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四十路腐男子、タイBLを学ぶ(冒頭部抜粋)

いつかは取り組もうと思っていた巨大なる宿題「タイBL」


ヘイデン 
そもそも、今回、どうしてタイBL本をつくろうと思ったんですか?
益岡 
日本のBLドラマはかなり観ているから、その感想本ならすぐにでもつくれるとは思うんだよね。でも、この「大崎コミックシェルター」向けの新刊については、チャレンジングな本にしたいという思いがあって(笑)
昨年の初参戦では、ドラマ「君の花になる」全話の梗概と感想をまとめた本を書いたんですね。有償頒布するものとしては初の単著として発表してとにかく大変だったけど楽しかった。コピー本だから、表紙を8LOOMのメンバーカラーにあわせて七種類つくったりとか、行こうとしていたコミケに行けなくなるくらい頑張ってつくったわけです。今年も年の最後になんかそういうチャレンジングなことをしたいなと思ったときに、ヘイデンさんに長らくおすすめいただいていたタイBLを観てみようかな、と思いました。いつか、取り組まなければならない課題だという認識はありましたので。
ヘイデン 
そうなんだ(笑)
益岡 
そうしたら、ちょうどこのシンポジウム(「BLの国際的な広がりと各国のLGBTQ」明治大学・中野キャンパスにて二〇二三年十一月二十五日開催)があって、ヘイデンさんと一緒に参加したわけですけど、そのときに「座談会やろうよ」と誘っていただいたので、「じゃあ、二人雑誌にしよう」と(笑)……シンポジウム、面白かったね。わかりやすかった。
ヘイデン 
私がタイBLにはまったのは、このシンポジウムの中でも話がでていたけど、コロナ禍入ってすぐのときにタイBLをおすすめするバズツイートがまわってきて、それで「2gether」を見始めたのがきっかけです。
実はそれより前、YouTubeで「Love Sick」(二〇一四年)を配信していたときに、友達から軽く勧められてはいて……ただ、その時は、あまりピンとこなかった。そのあと、わたしたち二人がでている読書会で『プラータナー―憑依のポートレート―』(ウティット・ヘーマムーン 福冨渉=訳 河出書房新社二〇一九年)を読んだじゃないですか? それで、「タイってすげえ」ってなっていたところに、例のツイートがまわってきたから、それであらためてタイBLを見てみようという気持ちになった。コロナで時間があったから「2gether」を2回観て……
益岡 
「2gether」が刺さったんだ。
ヘイデン 
刺さったというか、そのときはそれしか知らなかったというか、情報がなかったから。でも、それからすごい勢いでほかの作品も見ていって……そのときに見れるものは全部見たと思います。
私が思春期に一番ハマってたBLはヴィジュアル系バンドの二次創作で、全然、三次元ジャンルには抵抗がなかったし……タイの俳優さんはみんなかわいいし……そこからはじまっていきました。今年に入って仕事が忙しくなっちゃったんで、残念ながらもう全部は追えていないです。それでなくても、シンポジウムでもあったように、今期十六作品くらいが同時に放映や配信されていて、タイBLは量産されるようになっているから……。アクセスビリティの問題もあるとは思いますが。
益岡 
日本もね、最近はだいぶ増えてきてるけど……
ヘイデン 
日本のBLドラマはまだ全部追える作品数ですよ。二次創作としては……コミケなんかのイベントのジャンルとしては、タイBLはそんなに盛り上がっていないようにも思うけど……ピクシブなんかではよく見るような気がします。私もコロナで暇なときは、「Tharn Type」の二次を書いてました。
益岡 
そうなんだ!
