を通じて、当事者の子どもの視点からも検討された。
 以前に面接した25人の両親のうち72%が、誘拐によって子どもたちに身体的影響や非身体的影響があったと考えていた。ある誘拐被害者である母親は、私がこのようなケースを扱う中で遭遇した最も深刻な影響の一つを図式化して述べた。誘拐された子どもと誘拐被害者の親の間に生まれた心理的障壁が、子どもが彼女のもとに戻ってきたときに表面化し、それは、お互いがこの引き離されていた期間とお互いのいない生活を乗り越えたことを知り、お互いの必要性を信じられなくなったからだと彼女は説明した。彼女らの継続的な関係は、誘拐される前の関係と同じではなかった。それは新しい関係であり、お互いがいなければ生きていけないという知識によってもたらされたものだった。このような「永遠」の性質は、通常、子どもと両親の間の別れには存在せず、一時的かつ/または合意的な性質のものであることが多い。しかし、誘拐の場合は、状況が大きく異なり、関係者は離れている時間に固有の「永遠」を感じ、それでも、誘拐被害親と誘拐された子どもは、互いに離れているこの不確定な期間を生き延びる。これは、人間関係の根幹に関わることである。誘拐を体験した者にとって、非常に不安な感情であり、再会後の関係修復の多くに漂う疑問符でもある。私なしで何とか生きていけるなら、私の存在はあなたにとってどれほどの意味があるのでしょうか?
 この研究に参加した、子どもの頃に誘拐された少数の大人たちは、誘拐が自分たちに及ぼす影響について、永続的なものであると述べた。彼らは個々に、そして繰り返し、混乱や、羞恥心、自己嫌悪、孤独感、不安感など、誘拐に起因する感情について語った。また、自分たちが経験したことを知り、理解しようとする人がいることに感謝し、このテーマに関する研究の重要性を強調した。
 子どもとの面接は、子どもとの面接の経験が豊富なカフカス⁴⁶の2人が行った。面接に応じた子どもは7家族10人で、インタビュー時の年齢は10~18歳であった。誘拐された時点の子どもの年齢は、4人の子どもは4歳以下、5人の子どもは5~9歳、1人の子どもは14歳以上であった。子どもたち全員が、年齢や発達段階に拘らず、様々な形で悪影響を受けたと報告した。これらの子どもが誘拐されていた期間は6週間から14カ月で、1人は一度も誘拐被害親のもとに還っていなかった。
 これらの子どもの70%が母親によって誘拐されていた。彼らは全員、母親を主たる監護者であるとし、誘拐犯と感じていなかった。父親によって誘拐された30%の子どもは、いずれも父親を主たる監護者と考えておらず、父親を誘拐犯として見る傾向があった。誘拐は往々にして、子どもは当初休暇だと告げられることが多く、現実は休暇ではないことがわかると、裏切りや欺瞞のように感じられるようになった。このことは、誘拐被害親のことを心配するとともに、全ての子どもに長期にわたる悪影響を及ぼした。自分が誘拐されたとは思っていない子どもでさえ、法廷闘争や生活環境の不安から、怒りと戸惑いを感じていた。どちらか一方の親、時には両方の親に対する信頼が損なわれた。子どもたちは、進行中の裁判に終止符を打つことを切望していたと述べた。彼らは大人の葛藤に巻き込まれることに憤慨し、どちらかの親について否定的なことを聞いたり、もう一方の親を庇わなければならないと感じたりすることを望んでいなかった。また、自分たちに関する決定が真剣に受け止められている、あるいは、自分たちの意見が重要視されているとは感じられなかった。また、誘拐後に誘拐被害者のもとに戻ることは、そもそもの誘拐と同じように動揺し、ストレスになることがあることもわかった⁴⁷。
 この時点までのデータでは、誘拐の影響は著しく有害で長期に及ぶ可能性があるという明確な傾向があった。子どもが誘拐被害親のもとに戻ってこないケースも含め、誘拐の影響の長期的な性質について、より具体的な情報が求められていることは明らかである。

⁴³ 再会調査ユニットのためにアンダーテイキングしたもの。憲法省から資金援助を受けた。www.reunite.org
⁴⁴ 前掲脚注3,4を参照。
⁴⁵ 「アウトカム」研究のオリジナルサンプルは、前掲脚注41を参照。
⁴⁶ 「児童・家庭裁判所諮問・支援サービス」-子どもの将来についての決定を助けるための情報と勧告を裁判所に提供する。
⁴⁷ 「子どもの報告」、「影響」55頁以下を参照。

2.3 誘拐-法的背景

誘拐を扱う国際的な法的仕組みは相当数あるが、これらの文書はすべて、その実施において課題を抱えている。

2.3.1 1980年ハーグ子の奪取条約⁴⁸
 この条約は、その施行前に存在した、常居所を有する国の裁判所の判決よりも誘拐犯に有利な結果が出ることを期待して、誘拐犯が子どもの将来を決定する場所を選ぼうとすることが多かったという状況に対処している。このことは、条約の説明報告書の中で、ペレス・ヴェラ教授が述べている⁴⁹。
 「子どもを確保した犯人が、避難先で司法や行政の判断を仰ぎ、自分が引き起こした事実関係を合法化しようとすることはよくあることです。そうはいっても、犯人がその判断がどのような形で下されるか確信が持てないなら、犯人は疎外された側に主導権を委ね、自分は何もしないことを選択したのと変わりません。ところが、疎外された当事者が迅速に行動したとしても、つまり、時間が経過して子どもの連れ去りによってもたらされた状況が強化されるのを回避することができたとしても、誘拐犯は優位に立つでしょう。なぜなら、事件が判断される場所を選んだのは犯人であり、原則として、その場所は犯人が自分の主張により有利であると見做している場所だからです」⁵⁰。
 この条約は、現在93か国が締約国になっており⁵¹、いずれかの締約国に不当に連れ去られた、または留め置かれた子どもの迅速な返還を規定している⁵²。条約が順調に締約国を増やしているにも拘らず、その締約国には多くのギャップがある。2011年、ウィリアム・ダンカン教授⁵³は、この条約に加入していない重要な国々⁵⁴と、「シャリーア法に基づく、またはシャリーア法の影響を受ける法律を持つ国のうち、1980年条約への加入をまだ決定していない大きなグループがある」⁵⁵という事実について語った。しかし、加入のメリットはともかく、より多くの国に条約への加入を促すだけでは十分とは言えないかもしれない。シュズは、一見すると、条約への加入国数を最大化することで条約の成功が高まるように思えるが、この見解は誤解である。なぜなら、子どもの最善の利益を追求しない国や、自然正義の基本基準に準拠しない法制度を持つ国が加盟することによって、条約の目的は損なわれるからである⁵⁶とコメントしている。
 ハーグ条約のもとでは、子どもを直ちに返還する義務には、非常に限られた数ではあるが、例外が適用される⁵⁷。これらの例外は、条約の有効性への挑戦を表明する決定を誘拐事件に下す一部の裁判所によって、矛盾した一貫性のない解釈の対象となっている⁵⁸。もう一つの懸念は、生じた防衛規定の狭義の解釈に関するものである⁵⁹。シュズは、第13条⒝の解釈に対して広く行き渡っている制限的アプローチ⁶⁰が示唆することを指摘した:
 「単に裁判所が子どもに適切な保護を提供できなかったことがあまりにも多く、ひたすらに子どもの長期的な利益を決定しようとしないがために、子どもの当座の利益を無視する結果ももたらされている。アンダーテイキング、司法リエゾン、その他の暫定的措置は、子どもを保護する必要性と条約を損なう危険性との間の緊張に最適な解決策を提供するように見えるが、裁判所がこれらの措置が本当に有効であることを確認しない限り、これらの措置は殆ど価値がない」。
 最近、欧州人権裁判所(ECtHR)において、欧州人権条約⁶²に加入した国の親が、自分の事件で下された誘拐決定は、子の最善の利益に関する同条約に違反していると主張⁶³し、同条約に基づき最善の利益を考慮すること⁶¹の話題と適切な範囲に注目が集まっている。その結果、ECtHRは、個々の子どもの最善の利益が条約の返還手続きに関連するという趣旨の決定を下している。シュズは、ECtHRがこのようなアプローチを続ければ、ECtHRと条約加入国の裁判所との正面衝突は避けられないと警告している⁶⁴。彼女は、誘拐犯が提出した、欧州以外の国に誘拐した犯人よりも更に有利をもたらすような請願は、かなり多くの時間をかけて受け入れるようECtHRに促した。

⁴⁸ 前掲脚注6を参照。
⁴⁹ 前掲脚注20を参照。
⁵⁰ 同上14節。
⁵¹ ハーグ会議ウェブサイト www.hcch.net 及び前掲脚注7を参照。
⁵² 第1条と前掲脚注10を参照。
⁵³ 国際私法に関するハーグ会議元事務局次長。
⁵⁴ ロシア連邦、日本、インド、中国本土を含む。同条約はその後、ロシア連邦では2011年10月、日本では2014年4月に発効している。
⁵⁵ ダンカン「児童の奪取条約に重点を置いたハーグ児童条約のグローバル化」,オクラホマ法レビュー(2011)63巻4号608頁。彼は、国籍のような概念や宗教のような接続要因-イスラム教国の一部では、子どもを特定の法制度に結びつける接続要因となっている-から遠ざけるよう一部の国を説得するには時間がかかるかもしれないが、マルタプロセス(前掲脚注11を参照)はこの方向に幾らかの希望を与えてくれるとコメントしている。
⁵⁶ シュズ「ハーグ児童奪取条約」,ハート出版(2013) (以下、シュズ) の14頁。
⁵⁷ 第12条、第13条、第20条。第13条⒝の説明については、後述の脚注59を参照。
⁵⁸ リンダ・シルバーマン「アメリカ最高裁のハーグ奪取判決(アボット、チャフィン、ロサノ):グローバルな法理を展開する」[近刊、イギリス比較法ジャーナル]。(以下、最高裁のハーグ奪取判決)1頁を参照。この文献は、リンダ・シルバーマン「ハーグ奪取条約の解釈:グローバルな法理を求めて」,38 U.C.Davis L.Rev. 1049 (2005)を引用した。引用元では、「親による子の奪取を国際的に抑止及び是正するための国家間の協力メカニズムとしての奪取条約の構造から、統一的かつ自律的な解釈の切実な必要性」を強調していた。現在の差し迫った問題の1つは、ハーグ条約事件を審理するのに限られた数の裁判所に管轄が集中することである。と言うのは、一部の国では、ハーグ条約案件を審理できる裁判官が数百人いるものの、その多くが過去にそのような案件を審理したことがないためである。このような管轄権の希薄化は、ハーグ条約プロセスの特定の要件よりも、より通常の福祉に基づいた子どもの監護権アプローチに類似した決定をもたらす傾向があるかもしれない。裁判官通信の XX 巻、2013年夏~秋号は、この問題に焦点を当てた特集号である。シルバーマンは、アメリカでは次の様に述べている。:「ハーグ事件は、膨大な数の裁判官のいずれかが担当する可能性があるが、その多くはハーグ条約に精通しておらず、そのような事件に直面するのは司法キャリアにおいて1回だけかもしれない」,同上「最高裁のハーグ奪取判決」3~4頁。
⁵⁹ 第13条⒝項の例外は、児童の帰還が児童を身体的または心理的危害にさらす、あるいは児童を耐え難い状況に置くという重大なリスクがある場合に、児童の帰還を拒否することを認めるものである。また、第13条には、子どもの意見を考慮することが適切な年齢と成熟度に達している場合に、子どもが返還を拒否することに関する例外規定がある。条約署名国の間では、子どもの意見を考慮することが適切な年齢と、その意見を確認する方法について、実務に大きな隔たりがある。イングランドとウェールズでは、家庭司法制度において子どもの意見を聞くという一般的な動きがあり、政府は最近、10歳から、イングランドとウェールズの全ての家庭裁判所の審理に関わる子どもや若者が、自分の意見や感情を伝えるために裁判官と接触するようにする約束をした。-司法省の2014年7月25日金曜日のプレスリリースhttps://www.gov.uk/government/news/children-will-be-seen-and-heard-in-family-courts参照(更に脚注111を参照)。これに関して、片親疎外の可能性について懸念の声が上がっている(片親疎外症候群と呼ばれることが多いが、これは科学的根拠がないとして批判されている-一般的に、ブルッフ「片親疎外症候群と片親疎外:子どもの監護事件における誤解」,家族法季刊,第35巻、第3号、2001年秋、527頁以降だけでなく、シュズの前掲脚注56の69頁を参照。彼女は、片親疎外に関する理論は、子どもが誘拐被害親に対して否定的な態度をとり、帰還を拒絶する客観的な理由がある可能性を考慮に入れていないと述べ、子どもが常に誘拐犯の側に立つという仮定は単純すぎると論じている。また、また、子どもの返還に対する異議申立が自主的なものではないと機械的に仮定することは、子どもの異議申立の例外を冗長なものにしてしまうため、注意を促している。
⁶⁰ シュズ,前掲脚注56の315頁。
⁶¹ 条約は個々の子の最善の利益を前提としていない。ペレス・ヴェラ報告書の23節を参照。そこには、「条約は、決定的部分に、不法に連れ去られた、または留置された子どもの迅速な返還を確保するという、条約が掲げる目的に適う範囲の、子の利益に対する明確な言及は含まれていない」とある。しかし、その前提にあるのは、子の最善の利益である。条約の前文には、署名国は「子の監護に関する事項において子の利益が最も重要であることを深く確信している」と記されている。詳細については、M.フリーマン「国際的に誘拐された子どものために?-複数形、単数形、どちらでもない、または両方?」(2002) 77でIFL を参照。
⁶² 1950年11月4日。ヨーロッパ47カ国がこの条約に加盟している http://conventions.coe.int/Treaty/Commun/print/ListeTableauCourt.asp?CL=ENG&MA=3 最終訪問日:2014/8/6
⁶³ ノイリンガーとシュルク対スイス申請番号 42615/07 (2010/7/6)、および X 対ラトビア申請番号 27853/09 (2011/12/13)を参照。
⁶⁴ シュズ,前掲脚注56の28頁。

2.3.2 ヨーロッパと改正ブリュッセルⅡ
 この条約は、欧州連合に加盟している国とそうでない国とでは適用が異なる。これは、2003年11月27日の「夫婦の問題および親責任に関する裁判管轄および判決の承認と執行に関する理事会規則(EC)No 2201/2003」による。これは、一般に改正ブリュッセルⅡ⁶⁵として知られており、ハーグ条約⁶⁶が規制する事項において加盟国間のハーグ条約より優先されるため、加盟国内で誘拐の対処方法を部分的に変更する。
 第11条⑵項は、子どもの年齢または成熟の程度を考慮して不適切と思われる場合を除き、手続中に子どもに聴聞の機会を与えることを要求している。これは、子どもの生活に関わる事柄について、子どもの意見を聞くことの重要性を認識したものであり、歓迎すべきことではあるが、シュズは、規制の前文で、規制は国内手続きを修正することを意図したものではないとして、子どもの意見を聞くべき方法について規制していないことに言及した⁶⁷。彼女は、加盟国間で異なる子どもへの相談手続きから生じる移民の子どもの脆弱な立場を強調したある解説者を引用した⁶⁹。改正ブリュッセルⅡは、特に第13条⒝に関連して、要請された国が子どもの返還を拒否する機会をさらに制限し、返還後の子どもの保護を確保するべく適切な取決めをしていることが立証された場合には、返還を拒否することはできないとした⁷⁰。要請された国が子どもの返還を拒否した場合、その決定は、子の返還を要求する、常居所地国の裁判所がその後に下す判決に従うことになり、ハーグ条約による返還手続きにおいて要請された国の判決に優先することになる⁷¹。この後続の判決は、規則の要件に従って証明された場合、強制執行できることを宣言する必要もなく、その承認に反対される可能性もなく、要請された国で承認され、執行できる⁷²。

⁶⁵ 改正ブリュッセルⅡとしても知られている。デンマークを除くEU加盟国において直接執行が可能。2004年8月1日に発効した。2005年3月1日から適用される。本規定は、at http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CELEX:32003R22 01:EN:HTMLで閲覧できる。
⁶⁶ 第60条。ベイナムとギルモアは、改正ブリュッセルⅡは、実務上、欧州評議会の文書である1980年子の監護及び子の監護の回復に関する決定の承認及び執行に関する欧州条約」(欧州条約)にほぼ取って代わられていることに注目している。「子どもたちの現代法」2013年第4版、家族法、264頁に掲載。欧州条約は一般に、1980年ハーグ子の奪取条約よりも成功していないと見做されており、ブリュッセルⅡ規則と1980年ハーグ子の奪取条約の両方が欧州条約の適用よりも優先されるため、実際には、その適用はかなり限られている。-ロウ、エバーオールとニコルズ「子どもに関する国際的運動,法律実務及び手続」,2004年家族法の400頁。イングランドとウェールズに関しては、1985年子の奪取と監護に関する法律の Ss9⒝および16⑷⒞参照。
⁶⁷ シュズ,前掲脚注56の22頁。
⁶⁸ 第19条は次のように述べている:子どもの意見を聴くことはこの規則の適用において重要な役割を果たす。但し、この規則は、適用される国内手続きの修正を意図していない。
⁶⁹ G・シャノン(2007)「アイルランドにおける改正ブリュッセルⅡ規則の影響と適用」。 K.ボエレ.ウェクリとC.ゴンザレス.ベイルファス(編), 「改正ブリュッセルⅡ,加盟国におけるその影響と適用 (n119) 157より。
⁷⁰ 第11条⑷。
⁷¹ 第11条⑻。
⁷² 第42条⑴。

