「山奥ニート」2 山奥ニートってどんな人?

石井あらた著「『山奥ニート』やってます」には、実際にそこに住んでいるピエールさんという人の生活の様子が紹介されている。今回は、そのようすを紹介したい。

「あの子、明るくなったんちゃう? 最初のころはカラオケなんてよう歌わんかっだのに、この前の祭りでは自分から歌っとったな」この前、集落の人に会ったとき、山奥ニードのひとりについてそう言われた。
 まあ、変わるだろうな、と思う。
 僕だって気づいてないけど、実家にいたときから変わったと思う。
 人が変わる方法は3種類しかない、と聞いたことがある。
 「時間配分を変える≒住む場所を変える≒付き合う人を変える」。
 山奥に来たら、その全部が変わる。
 それまでニートだった人は人と話したり家事をしたりする時間ができるし、会社員ならありあまる時間をどう使うか考えることになる。
 山財の澄んだ才気を胸いっぱいに吸い込みながら散歩するのは、街なかで歩くのとはまったく違う気分になるだろう。
 そして、ここでは家族とも友達ともビジネス・パートナーとも違う人と付き合うことになる。
 そうなれば、当然性格も変わる。
 変わるというより順応すると言ったほうが正確かもしれない。
 これは山奥の魔法で、一時的なものだ。
 僕だってここを離れて実家に戻った途端に、ひきこもりだったころの卑屈な性格に戻ってしまう。
 誰にだって心に抱えたものがある。
 楽しそうに笑ってる人だって、死にたい夜がある。
 あえて言わないようにしていることがある。
 普段、僕たちはお互いの過去の話をしない。
 なんとなくタブーのようになっている。
 そもそも僕らは他人に興味が薄くて、長く共同生活している人でもここに来る以前に何をしていたか知らないことが多い。それどころか、本名だってフルネームで言えるのは数人しかいない。
 ここには年間100人以上が見学に来るけど、ここが合う人は顔を見た瞬間すぐわかる。上手く言えないけど、なんとなくゆるやかな空気が流れている。
 だけど、ここに住む山奥ニートが一致団結しているわけではない。
 それぞれが微妙に異なる価値観を持っていて、別のことを考えている。
 ここにいる山奥ニートたちは一体どんな思いでここに来たんだろうか、そしてこんな山奥に来てこれからどうしていくんだろうか。
 5人の山奥ニートに話を聞いてみた。(ピエールさんは、そのうちの一人である)

[ピエール    男25歳 三重県出身 山奥ニート歴2年]

ピエールはもちろんあだ名で、彼は生粋の日本人だ。
ここに来た人は、自分で呼ばれたい山奥ネームを決める。
 小説家志望の彼は、最初いつも使うペンネームをあだ名にしていた。その名前はどことなく暗く、そのせいもあってか彼は近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 ある日、あだ名は勝手に変えられて、彼はピエールになった。
 なんとなく、それ以降の彼は明るくなった気がする。
 今ではこの山奥で一番のおしゃべりだ。

 なんで山奥に来たの?

 私、小説家になりたいんです。だから、小説を書くための時間が欲しかった。
 実家にいると、家業を手伝わなきゃいけなくて、なかなか小説を書く時間がとれないんですよ。それと、生活費の安いところで過ごして、なるべく貯金を長持ちさせたかったというのもあります。貯金がなくなる前に、小説家としてデビューするためにここに来ました。田舎暮らしとかは全然興味がなくて、本当にただそれだけ。

ここは、どういう人が集まっていると思う?

私はここ、亜人種の村だなって思うんです。人間種に追いやられたエルフとかドワーフとか獣人とかが、山の中に逃げ込んで隠れて住んでいる。
 それまで人間種のふりをして人間の社会にいたんだけど、それが嫌になって来た人ばかりなんじゃないですか。よく「働くのが嫌」つて聞くけど、本当に労働自体が嫌なのか、それとも人間と触れ合うのに嫌気が差したのか、どっちなんで
しょうね。ただ働くだけなら大丈夫なのに、気持ち悪い人間関係が一緒についてくるから嫌っていう人が多いんじゃないかと思います。
 山奥ニートの人たちって、停電になったらみんな協力して行動しますし、水が使えなくなったらみんなで直しに行ったりするし、意外と怠け者じゃないですよね。そう考えたら、働きたくない人が集まっているんじゃなくて、人間種が嫌になった亜人種が集まっているだけなんじゃないかな。
 一口に亜人種と言っでも一種類だけじゃない。その中にエルフやドワーフ、獣人など細分化された種族がいます。それぞれ風習が違うし、信仰する神も違う。亜人種の中には、人間種がADHDとかアスペルガーとか勝手に名前をつけてる種族もいるかもしれない。
 多くの亜人種たちは人間種を装って生きています。それはめちゃくちゃ大変だし、そのせいで病に侵されてしまうことも珍しくない。逃げるにしても、ほとんどの領域が人間種に制圧されていますから、どこに行けばいいかわからないわけです。そうなるともう部屋にひきこもるしかない。
 でも、そうではない別の選択肢として、集団で山に住んで、世俗の愚かな人間種だちと距離を置くっていう選択をしたのが山奥ニートなのかなって思います。
 亜人種たちには亜人種たちのルールがあって、この山奥はそのルールで動いているから上手く回っているんじゃないでしょうか。人間種のように明文化されてないから、わからない人にはわからないかもしれません。
 ここに来て、「今まで辛かったのは自分が人間種じゃないからだって思ったら、なんかしっくりきたんです。小説とか映画とかで、人間じゃないものが人間になりたいって話があるじゃないですか。でも私は高潔な亜人でありたい。人間にされるくらいなら死ぬ! つて感じです。

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