ヘイデン 
私のBLの始まりは、中二の時に、お姉さんがいる同級生から、『絶愛―1989―』と『BRONZE zetsuai since 1989』(尾崎南・集英社)を借りたとこから始まってます。主人公はバンドマンだし、そこが原点。中学生の時は少女漫画やコバルトとかの小説も読んでて、BLばかりをたしなんでた記憶はないのだけど、音楽はずっと好きで中一からバンドやってたし、その後、九〇年代後半からV系も四天王の時代だし、二次創作も盛隆で、二〇〇一年か二〇〇二年くらいはコミケにV系コスプレで参加して、V系の二次創作を大量に購入してました。V系はライブで、今でいうカップル営業みたいなことをしてるバンドがいて。うちはピーヒョロロロの時代からインターネットがあったからホームページビルダーでV系二次創作のHP作って小説をアップしたり。でもやっぱりナマモノは肩身が狭かったという印象。V系コスプレの友達と女性同士でBLの再現はめっちゃやってた。でなんでBLが好きかというと、私のコスプレをしたい欲求というかミソジニーにも繋がると思うんだけど、女性としての生きづらさから脱するための装置ではあったと思います。女としての生きづらさを克服するために女として戦うんではなくて「男だったらよかったのに」という欲望をコスプレで再現してるみたいな。これは大人になっての後付けな感覚なんだけど、男女の挿入を伴うセックスって、女性身体に男性身体が侵入してくるわけで、自分の体に他人が入ってくるって、恐怖だと思うんですよね。相手が優しければいいとかそういう問題ではなく。そこを考えるとBLは肉体的には一応、対等なわけで、じゃあ攻め受けどうすんの、みたいな問題はあるけど、構造としては二人とも攻め受けできるわけで。そういう対等な関係性への憧れみたいなところからBLに入ってったって感じです。九〇年代後半から00年代前半がV系二次とそこそこ商業もBL読んでたから、ハッピーエンドとどエロのBLを大量に摂取してましたね。
益岡さんはどうですか?
益岡 
たぶん、厳密には「幽☆遊☆白書」の二次創作やおいアンソロジー──当時はまだBLという言葉は定着していなかったので、「やおい」だったと思うんだけど──なんじゃないかと思う。蔵馬×飛影が多かったのかな(笑)
一次創作でいえば、当時、新書館の「小説ウイングス」という雑誌を買っていたんですよね。小説を書き始めた頃で、投稿先を探していて、ライトノベル系の雑誌を色々眺めている内に出会った。その中に連載されていた、えみこ山さんの漫画作品「第7天国」シリーズが「BL」を意識して読んだ最初じゃないかと思う。このシリーズは山奥にある全寮制の高校が舞台で、男同士が恋愛するのが当たり前という世界観。よしながふみさんも対談集で触れていたかと思うんですが、新しい美少年が入ってくると、先輩たちが「あの子、美人やな」と嫌味でも、「禁断」的な雰囲気もなく、カジュアルに噂し合うことのできる世界観。衝撃を受けたというよりは、ごくごく普通に「こういう世界があるんだ」と沁みこんできた感じ。
えみこ山さんは「えみくり」というユニットで活動していて、えみこ山さんは漫画、くりこ姫さんは小説で活躍されていた。
くりこ姫さんの連載小説「COTTON」も「異色BL」という趣きで、元ネタは八犬伝だと思うんだけど、「伏」という名前の図書館司書をしている美しい男性が居て、このひととともに七人の年代もタイプも異なる美男子たちが生活している。そこに、伏に一目ぼれしたわがままおぼっちゃまが乗り込んでいくという図式で展開する物語。この話も、なんだかんだいって、男同士の恋愛、性愛というものが否定されない前提で進んでいく物語だったと思います。
ヘイデン 
それは何歳くらいの時?
益岡 
高校生くらいかな?
ヘイデン 
大体同じ年くらいに出会っているんですね、BLに。
あ、この対談で触れておきたいと思っていたことがあって、今日、十二月九日は関東でタイBL関連のイベントが二つ開催されていて、「Only Friends」というドラマの出演者と、「To Sir With Love」「Laws Of Attraction」というドラマで共演した「Jam Film」の二人のファンミーティングが同時開催されています。私は音楽性の違いでファンミーティングというものは行かないんですけど……
益岡 
行かないんだ(笑)ファンミーティングということは、俳優さんたちご本人が来るということだよね?
ヘイデン 
本人たちが来て、ドラマの主題歌を歌ったり、トークやファンとクイズとか、簡単なゲームをしたりするみたい。
益岡 
ドラマの主題歌って役者さんが歌っていることが多いの?