2.3.3 1996年ハーグ条約
 親の責任及び子の保護の措置の領域における管轄権、適用法、承認、執行及び協力に関する1996年10月19日の条約は、1996年10月19日に締結されたが、2002年1月1日に発効した⁷³。現在、この条約の締約国は41カ国である⁷⁴。シュズは次のように述べている:
 「誘拐被害者である親が、誘拐された子どもを取り戻す手段として、誘拐条約ではなく保護条約の適用を選択する理由を思いつくのは困難である。なぜなら、第一に、このようことがあり得るのは、既存の監護命令に違反しているので、その命令を執行しようとする場合だけである。第二に、保護条約は事件の迅速な処理について規定していないため、手続きには時間がかかると思われる。第三に、保護条約には、誘拐条約にあるような法律扶助の規定がない⁷⁵」。
 彼女は、1996年条約が1980年条約の運用に役立つ方法について議論した⁷⁶が、1996年条約によって阻止できるとは思えない、要請された国と要請する国の決定が対立する場合に生じる状況を公正に批判した⁷⁷。

⁷³ 2012年11月1日にイングランドとウェールズで発効したが、同年まで当地域では批准されていなかった。詳細は以下を参照。「子どもの保護に関する1996年ハーグ条約」、N.ロウとM.ニコルズ「家族法」,ジョーダン出版有限会社(2012)およびM・フリーマン,オーストラリア家族法ジャーナル(2013) 27 AJFL 276。
⁷⁴ http://www.hcch.net/index_en.php?act=conventions.status&cid=70 最終訪問日:2014/10/7
⁷⁵ シュズ,前掲脚注56の30頁。引用元は、N. ロウ「子どもの保護に関する1996年ハーグ条約-新たな評価」(2002) 14子どもと家族法(季刊) 191, 205。
⁷⁶ 例えば、アンダーテイキングは第11条の緊急措置と見做され、要請された国では強制執行が可能であるが、そのようなアンダーテイキングはドメスティックバイオレンスから保護するには不十分な可能性があるという見解に注意を払うであろう。M.ワイナー「国際的な子の奪取とドメスティックバイオレンス力からの逃避」(2000年)69フォーダム法律レビュー593号,685-86頁。
⁷⁷ 更に、ロウとニコルズ(2012)前掲脚注73の102-103頁を参照。そこでは、常居所地国において既存の監護命令が承認されない可能性に関連して、第23条⑵の適用の可能性を説明しているが、条約に基づく不返還命令に続いて、問題となるのは本国の法域による監護命令が下される可能性であると議論している。引用元はナイ「ハーグ新児童保護条約」(1997),法の国際ジャーナルⅡ,政策と家族 344 – 349頁。本書で彼は、子どもを誘拐された親が「居住地の」裁判所で適切な命令を求め、1996年条約の下で命令を執行しようとすることを妨げるものは何もないと述べている。

2.3.4 非協定国
 上記した国際文書のいずれにも加入していない国があり、ベイナムとギルモアが指摘するように⁷⁸、誘拐された子どもの奪還の見込みは望み薄かもしれない⁷⁹。そのような事件で、子どもを誘拐された親の選択肢は殆どない。関連する2つの司法管轄区の間に条約が存在する場合には引き渡しの可能性があるが、その場合と違い、子どもを誘拐された親は、言葉が通じず、法律扶助が利用できず、国内法が子どもの返還の可能性に不利に作用する国で民事救済を求めねばならないかもしれない。この一連の行動で直面する困難が計り知れないほど大きいことは言うまでもなく、子どもを誘拐された親は他に現実的な選択肢がないと感じて、誘拐し返そうと試みる。

⁷⁸ 前掲脚注66を参照。
⁷⁹ 同上291頁。イングランドとウェールズの裁判所のアプローチは、非条約の事件における返還の問題は、子どもの福祉原則に基づくが、福祉は子どもの文化的背景に左右されるというものである。Re E (誘拐:非条約国) [1999] 2 FLR 642を参照。
備考:「ソマリア、南スーダン、アメリカを除き、ほぼ万国が批准した」1989年の国連児童の権利に関する条約(CRC)に何らかの影響があるかもしれない-ランディ、キルケリー、バーン及びカン「国連子どもの権利条約:ユニセフの委託で実施した12カ国における法の施行に関する研究」(2012年)15頁を参照。著者らは17頁で、CRCに法的効果を与える方法は、各国の憲法や法制度に大きく左右されると述べた。シュズは、「裁判所は一般的に、CRCに基づく自国政府の国際的義務と両立する方法で奪取条約を解釈しようとする」と記した(前掲脚注56のシュズ33頁を参照)。子どもの返還を求められている国が条約の締約国ではないが、CRC締約国である場合にも、同じような一般的な傾向が見られるかもしれないと楽観的に考えることもできるであろう。しかし、ベイナムとギルモアの見解は、状況をより現実的に評価したものである。

2.3.5 法的意思決定におけるリロケーションと誘拐の関連性
 2012年ハーグ会議の子の奪取条約に関する特別委員会は、ハーグ会議が条約署名国間のリロケーションの調和の可能性について作業を行うべきかどうかを議論した。最終的に、ハーグ会議の権限でこれを行うことはできないとされたが、その議論の事実は、リロケーションと誘拐の関連性を明確に認識するものだった。
 誘拐とリロケーションは、表裏一体の関係と言われている⁸⁰。最近、リロケーションや、誘拐との関連を含めて、自由なリロケーション体制と制限的なリロケーション体制のどちらが誘拐を助長する可能性が高いか低いか⁸²に大きな注目が集まっている⁸¹。さらに、誘拐がその後のリロケーション申請に与える影響や、誘拐後に子どもが常居所地国に戻ることを保証するための条件やアンダーテイキングの使用に関する問題もある。シュズは、そのようなアンダーテイキングがしばしば破られる⁸⁴ことを示した私の以前の研究に言及し⁸³、現実検討の必要性は、リロケーション研究の主要な発見であり⁸⁵、子どもに危害が及ぶ可能性がある誘拐事件においても同様に重要であると述べた。そして、子どもを誘拐された親は、怒りを脇に置いて、誘拐訴訟とそれに続くリロケーション訴訟について、自分自身と子どもにとっての様々な選択肢を現実的に検証し、「子どもの長期的な福祉をよりよく促進する他の選択肢がないことを確認する」ことを強く求める⁸⁶と締め括った。
 これまで見てきたように、誘拐された子どもの帰還に対処するための国際的な制度はかなり充実しているが⁸⁷、それぞれの制度の運用には、その規定の対象となる人々に影響を与える課題が存在する。しかし、誘拐の影響については、法的プロセスは、誘拐された子どもにとって物語の一部でしかなく、法的プロセスから生じる影響に加えて、誘拐かつ/または帰還による影響を被る可能性がある。さらに、全ての誘拐された子どもが見つかるわけではなく、全ての誘拐された子どもが司法や行政の手続きを通じて返還したわけではなく、あるいは全ての誘拐された子どもが全く帰還しないわけでもなく、彼らが経験する可能性のある影響は、返還を規制する法的機構に関連するものではない。

⁸⁰ G (子ども) [2010] EWCA Civ 1232 の12節を参照。
⁸¹ 特に4つの質的研究:M.フリーマン(2009,7月)「リロケーション:再結成研究」。研究報告書。ロンドン:再会国際児童誘拐センターの研究ユニット。;N.J.テイラー, M.ゴロップとR.M.ヘナハン(2010)「親の別離に続くリロケーション:子の福祉と最善の利益(ニュージーランド法律財団への研究報告)」。オタゴ大学ダニーデン校:子供と家族に関する研究センターおよび法学部。;P.パーキンソン, J.カシュモアとJ. シングル(2010)「リロケーション紛争における現実検証の必要性」。家族法季報44(1)巻1–34頁。;J.ベーレンス, B.スミスとR.カスピウ(2009)「リロケーションに関するオーストラリア家族法裁判所の判決:時を超えた両親関係のダイナミクス」。オーストラリア家族法ジャーナル23(3)巻222–246頁。
⁸² M.フリーマン「国際的な家族の移動、リロケーションと誘拐:リンクと教訓」(2013) IFL 41;「誘拐とリロケーション:リンクとメッセージ」(2013)1 IFL1、99頁;「誘拐とリロケーション:リンクとメッセージ」、チルドレン・オーストラリア、国際家族移動に関する特集(およびより広範な家族法の文脈)38(2013)143–148頁を参照。
⁸³ 前掲脚注56のシュズ88頁。
⁸⁴ 前掲「アウトカム」2.2.2。
⁸⁵5 パーキンソン、キャッシュモア、シングル「リロケーション事件における実態調査の必要性」(2010) 44 家族法季刊34頁を参照。
⁸⁶ 前掲脚注56のシュズ90頁。
⁸⁷ 備考:ここでは取り上げないが、誘拐された子どもの返還を扱う他の文書もある。例えば、1980年ハーグ児童奪取条約にまだ締約していないアメリカ大陸の14カ国(ボリビアとアンティグア・バーブーダを含む)が締約国である「児童の国際返還に関するアメリカ州条約」。また、様々な国の間で効力を有する二国間協定が多く存在する。

3.方法論⁸⁸

 本研究は、何年も前に誘拐を経験した人の生活体験について調査し、調査参加者が自分の人生に誘拐が影響を与えたと感じたかどうか、感じたなら、どのように感じたのか、また、その影響が長期的に続いているかを知るための小規模な質的研究であった。

⁸⁸ 提案された方法論は、ロンドン・メトロポリタン大学の法・ガバナンス・国際関係学部の研究倫理審査委員会の審査、承認を得た。

3.1 サンプル

 サンプルは主にアメリカとイギリスで募集したが、調査参加候補者との最初の話し合いは、南アフリカやスペインなど他国でも実施した。サンプルは、この分野で働く個人や専門家のコネ⁸⁹、口コミ、そして「テイク・ルート」の支援を通じて入手した。「テイク・ルート」は、ワシントン州にある、過去に誘拐された子どものための組織で、アメリカ司法省の資金援助を受けている。
 34人の大人が研究に参加した。33人は昔子どもの頃に誘拐された経験のある者、残り1人は誘拐されていないが、研究に参加している誘拐された1人の子どもの兄弟だった。各参加者は、2011年から 2012年の期間に主任研究者(PI)として著者から面接を受け、2014年7月に各参加者に電子メールでPIを更新する機会が提供された(以下を参照)。これらの面接の中には、同じ誘拐事件に関するものもあった。すなわち、1組の面接は、昔誘拐された子どもと誘拐されていない兄弟とで行われた。また、誘拐された兄弟の面接は3組あった。したがって、8件の面接は4件の誘拐事件に関連しており、34件の面接のサンプルは30件の別々の誘拐事件に関連している。
 誘拐の分野で実証的な研究サンプルを得ることの難しさは、よく知られている。何年も前に発生した誘拐の場合は、関係者が世界中に散らばっており、殆どの場合、連絡を取りやすいようなまとまった団体もないため、この問題は更に深刻になる。PIは、過去に誘拐された人(またはその知人)のうち、この研究に興味を示したものの、自分でもよくわからない不快な感情をかき立てるのは好ましくないなど、理解できる理由で関与することに消極的だった人々について、幾つかの手がかりを追った。しかし、これらの人々は、この研究のサンプルになることはなかった。
 アメリカやオーストラリアのような国は国土が広いため、国際的な側面ではなく、各州から成る国内で多くの誘拐が発生する可能性が高い⁹⁰。このような州を跨ぐ誘拐の対象となる子どもたちは、多少の違いはあっても、異なる国に誘拐された子どもたちと同じ影響や結果の多くを経験すると思われる。このため、本研究は、あらゆるタイプの親による誘拐が子どもに与える影響を調べることを目的としているため、研究サンプルには国内と海外の両方の誘拐事例を含めることにした。
 本報告書の調査結果セクションの様々な場所で、控えめながらパーセンテージを使用しているのは、特定の問題によって影響を受けた参加者の数を説明するのに役立つためである。しかし、本調査は質的なものであり、調査結果は一般化できるものではない。調査の主な目的のひとつは、被調査者が報告した、誘拐に関連する影響の存在と程度を確認することだった。
 分析目的で、以下の分類システムを使用した。
⒜ 「非常に重大な影響」とは、面接対象者が次のように報告したものである。
 (ⅰ) カウンセラー、セラピスト、心理学者、精神科医、またはそれに類する人に会おうとした、会っている、または会っていた。
 (ⅱ) 心的外傷後ストレスのような疾患と診断されること。
 (ⅲ) 精神的な不調や精神衰弱を患っていること。
 (ⅳ) メンタルヘルス上の問題で病院やその他施設に入院したことがあること。
 (ⅴ) うつ病や自殺未遂を起こしたことがある。
⒝ 「影響」とは、上述した分類に当てはまらないが、面接対象者が以下に関して問題があるような他の影響を報告したものである。
 (ⅰ) 人間関係における信頼
 (ⅱ) 自尊心の欠如。
 (ⅲ) 見捨てられることへの恐れ。
 (ⅳ) パニック発作。
⒞ 「実質的な影響はない」は、面接対象者が以下の回答を報告した場合である。
 (ⅰ) 殆どない。
 (ⅱ) 誘拐による影響はない。

⁸⁹ 誘拐の分野で活動していることが知られている弁護士や様々な専門機関に、背景情報と切手を貼った封筒を入れた情報パックを配布し、参加に興味を持ちそうな人に情報を伝えるように呼びかけた。PIへの連絡を促す研究についての告知は、PIのラジオインタビュー後にBBCを含む関連団体のウェブサイトにアップロードした。
⁹⁰ 「テイク・ルート」のメンバーとの面接は、6割が州を跨ぐ誘拐で、残りの4割が国際的な誘拐だった。

3.2 面接

 半構造化面接形式がPIによって用いられた。インフォームド・コンセントが面接対象者に提供され、対象者と相談し、署名を得た。面接を録音し、またPIが面接対象者の同意のもとメモを取ることが全ケースで許可をされた。面接は、面接対象者のニーズや状況に応じて、1回あたり2~4時間程度行われた。「テイク・ルート」を通じて手配された20件の面接は、2011年9月に2週間にわたってアメリカのオレゴン州で実施した。残りの14件の面接は、主に2011年から2012年にかけてイギリスで、面接対象者の自宅や大学のロンドン校舎など、様々な場所で実施した。面接後に電子メールで追加情報を提供してくれた被面接者もおり、2014年7月には全参加者に電子メールによるフォローアップの機会を提供した。2014年7月のフォローアップの機会には13件の回答があり、全ての更新情報がPIによるデータ分析に含まれた。

3.3 臨床的フォローアップ

 「テイク・ルート」の研究参加に関するガイドラインを遵守するため、この組織のメンバーである面接対象者は、PIとの面接の後、臨床心理士とのフォローアップセッションに参加した。その他の面接対象者には、彼らが必要と考えるなら相談できる適切なリソースやサービスに関する情報を提供した。

3.4 データ解析と発表

 面接の録音とPIのメモは、面接後に書き起こした。その後、PIは主題分析を行い、研究上の質問から得られた問題やテーマ、あるいは記録から浮かび上がったテーマに沿ってデータをコーディングした。
 研究報告書は、PIが執筆した。必要と考えた場合、面接対象者の身元が特定されないようにするために、本報告書の一部で調査対象者の特徴を意図的に変えている場合がある。
 報告書の写しは、全ての面接対象者に配布される予定である。また、報告書はICFLPP(International Centre for Family Law Policy and Practice)のウェブサイトと機関誌に掲載され⁹¹、「テイク・ルート」とICFLPPの国内外に広がるメーリングリスト登録者を含む全ての利害関係者に配布される予定である。

⁹¹ http://www.famlawandpractice.com; http://www.famlawandpractice.com/journals/journal.htm

4.調査結果

⒜ 他国出身の親

 このサンプルでは、親による誘拐の約57%⁹²が、親が別の国出身の家族によるものであった。面接のうち20件(59%)は、誘拐された子どもの親(誘拐された3組の兄弟を含む)が別の国の出身である誘拐事件であった⁹³。残りの14件は、誘拐された子どもの親が同じ国(誘拐された子と誘拐されていない兄弟の親を含む)であった場合である。また、両親が同じ国出身であっても、両親のどちらかの血筋が別の国であったケースもあった。この場合、子どもを誘拐したのは、異なる血筋を持つ親ではなかった。この結果は、誘拐された子どもの親が別の国と強いつながりを持つことと誘拐との間に関連性がある可能性を示唆しているが、この結果から、親が同じ国の出身でないことが誘拐の重要な指標であると断言することはできない。

⁹² 56.6%。合計30件の個別ケースのうち、両親が異なる国の出身である17件のケースを前提に算出した統計値。
⁹³ 面接対象者の全サンプル34人のうち、両親が異なる国の出身であるという回答があったのは20人で、面接サンプルの58.82%にあたる。

⒝ 国際的な誘拐または国内の誘拐

 面接のうち15件は国内または非国際的な誘拐に関するもので、残りの19件は国際的な誘拐に関するものであった。非国際的な誘拐のうち13件はアメリカ内で発生したものである。残りの2件は、それぞれフランスとギリシャで発生したものである。アメリカからの国際的な誘拐について、面接に応じた人々は次のように報告した。3人がカナダへ(1人はその後世界各地へ)、2人がスコットランドへ、1人がクロアチアへ、1人がメキシコへ、そして1人はイギリスへ。このほか、カナダからイギリスへ1人。アルゼンチンからアメリカへ1人、ノルウェーからアメリカへ1人、フランスからアメリカへ1人、ギリシャからイギリスへ1人、イギリスからユーゴスラビアへ2人、イギリスからアイルランドへ、その後フランスへ1人、イギリスからヨルダンへ2人、イギリスからナイジェリアへ1人。ヨルダンもナイジェリアも1980年ハーグ条約の締約国ではない。これらの調査結果からは、いかなる結論も導き出すことはできない。

