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「映画を早送りで観る人たち」(稲田豊史 著)を読む 2

 先日、紹介した「映画を早送りで観る人たち」の著者のあ「あとがき」を掲載する。これで、筆者の意図が理解できると思う。

「おわりに」

 本書は、2021年3月29日にビジネスサイト「現代ビジネス」に筆者が執筆した「『映画を早送りで観る人たち』の出現が示す、恐ろしい未来」、および同年6月、12月に続編として執筆した計9本の記事を元にしている。
 ただし書籍化にあたつては論旨の補強と事例の採集のため、多くの追加取材を敢行。全面的な加筆・改稿を施し、その上で第1章と第5章をまるまる書き下ろした。結果、ポリュームは元原稿の4倍近くとなつている。
 倍速視聴や10秒飛ばしが意外に多くの人の習慣となっている事実に気づいたのは、2020年半ば頃だo新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中、自宅で楽しめる数少ない娯楽である定額制動画配信サービスの需要が急拡大。筆者友人周りのFaCeb00k投稿でさまざまな配信ドラマの話題が盛り上がる中、「早送りやスキップを駆使して観ている」人が視界に入り始めたのだ。
 このことは、かねて自分の中で問題意識を持つていた、「映像作品が”コンテンツ”と呼ばれる違和感」と結びつき、数ヶ月かけて樽の中の味噌のように自然醸成された結果、1本目の記事の形で結実した。
 記事の反響は非常に大きなものだった。
 映像業界関係者、さまざまなジヤンルのクリェィター、生真面日な映画ファンは、「よくぞ言ってくれた」と溜飲を下げた。その一方、興味深い異論や刺激的な反論、あるいは感情的な罵詈雑言も山のように届いた。個人ブログで記事が引用されたり、ぶら下がり的なアンサー記事が何本か書かれたりもした。
 記事は地上波TV番組で2度取り上げられ、本文で記したように筆者は「ABEMAPrime」に出演。週刊誌から取材を受け、ラジオ番組にも出演してコメントした。ワイドショーが倍速視聴を特集したり、ラジオのパーソナリティがトークで話題にしたり、という話も頻繁に耳にした。
 百家争鳴。多くの人たちが長らく抱いていたモヤモヤを、記事が論点化・言語化したことで、皆が一斉に語りだしたのだ。ある作り手にはこう言われた。「地雷を踏み抜いちゃったね」。パンドラの箱を開けた気分だった。
「中年世代の若者批判だ」と椰楡する声も一部で見受けられた。しかし本書を読み通された方ならおわかりのように、その謂は正確ではない。
 まず、倍速視聴は若者に多い習慣ではあるが、若者だけの習慣ではない。
 さらに、倍速視聴は筆者が同意しかねる習慣ではあるものの、そこにネガティブキャンペーンを張りたかったわけではない。現象を俎上に載せ、論点を可視化することで、議論のゴングを鳴らしたかった。

 倍速視聴について調査をすればするほど、考察を深めれば深めるほど、この習慣そのものはたまたま地表に表出した現象のひとつにすぎず、地中にはとんでもなく広い範囲で「根」が張られていると確信した。その根は国境を越えて延び、異国の地ではまったく別の花や果実として地表に顔を出している。すなわち、 一見してまったく別種の現象に思える現象同士(倍速視聴―説明過多作品の増加ー日本経済の停滞―インターネツトの発達、等)が、実は同じ根で繋がっている。そのような根を無節操に蔓延らせた土壌とは、 一体どのようなものなのか。
 それが本書で明らかにしたかったことだ。
 9本のウェブ記事をベースに書籍として構成するにあたり、倍速視聴が現代社会の「何」を表していて、創作行為のどんな本質を浮き彫りにするのかを、突き詰めて考えることにした。その意味で本書は、「消費」と「鑑賞」の視点を行き来しながら綴るメディア論であり、コミュニケーション論であり、世代論であり、創作論であり、文化論である。

 本書は、多くの方々のお力添えによつて完成した。
編集者の辻枝里氏。筆者が唐突にメッセンジヤーで送ったアイデアに興味を示し、「現代ビジネス」への記事掲載を即決。1本目がバズつたあと、筆者の「あと6本書きたい」という無理を聞き入れてくれたばかりか、青山学院大学での講義後にはさらに2本の記事執筆を勧めてくれた。本企画の大恩人である。
 博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所の森永真弓氏。倍速祝聴習慣と若者の価値観との実証的接続は、彼女への取材とメッセンジャーを介した膨大なデイスカッションなくしてはありえなかった。そこから得たヒントや着想は、本文の微細にわたり深く埋め込まれている。