ヘイデン 
歌っている場合もある、くらいですかね。タイBLを手掛けるGMMという会社は元々レコード会社だけど。
益岡 
ああ、そうなんだね。そう言われてみると、日本のBLドラマも役者専業というよりは、ボーイズグループとしてアーティスト活動をしている子が多く出ている印象があるね。「みなと商事コインランドリー」の草川拓弥くんは「超特急」のメンバーだし、今、日本初のBLドラマ枠「ドラマシャワー」で放送している「佐原先生と土岐くん」に主演中の八村倫太郎くんも「WAT WING」というグループのメンバーですよね。タイの潮流とちょっと響きあうところがあるのかもしれない。
ヘイデン 
「Only Friends」は、今日、新宿のユニカビジョンにファンが広告を出しています。せっかく今、新宿に居るので、後で観に行きましょう。
益岡 
是非是非。じゃあ、今日は貴重な日なんですね。タイBLにとって。
ヘイデン 
私が何故、ファンミーティングに行かないかって言うと、私はメタラーなんで、音楽性の違いというのもあるけど、俳優にハマるってことがないからなんですよ。
このシンポジウムでは推し活の話も結構出ていたと思うんですね。推しのカップルをリアルなカップルとして消費する、させることの戦略と危険性という話が出ていましたよね。
益岡 
物語の中の登場人物としてのカップルと、それを演じる俳優同志をカップルと、それぞれで展開するというか……物語の中だけのものとして消費するひともいれば、役を離れたところでもカップルとして捉えて消費する人もいる……この組み合わせで共演してくれないと反発するようなファンもいるというようなお話ですよね。
ヘイデン 
私はそういう物語の外のカップル営業に萌えないことはないけれど、その関係性を強要したいというような思いは全くない。あくまで、ビジネスとして、営業としてのものならいいんじゃないかと割り切っています。それは、私が「俳優」としての彼らを推すというスタンスではないから、そういう方向性での興味がないからだと思います。物語としてのBLドラマに興味があるので。
益岡 
「おっさんずラブ」で言えば、主人公の「はるたん」が好きというのと、その役を演じている田中圭が好きというのは違う、と。はるたんを好きになったから田中圭の出演作をぜんぶ追いかけるとか、そういうことはしないということだよね。
ヘイデン 
私たちは読書会で出会ったわけだけど、読書会に参加する人は小説を読んで、それに共感したり、ときには批判したりという、そこで描かれる物語を楽しんでいるという指向の人が多いと思うんですよね。だからあまり「俳優萌え」はしないんじゃないかと思うんだけど……でも、益岡さんは、あれにハマってるじゃない?
益岡 
「君の花になる」ね。このドラマから誕生した作中ボーイズグループの「8LOOM」は、僕にとって「推し」と呼んでいい存在だと思います。
ヘイデン 
でも、それも、物語の登場人物として好きという部分が強いんでしょ?
益岡 
そうだね。僕はこのグループの中では小野寺宝くんというキャラクターを推しているんだけど、じゃあ、宝くんを演じている山下幸輝くんを推しているかというと、そこまでではない。もちろん、山下くんの出演作は気にはしているけれど、全部観ないと気が済まないというほどではない……ただ、写真集は買っちゃったけど(笑)
ただ、それも、どこかで「きみはな」の情報を求めて買っているところはあるから……でもね、やっぱり大好きになったドラマだから、俳優さんたちのその後は追いかけてはいますよ。山下くんもいいけど、俳優としては、実は、主演格の高橋文哉くんが一番面白いと思っている。それでも、「全部観る」というところまではいかないかな……
ヘイデン 
同じようなタイBL好きの人から「誰推しなの?」って聞かれることがあるんだけど、「推し?」ってなっちゃう。
益岡 
日本よりタイは「BL俳優」というコンセプトが定着しているというか、そういう楽しみ方がセットされている印象は受けるね。日本はそこまでじゃないよね。「BL作品によく出る俳優」というのはいるかもしれないし、そういう俳優さんたちを念頭に置いた「BL俳優帝国」を脳内でつくって楽しんでいる人たちはいると思うけど(笑)
ヘイデン 
BLドラマの歴史を背負っているような俳優も出てきているからね。
益岡 
「ちぇりまほ」(「三十歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」)の赤楚衛二くんと町田啓太くんがカップル的な売り方をされるのかな、と思ったこともあるんだけど……「ちぇりまほ」のすぐ後にフジテレビの「SUPER RICH」で共演したりしているから……そういうわけでもなかったね。
今回のシンポジウムの中でもタイBLのプロデューサー的な方が「プライベートでもカップルという設定で生きて行ってもらわなければ困る」といったような発言をしている事例が紹介されていたけれど、そういう売り出し方というか……ショッピングモールのようなところで本人に出会える無料イベントが展開されているところとか、より身近に「公式カップリング」を味わわせるコンセプトになっている。そういうパッケージングは日本にはないものだな、と思いました。
ヘイデン 
私はK―POPの「ケミ」とか、ジャニーズの「シンメ」とか全然わかんないけど……「Theory of Love」でカップルが定着した「Off Gun」は「NOT ME」を経て今、「Cooking Crush」というのをやっていて……スリリングな描写が多かった「NOT ME」とは打って変わったほのぼのBLでとてもいい。
益岡 
僕はその中では「NOT ME」しか観ていないけれど、あのカップリングが既に定着しているということを踏まえると納得出来る描写がたくさんある。
日本のテレビドラマ史の中で同じような存在を探すとしたら、僕はKinKi Kidsだと思いますね。
ヘイデン 
おぉ!KinKi Kids!