⒞ 誘拐される前のドメスティックバイオレンス

 面接対象者のうち18人(53%)は、誘拐される前に観察した、あるいは経験したドメスティックバイオレンスについて話している⁹⁴。これらの面接のうち14件では、暴力は両親の間だけであったが⁹⁵、4件では、両親の間は勿論、子どもに対しても暴力があった。暴力は身体的なものもあれば、「精神的」あるいは「感情的」な暴力と表現されることもあった⁹⁶。これらの暴力事件の中には、誘拐した親が誘拐された子どもに語った、子どもが信じるかどうか選択しなければならないものも含めた証言に関連するものもあれば、面接対象者自身が経験した暴力や虐待を直接語っているものもある。子どもに対する暴力や虐待が報告された4つのケースでは、加害者は2つのケースで子どもを誘拐した親、2つのケースで子どもを誘拐された親であった。
 この結果は、誘拐される前のドメスティックバイオレンスが許容できないほど高いレベルであることを示しているが、この状況の発生を誘拐の発生と明確に関連付けることは、今回も困難である。

⁹⁴ この中には誘拐された兄弟姉妹が2組含まれているため、16件の個別ケースとなる。しかし、兄弟姉妹が同じ出来事に対し同じ記憶を有しているとは限らないという観点から、筆者の見解では、面接は彼らが感じたことに関して別個の説明として扱うことが妥当かつ必要であり、統計はこれに基づいて計算している。
⁹⁵ 大人同士の暴力を耳にしたり目撃したりすることによる子どもへの被害はよく知られており、1989年児童法第31条(9)に反映されている。同法では、害とは虐待や、例えば、他人の虐待を見聞きすることに起因するものも含む、健康または発達に障害を生じさせることを意味する。
⁹⁶ 2013年3月、イギリス内務省によってドメスティックバイオレンスの新しい定義が導入されたことに留意されたい:性別やセクシュアリティに関係なく、親密なパートナーや家族である、またはあった16歳以上の人の間で起こる、支配的、強制的、脅迫的な行動、暴力、虐待のあらゆる出来事またはそのパターンを指す。これは、心理的、身体的、性的、金銭的、感情的な虐待を含むが、これらに限定されない。支配的行動とは:支援源から孤立させ、個人的利益のためにその資源と能力を搾取し、自立、抵抗、逃避に必要な手段を奪い、日常行動を規制することによって、人を従属および/または依存させように設計された一連の行為である。強制的な行動とは:被害者を傷つけ、罰し、怖がらせるために用いられる、暴行、脅迫、屈辱、威嚇、またはその他の虐待行為またはそのパターンである。この定義は法的な定義ではないが、いわゆる「名誉」に基づく暴力、女性器切除(FGM)、強制結婚を含み、被害者が一つの性別や民族に限定されないことを明確にしている。参照先:政府のドメスティックバイオレンスと虐待の新定義。内務省回覧板003/2013 https://www.gov.uk/government/publicationsnew-government-domestic-violence-and-abuse-definition。

⒟ 誘拐犯の身元と地位

 19件(56%)は父親による誘拐であり、残りの15件(44%)は母親によるものであった。このサンプルに関係する個別の誘拐事件の数に関連して、55%が父親によるものであり、45%が母親によるものであった⁹⁷。面接対象者のうち13人は、自分の事件で母親である誘拐犯を主たる養育者または共同の主たる養育者とし(これには、誘拐された子どもと誘拐されていない兄弟との面接が1組含まれている)、3人の面接対象者は父親である誘拐犯を共同の主たる養育者であるとした。残りの面接対象者は、誘拐犯を主たる養育者ではないとした。したがって、母親による誘拐に関する面接では、主たる養育者または共同の主たる養育者によるものと報告された割合が高く(86.6%)⁹⁸、父親による誘拐に関する面接では、共同の主たる養育者によるものと報告された割合が低く(15.78%)、主たる養育者によるものと報告されたケースはなかった⁹⁹。今回のサンプルでは、2011年から2012年に実施した調査面接の10年から53年前に誘拐が起きており、父親による誘拐を報告している割合が現在のケースよりも高いことは興味深い¹⁰⁰。誘拐犯が父親であると報告されたケースの数は、現在一般的に受け入れられている傾向との関係において多かったが¹⁰¹、母親が誘拐犯であると面接対象者が報告したケースにおける主たる養育者による誘拐の割合は、その傾向と一致している¹⁰²。

⁹⁷ 父親による誘拐の場合は30件中16.5件、母親による誘拐の場合は13.5件に基づく統計。0.5という小数値になったのは、誘拐された兄弟姉妹のうち、兄弟姉妹がそれぞれ誘拐の捉え方が異なり、1人は父親に誘拐されたと捉え、もう1人は父親と一緒に家を出た後に母親に誘拐されたと捉えていたためである。
⁹⁸ 母親による誘拐が報告された15件のうち13件に基づく統計。
⁹⁹ 父親による誘拐が報告された19件のうち3件に基づく統計。
¹⁰⁰ 前掲のグローバルレポート(42節)参照:「誘拐犯に占める父親の割合は、2003年が29%だったのに対し、(2008年は)28%であり」。
¹⁰¹ 「影響」の報告書9頁「サンプルの68.18%が母親による誘拐である」を参照。また、前掲脚注9のグローバルレポート12節「誘拐犯の69%が母親であり、この数字は過去の調査を通じて2003年の68%、1999年の69%とほぼ一定であった」を参照。
¹⁰² 前掲グローバルレポート47節を参照:「従って、全体として、誘拐犯の72%が子どもの主たる監護者または共同監護の主たる監護者であった。対して、2003年は68%であった。

⒠ 誘拐の理由

 これまでの調査結果と同様に¹⁰³、面接では、誘拐の理由(上で既に述べた保護的な理由以外)が多く提供された。その中には、次のようなものがあった。
・子どもがもう一方の親と一緒に暮らすことを妨害するため
・継父に対し嫉妬心を抱いていたため
・もう一方の親が子どもを育てている生活様式に嫌悪感を抱いていたため
・離婚に対する文化的圧力のため
・もう一方の親に捨てられた後、自分の家族の面目を保持するため
・もう一方の親を支配するため
・もう一方の親と別れたいが、子どもとは別れたくないため
・別離を持ち掛けたもう一方の親に対する怒りや羞恥心のため
・子どもに対する所有欲、及びもう一方の親に対する片親疎外のため
・監護権に関する決定を「正す」ため、または監護権の決定に関し自分の不利が予期されたため
 当然のことながら、誘拐の理由は、子どもが被る影響に変化を齎さないようである¹⁰⁴。

¹⁰³ 前掲「アウトカム」2.2.1の23頁を参照。
¹⁰⁴ しかし、後述の4⒫と、子どもが誘拐犯を信じ、支持している場合の保護を理由とした誘拐に関するコメントを参照。

⒡ 保護的な誘拐

 4人の面接対象者が、主たる養育者または共同の主たる養育者による誘拐は、保護的な理由によるものであった可能性があると考えた。この面接対象者のうち3人は、主たる養育者や共同の主たる養育者による誘拐(2人は母親、1人は父親)が、子どもを保護するための理由であった可能性があると述べた。もう1人の面接では、面接対象者は、主たる養育者である母親による誘拐を、更なる虐待から母親を守るためと説明している。

⒢ 誘拐された子どもの年齢

 調査参加者の大部分(24人:70%)は、2~8歳の子どもの時に誘拐されたと報告し、そのうち12人(35%)は2~4歳、12人(35%)は5~8歳の時であった。5人(15%)は9~11歳の時に、4人(12%)は0~2歳の時に誘拐された。12歳以上の時に誘拐されたと報告した参加者は1名(3%)のみであった¹⁰⁵。

¹⁰⁵ 備考:34件の面接には、2人の兄弟姉妹の誘拐に関連する誘拐されていない1人の兄弟姉妹との面接も含まれている。これらの兄弟姉妹のうち、1人はサンプルの一部となったが、もう1人はサンプルにはならなかった。その結果、後者の兄弟姉妹は、誘拐されなかった兄弟の面接に関連して、この年齢統計に含まれた。それ故、34件の年齢統計が含まれているが、これらは全てサンプルに含まれるケースの誘拐された子どもに関するものである。誘拐されていない兄弟姉妹の個人情報は使用していない。

⒣ 離れて過ごした期間

 誘拐されてから残された親と再会するまでの期間は、数日から42年までと幅がある。再会には、誘拐された子どもが残された親と一緒に暮らすようになった(17人)場合もあれば、親と改めて顔を合わせるだけの(15人)場合もあった。2人の面接対象者(6%)は親と再会できなかった。

⒤ 1980年ハーグ条約の運用について

 国際的な事例の1つでは、子を常居所国に返還するハーグ条約の手続きが行われ、その後合法的に連れ出し許可が得られていた。両国がハーグ条約の締約国であった別の事例では、条約が発動されたかどうかは不明であったが(面接に応じた者が、質問の裁判手続きがハーグ手続きか他の種類の法的手続きかを具体的に思い出したり、実際に特定したりすることは当然のことながら困難だったため)、法廷審問が行われる前に誘拐犯者が誘拐された子どもを連れて逃亡していた。残りの国際的な誘拐は、条約が公布される前に誘拐が行われたか、条約が関連する法域でまだ運用されていなかったか、関係国が条約の締約国ではなかったかのいずれかである。条約が存在し、運用されていれば、誘拐される期間や誘拐の影響に何らかの違いがあったのかどうかは推測の域を出ない。

⒥ 複数回の誘拐

 面接対象者の12人(35%)が、実際に複数の誘拐があった、あるいは未遂を含めて複数の誘拐があったと報告した。ある事例では、父親による最初の誘拐に続いて、母親による再誘拐、そして父親による2度目の再誘拐があったと面接対象者が報告している。複数回の誘拐には、同じ子どもだけを複数回誘拐するケースもあれば、ある時には他の兄弟姉妹も誘拐するケースもあった。あるケースでは、誘拐した親が以前にも、以前の結婚相手との間にできた子どもを誘拐していたこともあった¹⁰⁶。

¹⁰⁶ 面接対象者のうち2人は、母親による誘拐や誘拐未遂を誘拐とは分類していない。しかし、どちらの出来事も条約上の監護権に違反する子どもを不当に連れ去るという誘拐の基本基準を満たすと考えられるため、この計算では、この2人を含めた。

⒦ 一緒に誘拐された兄弟姉妹

 19件の面接(56%)は、兄弟の誘拐に関するものであった¹⁰⁷。兄弟姉妹と面接した場合、それぞれの面接対象者が兄弟姉妹の出来事の説明を裏付けていることは注目に値する。しかし、全ての面接対象者が、感じたことが兄弟姉妹で異なることを報告している。性格、性別、年齢、そして発達や依存の段階も異なる子どもたちが、このような劇的な出来事を、違った形で感じとるのは当然である。兄弟姉妹が誘拐を、それぞれ違った形で感じていた例を幾つか示す。
 (ⅰ) ある面接対象者は、父親の新しい妻から、一緒に誘拐された兄弟姉妹とは全く違う扱いを受けたと報告した。その面接対象者は、自分は継母にとって不要な存在だと感じた。
 (ⅱ) また、別の女性の面接対象者は、一緒に誘拐された男兄弟よりも誘拐者と誘拐者の家族から大切にされていないと感じたが、これは誘拐された国の文化に関係していると彼女は信じている。
 (ⅲ) 別の男性の面接対象者は、自分を誘拐した母親から、一緒に誘拐された妹よりも遥かに酷い虐待を受けたと報告しているが、これは自分が父親に似ていることと関係していると感じている。
 (ⅳ) 別の面接対象者は、自分を誘拐した父親が誘拐した兄弟全員を虐待したことを報告しているが、女性姉妹に1人だけ父親から性的虐待を受けた子がいたと報告した。
 (ⅴ) ある女性の面接対象者は、誘拐を実行した父親が自分を親戚に預け、一緒に誘拐した兄弟は自分のところに連れて行き、一定期間を一緒に過ごした後、自分を迎えに来たと報告した。
 (ⅵ) ある面接対象者は、誘拐期間中に起こったことを忘れてしまい、当時のことについて明確で異なる記憶を持つ一緒に誘拐された兄弟に比べ、遥かに少ない記憶しかないと報告した。
 (ⅶ) 別の面接対象者は、一緒に誘拐された兄弟が自分よりも状況を上手く受け入れることができたのに対し、以前の暮らしから引き離されている間、自分が残してきたものを手放すことができなかったと報告した。
 (ⅷ) 別の面接対象者は、誘拐にあった親との関係が異なるため、一緒に誘拐された兄弟とは、以前の暮しから引き離されている間の反応が異なると報告した。このような場合、誘拐にあった親と親密だった子どもの方が、一般的に感情的に辛い思いをすることが多い。

¹⁰⁷ これに含まれるのは、3組の誘拐された兄弟姉妹と、誘拐されていない兄弟姉妹と誘拐された兄弟姉妹の組で、彼らは調査に参加している。残りの11人の面接は、兄弟姉妹で一緒に誘拐された本人との面接であるが、本人だけが調査に参加した。

⒧ 誘拐されなかった兄弟姉妹

 誘拐されなかった兄弟姉妹は見捨てられたと感じ、時に怒りや恨みが生じ、誘拐された子どもが家族ともう一度一つになることを非常に難しくしているようだった。ある面接対象者は、誘拐されていない異母兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)は、誘拐のせいでネグレクトされ、誘拐された子どもが家族に再び溶け込むことを非常に難しく感じていたと報告した。また、別の女性の面接対象者は、誘拐されなかった兄が、父親に自分を連れ去られなかったことに腹を立て、彼女がいない間、愛情に飢え、やがて再会したときには、性交を強要したと報告した。誘拐されなかった異母兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)は、誘拐された子どもに関する喪失感で精神的に打ちのめされ、誘拐犯である継母が自分を完全に見捨てたと感じたと報告した。
 面接対象者は、誘拐後に子どもを連れ去られた親と新しいパートナーとの間に異母兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)が生まれた場合、誘拐された子ども自身が新しい関係を受け入れることができないのは勿論、異母)兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)が誘拐された子どもの不在とその影響に対処できないことを踏まえると、異母兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)との関係を築くことが困難であると報告した。誘拐時に妊娠していた結果として、子どもを連れ去られた親と誘拐した親との間に異母兄弟姉妹(異父兄妹姉妹)が生まれた場合、面接対象者が報告したように、異母兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)は大きな苦痛と見捨てられ感を経験した。ある面接対象者は、「誘拐されなかった兄弟(姉妹)は誘拐や場合によっては誘拐された子どもの帰還に多大な影響を受けるので、支援グループを設けるべきである」と述べた¹⁰⁸。

¹⁰⁸ 「私はどうなるの?兄弟姉妹の誘拐に対処するために」(2007)アメリカ司法省少年司法・非行防止局(OJJDP)https://www.ncjrs.gov/pdffiles1/ojjdp/217714.pdfを参照。しかし、この冊子は、家族以外による兄弟姉妹の誘拐を経験した8人の子どもの意見に基づいており、家族による児童誘拐とは全く異なる状況である。前掲脚注3のグライフとバウワーズ「未解決の喪失」も参照。