 脚本家・佐藤大氏。ジャンル間を自在に横断する博覧強記ぶりと鋭い分析眼は、「オープンワールド化する脚本」というパワーワードに結実した。筆者は大さん(といつも呼んでいる)と、「団地団」とぃぅトークュニットで10年以上ご一緒させてもらっている。倍速視聴に関わる作品論、脚本論、創作論は団地団でも頻繁に話されるテーマ。すなわち本書のアプローチは一団地団で今までずつと話し続けてきたこと」でもある。
 脚本家・小林雄次氏には、「早送りされる側」の赤裸々な心情を語ってぃただいた。彼が集めてくれた日本大学芸術学部の学生やオンラインサロンメンバーの声には、作り手と観客のちょうど中間に位置する脚本家の卵が多く合まれており、唯一無二の貴重なサンプルとなっている。
 ジェンコ・真木太郎氏。長年にわたりアニメ業界の一線で活躍してこられた経験と確かな実績。それに裏打ちされた発言の説得力は、他の誰よりも大きかった。なお、本言でヒアリングした最年少の方と真木氏との間には、実に半世紀分もの年齢差がある。
 ゆめめ氏。Z世代の当事者にして、冷静な分析者。自身の視聴スタィルとその根拠・動機を的確に吾語化してくれた。プロのリサーチャーらしい確かな客観目線と、若者文化に対する深い理解と知見。彼女がいなければ、倍速視聴者の行動原理をここまで掘り下げて考察することはできなかっただろう。
 青山学院大学・久保田進彦教授には、倍速視聴とリキッド消費の共通性を指摘していただいた。倍速視聴をマーケテイング理論の観点から理解・検証するにあたり、リキッド消費を噛み砕いて解説する氏の論文は、第5章前半の骨子になっている。同大学で倍速視聴実態調査を行うことができたのも、氏の尽力のおかげだ。
 筆者が年一でゲスト講師を務める産業能率大学・柴田匡啓教授と小田実教授には、学生のグループインタビューを募集・セッテイングしていただぃた。夏休み中にもかかわらず大学の教室を開放、大学への許可取りや学生への連絡などを一手に引き受けてくださった。
 倍速視聴体験を聞かせてくれたたくさんの方々にも、多大なる感謝を。長時間にわたるしつこい質問攻めは煩わしかったかもしれないが、筆者としてはどのグループインタビューもデプスインタビューも、大いに楽しませてもらつた。
 書籍化を決めていただぃた光文社新書編集部・副編集長の田頭晃氏にも、この場を借りて感謝を伝えたい。辛辣で的確な指摘と緻密なアドバイスのおかげで、本書は完成に至った。
 実は、原稿の引き上げを党悟するほど執筆に悩んだ時期もあったが、それを留まらせたのは、ひとえに氏の熱意に尽きる。
 なお本書には、発言引用の形はとっていないものの、取材者との対話や周囲の友人たちとの雑談をヒントに得た着想、気づき、キーワードを地の文に採用している箇所も多々あることを、ここに付記しておく。

 本書執筆中、取材相手や打ち今わせ相手にたびたび、「インターネツトは人類をぜんぜん幸福にしませんでしたね……」などと、幼稚で短絡的にいじける自分がいた。倍速視聴の背景にある定額制動画配信サービスの作品供給過多も、LINEの共感強制力も、他人の芝生が青く見えてしまうSNSの仕様も、ネット警察の存在も、あらゆる″答え〃が最短。最速・実質無料で手に入ってしまう環境も、全部インターネットが提供したものではないか、と。
 つまるところ倍速視聴は、時代の必然とでも呼ぶべきものだった。人々の欲求がインターネツトをはじめとした技術を進化させ、技術進化が人々の生活様式を変化させる。その途上で生まれた倍速視聴・10秒飛ばしという習慣は、「なるべく少ない原資で利潤を最大化する」ことが推奨される資本主義経済下において、ほぼ絶対正義たりうる条件を満たしていたからだ。
 本書序章の最後で筆者は、「同意はできないかもしれないが、納得はしたい。理解はした」と記した。たしかに、多くの人が倍速視聴せぎるをえない背景には納得した。倍速視聴どのようにして必然を獲得したかも理解した。ただ、それでもやはり思うのだ。

 映画を早送りで観るなんて、 一体どういうことなのだろう?

                   2022年2月    稲田豊史

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