益岡 
KinKi Kidsがまだ若い頃には二人揃って主演をするドラマというのが何本かつくられていて、このコンビはまさに「公式」だったわけです。BL的なものとしても、「人間・失格~たとえばぼくが死んだら」(一九九四年TBS)のような名作がつくられている。こういう例は実は日本ではあまりない。日本のドラマは「脚本家のもの」と言われるほど「脚本」の地位が高いので、その脚本家お抱えの俳優たちが毎回出演して「ファミリー」がつくられていくという構図はあるのだけれど、「カップル」がお定まりとして起用されるという例は珍しいし、それがアイドル的な売られ方をするという例は皆無といっていい。
シンポジウムの中では、アット・バナッグさんの発表の中で、タイBL史におけるJ―POP、J―ROCKの影響が指摘されていたけれど、その中で紹介されたタッキー&翼は、ともに人気タレントとなった段階で組まれたこともあって、KinKi Kidsのような展開はなかった。ただ、九十年代に大ヒットを飛ばしたKinKi KidsドラマとタイBLに親和性があるという点は、個人的には大変興味深い発見でした。
ヘイデン 
なるほど。私はJ―ROCKでラルク(L'Arc-en-Ciel)とディル(DIR EN GREY)が紹介されてV系バンギャ的にはおっ!となりました。
でも、KinKi Kidsはだいぶ年代が離れている。私たちはタッキー&翼と同じくらいの世代だから、私たちより上でしょ?
益岡 
そうだね。直接の関係は特にないんだろうけどね、世代的には。
ヘイデン 
タイでBLドラマが物凄く流行っていると思われがちだけれど、やっぱり、タイのメディアも年代によってはテレビが主流なので、全国的なムーブメントかというと必ずしもそうではないという実際がある。現地の料理店の人にタイBL俳優のことを聞いても反応が薄いというような、意外に知名度はないという話も聞いたことがあって、それは、タイBLを支えているファン層が、十代二十代が中心で、スマホでドラマを楽しんでいるという部分があるからなんじゃないかと思う。
益岡 
世代的な分断はあるということだよね。
ヘイデン 
KinKi Kidsの「人間・失格」は午後十時くらいから放映していたドラマですよね?
益岡 
そうですね。ゴールデン帯のドラマといっていいと思います。
ヘイデン 
だよね。そうするとやっぱりその時代のドラマは、民放で誰でも観れて社会的に話題になるというような展開でしょ。現在の、BL愛好者たちがスマホで見てネットでバズるというようなことが出来ない時代のドラマだから……時代が時代なら、同じような展開もあったと思うけど、状況が違い過ぎて比較が難しいようにも思う。
益岡 
まあ、時代的には、BLというよりは、ゲイドラマ……ともちょっと違うのかな。所謂「JUNE」的な禁断感を持ったドラマとして消費されていたような気もしますね。
ちょっと現代の話に戻って(笑)タイと日本のBLドラマの違いを感じた部分を話すと……僕は最初に「2gether」を観たんですけど、これはよくも悪くも日本のBLとそんなに変わらないものだな、という印象を受けました。
日本のBLは、これからどんどん変わっていくと思いますけど、やはり「おっさんずラブ」の影響下にあるようにも思っていて……同性愛の描き方や、性的な描写の「範囲」を緩やかに規定したようなところがあるような気がするんですね。「おっさんずラブ」の成功が。「この程度ならお茶の間でOK」というような、そういう空気感の中で、比較的早い時間帯に放送されるドラマはつくられているような印象を受ける。「2gether」には、僕は、そうした作品群に近いテイストを感じました。ストーリーラインとしても、ゲイではなかった主人公が男性との愛に目覚めていくというような展開ですよね。そういう点でも近いものを感じる。
一方で、日本の深夜帯につくられているようなBLドラマとは、またちょっとちがった感触だなあとも感じたんですよね。正直、視聴者をかなり「待たせる」つくりだな、と。日本のBLドラマは今、三十分枠で六~八話という、かなり短い作品として成立している。その中には、予め「男同士のカップル」であることが規定されているというか、前提となっているような作品が多い。それは尺の問題もあって、視聴者を待たせないスピーディーなつくりになっていると思うんですよね。
「2gether」は主人公のカップルがBLの主人公として成立するまでに僕の中では結構時間がかかった。二人が出会って親密になるまでに何話も使っている。今、日本のドラマはここまで、視聴者を待たせないと思う。
この二人は元々カップル認定されている二人だったんですかね?