⒨ 引き離されていた時間

 18人(53%)の面接対象者は、引き離されていた間、間違いなく、あるいは恐らく隠れて過ごしていたと述べた。7人が、自分の名前と身分、時には外見も変えたと報告した。中には偽の身分証明書を使った者もいた。殆どの潜伏中の記憶は非常に説得力があったが、少数のケースでは、適切な記録を提出できない理由について学校に嘘をついていたこと、例えば、火災で以前の学校の記録が失われたと言ったり、学校から問合せに応じるために書類や成績を偽ったり、回答を迫られるのを避けるために数ヶ月ごとに転校したことを思い出したが、自分たちが紛うことなく潜伏していたのか、未だ子どもだった彼らには、明らかでなかった。何人かの面接対象者は、友人を作ったり、誰かと親しくなったりすることが許されなかったと語っている。3人の面接対象者は、自分たちがより幸せで「普通」の気分になれるように、公共の場で一緒に座る他の家族を探す「見境のない親しみやすさ」¹⁰⁹を報告した。ある女性の面接対象者は、このニーズを自分にとって「家族は大きいほど良い」と説明し、別の女性の面接対象者は、両親の揃った家族にとても憧れているので、他の人のピクニックに押し掛けるのだと語った。また、ある面接対象者は、「先生のような人を抱きしめたい」「近くにいてあげたい」と報告した。
 面接対象者のうち16人(47%)が、性的虐待を含む、引き離されている期間中の自分に対する暴力や虐待を報告している。これらの面接対象者うち11人が、虐待の加害者は誘拐犯であると報告した。父親に誘拐された女性の面接対象者は、父親に殴られ、傷つけられ、青黒いあざができたので、学校を休まねばならなかったと述べた。彼女の父親は、新しい妻や子どもには暴力を振るわなかった。別の女性の面接対象者は、「卑劣な」誘拐犯の父親は、彼女を支配するために、彼女を立たせたまま、2、3時間怒鳴り続けたと報告した。ある女性の面接対象者は、誘拐した父親から全身を殴られ、起こっていることに対処するために頭の中が「大きくて暗いブラックホールの中に」入っていくのを記憶していると述べた。彼女は、殴られた跡を隠すためにズボンをはいて学校に行かねばならなかったと言った。時には、誘拐された子どもが自分の境遇について質問すると、誘拐犯が「おまえのために全てを犠牲にしてきた」と子どもに告げて、暴力を起こすこともあった。時には、明らかにいわれのない暴力が振るわれることもあったが、ある男性面接対象者は、自分が父親に似ていたため、誘拐した母親から誘拐された兄弟姉妹の中でより酷く身体的に殴られたと語った。彼は、誘拐犯の母親が「私が感覚を失うまで殴りました。私は反撃に転じる時が来るのを待ちました、それが反撃できる唯一の方法だったからです。すると、母は私をより強く殴りました」と説明した。面接対象者の中には、誘拐した親の友人から性的虐待を受け、そのことを誘拐した親が知っている場合もあったと報告した者もいた。また、誘拐した親の家族、あるいは見知らぬ人からの性的虐待を報告した者もいた。2人の面接対象者は、誘拐した親から性的虐待を受けたかどうか確信が持てず、時には異性の誘拐犯とベッドを共にするなど、もう一方の親と引き離されている間の生活様式の「境界が曖昧」であったと話した。ある面接対象者は、一緒に誘拐された兄弟姉妹が、その子どもと公然と部屋を共有する誘拐犯の父親から性的虐待を受けたことを報告した。誘拐した親が、時々新しいパートナーに虐待されるともあり、それを誘拐された子どもどもが目撃していた。ある面接対象者は、誘拐犯の母親が「恐らく売春婦」だったと報告した。
 何人かの面接対象者が、どれほど誘拐犯が自分たちの全てだったのか、自分たちの唯一の支援システムから見捨てられることにどれほど恐怖を感じていたのかを報告した。ある面接対象者は、これを「ストックホルム症候群」と呼び¹¹⁰、いつもか弱い誘拐犯の母親を失うのが怖くて、自分が親になって世話をしなければならなかったと述べた。誘拐した母親から虐待を受けているにも拘らず、別の面接対象者は、「母だけが私の全てだったから」という理由で母親を殴った男を殺そうとしたと報告した。また、別の面接対象者は、精神的な支えの全てを誘拐犯に依存することの意味を説明し、父親から、母親が自分を誘拐するようなことがあればどうすればよいかを聞かされていたが、「母に憎まれてでも電話をかけろ」とは言われていなかったと述べた。
 時には、誘拐とは関係のない理由で、警察が誘拐された子どもに関与することもあったが、これは保護や救済にはつながらなかった。ある女性の面接対象者は、声を上げたことで自分に有利に働いたことは一度もないと報告した。というのも、人々は彼女を信じてくれるものの、その後、彼らは誘拐した母親と話すことになり、母親の方途を尽くした説得に応じてしまうからである。この点については、別の女性面接対象者も同じことを述べた。彼女が最初に誘拐された後、警察は妹を誘拐しようとした加害者のもとに彼女を戻していた。彼女は「誰も私を助けてくれない」と感じ、ただこれが現実だと受け入れた。
 面接対象者の中には、再び家に戻れるように、誘拐犯を殺す計画を立てたと報告し者もいた。面接対象者は喪失感と混乱を定期的に報告し、多くの者が社会の行動様式が完全に変化したことに対処しなければならなかった。また、何人かは、うつ病や自殺念慮または自殺未遂についても話した。ある面接対象者は、父親に誘拐されたときから自殺願望があったが、どうやって自殺すればいいのかわからなかったと語った。
 子どもを探しに来なかったこと、子どもを見捨てたこと、気にかけてくれなかったこと、誘拐された子どもなしで再出発したことなど、子どもを誘拐された親に対する怒りが頻繁に感じられた。ある面接対象者は、「非常に怒りっぽい子どもで、非常に動揺し、感情的になっていた」と述べ、「いつも母を求めていた」と語った。しかし、多くの面接対象者は「残された家族のことを考えるのを止めた」「残された家族を求めるのを止めた」と述べた。望みのものを手に入れることができないことを知ったからである。彼らは、「ただ生き延びる」、「心を閉ざす」、「目立たないように生きる」、「幽霊のように成長する」と表現し、常に移動し変化する生活に諦めずに対処することができることを意味する「弱いアタッチメント」を持っていた。
 面接対象者のうち22名(65%)が、引き離されていた期間中に連れ去りにあった側の親との接触がなかったと回答した。中には、接触は再開されたが、子どもは引き離れたままだったというケースも存在した。ある男性の面接対象者は、「誘拐犯と一緒に出て行ったことを誘拐に遭った親に責められた」と説明し、別の女性面接対象者は、「迎えに来ない誘拐に遭った親に怒りを感じ、親を見限った」と報告した。また、別のケースでは、接触が再開されたことで、誘拐にピリオドが打たれた。
 多くの面接対象者が、誘拐犯がした誘拐に遭った方の親に関する説明を、どのようにして受け入れるようになったかを述べた。ある面接対象者は、「誘拐に遭った母親はお前のことを気にかけていない(そうでなければ、お前を見つけているだろう)」という誘拐犯の父親の話が、どのように現実のものになったかを報告した。時間が経つにつれ、母親が自分を見捨てたと思い込んで、母親を憎むようになり、二人の絆は完全に断たれた。また、ある女性の面接対象者は、誘拐に遭った父親について色々なことを聞かされて、父親に見つかるのが怖いと報告した。彼女は何が真実で何がそうでないのかが分かっていなかった。一部の面接対象者は、誘拐に遭った方の親が死んだと聞かされていた。また、裁判手続きにおいて、誘拐に遭った父親に関する出来事や事の経緯について、誘拐した親が話した虚偽の説明を支持しなければならず、そうすることに圧倒的な罪悪感を抱いたという者もいた。

¹⁰⁹ 無差別な親しみは、見知らぬ人を含む大人に近づこうとする不適切な姿勢によって特徴づけられる。深刻なネグレクトを経験した子どもは、この行動をとりやすいことが分かっているhttp://www.news-medical.net/news/20131203/Severely-neglected-children-more-prone-to-indiscriminate-friendliness.aspxを参照。オルサフスキーら「初期の母性剥奪後の母親と見知らぬ人に対する無差別扁桃体反応」,生物学的精神医学,74巻11号, 2013/12/1, 853-860頁も参照。
¹¹⁰ 監禁状態や人質状態にある一部の人に生じる一群の心理的症状。http://medical-dictionary.thefreedictionary.com/Stockholm+syndrome

⒩ 子どもの声と法的手続き

 誘拐の防止は非常に重要な課題であると複数の面接対象者が認識していたが、全ての誘拐を防止することは不可能であるとも感じていた。「自分の場合では、誘拐を防ぐことはできなかったと思う」と言う面接対象者もいた。これらの事例の多くはかなり昔に起こったものであり、子どもが影響を受ける法的手続きにおいて子どもの声を聴く必要があるとの認識に関し、幾つかの法域で変化が見られたが¹¹¹、複数の面接対象者が、当時の法的手続きにおいて、自分の声を十分に聞いてもらえなかったと感じたことは重要である。法的手続きにおいて、誘拐された子どもに両親のどちらかを選ばねばならないと感じさせた場合、子どもは永続的な罪悪感を抱くことになった。数十年後、ある女性の面接対象者は、誘拐に遭った親から子どもを奪うという自分の役割が「裏切り」であると認識し、そのことに対処することができなかった¹¹²。
 面接対象者の何人かは、法的手続きが終わったときに何が起こったのか、そして、それに対処できない問題について議論し、「この分野で働く人たちがもっと連携したアプローチをすること」を強く求めた。ある女性の面接対象者は、「誘拐されたのだからと言って、誘拐に遭った側の親に何のフォローアップもなく子どもを返すことが、必ずしも正しいとは限らない」と説明した。誘拐が起きたときには必ず、誘拐された子どもは支援と観察を必要する。誘拐は非常に複雑な状況であり、全ての当事者に衝撃と影響をもたらす。実子誘拐に遭った親はしばしば、連れ去られた子どもが見捨てられ感を抱くのとは違う形や異なる状況で、連れ戻された子どもに見捨てられたと感じていた。それは、新しい家族のあり様に多くの異なる反応を引き起こす可能性がある。彼女の場合、「母が私をめちゃくちゃ虐待していたことを誰も気づかなかった」と言った。この面接対象者は、誘拐した親との接触を絶つべきではないと訴えた。なぜなら、誘拐した親は、連れ戻し後に何が起こっているかを監視している唯一の人物である可能性があり、少なくとも、連れ戻され子どもに起こることに、何らかのコントロールやブレーキをかけることができるかもしれないからである。また、別の面接対象者は、「家庭裁判所の裁判官は誘拐の影響を認識すべきである・・・私たち全員がどれほど疎外感を感じているか誰も気づいていなかった」と述べた。

¹¹¹ イングランドとウェールズでは、家族法事件、特に誘拐事件において、子どもの意見に耳を傾けることの重要性が以前から認識されるようになった。ヘイル男爵夫人re D (子ども) (誘拐:監護権) [2006] UKHL 51の57節を参照:「お茶に何が欲しいか子どもに尋ねたことのある親なら誰でも知っているように、子どもの意見を考慮することと子どもの望むようにすることには大きな違いがあります。特にハーグ条約事件では、子どもの意見と事件の問題点との関連性が限定的な場合があります。しかし、今では、子どもの事件に関わる子どもの意見に耳を傾けることの重要性が理解されつつあります。裁判所が決定したことに従って暮らしていかねばならないのは、誰よりも子どもなのです。子どもの声に耳を傾ける人たちは、子どもが、自分の世話をする人の視点とは全く異なる視点を持っていることが多いことを理解しています。子どもたちは、それ自体が道徳的な行為者である可能性が高いのです。大人が好むと好まざるとに拘らず、裁判所が決めたことを実行しなければならないように、子どもも裁判所が決めたことを実行しなければなりません。しかし、それは、親の意見を聞くことを拒否する理由と同様に、子どもの言い分を聞かない理由にはなりません」。このことは、改正ブリュッセルⅡ第11条⑵でも認められている:「1980年ハーグ条約第12条及び第13条を適用する場合、子どもの年齢又は成熟の程度を考慮して不適切と思われる場合を除き、手続中に子どもに意見を聞く機会を与えることが確保されるものとする」。ヘイル男爵夫人は、この原則はEU域内の事件にのみ適用されるが、原則は普遍的に適用されるものであり、国連子どもの権利条約第12条と一致していると強調した。彼女は、そこの原則が「全てのハーグ条約事件で事実上」適用されると述べたが、子どもの意見を聞くことは、子どもの意見を反映させることを意味しないことを明確にした(58節)。家族司法評議会の2010年4月「家族手続きの対象となる子どもと面談をする裁判官のためのガイドライン」[2010] 2 FLR 1872を参照し、現在は2014年7月25日(金)の司法省プレスリリース-「子どもたちは家庭裁判所で面談と審問を受けることになる」を参照。政府は、イングランドとウェールズの全ての家庭裁判所の聴聞会に参加する10歳以上の子どもや若者は、自分の意見や気持ちを知ってもらうために裁判官にアクセスできるようにすることを約束し、導入する裁判所の新しい規則を議論する「子どもと脆弱な証人作業部会」の2014年7月の中間報告の13節(ⅵ)では、次のように述べている:規則は、裁判所や裁判官が、訴訟手続きの開始時に、裁判官とのコミュニケーションをとる機会を与えられるべき訴訟手続きの参加者として、および/または証人として、子どもの役割および/または子どものニーズを認識し、子どもの参加と支援を提供するための最善の方法を検討することを要求すべきである。13節(ⅷ)では次のように述べている:この規則では、当事者の全ての擁護者と代理人は、子どもの役割をどのように認識するのが最善かを特定、検討しなければならず、および/または、子どもが最善の証拠を示すために必要な補助と支援を提供することを要求すべきである。子どもと面談する裁判官が、re KP [2014] EWCA Civ 554 における控訴院の判決を反映するために(第一審の裁判官が、裁判官の役割は子どもの発言を受動的に聞くことであり、証拠を取る役割になるべきではないという「子どもと面談をする裁判官のためのガイドライン2010」の範囲を逸脱していたためにハーグ条約の返還命令が無効にされた)実務指示が計画されており、裁判官と子どもの間のコミュニケーション内容の状態と性質について検討すべきである。目標は2015年1月までにこれらの変更を実施し、司法関係者や擁護者に教育を提供することである。re LC (子ども) (「再会」国際児童誘拐センターが介入) [2014] UK 1 [2014] 2 WLR 124も参照のこと。ここでは、裁判所は子ども自身の心理状態が常居所を決定する際に関係しているか、13歳の子どもを当事者として訴訟手続きに参加させるべきかを含む様々な問題を判断しなければならなかった。最高裁判所は、子どもを当事者に加えることは、子どもの関与の幅について裁判所に広い裁量を与えることになるとして、上告を認めた。また、青年期の子どもが短期間、片方の親と特定の場所で暮らしていた場合、裁判所が常居所地に関する問題を判断する際に、その子どもの心理状態を考慮することが適切であると判断した。なお、ヘイル男爵夫人とサンプション卿は、年少の子どもの心理状態との関連性について、多数派よりも更に踏み込んで、この原則は青年期の子どもに限定するべきではなく、本事件でカフカス職員と話をした際に10歳と8歳だった子どもにも適用できることを見出し、異議を唱えている。
¹¹² re D(前掲)の第58節におけるヘイル男爵夫人のコメント、「子どもの意見を聞くことは、子どもの意見を反映させることを意味しない」に留意すること。このことは、「裁判官のためのガイドライン2010」(前掲)の第6節(ⅱ)で、次の様に述べている:裁判官はまた、事件の決定は裁判官の責任であり、裁判官は多くの要因を考慮する必要があり、アウトカムは決して子どもの責任ではないことを説明すべきである。

