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落語「薮入り」

「やぶいり」・・・                     
奉公人が正月と盆のころに休暇をもらい実家に帰ること.
             三省堂 『デイリーコンサイス国語辞典』

殆ど死語となったこの言葉は、かつての日本。
そー、あの「八っつぁん、熊さん、与太郎」といった人々が、
長屋の隅で活き々々と息づいていた時代には、
庶民にとって非常に大きな意味を持っていました。
旧き日本には「奉公」と云う制度が有りました。
貧困な生活をおくっていた庶民の子供達。
多くは地方の農村の子供達だったのではないでしょうか。
その子供達は「口減らし」の意味合いもあって、
出来るだけ早くから「奉公」に出て貰いたいと、
当時の親は考えたようです。
男の子は、                   
「大店の丁稚、職人の今で言う見習」の様なもの。
女の子は、                    
「子守り、」食事の仕度をする「おさんどさん」
家事の手伝い等をする「女中さん」
等々があったようです。
そして、里心が付くと云う理由から、
奉公に出されると原則として 始めの数年は、
里帰りは認められないのが、一般的な風習だったようです。
(例外もあったようですが)
その子供達を預かる主人と云えば
勿論、心優しく温情に溢れた人々も沢山居た事でしょう。
さりとて世は封建制度の頃。
子供達の境遇は過酷なものだったろう事は、想像に難くありません。

(さて、古典的な人情話の名作落語「やぶいり」ですが。
可愛い我が子を、泣く泣く奉公に出した親と、
奉公から数年して初めて里帰りする子供の話。
なけなしの金を叩いて、    
子供の為に「米の飯」を食べさせようと言う場面の
親子の会話に、思わず胸が熱くなります。)

実は此処に「寄席芸人伝」と言う漫画本があります。
古谷三敏(ファミリー企画)著  小学館 出版 全二巻
44の短編が収められた中に「薮入り小せん」
と云う一編があります。

時は大正か昭和の始め頃。
正月の中旬で「薮入り」の時期であります。
時の名人「柳家小せん」が寄席小屋の舞台の袖から覗くと。
里帰りの途中だろう「小僧さん」が、
眼を輝かせて落語を聞いている。
何の娯楽も無い当時の事。
まして奉公に出された子供にとっては。
寄席で落語を聞くと言うのは、掛替えの無い自由の味がしたのでしょう。
しかし、そこで。
自身も奉公の経験を持つ「小せん」は、
待っている親の元に早く帰してやろうと、
急遽、演目を変えて、それまで「艶笑落語」だった「薮入り」を、
その場で・・・・・・・・・
上の様な話に改編して聞かせる。
その話を聞いた「小僧さん」は、
泣きながら親の元に飛んで帰ると云う話である。

 時代は移り。
知人に、子供を遠い地の学校の宿舎に入れている人がいます。
そして夏休み・・・・・・・・・・
子供さんの一時帰宅を首を長くして待つ様子が想像されます。
そして、その子も、嬉しい帰宅の時期です。
今の時代・・・・・・・・・
自ら選んで進んだ道とは云え。我が子を待つ親の心と、
帰宅する子供の心は、名作落語「やぶいり」の親子とは、
何の違いも無いのでは・・・・・。

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