ヘイデン 
そういうわけではないね。このドラマが初めての共演です。
益岡 
だとすると、これが物語として、タイBLのスタンダードだという意識があるのかな?
ヘイデン 
いや、そういうこともないと思います。この作品が日本で受けたのは、やっぱり日本で受け入れられやすいタイプの作品だったからで、これがタイのスタンダードだということはないと思います。
益岡 
それなら余計に、この尺の使い方は、日本のテレビドラマを観慣れている僕にとっては意外というか、面白い傾向だと感じますね。正直、ちょっと「待たされすぎた」という印象を持っている。このカップルが「告白」して恋人としての距離を近づけようとするのが九話だからね。十話で正式に恋人になる。僕は前情報なしで観たので、最初の内は誰と誰がカップルになってもいいような展開の話だな、と思った。後から、序盤では「追われる側」に見えたサラワットが、実はずっとタインを愛していたというのがわかって、今度はその視点から語りなおされる。そこで、このカップルが結ばれることの納得感は醸成されるんだけど、そこまでの展開が、僕にはかなり長かったという印象を受ける。もちろんそこから逆算して再検討していくと前半の様々な描写が味わい深く見えて来るので、そこがこの作品の「沼」というか、奥深さには繋がっているのかもしれないとは思うけれど……
ヘイデン 
確かにくっつくまでが長い、というのは当時のSNSでも話題になっていたと思います。タイと日本のその違いは、ターゲット層の違いじゃないですかね? タイでBLドラマを観ている層は中高~二十代を想定しているような感じがあります。最近こそ社会人BLも多くなりましたが、数年前までは学生ものが多かった。そういう若い人たちが、憧れるような大学生活を描いて、咀嚼してもらうには、このくらいの長さが必要なのかもしれない。日本でBLドラマを観ている中心の層は三十代、四十代ではないかと思うんですが。
益岡 
そうか。それなりに忙しい世代の人たちだからね……そういう生活スタイルにあわせてプログラムされているのは確かかも。ちょっと、急ぎ過ぎているのかもしれないね、この国のドラマは……(笑)
ヘイデン 
そんな中でも、このドラマが日本で爆発的にヒットしたのは、やっぱり「コロナ禍」という状況があると思います。ステイホームで視聴者の側に時間があったからこそ、ふたりの関係性が確定していく過程がじっくり描かれているこのドラマが受け入れられたという事情はあるのかもしれない。
益岡 
なるほどね……ドラマのつくりとして僕が衝撃的を受けたのは、「つかみ」がないこと。この作品も「SOTUS」もそうなんだけど、第一話から、まず、オープニングテーマが流れて始まるんだよね。日本のドラマでこのつくりは、今、ちょっとない。まずは「つかみ」になるような印象的なシーンから入って、ある程度なじんできたところでオープニング主題歌が流れる。なんなら第一話はオープニングをカットする作品もあります。そういう点でいうと、そういう「つかみ」のセクションなく第一話が始まっていくことが新鮮でもあったし、戸惑いもあった。その作品世界がどんなものかわかっていない人たちに、「あたりまえのもの」として話しかけていくような、こういうドラマは今、日本にはない。これは文化の違いなのかな……と思ったけれど、「NOT ME」の導入は日本のドラマに近くて、当たり前だけど「作品ごとに色々あるんだな」と。もちろん、先の二作に比べて「NOT ME」は最近の作品といえるわけだから、時代的な潮流である可能性もあると思うけど。
あと、このスピード感が生じている要因は、タイのBLドラマが小説原作が主流という点にもあるような気がする。小説には「二人の出会い」だけで一巻を使うようなシリーズもたくさんあるから、そのスピード感にあわせているのかもしれないね。
ヘイデン 
なるほど。日本のBLドラマは漫画原作が多いですしね。日本のBLドラマで小説原作っていうとなんですかね?
益岡 
ドラマシャワー枠では、榎田尤利さんの「永遠の昨日」ですね。ただ、これはファンタスティックな設定を示すために紙幅をとっている作品のように思われるのでちょっと話の流れからはそれるかも知れない……僕の印象では、タイBL──「2gether」や「SOTUS」は、「BLになるまでの工程」がドラマとして描かれている作品のように思えるんですよね。そして、その工程は今、日本のBLドラマでは描かれなくなっているもののように思う。
ヘイデン 
BLになるまでの工程というのはどういうことですか?

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