⒪ 再会

 再会が実現しても、誘拐の物語が終わったわけではないことは、面接対象者の報告から明らかである。再会は、必ずしも誘拐に起因する子どもにとって困難な時期の終わりを意味するものではなく、非常に多くの場合、これまでとは異なる複雑な問題が出現する時期であった¹¹³。再開を肯定的な経験と捉える者と否定的に捉える者は同数であった(これらのカテゴリーのそれぞれに14人が含まれ、そのうち2人は中立または否定的だったがが、その後肯定的になった)。再会した残りの4人の面接対象者は、中立的な再会を経験していた(再開しなかった面接対象者も2人いた)。
 ある時は、何らかの法的手続きによって、子どもは誘拐された側の家族のもとに戻されたが、多くの面接対象者は、その方法は突然で、残酷なものでさえあったと述べた。また、誘拐された子どもは、「わが家」を見つけるために、誘拐された側の親や家族を探し求めることもあった。残念なことに、ある者は、自分たちの唯一の支援システムに背を向け、誘拐した親の代わりに、自分自身の生活とニーズを持つ(せいぜい)善意のある見知らぬ人が次々と現れ、その誰もが他人である自分を助けることができないことに気づいた。彼らは、誘拐された側の家族、あるいは自分自身に何を期待すればいいのかわからないことが多かったが、変化した環境を再び生き抜くために、新しい家族単位で、幸せで落ち着きがあるように振る舞う必要があると感じていた。子どもを誘拐された親が、子どもと引き離されている間に連絡を取るためにそれほど行動しなかったことに関し、誘拐された息子や娘を見つけ出す努力を怠り、彼らが自分は残された親に見捨てられたと感じることに関し、誘拐された子どもとともに憤りや不幸を感じるのは珍しいことではない。誘拐された子どもと子どもを誘拐された親の両方が、失ったものがきっちりと戻ってくるものと期待しているようで、人が変わって別人になった双方が互いに適応することに苦労した。連れ戻された子どもにとって、連れ戻しは見知らぬ継親、継親の子ども、および異母兄弟姉妹(異父兄弟姉妹)との関係に投げ込まれることを意味する可能性がある。多くの面接対象者は、再会後、どちらの家族にも属していないと感じ、混乱し、迷子になり、連れ戻すことを過度に重視し、連れ戻した子どものニーズに十分に目を向けていない子どもを誘拐された親から必要と感じていた助けを得られなかったと報告した。特に、誘拐された親はもうお前を必要としていない、愛していないと言われてきた誘拐された子どもにとっては、特に困難なことであり、信頼関係を再構築することが不可能であることが判明したこともあった。当然のことながら、こうした再会が必ずしもうまくいくとは限らず、面接対象者がこれを本当の誘拐と感じ、誘拐犯と一緒に暮らすことを選ぶこともあった。再会がうまくいった場合、子どもの誘拐にあった側の親は誘拐された子どものニーズに特に敏感であったようだ。
 再会は、面接対象者にとって、誘拐の最も重要な側面の一つであり、時には苦悩を抱かせるため、彼らが提供した事例の幾つかを検討することは有益である:
 2度にわたって誘拐され、そのたびに違う親に誘拐されたある(女性)面接対象者は、5歳のときに父親に2度目の誘拐に遭い、21年後に誘拐被害者の母親を探し、母親を発見した。彼女はこのことを「最初は素敵だった」と報告した。彼女が引き離されている間に父親から受けた虐待を母親に明かすと、母親は、父親は子どもを愛しているから連れ去った、だから子どもの面倒を見てくれていると思っていたので、とても驚いた。それを知ってか、面接対象者と彼女を誘拐された母親との間は、うまくいかなかった。
 8歳のときに母親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、2年後に母親が父親に会わせるために飛行機で父親の所に連れて行き、彼女は連れ去られた父親との再会を果たした。その後、彼女は毎年クリスマスに父親に会うことを許された。しかし、彼女は父親と再会して以来、どちらの家族ともその家族の一員であるかという感覚を持つことはなかったと言った。
 ある(女性)面接対象者は、11歳のときに父親に誘拐され、7年後に母親のもとに戻った。彼女は戻ってきたことを「シュール」と表現し、自分がどこかに根を張っているという感覚はなかったという。彼女は子どもとしての人生を向こうに残して、大人として戻ってきた。彼女は、最早その環境の中でどう生きていけばいいのか、わからなくなったと述べた。
 ある(男性)面接対象者は、7歳のときに母親に誘拐され、9年ぶりに父親を探すことを決意した。彼は父親に電話をかけるのに非常に緊張していると報告していたが、面接対象者の父親は彼から電話を受けると「狂喜乱舞した」と述べた。しかし、面接対象者が、「この後、父は自分を完全に信頼することはなかった」と述べたていたので、その後の関係は「温かいが表面的なもの」だったようである。
 ある(女性)面接対象者は、9歳の時に父親に兄弟姉妹と一緒に誘拐され、母親が誘拐の4か月後に海外の預けられていた場所から連れ戻した。彼女の父親は、彼女と兄弟姉妹に「お母さんとその家族はお前と弟を必要としていない」と話していた。彼女は愉快された兄弟姉妹と一緒にタクシーに乗せられ、母親に会うために滞在先から5時間かけて移動した。面接対象者は、母親はもう自分を愛していないと思っていたので、もはや母親と一緒にいても幸せではなかったと報告した。彼女は、自分が本当に「立ち直った」とは思っていなかった。面接対象者がそのことを持ち出そうとしても、彼女の母親は、今でも決してそのことを口にしない。彼女は、母親が子どもたちを取り戻したからといって、全てのことが「子どもにとって魔法のように解決された」わけではない、と言った。彼女は、母親が「面接対象者がもっと話すべきだった」と言ったと報告したが、面接対象者は次のように述べた。「私は子どもです。どのように私の世話をするのか母親に教えるのは私の仕事ではありません」。彼女はまだ母親と関わり合いを持っているが、母親とは切り離されていると感じており、家族の集まりがあっても、自分の家族の中に居場所がないように感じると述べた。彼女は、その隔たりを埋める方法を知らないだけだと説明した。
 4歳の時に母親に誘拐された、ある(男性)面接対象者は、13年後に誘拐された側の家族を探すことを決心した。彼は、母親に自分と誘拐された妹が家を出ることを告げたとき、母親が無関心であったと報告した。子どもが舞い戻って来たことは、残された家族を「打ちのめす」ものだった。「この人たちは私を抱きしめて泣いていました」が、私も誘拐された妹も何も感じませんでした、本当はそうしたかった筈なのに、と彼は言った。誘拐された妹が、誘拐犯の新しい夫と暮らすために母親のところに戻ってきたは、彼女が「誘拐被害者である父親やその家族がもっと努力していれば、自分たちを見つけられたはずだ」と感じたからだった。妹はこのことが許せず、今では実父たちとは連絡を取っていない。面接対象者は、実父のところに1年間滞在した後、誘拐された妹と一緒にいるために、また母親のところに戻った。彼は現在、誘拐被害者である父親とは電子メールで連絡を取り合っているが、彼も誘拐された妹も誘拐した母親とは連絡を取り合っていない。
 2歳になる前に父親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、11年後に誘拐被害者である母親を探し当てた。その出会いは、「ソーシャルワーカーを含め、みんながとても興奮し・・まるで劇場にいるよう」だった。しかし、再会はうまくいかず、彼女はそれを「惨事」と表現しました。
 8歳のときに父親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、18歳のときに母親を探し出すことを決意し、探し出すのに「十分な逞しさ」を感じていた。彼女は、母親は「壊れた女」であり、当時の二人は親と子どもの関係ではなく、せいぜい子ども同士の友人関係であったと報告した。母親が自分を探してくれなかったことに関連して、二人の間には多くの「未解決の問題」が残っていると面接対象者は述べた。
 11歳のときに母親に誘拐された、ある(男性)面接対象者は、暴力的と聞いていた父親を20年ぶりに捜しに出た。彼は、父親の家に足を踏み入れたとき、どれほど感情的になったかを説明した。何年も経った後、彼が最初に見たのは、誘拐される前に家族全員と一緒に撮った自分の写真だった。父親はこれを家の自慢の場所に保管していた。彼は父親と母親に誘拐されずにいた兄弟とは連絡を取り合っているが、誘拐犯の母親とは連絡をもはや連絡を取っていない。
 生後8ヶ月で母親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、母親が警察に捕まり、10年後に誘拐被害に遭った兄弟と一緒に父親の元に還された。彼女は、誘拐被害者である父親の家の外に掲げられた、二人の帰宅を歓迎する垂れ幕について説明した。彼女はそのことに圧倒されつつも、父親が彼女の喜ぶ姿を求めていることを分っていたので、喜んでいるふりをしたものの、内心はとても不機嫌だった。彼女は、自分の何が悪いのかが分からなくても、今は父親が唯一の親である以上、父親の望む姿になることを望んだ。
 4歳のときに母親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、誘拐を知る人が警察に通報したことで、8年後に誘拐被害者である父親と再会した。警察官が彼女の学校に来て、彼女の詳細が書かれた牛乳パックを見せ、父親が彼女を探していることを告げた。彼女は里親の家に連れて行かれ、自分のものを一切持たせてもらえなかった。彼女は恐怖感と孤独感を抱き、家に自分の物を取りに帰りたかった。しかし、父親に会ったとき、彼女は「瞬時に安心感」を覚えた。父親は、彼女の身分が変えられていることを知り、彼女に何と呼ばれたいか尋ねた。この父子関係はうまくいった一方、母親は面接の時点で既に彼女の人生には存在していなかった。
 4歳のときに父親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、8年後に父方の親戚によって誘拐被害者である母親のもとに戻された。面接対象者は、母親が彼女のために戦ってくれなかった、母親がしたことではなく、彼女自分がしたことが自分に返って来ただけだと感じたため、母親と一緒に戻ることに気乗りしなかった。彼女は、「見知らぬ人でいっぱいの別の部屋にいる」と説明し、その環境は「誰にとっても気まずい」ものだった。彼女は本当に落ち着くことができず、最終的に父親と一緒に暮らすようになったが、それもうまくいかなかった。彼女は現在、両親とごくたまに連絡を取る程度である。
 2歳頃に父親に誘拐されたある(女性)面接対象者は、誘拐から約6年後の法廷審問の後、誘拐被害者である母親のもとに戻された。彼女は母親のことを知らなかったので、誘拐犯からの連れ戻しを「連れ去り」と呼び、この変化は永久に続くもので、もう二度と「家族」に会うことはできないと悟ったとき、彼女はとても不機嫌になった。彼女の母親の家族は、新しい配偶者と2人の子どもがいるという点で、今では非常に異なっていた。彼女の母親は、面接対象者と過ごしていただろう多くの時間を失ったこと、そして誘拐された子どもを取り戻した時には、かなり大きな子どもになっていたことに非常に腹を立てていた。最終的に、面接対象者は父親のもとに行き、一緒に暮らすようになった。彼女は今、母親と会話をしていない。
 6歳のときに父親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、6~7年後に父親が捕まって逮捕されたことで、誘拐被害者である母親と再会した。彼女は裁判所が任命した心理学者に会った後、部屋で母親に会い、「母親とは関わりたくない」と思った。彼女は裁判官に「父親と一緒にいたい」と言ったが、それは、裁判官に会う前に父親からそう言うように指導されたためだった。彼女は、母親に対して「完全に疎外されている」と報告した。裁判所が指定した訪問が開始されたが、彼女が「父親が自分にどのように行動するかを指示する」と言ったため、不成功に終わった。彼女の母親は、コンタクトを実施することに拘らないことに決め、面接対象者は父親を愛し、母親は「邪悪な雌犬」だと考えて、自分の人生を歩んでいた。彼女は24歳の時、彼女は母親に連絡を取った。彼女は健康を害し、母親に支えられていた。彼女は現在、母親とは関係があるが、父親とは関係がない。彼女は、「再適応するのに10年を要しました」、そして、「自分と母親は、お互いを再び信頼するためにやるべきことがまだたくさんある」と述べた。
 9歳のときに父親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、6年後、母親が誘拐犯の父親と一緒に住んでいた家に電話をかけ、誘拐被害者である母親と再会した。父親はその後、彼女を母親に会わせるために車で母親のところに連れて行った。面接対象者は、母親が自殺したがっていると父親から何年も聞かされてきたので、母親に会うのは「緊張でハラハラした」と語った。彼女はそれを「シュールな体験」と表現した。彼女はどのように振る舞えば良いのか、何を話せばよいか分からず、ただその状況から抜け出したいと思った。彼女は父親と暮らすために誘拐された兄弟と一緒に父親のもとに戻り、年に2回母親を訪問した。現在、彼女は父親とは関係はないが、母親とは活発な関係を築いており、母親に対して養育をする役割を果たしている。
 8歳のときに母親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、母親の友人が警察に状況を報告したことで、4年後に誘拐被害者である父親と再会した。父親は警察官と一緒に彼女の学校に来て、涙ながらに新しい兄弟姉妹がいることを彼女に告げた。彼女は引き裂かれたような思いで、全てがあっという間に起こったと説明した。彼女は父親と一緒に暮らすようになったが、彼女が言うには、父親は誘拐される前の娘に戻ることができると思っていた。しかし、彼女は父親と父親の家族と一緒に暮らすことを嫌うようになった。父親は彼女になぜ電話をかけなかったのかと尋ねたが、彼女は答えることができなかった。彼女はその後、母親と異父姉がそこにいたときに母方の祖母を訪ね、彼女に対する祖母たちの態度の変化と、自分には今では誰もいない、家族がいない、誰に対してもどこにも居場所がないという気持ちを思い出した。彼女は希死念慮を患い、拒食症になった。彼女は母親と一緒に暮らすために母親のところに戻ったが、これは彼女の人生で「最悪の過ち」だったと語った。現在、彼女は父親とはうまくいっているが、母親とはうまくいっていない。
 5歳のときに父親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、7年ぶりに母親と再会した。父親は彼女と誘拐した彼女の2人の兄弟姉妹のうち1人を母親に会わせるために電車に乗せた。面接対象者は、駅で彼女たちを待っていた母親を認識できなかった。彼女は、知り合いがいないし、最初の6か月は「かなり良かった」が、父親に会いたくはなかったものの、置き去りにしてきたものに何か惹かれるものがあったので、何も意味がなかったと述べた。彼女は再び誘拐されているような、そして、人と場所だけが変わったような感覚を覚えた。彼女は現在、母親と連絡を取り合っているが、実際に「和解」したことは一度もないと言った。現在父親は他界している。
 出生時に母親に誘拐されたある(女性)面接対象者は、42年後に父親をインターネットで探し続け、見つけることができた。彼女は父親が危険人物であると信じ込まされていたが、父親に会ってみて、「優しい人」だと思った。母親の家族は、彼女が父親と連絡を取ったことに「とても怒っていた」ので、彼女は現在、母方の家族を失った。
 6歳から7歳のときに父親に誘拐された、ある(男性)面接対象者は、誘拐された弟と一緒にバス停でバスが来るのを待っていたところに母親が車を停め、10か月ぶりに母親と再会した。母親が死んだと信じこまされていた時に、母親が生きていることを知り、「圧倒的な愛の気持ち」を感じたと彼は言った。父親は彼らを再び誘拐しようとして失敗し、その後、父親は彼と弟の誕生日に連絡をするだけになった。面接対象者は、病気になった弟を助けるために父親を探し始めたが、その時すでに父親は他界していた。彼は今でも母親ととても仲が良い。
 2歳半のときに母親に誘拐された、ある(男性)面接対象者は、誘拐から23年後に父親と再会した。彼らは今、「友好的な関係」にある。それは、面接対象者が心から望んでいるものではないが、父親ができることの全てであり、面接対象者は、それを得られたことに感謝していると述べている。母親は今では他界している。
 4歳のときに父親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、17歳のときに母親を探した。彼女はこの出会いを「圧倒される」と同時に「失望した」と表現した。母親が探していたのは、行方不明になった幼い子どもだった。面接対象者は母親を全くの見知らぬ人と見做し、全てが「奇妙でシュール」だと感じていた。彼女は、「この狂気のパンドラの箱」を開けなければよかったと思うことがあると言った。彼女は母親とは今でも関係があり、ここ数年は父親とも会っていた。彼女は父親を許してはいないが、起こってしまったことに対しては、しぶしぶ受け入れている。
 8歳のときに母親に誘拐された、ある(女性)面接対象者は、3~4か月後に誘拐被害者である父親と再会した。現在、彼女は父親と良好な関係を築いているが、母親とはあまり会っていない。彼女は、誘拐から30年以上経った今でも、母親に会っても父親にそのことを話すことができないと言った。

¹¹³ このことは、ジェフリー・グレイフの研究、そして最近ではグライフとウィンケルスタイン ウォーターズの研究「曖昧な再会:誘拐の後遺症を理解するための事例と枠組み」(2014) 2 IFLP 1, 24-32頁において認識されている。P.ボス「曖昧な損失理論:学者と実務家の課題」(2007) 家族関係, 56巻.105-111頁を参照。105頁では次のように述べている。「観察と直感から、より包括的な用語である『曖昧な喪失』と、2つのタイプのモデル、即ち心理的存在を伴う身体的不在、身体的存在を伴う心理的不在が生まれたのである」。明らかに、この状況と、連れ戻された子どもが身体的に存在しても心理的に存在しないことがある誘拐後の再会には類似点がある。

