給食委員のK君

「給食委員」
思えば今までの人生の中で役職名で呼ばれるなんて体験は中3の頃そう呼ばれて以来めっきり無くなった。というのも自分が役職名で呼びかけられても自分のことか!とすぐに気が付けるような大層な役職に就いたことが全くない。
そういったこともあり「人生の中で一番役職名で呼ばれていた時期」である中3の給食委員としての記憶は高3になった今でも鮮明に思い出せる。特にその日々の中で起こったとある出来事はもの凄く微細なディテールまで完璧に思い出せるほど衝撃的な経験だった。

あれは中3の二学期後半、各々志望校が定まってくる時期というのもありクラスの雰囲気は今まで感じたことの無かったような漠然とした焦燥感や緊張感に近いものを孕んでいた。しかしどういった時期であれ学校にいる以上平等に訪れる時間、それが給食である。

小、中学校の給食はまず最初に「合掌__。感謝の気持ちを込めていただきます」と言ってから食べ始めるルールだったのはきっとどの学校も共通のはず。自分の学校ではこの挨拶は給食委員が当番制で担当することになっていた。その日の当番は僕と同じ給食委員のK君。彼は所謂「不良」であった。これは感覚麻痺かもしれないが別に在校生徒数の多い中学校だし不良はそんなに珍しくない、だが彼は一際尖っていた。

担任のM先生が全員が配膳された給食を持って着席しているのを確認するとK君に挨拶をするよう促した。だがK君はその指示をハナから聞いてないが如く無言で飯を食らい始めた。

この態度には流石に教師といえどカチンとくる物はあるだろう、そもそもM先生は結構若手の方の男性教師だったのでかなりパッションに溢れていた。そんな先生の教育者としてのプライドに泥を塗るようなことをされては流石に黙っていられないだろう。

「おいK、お前ちゃんと挨拶せんなんやろ」

その言い方には明らかな怒りの他に中学生相手に怒りを覚えてしまったことへの後ろめたさも滲んでいた(はず)。だがそんな先生の忠告に対しまた彼は無視を貫きそのまま優雅にミートソースに浸したソフト麺を啜っていた。

もはや僕は「絶対に話を聞かないK君に折れずに注意を続ける先生」に尊敬の念すら抱いていた。既にK君が先生の注意を無視し続ける様子を他の不良達が面白がって笑っていたがそんなことを意に介さずK君を指導しようとする姿勢は教育者としての鑑という他ない。だが今から思えば「K君が挨拶するまでみんなは給食を食べることができない」という状況を逆手にとってK君にじわじわと申し訳なさを植え付ける意図もあったのかな〜と思うとちょっとズルいな…


かれこれ数分の攻防が続きもう既に殆どの人は給食を食べ始めていた。勿論先生とK君がこんな攻防をしてようが空腹となればそんなこと知ったこっちゃない。この判断は至って正常である。だがその状況はかえって先生の怒りに拍車をかけることになる。もう先生の怒りの方向は「K君が挨拶をしないこと」から「K君の自分の話を聞き入れないふてぶてしさ」にシフトしていた。多分給食とかどうでもよくなってた。そして段々と強い言葉を使うようになった先生に対し終始無言だったK君がついに口を開いた、物凄い剣幕でこう叫んだ。

「教師如きが給食委員に命令すんなや!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ビビった、何だそれ???!!開口一番に出る言葉としてあまりに強烈でキレが凄い。先生もこれには何も返せなかったのだろうかはたまた返すことを放棄したのかえげつない形相で言葉を飲み込んでいた。「教師如きが給食委員に命令すんな」、何が凄いってそりゃもう全部である。
まず給食委員としての仕事を完全に放棄していたK君がいきなり給食委員としての権力を振りかざした、ということが凄いのだが給食委員に教師を丸め込む程の権力は残念ながらない。では何を思ってそんなことを…と考えてからそこから先を考えるのはやめた。K君にとっては先生を黙らせることができれば何でもよかったのだ。そこで散々蔑ろにしてきた給食委員という役職をぶん投げたのだ。彼に給食委員としての誇りなんか毛ほどもないだろうに。
にしてもちょっとすごすぎる、教室は大爆笑だったしかくいう僕も死ぬほど笑ってしまったので人のこと言えないが。

その後K君の一件で過度に騒ぎ立てた僕達は学年主任の先生からお説教を喰らった。こういう自分がそんなに関与してない(みんなと一緒になって笑っちゃったけど)事柄でクラス全体が丸ごとお説教を受けていると周囲に対してちょっとだけ優越感が生まれてしまうのは僕だけでしょうか。

その後K君とは別の高校に進学したのでしばらく会っていない。彼は元気にやっているだろうか。高校でも給食委員になったのだろうか。僕もK君程までの粗暴さとは行かないが"役職"を武器として使うことができればもっと芯の強い人間になれるだろうか、取り敢えずそうなるためには何か役職名で呼ばれるようなしっかりとした立場に就けるように頑張った方がいいな。頑張ろう。頑張るぞ。


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