⒫ 誘拐の影響

 非常に重大な影響(これらの影響用語の定義については3.1項を参照)が、25人の面接対象者(73.53%)から報告された¹¹⁴。この発見は、この誘拐研究のサンプルにおけるメンタルヘルス上の問題が明らかに高いレベルにあることを露わにしている¹¹⁵。
 以下は、面接対象者が述べた、非常に大きな影響の例である:
 誘拐当時5歳で、誘拐から7年後に再会を果たした1人の女性面接対象者は、14年間セラピーを受けてきたと報告した。8年前からセラピーに通うのをやめようとしたが、やめられなかった。彼女は、人々は決して状況を理解しようとせずと説明し、(これまで誘拐された人を治療したことがない)セラピストでさえ、「それはどれほど悪いことなのだろうか」と疑問に思っていると説明した。
 6歳で誘拐され、その6~7年後に再会を果たした1人の女性面接対象者は、20代半ばで精神を病んだと報告した。彼女は4か月間入院した。彼女は、「完全になる」必要があると感じたと説明した。彼女は過去18か月間治療を受けている。これは「一生モノ」だと彼女は言っている。
 誘拐当時3歳弱で、6年後に再会した1人の女性面接対象者は、入院を要したほどの「完全なノイローゼ」になった。彼女はその後、更にセラピーを受けた。
 誘拐当時4歳だった1人の女性面接対象者は、誘拐されている期間に身元が変更され、8年後に再会を果たした。彼女はその後の12~18か月続くノイローゼに繋がる自己喪失になった。
 5歳のときに誘拐され、一度も再会を果たせなかった1人の女性面接対象者は、精神科医と心理学者の両方を受診したと述べた。彼女は「個人的なホロコーストの中にいる」と言われている。彼女は「積み木が欠けている」と言い、「友情を築く・・・そのような通常の瞬間」を得るために、積み木がそこにあるふりをしなければならないと言った。
 11歳のときに誘拐され、20年後に再会を果たした1人の男性面接対象者は、薬を処方されるほどのうつ病の発作があり、「骨格しか残っていない」と語った。
 誘拐された時は2歳弱で、13年後に再会を果たした1人の女性面接対象者は、10代の頃は「悪夢」だったと語った。彼女はますます落ち込むようになり、自殺を考え続けた。彼女は何度も自殺を図った。
 誘拐当時4歳だった1人の男性面接対象者は、13年後に再会を果たした。彼は大人になってから精神科医に診てもらったが、過去のことは話さなかった。彼は抗うつ剤を処方された。彼はこう説明した:「私はあなたにいろいろなことを話したが、もう二度とそんなことはできないと思う」。
 8歳で誘拐され、5年後に再会を果たした1人の女性面接対象者は、10代で拒食症になり、自殺したいと思うようになったと語った。誘拐犯は、彼女が知っていたもの、彼女が欲しかったもの、愛していたもの全てを奪い去り、二度とそれを取り戻すことはできなかったと彼女は言った。彼女は次のように説明した:「母が敷物を引き剥がしたように感じ、私は逃がしたものを取り戻すことができませんでした」。
 誘拐当時9歳だった、6年後に再会を果たした1人の女性面接対象者は、「全てを押しのけよう」として、「この自己破壊の道を歩んでしまった」と語った。彼女はカウンセラーに会ったが、彼女の状況に対処できるようなカウンセラーはいなかったと言った。彼女は「私の中の怒り」と、このような結果がどうして誘拐に起因しているのかを説明した。
 誘拐当時2歳弱で、21年後に再会を果たした女性面接対象者は、過去20年間、セラピストに途切れることなく相談してきたことを語った。彼女は「精神崩壊」と「自殺願望」を報告し、過食症に苦しんでいた。彼女は「腹の中にある怒りの塊」について説明した。
 4歳のときに誘拐され、一度も再会を果たしていない女性面接対象者は、自分自身を「機能型抑うつ人」と表現した。彼女は、「穴があいていて、大人になってもそれを埋めることはできません。とても不安です。私の心理的影響は誘拐に起因していることに気づきました」と言った。
 4歳の時に誘拐され、18の時に再会を果たした女性面接対象者は、ひどい摂食障害を伴う自殺願望のあるうつ病だったと報告した。彼女はセラピーを受け、数カ月間入院した。その影響は、子育て、人間関係、キャリアなど、あらゆるところに及んでいると彼女は言った。人生の転機があれば、また全てが思い出される。彼女は、誘拐が「信じられないほどの犠牲をもたらした」と述べた。
 8歳で誘拐され、3~4ヵ月後に再会を果たした女性面接対象者は、10代の頃、もう生きていたくないという思いから薬の過剰摂取をしたと語った。彼女はセラピストと会い、抗うつ薬を服用し、心的外傷後ストレス障害であると言われた。
 更に6人の面接対象者 (17.64%) が実子誘拐の影響を報告し(以下を参照)、残りの3人 (8.82%) は持続的な影響がないと報告した。したがって、面接対象者の31人 (91.17%) が誘拐の影響を受けたと報告した。影響を受けたと感じなかった3人の面接対象者のうち、1人は、一緒に誘拐された彼女の兄弟姉妹は誘拐により大きな影響を与えたと考え、自分は幼く、兄弟姉妹が誘拐被害者の方の親を支持していたのに対し、彼女は寧ろ誘拐犯を支持していたので、影響が少なかったと述べた。実質的な永続的影響はないと報告した2人目の面接対象者は、彼女が主たる監護者の母親のもとに帰るのを妨げた父親の行為を父親による誘拐と見做したが、その後の母親による誘拐未遂を誘拐または誘拐未遂とは見做さなかった。寧ろ、彼女を家に連れて帰ろうとする母親のこの行為は正当であると考えた。その後、彼女は合法的に母親と一緒に帰ることを許され、以降は母親と共に暮らした。彼女は当時3歳くらいで、この父親による「誘拐」は数か月しか続かなかったため、父親と一緒にいたときのことはあまり覚えていなかった。このカテゴリーの最後の面接対象者は、3~4歳のときに非常に短期間(2~3日)誘拐され、誘拐犯の家族によって誘拐被害者である母親のもとに速やかに返されていた。
 誘拐の影響を受けている報告した人のうち、14人 (45.2%) は、誘拐されて以降、人を信頼できなくなったと率直に話した。更に2人の面接対象者は、自己不信を報告した。1人の面接対象者は、再会後、誘拐被害者である親が彼女を再び信頼できるようになるまでに非常に長い時間を要したと述べた。
 面接の時点で、面接対象者の21人 (61.7%) が結婚を経験していた、または結婚状態にあった。これらの結婚のうち、12件 (57%) は婚姻関係が継続しており、9件 (43%) は離婚に至っている。この数値は、離婚に至る結婚の割合に関するイングランドとウェールズの最新の数値と一致している¹¹⁶。したがって、調査結果は、結婚に対する離婚に関して、誘拐に起因すると考えられる何らかの異常を明らかにするものではない。
 面接対象者の14人 (41%) は親ではなかった。その他の親である20人の面接対象者 (59%) の多くは、誘拐によって子育てが影響を受けたと報告した。1人の母親は、家族と一緒にいる方法を知らなかったので、子どもを育てる方法がわからないと言った。1人の父親は、人生に父親がいなかったので、息子の父親になる方法がわからないと言った。何人かの親である面接対象者は、子どもに対して過保護だと述べた。1人の母親は、夫が望んでいることを正確に行わなければ、夫が子どもを連れて行くのではないかと常に恐れていたため、子育てに影響があったと報告した。その結果、彼女は自分が「感情的に子どものために存在している」とは感じなかった。親ではない2人の面接対象者(男性1人、女性1人)は、親になるかどうかの選択が誘拐によって影響を受けたと述べた。男性の面接対象者は、自分の人生に実際に父親がいなかったため、子どもの父親になれるのか疑問に感じていたと報告した。女性の面接対象者は、誘拐犯の母親と同じように自分の子どもに虐待をするのではないかと心配していたため、「子どもを生む可能性が低いので、かなり安心した」と述べた。
 親である面接対象者は、自分の過去を子どもに話すことに関し、まちまちのスタンスを取った。ある父親は、自分の将来に過去の影響を与えたくないので、そのことを子どもたちに話していないと言い、妻は彼のこの立場を受け入れていた。別の父親は、自分の過去を娘よりも息子に多く話していた。彼の子どもは、それぞれ21歳と22歳の若年成人だった。どちらも、何が起こったのか、多くの質問をしていないようである。母親は誘拐について子どもとそれほど話し合っていなかったが、誘拐犯がまだ生きていて危険であることが分かるようにするのに、そして、祖父の言うことを信じないようするのに十分な話をしていた。母親である面接対象者の1人は、子どもに自分の過去を少し話したと報告したものの、「余計なことまで口にする」ことが心配なので、それ以上のことを話すつもりはなかった。別の女性は、一番上の子ども(14歳)に何が起こったかを話したが、別の子ども(7歳)には話していなかった。別の2人の母親は、子どもに話したが、あまりにも多くのことを子どもと共有しすぎたのではないかと考えていると述べた。別の母親は子どもたち(それぞれ19歳と15歳)に、自分が子どもの頃に誘拐されたことを話していたが、子どもたちは親による誘拐だったことを知ってショックを受けたと語った。親は、自分の過去について子どもに何を伝えるか定期的に決定を下している¹¹⁷。子どもの反応がまちまちなだけでなく、この問題に対する親の回答もまちまちであることは、驚くべきことではない¹¹⁸。更に、誘拐されていない親の多くは、子どもに対して過保護である。したがって、これらの調査結果は、親の背景にある誘拐と特に関連しているようには見えない。しかし、親になることについての選択と、以前に誘拐された子どもにはその人生にロールモデルとなる親がいないために子育てに不慣れなことは、彼らの誘拐の経験と関連している可能性がある。
 何人かの面接対象者は、その影響の幾つかが今日まで続いている、誘拐によって被った重大な感情的影響、例えば、精神衰弱、心的外傷後ストレス、うつ病、パニック発作について話をした。1人の面接対象者は、誘拐後は「すっかり元通りになった」とは感じなかったと説明し、これは一生続くものだと言った。彼女は次のように説明した:「それは規範となる行動や、行動自体に影響を与えます・・・大人になっても続きます。物語は決して終わりません。テープのようなものです」。別の面接対象者は、子どもの頃に感じ始めた恐怖は、最初は具体的だったが、後に一般化したと述べた。何人かの面接対象者は、誘拐から発せられた自尊心の欠如と、どちらの親も実際には彼らを求めていないという感情について話した。1人の面接対象者は、自分がいかに逃したものを取り戻すことができなかったかを図を用いて説明した。「父親が欲しくて泣いたのを覚えています。父親を手に入れたときには、父はもうそこにいませんでした。そこにいると思っていた人がいなかった。あまりにも長い時間が過ぎてしまいました。長い間、私は道に迷っていました。誘拐は世代を超えて影響を及ぼすのです」。別の女性面接対象者は、「本当の家族」を持ったことが一度もないと話した。彼女は、「誰もが持っているのに、私にはいない」と言った。このような影響は、誘拐体験と密接に関連しているようである。
 多くの面接対象者が述べた影響の中に、彼らの大人の親密な関係は、彼らが経験した誘拐によって彩られ、人々とつながるのが難しいと感じたと報告した。何かが突然奪われ、人生で最も重要な人々が「ただ去る」ことができた場合、自分が成長してからではその穴を埋めることができないことが分かったので、友人や関係を維持することができないと話す者もいた。1人の女性面接対象者は、自分は決して人を寄せ付けないし、人間関係が非常に表面的であると説明した。彼女は、これは防御機制であり、「そのギャップを埋める方法」がわからないため、誰とも親密になれないと述べた。別の女性面接対象者は、夫と一緒にいても安心できず、夫が自分と別れる日が来るのだろうかと考えていた。彼女は自分が精神的な重荷になっているように感じ、どの段階で自分が夫にとって「重荷」になるのか疑問に思った。彼女は、親密な関係であっても、距離を置く方が楽だと感じた。彼女はなかなか警戒心を解くことができず、自分が部外者のように感じる部分が常にある。多くの面接対象者が、不安、恐怖、見捨てられることが常に問題となっている人生について語った。1人の女性面接対象者は、これを「初期設定」であり、「常にボールが落ちるのを待っている」と説明した。彼女は、誘拐が起こらなければ、このように感じることはなかったと断言している。別の面接対象者は、「見捨てられる前に物事を終わらせる」ことについて話した。
 別の面接対象者は、「長い間混乱が続いて、自分を大事にしたいのなら、感情的になりすぎてはいけないことを学んだので」感情的になることはない、と説明した。何人かの面接対象者は、感情を遮断して感情をあまり持たないようにすることについて話した。ある男性は、母親は死んだと聞かされ、喪に服す期間も与えられずにいたが、その後、母親との通常の生活に戻されたと説明した。彼は、自分の人生の大部分を感情ではなく、その心理的障害とともに過ごし、物事について自分が何を感じているかを常に自問しなければならなかったと述べた。他の者たちは、発生したことに感じた怒り、まだ心の中で感じていた激しい怒り、そしてそれが彼らを攻撃的な大人に変え、権威のある人々や彼らの近くの人々を激しく非難した様子について話した。彼らはこの情態を、自分たちを誘拐した人々に報復するための見当違いの試みであると考えている。繰り返されるテーマは、面接対象者の歪んだ現実感、更に、誘拐された子どもが苦しんでいたことを誰も本当に理解していないことに関するものだった。
 1人の女性面接対象者は、これらのことを経験した子どもとその影響を感じていた大人に大きな悲しみを感じたと述べて要約した。彼女は言った:「自分の芯が粉々になったような気がします。・・・私は、生まれつきの自己や性格と、これらの経験の結果として形成された性格との間に内的な葛藤があります」。
 報告された影響に関連して、誘拐に関する幾つかの明確なカテゴリーが検討された。
 (ⅰ) 主たる監護者による誘拐
 主たる監護者による誘拐は、主たる監護者でない者による誘拐とは異なり、もたらされる悪影響は、それほど深刻ではない可能性がある、と時々示唆される。影響調査の結果、主たる監護者である母親に誘拐された、その調査サンプルの子ども場合、彼らは母親を誘拐した親として感じていなかった。この文脈で重要なのは、その研究で子どもたちが引き離されて過ごした期間は6週間から14か月(一度も返還されなかった子どもが1人いた)であり、今回のサンプルでは3分の1以上が引き離されて過ごした期間が10年超と、概して遥かに長い期間であったことを、思い出すことである。同様に、子どもの頃に誘拐された大人を対象とした今回の研究においては、誘拐発生日と面接日の間隔が、一般に、子どもと若者を対象とした以前の研究の間隔よりも概して遥かに長かった。
 今回の研究では、主たる監護者または共同監護者のいずれかによる誘拐を報告した16人の面接対象者のうち13人も、誘拐により生じた非常に重大な影響を受けたと報告した。16人の面接対象者のうち2人が、次のような影響を報告した。:誘拐のせいで残された人生の穴を埋めることができないこと。孤立感と自尊心の欠如。愛着、安全、不信の問題。感情の欠如を含む人間関係の困難。誘拐被害親に対する罪悪感。そして、自分のもとに戻ってこなかった子どもに対して怒りを抱えた誘拐被害親から帰還時に拒絶されたこと。一方で、16人の面接対象者のうち1人は、実際の影響は受けていないと述べた。このケースでは、子どもは、主たる監護者である母親によって誘拐された時点で3歳であり、彼女は、母親の側にいたことを思い出し、母親が自分を連れて行ったのは正しいことだと、当時も今も感じている。16人の主たる監護者に誘拐された面接対象者のうち10人は、その全てが単独監護家庭で、主たる監護者である母親による誘拐に関連していた。このうち7人が非常に重大な影響を報告し、2人が影響を報告し、1人が実際の影響はないと報告した。
 影響調査では、主たる監護者の母親に誘拐された子どもである面接対象者は、母親を誘拐犯と感じていないように見えたが、それでも、子どもたちは誘拐によって悪影響を受けていることが分かった。このことは、今回の研究の報告において、子どもの頃に主たる監護者に誘拐された成人が、誘拐後の幅広い進化した人生経験のプリズムを通して、自分たちへの影響を明確にしたという報告に反映されている。1人の面接対象者は次のように述べた:「誘拐が何をもたらしたのか、自分がどのように感じているかを知るには時間がかかります」。
 (ⅱ) 保護を意図した誘拐
 保護を意図した理由でなされた主たる監護者による誘拐または共同監護の主たる監護者による誘拐は、子どもへの影響という点で異なるアウトカムをもたらす可能性が高いと考えられるかもしれない。面接対象者が、主たる監護者または共同の主たる監護者である親(2人は母親、1人は父親)による誘拐は、間違いなく、または恐らく子どもの保護を意図した理由によるものであると説明した3つの面接で、面接対象者の1人は、誘拐により影響を受けていると述べ、別の2人は非常に大きな影響を受けていると述べた。主たる監護者の母親による誘拐は、母親をさらなる虐待から保護するためのものだと面接対象者が説明した唯一の面接で、女性の面接対象者は誘拐による影響を受けたと報告しなかった。彼女は母親の誘拐理由を完全に受け入れ、母親の行動は正しかったと思っていた。その意図が子どもの保護である可能性がある3つの実子誘拐で、面談対象者は、誘拐犯が誘拐理由は保護であるのは事実だと考えていた場合でさえ、誘拐理由が保護であることに疑問を呈したか、疑いを持っていた。これらの3のケースのうち2つで、主張された保護は、別の子どもに起こった可能性のある何かに関連していた。すなわち、誘拐された子どもに関連していなかった。3つ目のケースでは、保護の問題は、誘拐された子どもに関するものであるにも拘らず、保護が何に関連するかについて具体性に欠けた、誘拐した主たる監護者の母親からの漠然とした示唆であったという点で、かなり曖昧だった。このことから、誘拐された子どもが、誘拐理由が保護を意図したものだと知っているか、または信じている場合、影響がかなり軽減される可能性があると考えられる。但し、このデータからこの問題について信頼できる結論を引き出すことができないことは明らかである。
 (ⅲ) 誘拐された子どもの年齢
 研究参加者によって報告された非常に重大な影響の最大数は、誘拐の時点で2〜8歳の子どもだった(このカテゴリーの参加者の75%を表す18件の報告)。しかし、これは、このサンプルで最も多くの誘拐が発生した年齢層でもあったため、驚くべきことではなかった。興味深いことに、0~2歳の範囲において、非常に大きな影響を4人が報告しており、このカテゴリーの面接対象者の100% を占めていた。9歳から11歳の範囲では、このカテゴリーの面接対象者の 60% を占める3人が非常に大きな影響を報告した。12歳以上のカテゴリーで唯一の面接対象者は、それほど大きな影響を報告しなかった。
 (ⅳ) 再会
 誘拐後1年以内に再会を果たした7件の面接では、4人の面接対象者 (57.14%) が非常に重大な誘拐の影響を報告し、1人は影響を報告し、2人は実際の影響はないと報告した。
 誘拐後1年~5年の間に再会を果たした5件の面接では、4人 (80%) が非常に重大な影響を報告し、1人 (20%) は実際の影響はないと報告した。
 誘拐後6年~10年の間に再会を果たした12件の面接では、9人 (75%) が非常に重大な影響を報告し、3人 (25%) が影響を報告した。
 誘拐後11年~20年の間に再会を果たした6件の面接では、4人 (66.66%) が非常に重大な影響を報告し、2 つ (33.33%) が効果を報告した。
 誘拐後21年~50年の間に再会を果たした2件の面接では、2人とも (100%) が非常に重大な影響を報告した。
 再会が一度も果たせなかった2件の面接では、2人とも非常に重大な影響 (100%) を報告した。
 繰り返しになるが、各カテゴリーのサンプル数が少ないため、これらの定性的な調査結果から信頼できる結論を引き出すことはできない。但し、誘拐から再会までの期間が1年未満の場合、子どもに対する重大な影響の発生率が低い可能性があることを示唆しているかもしれない(但し、このサンプルでは、そのような影響の発生率は比較的高かった)。このことは、誘拐されている期間の長さと子どもへの影響との関連性に関する先行研究の結果と一致する¹¹⁹。
 (ⅴ) 複数回の誘拐
 実際に起こった、または未遂に終わった誘拐を含めて複数回の誘拐を報告した12人の面接対象者のうち10人 (83.3%) もの子どもが、誘拐による非常に重大な影響を受けたと報告し、1人が影響を受けたと報告し、1人は実際の影響はないと報告した。この後者のケースは、母親に連れ去られたことを融解と見做していなかった面接対象者を含んでいたので、実際の影響を報告しなかったのは恐らく驚くにはあたらない。非常に重大な影響を報告した残りの13人の面接対象者は、誘拐を1度経験していることから、複数回の誘拐または誘拐未遂の対象となった面接対象者の割合が非常に高いことも同様に驚くべきことではない。
 (ⅵ) 国内または国際的な誘拐
 誘拐が国内または国際的でない場合、14人の面接対象者 (93.3%) が非常に重大な影響を受けたと報告し、1人 (6.7%) は実際の影響はないと報告した。国際的な誘拐のうち、11人の面接対象者 (57.89%) は非常に重大な影響を報告し、6人 (31.57%) は影響を報告し、2 人 (10.52%) は実際の影響はないと報告した。したがって、このサンプルでは、非常に重大な影響を報告している人々の割合は、国際的な誘拐よりも非国際的な誘拐の方が高かった。さはさりながら、面接対象者が提供した説明の個人的な性質、および使用した分類システムの恣意的な性質をある程度考慮しなければならない。誘拐による影響に関する統計値の合計、すなわち非常に重大な影響と影響は、国内または非国際的な誘拐 (93.3%) と国際的な誘拐 (89.46%) で非常に近似しており、このサンプルは国内または国際的な誘拐の対象となった者が被った影響の発生率の間に識別可能な違いを何も示していない可能性を示唆しているが、 受ける影響のレベルや種類は、この2つのグループの間で異なる可能性があることは認められる。

¹¹⁴ 非常に大きな影響を受けたと回答した全員が、面接時にその影響が継続中であることも報告した。例えば、「大きな悲しみを感じています・・・このようなことを経験した子どもとその影響を感じている大人は」、「・・・それは一生続く」、「今でも腹の底に怒りの塊を持っています」、「・・・まだ大丈夫じゃない」、「当時起こったことの影響が今でも残っていることをハッキリさせたい・・・このような結果は全て誘拐のせいだと」、「失ったものを取り戻すことができなかった」、「誘拐は、私が何者であるかを決定する主要な原動力の1つだ」、「人間関係は非常に表面的なものです。内心、ヤバイ気がします。防衛機制です。・・・家族で集まる際に、私は自分の家族ではないように感じます」、「・・・今日まで、私は現実と闘っています」、「・・・これは一生ものです・・・大人としてそれを演じることになる。物語は終わりません」。
¹¹⁵ 直接比較はできないが(例えば、調査対象者が明らかにしたメンタルヘルス上の問題が発生した期間は不明である)、イングランド公衆衛生局が提供する「地域精神衛生プロファイル2013」の数字を参考にすると、状況によって役立つ場合がある。それによると、イギリスでは4人に1人が1年間にメンタルヘルス上の問題に悩まされると考えられる http://www.nepho.org.uk/cmhp/ 。
¹¹⁶ 最新の統計(2012年12月発行)では、イングランドとウェールズにおける結婚の42%が離婚に至ると推定されている。国家統計局http://www.ons.gov.uk/ons/rel/vsob1/divorces-in-england-and-wales/2011/sty-what-percentage-of-marriages-end-in-divorce.htmlを参照。備考:結婚している人、結婚していた人に加えて、面接対象者のうち3人は交際中の人がいた。残りの10名の面接対象者は、結婚していない、または交際中であった。
¹¹⁷ 最近の例では、オバマ大統領がシカゴの危険な状況にある子どもたちのグループに、「悪い選択」をしたことや「ハイになった」ことを含め、自身の幼少期について語ったことが話題となった。これは、親が過去の薬物使用について子どもに話すべきかどうかについて、大きな議論を巻き起こした。http://edition.cnn.com/2014/03/04/living/parents-telling-kids-about-past-drug-use/ 参照。
¹¹⁸ 例え過去に起こったことでさえも、子どもにとって親の不幸に対処することが難しい場合があり、この複雑な誘拐問題に直面したときにどう対処していいかわからないというのは理解できる。これは、親が子どもに個人的な情報を開示するのとあまり変わらないかもしれない。
¹¹⁹ プラス、フィンケホール、とホタリング「家族による誘拐のアウトカム:期間と子どもの精神的外傷に関連する要因」,青年と社会 1996/9/28: 109-30の128頁:「誘拐が長期間続くことは、事件に巻き込まれた子どもが精神的外傷を負うリスクが高まることと関連している」を参照。

⒬ 支援とアフターケア

 誘拐被害者への専門知識と支援の欠如は、面接で繰り返されるテーマだった。メンタルヘルスの専門家が関与した場合、以前に誘拐事件を扱ったことがなく、そのような事件で提起された特定の問題を経験していないことがよくあった。1人の面接対象者が述べたように、「これでは事態が悪化する」。メンタルヘルスの専門家は、この出来事を経験した人を助けるため、誘拐による予期せぬ影響、結果、および直接的影響を理解する必要がある。1人の女性面接対象者は、この理解の欠如が誘拐被害者に与える影響について、「実子誘拐は犠牲者のいない犯罪だと人々は考えている」と述べ、「どうすればそこから立ち直ることができるんですか?」と尋ねた。実子誘拐をこのように考えることは、子どもが受けた誘拐の衝撃的影響と直接的影響についての検証がないことを意味する。彼女は、見知らぬ人による誘拐と親による誘拐に対する社会の見方の違いを強調することで、この見解を支持した。前者は大衆を怖がらせ、ぞっとさせるが、後者はかなり曖昧な反応を受ける。このことを、「子どもたちは親と一緒にいる」ので、親による誘拐は取るに足らないことだ、と社会は見做していると述べた面接対象者は支持した。彼女は、「家出や見知らぬ人による誘拐に費やされるエネルギー、そのための資金提供と報告はかなり大規模である」のとは対照的に、親による誘拐にはどんな影響があるのかを解明するための研究に時間を費やした者は誰もいないと述べた¹²⁰。彼女は、「誘拐した親が自分たちは間違っていないとどれだけ思っていようとも、誘拐は子どもに長期的な影響を与える」と主張し、「7歳のときにカウンセリングを受けていれば、今ここに座っていなかった」とコメントした。
 何人かの面接対象者は、誘拐と誘拐の影響について、教師や隣人を含むコミュニティ全体や親に対する意識を高め、教育を強化する必要があると語った。適切な支援が受けられるよう、「これは悪いことだ」と国民が理解する必要がある。ある面接対象者は、誘拐が認知されていないのは、私たちが意識の低い社会に住んでいるためであり、誘拐は虐待の一形態であることを人々が認識する必要がある、と考えていた。別の面接対象者は、社会が虐待に直面することに消極的であり、そのため「私たちは皆、ある種の児童虐待の共犯者である」というような秘密が蔓延していることを強調した。1人の女性面接対象者は、学校では、懸念を感じてしかるべき彼女の境遇に疑問を呈する者は誰もいなかったと報告した。誘拐についてもっと知ってもらえていたなら、そしてなぜ誘拐が問題なのかを知ってもらえていたなら、自分の境遇を説明することができて、このことがもっと認識され、より多くの援助を提供してくれたかもしれないと彼女は感じた。他の面接対象者は、この意識を高め、誘拐される可能性のある子どものニーズを満たすために、学校がより大きな役割を果たさなければならないと述べた。
 1人の女性面接対象者は、適切な支援を得ることがいかに困難であったか語って、支援に関して「今でも何を頼めばよいかわからない」と述べた。彼女は、「誰かを亡くした場合、悲しみに関するいろんなことや、いろんなステップを踏むことになりますが、誘拐に関しては何もありません」と言った。このことは、次のような洞察力に富んだ説明をした別の面接対象者のコメントによって裏付けられた。「アフターケアの必要性に期限はありません。なぜなら、誘拐からどんな影響を受けたのか、どのように感じているかを知るには時間がかかるからです」。彼女は、誘拐に関わる全ての当事者にアフターケアが必要で、誘拐された子どもだけが必要なのではない、と認識した。
 一部の面接対象者の見解では、開発できる最も有用な取組みの1つは、誘拐後の子ども、そして家族を支援する良き指導者であろう。誘拐を経験した人に支えられ、自分は1人ではないことを知ることは、非常に役立つ支援の形になるであろう。なぜなら、何人かの面接対象者が証言したように、非常に多くの誘拐された子どもが「とても孤独だ」と感じていると報告しているからである。
 法の執行を経験したことのある男性面接対象者は、警察はこのような状況に対処する方法について当惑しており、法の執行が実際にどのように機能するかを知るために訓練が必要であると説明した。彼は、「子どもを取り戻すのはとても簡単ですが、子どもを取り戻した後に何らかの対処をしなければなりません」と言った。彼は更に、警察は現在そういったことをするための備えができていないと述べた。別のインタビュー対象者は、法執行機関は単に子どもを連れ戻して「彼らが良く知らない環境に放り込むことはすべきではない。訓練を受けた臨床医と警察は、子どもが社会に復帰するのを助けるべきです」と強調した。更に別の面接対象者は、「引き離された親を知ることが必要である」と言って、子どもを家族に戻すためにもっと努力すべきだという意見を支持した。このことは、次のように述べた別の面接対象者が強調した。
 「私はセラピーやカウンセリングを受けませんでした。支援体制はありませんでした。ただ連れ戻されただけでした。私は長い間自分が誰なのか分かりませんでした。子どもが戻ってきた時点で、何らかの準備する必要があります。子ども戻って来た時点から、本当の仕事が始まります。子どもの人生は数年の間に変わりました。子どもは起こったことを自分のせいにするので、何らかの支援が必要です。多くの問題があり、自分が何者であり、何者であるべきなのかが分からないのです」
 別の女性面接対象者は、「再会」という言葉自体に反対した。子どもが誰かに再会させられていることに疑問を感じためである。多くの場合、その誰かは見知らぬ人だった。
 誘拐されなかった兄弟姉妹は、自分の兄弟姉妹の誘拐に対して、誘拐された子どもを喪失した感情、誘拐犯に見捨てられた気持ち、子どもを連れ去られて、悲しみに暮れ、取り乱した誘拐に遭った親に対する無力感など、混乱した困難な反応を示したと報告した。そのような誘拐されなかった兄弟姉妹は、誘拐された子どもが不在の間、自分自身をどのように感じているのか、誘拐に遭った親のために何をすべきかをある程度理解するため、支援があれば非常に役に立っていただろうと報告した。また、誘拐された子どもの帰国に際しても、様々な動きがあり、一人で対応しなければならないことが多い中、誘拐に遭った親が自分の気持ちや帰ってきた子どもとの関係に集中するために、誘拐されていない兄弟姉妹を支援することはない。同様に、往々にして、誘拐された子どもは、誘拐されなかった兄弟姉妹との関係に関し、この時点で支援を必要とした。1人の面接対象者は次のように説明した。
 「このような誘拐行為は、兄弟関係を裂く可能性があります。誘拐されなかった子どもに嫉妬しているわけではありません-私は素晴らしい人生を送っています-しかし、通常の生活を送ることができて、父親と母親に空手のレッスンに招待して、帯を手に入れるのを見せた兄弟姉妹と一緒にいるのは難しいのです」

¹²⁰ それにも拘らず、面接対象者は、現在行われている研究に大きな感謝を表明し、この研究が有用で必要であるというのが面接対象者の一般的な見解であるように思えた。別の面接対象者は、PIとの面接を行うまで、誘拐についてあまり話したことがなかったと言った。別の面接対象者は、なぜ6歳の時に会いに来てくれなかったのかとPIに尋ねた。もし会いに来てくれていたら、面接対象者は今頃大学に行っていて、「自分の人生で何かを成し遂げていたかもしれない」と。また、別の面接対象者は、「面接に参加した時間が一番癒された」と述べていた。更に、面接対象者は「この研究が行われていること、そしてそれがこのような状況に対処し、できれば予防することに有意義に貢献することを知ることは、自分自身の激動の時期を乗りきるのに役立ちます」と語った。また、別の面接対象者は次のように述べた。:「このような機会を与えてくれたことに、心から感謝します。このような機会を与えてくれた事実は、かけがえのないことです。あなたが私たちに与えてくれた贈り物を理解してくれるとは思いません。私たちのような人たちは、この機会を得たお蔭で人生が変わるのです」。別の面接対象者は次のように述べた。:「このイベントはとても役に立ちました。このことについて議論しようとしてくれる人たちや、理解している人たちと話すことができたのは、とても大きなことです。とても癒されます。分かってもらえたので、とても癒され、涙が出るほどでした。このことは私にとって非常に役に立ちました」。更に一人の女性面接対象者が次のように述べた:「誰かが何が起こったのかを知りたいと思うことはとても大切なことです」と言い、これが研究への参加に同意した理由であると語った。

5.結論

 このプロジェクトの目的は、実子誘拐の影響について、より詳しく、そして、以前に誘拐を経験した子の視点から、より詳しく調べることであった。その理由は、現在行われていること以上に私たちがすべきこと、そして、その作業の指針にするため以前に誘拐された子どもが提供した情報を使用することがあるとすれば、それは何かを理解するためである。
 本研究は、このサンプル中の過去に誘拐された子どもの多く(73.53%)が、メンタルヘルスという点で誘拐により非常に大きな影響¹²¹を受けたと報告したことを示している¹²²。この割合は、それほど重大な影響ではないが、認識可能な影響を報告している人たちを考慮すると、更に増加する(91.17%)。
 このサンプルでは、非常に僅か(8.82%)だが、実際の影響を報告しない子どもがおり、これらの子どもは非常に短い期間の誘拐か、面接を受けた子どもが主たる監護者による誘拐または誘拐の意図を支持している場合の誘拐のいずれかに関連していた。誘拐犯の地位によって、誘拐された子どもが経験する影響が変わる傾向はなかった。非常に大きな影響を受けたと報告した者は、その影響が現在の大人になってからも続いていることを語っており、多くの場合、誘拐から非常に長い年月が経過していた¹²³。したがって、これらの調査結果は、誘拐の長期にわたる影響に関する先行研究の結果を支持する傾向にあり¹²⁴4、このプロジェクトでは、誘拐された子どもが事件から何年も経ち、大人になってから直接報告することにより、この点が強調されている。データは、実際に起こった、または未遂に終わった複数の誘拐が非常に重大な影響をもたらす可能性があり、1年未満の短い期間の誘拐では、重大な影響の発生率が低くなる可能性があることを示唆している。しかし、研究の定性的な性質と、これらのカテゴリー内で報告された者の数が少ないことを考えると、このプロジェクトはこれらの事柄について信頼できる結論を出すことはできない。これらの結果は、被面接者の生活への影響の衝撃力とその原因に関する被面接者の視点と、筆者が考案したカテゴリーへの分類の両方から得られたものであるため、解釈には注意が必要であることを強調しておく。また、今回の調査では、誘拐は全てかなり前に起こっており、最短で10年、最長で50年以上前に起こっていることも忘れてはならない。更に、今回のサンプルでは、再統合が行われた場合、大多数(68.76%)が誘拐から5年以上経っており、3分の1以上(34.37%)は10年以上経ってから再統合されている。にも拘らず、このサンプルでは、面接を受けた者のほぼ4分の3で、誘拐による非常に大きな影響が報告されており、そのような影響は、子どもが誘拐にあった親と強く永続的な関係を未だ形成する機会がなかったため、その影響はさほど深刻ではないと予想されるような非常に幼い時期に誘拐が起こった場合でも顕著であった。
 このプロジェクトの報告によると、誘拐の影響は深刻で長期にわたることが多いため、誘拐を防ぐために何か更にできることはないかを考える必要がある。誘拐の防止は非常に重要な問題であり、面接に応じた何人かがそう認識していたにも拘らず、全ての誘拐を防止することが可能であるとは示唆されていない。面接に応じてくれた者の中には、自分の誘拐を防ぐことは不可能だったろうと思った、と言う者もいた。このプロジェクトでは、親が外国と強いつながりを持っていることと、誘拐の可能性との間に何らかの関連性があるかどうかを検討した。もし、この点における関連性が明確であれば、この関連性に対処するための具体的な防止策の確立に向けた取り組みが行われる可能性がある。しかしながら、今回の調査結果は、何らかの関連がある可能性を示しているものの、両親が同じ国の出身でない場合、それが誘拐の重要な指標であると断言することはできない。同様に、本プロジェクトでは、同じ目的、すなわち、具体的な防止策の検討のために、誘拐前のファミリーバイオレンスの有無を誘拐の可能性の指標として検討した。調査結果は、誘拐前のファミリーバイオレンスが容認できないほど高いレベルであったことを示してはいたが、この状況の発生率を誘拐の発生と関連付けることはできない。このような特定の状況に関して明確な知見はないものの、可能な限り誘拐を防止することが重要である。したがって、家族法事件の全てのカテゴリーに関与する人々に対し、支援提供は勿論のこと、誘拐とその影響についての認識を高め、回避可能な誘拐を発生させないようにせねばならない。
 こうした予防への取り組みに加え、誘拐された人々には適切な支援が必要である。本研究では、すでに影響を受けている誘拐された子どもたちが、両親やより広い家族における誘拐の影響によって更に影響を受けることが明らかである。彼らは、程度の差こそあれ、誘拐後も家族として機能し続けるためには、自分だけでなく、他の人々にも支援が必要であることを認識している。もし、この支援が生じなければ、誘拐された子どもたちは、誘拐自体、再会することがあった場合の再会、他の家族のメンバーと適応能力に影響を与える生涯の余波、変化した状況への適応能力に対処するのに苦労し、誘拐の結果を何度も甘受しなければならない。この人生を一変させる出来事に遭遇した家族全員が、誘拐によって引き起こされる問題を通して試される。これらは普通の人によく起こる非日常的な出来事である。他の分野では、一般の人々に非日常的な出来事が発生した場合、その関係者は助けと支援を必要としていると認識される。しかし、誘拐事件を経験した人が利用できるものは殆ど全く存在せず、これを変える必要がある。

¹²¹ 定義については、前掲「方法論」を参照。
¹²² 前掲脚注115および付随するテキストを参照。
¹²³ 前掲脚注114を参照。
¹²⁴ 著者の以前の調査では、子どもたちが引き離されている期間がかなり短い場合でも、つまり6週間から14ヶ月の間であっても(1人は一度も返還されなかったが)、子どもたち全員が「違う方法で悪影響を受けている」と認められた場合でも、当て嵌まることが判明した。「影響」55頁を参照。

6.勧告

(ⅰ) 予防

 条約は、誘拐の有害な影響から子どもを保護することを目的としている¹²⁵。これらの影響から子どもを保護する方法の1つは、誘拐が行われるのを防ぐことである。全ての誘拐を防止することは不可能であることは認めるが、防止可能な誘拐は回避せねばならないと提言する。家族法事件は、しばしば紛争の当事者である親が思い切った手段を取る可能性を秘めていることが多い。国際的な旅行が容易になり、そのような措置には、子どもを他国に連れ去ることが含まれるかもしれない。これについては、両親のどちらかが、現在家族が住んでいる国とは別の国の出身である場合、更に関連性が高い可能性がある。家族法の紛争に巻き込まれた親は、子どもの誘拐に関する法的側面や社会法的側面について知っておく必要がある。殆どの親は子どもために正しいことをしたいと思っており、それは主観的な判断ではあるが、誘拐の影響に関する知識は、親が下す決断に影響を与えるかもしれない。親は意思決定者であり、選択権を持っている。しかし、その選択を支援するために、利用可能な最善の情報が提供される必要がある。多くの国が家族法制度の見直しに直面しており、それは、殆どの状況で公的資金が家庭裁判所の手続きに利用できなくなることを意味する。しかし、家事事件におけるメディエーションの場合、対象となる当事者には引き続き公的資金が提供される可能性がある。必要なのは、家事事件における誘拐と誘拐の影響について適切な情報を提供できる、誘拐専門の家事メディエイターの組織を設立することである。そのような誘拐専門の家事メディエイターの存在は、広く公表されなければならず、公的資金が投入されていない場合は、納得できる費用で利用できるようにせねばならない。このような専門の家事メディエイターを、国際私法に関するハーグ会議¹²⁶、条約締結国の全ての中央当局、各国の条約外の誘拐を扱う責任機関、その他の関連機関が登録しておき、各国の裁判所や行政当局、その他の利害関係者が利用できるようにすることが推奨される。
 更に、広く認識されていない誘拐による影響は勿論、誘拐の概念(例えば、多くの親が自分の子どもを誘拐する可能性があることを依然と理解していないこと、一部の弁護士が誘拐の構成要素について依然と間違ったアドバイスをしていること、誘拐に対する刑事罰となし得る移住への影響が十分に理解されていないこと)に関連する誘拐に対する意識啓発キャンペーンを世界規模で実施する必要がある。

¹²⁵ 前文「不法な連れ去り又は留置によって生ずる有害な影響から子を国際的に保護することを希望する」
¹²⁶ 備考:ハーグ国際私法会議常設事務局一等書記官のフィリップ・ローティ氏は、筆者との遣り取りの中で、ハーグ会議が指導者や専門のメディエイターのリストをウェブサイトに掲載することは難しいと指摘したが、そのようなリストは中央当局のウェブサイトに掲載すべきと考えている。

(ⅱ) 保護

 誘拐の有害な影響から子どもを保護するもう1つの方法は、誘拐された人々に対して適切な支援とケアを提供することである。条約は、「常居所を有していた国への当該子の迅速な帰還を確保する手続き」を定めているが¹²⁷、そのような支援やアフターケアについては規定していない。誘拐された子どもを返還するだけでは不十分である¹²⁸。誘拐された子どもは、その誘拐の有害な影響から保護されねばならず、これには、返還されなかった子どもも含まれる¹²⁹。
 下記の勧告を行う:
 ⒜ 誘拐に関する裁判手続きがなされる場合、その手続きの中で、単に名目上だけでなく、適切に子どもから話を聞くことが重要である。この見解は広まっており、更に奨励されるべきである。
 ⒝ 子どもが短期間引き離された場合、長期間引き離された場合に比べて甚大ではないが、誘拐の影響を受ける可能性がある。したがって、誘拐された子どもの返還促進を奨励すべきである。
 ⒞ 誘拐された子どもが複数回の誘拐を経験している場合、その影響は非常に大きい可能性がある。したがって、子どもの未来が不安定な状態にならず、再誘拐されることがないよう、誘拐後の転居(リロケーション)判断を委ねることを含む迅速な福祉判断を奨励すべきである。
 ⒟ 誘拐支援サービスを利用できるようにせねばならず、十分に広報すべきである。そのようなサービスは、インターネットを通じた遠隔アクセスを含む様々な形態で利用可能であるべきである。これによって、未発見の誘拐被害者、帰還した誘拐被害者、未帰還の誘拐被害者の全てがこのような施設にアクセスすることができるため、繋がっている人がいない子どもと連絡をとることに関する問題の解決を支援する。このように、全ての誘拐された子どもが自ら連絡をとることができるようになり、他者から連絡を待つ必要がなくなる。同様に、誘拐された子どもの家族は、兄弟姉妹を含め、再会後に特に重要になる可能性のある誘拐支援サービスを利用することができるであろう。このようなサービスを提供するためには、資金調達の問題に対処する必要があることは認識されているが、この点に関する何らかの国際的な協調努力は、ささやかな規模であっても可能なはずであり、直ちに調査する必要がある。
 ⒠ 誘拐後に子どもを誘拐被害親に返還する場合、返還を実施する当局は、返還された子どもに関する何らかのフォローアップを、一定期間、当局または当局に代わってそうした情報を受け取るよう指定された者に提供する監視システムを導入すべきである。この勧告に関するリソース問題は認識されており、その問題に対処せねばならないが、非常に控えめな形のフォローアップであっても、フォローアップが完全に欠如している現在の状況を改善するものであるだろう。
 ⒡ 誘拐の後、当局によって子どもが誘拐被害者の親のもとに戻される場合、子どもや家族と親しくするために、かつ、再会プロセスを支援するために、指導者を探すべきである。理想的には、そのような指導者は、自分自身が子どものときに誘拐を経験した者であるべきである。指導者の登録簿を作成し、広く公表することを勧告する。登録簿の写しは、各国のハーグ条約外の誘拐を扱う責任機関、その他の関連機関は勿論、ハーグ国際私法会議、条約締結国の全ての中央当局が保管し、各国の裁判所や行政当局、その他の利害関係者がアクセスできるようにすべきである。この登録簿は、当事者間で非公式に返還が行われる場合、また、法廷での返還と同様にこのような支援の必要性が高い場合に、当事者もアクセスすることができるものとする。
 ⒢ 誘拐訓練プログラムを考案し、学校、地方自治体、警察、司法、メンタルヘルス専門家に提供し、誘拐の影響に関する情報を含んでいるべきである。
 ⒣ 誘拐の影響について、このプロジェクトと以前の研究で得られた洞察をフォローアップするために、更に共同した縦断的な資金提供による研究を行うべきである。
 現在、著者(およびICFLPP)と利害関係のある当事者の間で、この結論と勧告をどのように進めるかについての協議が開始されている。

¹²⁷ 前掲の前文。
¹²⁸ これに関連して、1980年ハーグ条約と1996年ハーグ条約の実務運用に関する特別委員会の結論と勧告(第Ⅱ部)(2012年1月25日から31日)の結果として、限られた状況下で子どもの返還禁止を認める第13条⑴b)の解釈と適用に関する「優れた取組みのためのガイド」を作成する作業部会が設立されている。常設局は2015年に総務政策審議会に進捗状況を報告する予定である。これは非常に歓迎すべき動きであるが、このような「優れた取組みのためのガイド」は、ハーグ条約やその他のハーグ条約に関する事項についての実践が大きく異なる締約国を拘束するものではないことを忘れてはならない。
¹²⁹ この問題は re A [2013] EWCA Civ 1256 で取り上げられた。母親がノルウェーからイングランドに誘拐した子どもたちを裁判所が返還禁止とした事件である。父親は控訴院に控訴したが、敗訴した。控訴理由の一部は、第一審の裁判官が不返還の影響と不返還命令が下された場合の当事者の第8条の権利について考慮しなかったというものだった。最高裁への上告許可申請がなされた。理由の一部は、1950年欧州人権条約第8条(私生活および家族生活の尊重に関する権利)および1989年国連子どもの権利条約第3条(子どもに影響を与える決定において子の最善の利益を一番の関心事にすること)に基づき、利用できるあらゆる救済策を追求することを子どもを誘拐された親にただ任せるだけではなく、親子の絆を確実に維持するために検討を行い、然るべき手配をする積極的な義務が裁判所にあるべきだというものだった。この最後の点は、接触事件に対する公的資金が利用できない状況に特に関連している。-その状況は、イングランドとウェールズ、そして他の幾つかの国に存在し、それ故、帰還していない子どもの立場に対するこのような建設的なアプローチが必要となる可能性がある。最高裁は許可を与えなかったが、積極的義務申し立ての是非について、裁判所は何ら示唆を与えていないと理解される。ヘイル男爵夫人は以前、略式返還と同時に接触を検討する必要性について見解を示している。(この問題に関する貢献に対し、デビッド・ウィリアムズ QCに感謝の意を表する)。

7.おわりに

 実証的研究は、純粋な教義の研究では単純に不可能な方法で、人々の経験について学び、よりよく理解するための比類ない機会を提供する¹³⁰。このことは、実子誘拐の影響を考えると、非常に明白である。誘拐に対処するための法的メカニズムや、それが生み出した法理論については、多くの学識ある解説が存在するが、誘拐事件を経験した人々の生活体験、特に以前に誘拐された子どもがその視点から感じたことについては、これまで殆ど知られていなかった。この分野でのデータ不足は、関連するサンプルを得ることが難しく、資金調達の制限により、プロジェクトに統制グループを含めるのが好ましいのに拘らず、それができなかった可能性があることは、理解できる。このような研究の課題にも拘らず、本研究は、実子誘拐の影響、特にその影響が続く期間に関連して、不足している情報の一部を提供するべく実施された。
 本研究により、私たちは誘拐の危険に晒されている子どもや誘拐された子どもを適切に保護していないことが明らかになった。誘拐の長期的な影響の深刻さに関する本研究の結果は、他の先行研究の結果を裏付けるものであり、誘拐を防止することが可能な場合には、より多くのことを行うことが重要である。緊急の誘拐問題の啓発と、誘拐問題に関して訓練を積んだ専門家による家族紛争への早期介入の普及が提唱されている。何もしないのは、しばしばそのような取り組みについてのリソースの影響であると説明されるが、そのことは子どもを適切に保護できない十分な理由ではない。この分野は、子どもを守るために更にできることがあり、できることをすべきである。同様に、子どもたちが誘拐された場合、その特別な状況に応じて支援を提供し、返還された場合には、その帰還を支援し、監視する必要がある。誘拐された子どもを以前住んでいた場所に戻すだけで、誘拐の有害な影響から子どもを守るために十分なことをしたと思い続けるべきではない。発見されずにいる子どももいれば、帰還できずにいる子どももおり、帰還した子どもは、中断した場所から再開することができず、誘拐後の生活に対応するのに苦労することが多い。誘拐の影響について子どもが話してくれたことや、その影響に対処するために必要なことを耳を傾けようとしないのでは、誘拐の有害な影響から子どもを適切に保護することができない。
 恐らく最も喫緊の課題は、実子誘拐が、家族内で時々起こる比較的穏やかな出来事ではなく、子どもにとって極めて深刻な影響を及ぼす可能性のある重要な問題であることを理解してもらうことである。このことを認識しなければ、私たちはこのような子どもの期待を裏切ることになる。
 このプロジェクトを通して学んだことが、このような誘拐問題についての有用なスナップショットを提供し、提案されている必要な対策の改善を促すのに十分であり、更に大規模で縦断的な、資金提供による実証研究とともに、私たちが始めた仕事を前進させることが期待される。

¹³⁰ D.W.ヴィック「学際性と法の規律」(2004) 法と社会ジャーナル31巻164頁は、純粋な教義分析は、法律と法制度の運用を理解する上で、知的に硬直的で柔軟性に欠け、内向きなアプローチであると批判している。マイク・マコンヴィル、ウィン・ホン・チュイ編「法学の研究法」(エジンバラ大学出版,2007年,4頁の脚注13で引用されている。ゲン、パーティントンとホイーラー「現実世界の法律:法の仕組みに関する理解の向上、最終報告書と提言」,経験的法務研究に関するナフィールド調査、2006年11月,1頁4節:「実証的な法律研究は、社会的及び政治的現象としての法律の理論的理解を構築するのに役立ち、社会理論の発展に貢献する。端的に言えば、実証的研究は法律をよりよく理解するのに役立ち、行動における法を実証的に理解することは社会をよりよく理解するのに役立つ」を参照。

[訳者註]PI principal investigator
研究主宰者。研究の遂行について責任を持つ主宰者。日本では国立大学などの主要大学では、教授、助教授(現在は准教授)、講師、助手(現在は助教)といった3人から4人程度の教員が研究室を運営し、そのトップである教授が研究室を率いる講座制が敷かれてきた。
 2004年4月の国立大学法人への移行などに伴って小規模な研究室が増え、教授をはじめとするフルラインアップの講座は少なくなってきた。これに伴い、研究を率いる研究者を研究主宰者(PI)と呼ぶことが多くなった。PIを担う役職名は教授や准教授が多いが、助教クラスの若手研究者もPIを担うことが増えてきた。若手研究者の役職は、任期制が多く導入されるようになり、PIとしての研究実績を積み重ねることによりテニュアのポストを獲得するという仕組みの比重が増えている。
 若いPIには、スーパーバイザー的な役割を担うシニア研究者が付き、メンターと呼ばれることもある。更には、革新や融合分野の台頭により、博士課程などの大学院生でも実質的に自分で研究を企画・実践するケースが増えており、実質的なPIとみなすことができる。

日経バイオテク

[訳者註]主題分析 Thematic Analysis
質的データを分類する方法。研究者はデータを見返して、ノートをとって、分類し、幅の広い情報から、パターンや主題を見つけていく。主題分析は様々な量的分析に使う事が出来、グラウンデッドセオリーや談話分析、ケーススタディなどと併用して使われる。

[訳者註]ICFLPP International Centre for Family Law Policy and Practice
家族法、政策、実践のための国際センター。2013年10月に設立され、家族法・児童法のあらゆる側面について、学術、実務家、政策の視点を結集し、分野横断的・管轄横断的研究を実施・普及させることを目指している。

[訳者註]ストックホルム症候群 Stockholm Syndrome
誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者についての臨床において、被害者が犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう。1973年にストックホルムで起きた人質立てこもり事件で、人質が犯人に協力する行動を取ったことから付いた名称。

[訳者註]牛乳パック milk carton
「milk carton」は、「消える、誰かを消す、跡を残さず消える」の動詞で、「on the milk carton」は、「行方不明で」の意味を表す。
1970年後半から1980年にかけて、アメリカで子どもの行方不明がニュースを賑やかせていた。そのような社会情勢下で、1984年9月に、アイオワ、デモインのアンダーソン・エリクソン乳製品が二人の行方不明の少年の写真を載せたことが始まり。同様の行方不明の子どもの牛乳パック広告プログラムがシカゴ、警察協力の下イリノイ、政府協力の下カリフォルニア州全体で実施された。1980年代後半からこの慣習は衰え始め、1996年のアンバーアラートシステムの導入で廃れるに至った。

ウイキペディア

[訳者註]防衛機制 defence mechanism
危険や困難に直面した場合、受け入れがたい苦痛・状況にさらされた場合に、それによる不安や体験を減弱させるために無意識に作用する心理的なメカニズムのことである。通常は単独ではなく、複数の要因が関連して作用する。

[訳者註]ミラーリング mirroring
忠実に写すこと。誘拐された子どもの返還においては、ミラーオーダーという裁判手続きがある。裁判地国の裁判所が出した命令が子どもの移動先の国でも確実に守られるように、同じ内容の命令を出してもらうことを条件に、子どもの移動(一時的な帰国・渡航や転居、返還など)を認める制度である。

[訳者註]アンダーテイキング undertaking
子の返還の前提として,又は子の返還の実現を図る目的で,子の返還に関連する事項(例えば,申立人が,相手方と子が,子が常居所を有していた国へ帰国する旅費を支払うことや,子が常居所を有していた国において相手方と子のための住居を確保すること)について,当事者が義務を負うことを裁判所(通常は,子の返還を求める申立てに係る事件が係属する裁判所)に約束し,裁判所が,返還命令と一体のものとして,又は別の命令として,その履行を命ずることがある。このような約束又は履行の命令を,一般にアンダーテイキングと呼んでいる。

[訳者註]シャリーア法 Shariah law
シャリーアとは「水場にいたる道」という意味で、「永遠の救いに至る道」という意味でイスラム法のことをさす。コーランに基づき,スンナ(預言者の言行),イジュマー(その時代の宗教学者の一般的承認),キヤース(類推)を法源とする。扱う内容は,浄め,礼拝,断食,巡礼などの儀礼的規範と,婚姻,相続,犯罪,裁判などの法的規範に大別される。一種の慣習法であるが,ウラマー(イスラム世界の知識階級)や裁判官の個人的判断にゆだねられる部分が多く,その解釈をめぐってスンナ派ではハナフィー派,マーリク派,シャーフィイー派,ハンバル派の四大法学派に分かれる。

[訳者註]現実検討 reality testing
主観的な観念やイメージ・認識が客観的な現実と一致しているかどうかを検討する機能。この機能が損なわれると、夢と現実、観念や空想と幻覚・妄想との区別が不可能になる。

[訳者註]リロケーション relocation
離婚後の子供の転居のこと。離婚後共同親権制度の国では、子どもの転居、特に国境をまたぐ転居については、父母どちらか一方だけでは決められず、仮に離婚裁判で身上監護権を獲得したとしても、一時的にせよ、子どもを連れて転居する場合には他方の親の承認か、もしくは裁判所の許可が必要となる。

[訳者註]アミークス・キュリアエ amicus curiae
アメリカにおいて,ある法律問題について、訴訟の当事者ではない法廷の助言者。通常、公益問題に広く関わる訴訟について、結果に影響を及ぼそうとしている人。アミークス・キュリアエ(法廷助言者)は裁判所にアミークス・スブリーフ(amicus brief)を提出する。

[訳者註]全国児童虐待防止協会 NSPCC,National Society for the Prevention of Cruelty to Children
イギリスにおける児童虐待の終結を活動目的とする慈善団体で1884年に設立された。

[訳者註]家族司法評議会 Family Justice Council
2004年に設立された家族司法評議会は、イングランドとウェールズの司法府が後援する、諮問を行う、部門を持たない非法定公的機関。学際的な観点から、家族司法制度の運営と改革に関する独立した専門家の助言を家族司法委員会と政府に提供する。

[訳者註]実務指示 practice direction
イギリス法における、裁判所における民事および刑事訴訟規則の補足議定書。イギリスの民事訴訟を規律するのは、民事訴訟規則(Civil Procedure Rules, CPR)及び実務指示(Practice Direction, PD)であり、民事訴訟規則を改正するには議会の承認が必要となる。

[訳者註]行動における法(生ける法)law in action
しかし,国家の実定法と人々の現実の行動とのギャップをきわだたせる概念としての重要性は失われていず,生ける法は,ある場合には実定法の源泉または実効性を支えるメカニズムとして,またある場合には実定法に対する批判の根拠またはその実効性を妨げる要素として,探求の対象となる。また,最近では本来の意味より広く,〈紙の上の法law in books〉に対する〈行動における法law in action〉(裁判官による判決や警察官による法強制など,実定法がその公式の運営機関によって運営される実際の姿を指す)と同じ意味で用いられることもある。

株式会社平凡社世界大百科事典 第2版

(了)


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