いらない傘とトラバサミ

10年以上前の話になる。

私は某大学の文学科に通うひたすら凡庸なボンクラ女子大生であった。

コボちゃんにそっくりなとっつぁんボウヤ教授の元に籍を置き、たまに羽目をはずしたりしつつも極々普通の女子大生として毎日を過ごしていた。

そんなある日、コボちゃんから指令がくだる。

「君たちが興味ある職業の方にインタビューしておいで。協力してくれる方のリストがあるから、この中から自分で選んで自分でアポを取って話を聞いてくるように!その後まとめてレポート提出!」

ペラッとコボちゃんから渡されたリストを見ると、ちょっと面白げな仕事をしている男性がいた。ボンクラ&阿呆な私はなんとなく面白そうな仕事だからといううっすーーーーい理由で私はその男性にインタビューをしようと即決し、メールでアポをとった。

その後、その男性からひたすら鞭でしばかれたり「うんこ食え」と言われる関係になるとも知らずに非常に軽率である。

ただ、今でもこの選択は間違っていないと思うのでJDの私GJである。JDGJ。JLMN。ADSL。


迎えたインタビュー当日、私は着慣れない綺麗目なブラウスとスカートをまとい曇天の中バスに揺られていた。当時は名古屋巻きでタイトミニをはいてるようなバカギャルだったのでふんわりした膝丈のスカートと白いブラウスなんてまともに着たことがなかったのだ。着なれない服でなんだか落ち着かないし、緊張してちょっとお腹が痛いし今にも雨が降りそうなのに傘を大学に忘れてきてしまったし憂鬱なことこの上なかった。

だがバスはあっという間に目的地まで私を運び、私は仕方なくバスを降りてノロノロと歩みを進めるが雨まで降ってきた。憂鬱さは果てしない。

だが先方に迷惑をかけるわけにはいかないので無理矢理笑顔を作り、アトリエ川島(仮名)と書かれた部屋のチャイムを押す。

中からうっすらとラフマニノフが聞こえてくる。

ガチャっと開いたドアの隙間から見るからに芸術家という雰囲気の長髪で無精髭を生やした、個性的ではあるが端正な顔の50手前ぐらいの男性が覗いていた。

「あ…こんにちは。○○大学のしろいしです、今日はよろしくお願いします」

おじさんがニコッと笑う。

「川島です。○○を作っています。なんでも聞いてくださいね」

簡単な挨拶をかわしていると、川島さんは私が雨で濡れているのに気付いたらしく、私を部屋に招き入れタオルを差し出してくれた。お礼を言い、水滴を拭いていると妙に視線を感じる。刺さるような眼差し。穏やかなしゃべり方とのギャップに驚いたのは今でも覚えている。

この時私は既に川島さんに捕らえれていたのかもしれない。

川島さんはボンクラ女子大生が作った凡庸でつまらない質問にもユーモアを交えつつ丁寧に答えてくれた。綺麗なティーカップに紅茶も淹れてくれた。BGMにはずっとクラシックが流れていた。

小一時間ほどお話をうかがい、お礼を言って玄関まで行くと川島さんが傘を貸してくれた。

「その傘、いらないやつだから返さなくていいよ」

そう言って傘を渡してくれたが、ビニール傘でもなければ安い傘でもなさそうだったので「いえ、申し訳ないので返しにきます」と私がいうと、

「じゃあしろいしさんに僕の携帯の番号とメールアドレス教えるから返しに来れそうなときに連絡して」

と言って名刺をくれた。

今思えば、高そうな傘を貸したのはわざとだったのだと思う。絶対に私が返しに来るタイプだと読まれていたのだ。

百戦錬磨の変態紳士にとってはボンクラ女子大生を罠にかける事なんて赤子の手を捻るようなもんだっただろう。

まんまと罠にかかった私は帰宅後すぐにお礼と翌日以降に傘を返却したい旨のメールをいれた。翌日に傘を返しに行くことになった。

昨日と同じバス、同じバス停、同じ道を歩いて今日もアトリエにむかう。ただ今日は日差しが降り注いでる事と川島さんの高そうな傘を抱えていることだけが昨日と違った。

アトリエのチャイムを押すと、昨日よりだいぶくだけた顔をした川島さんが顔を出した。

「いらっしゃい。わざわざ返しにきてもらうなんてかえって悪かったね」

「いえ、傘…ありがとうございました」

傘を渡すと川島さんはひょいっと華奢なデザインの傘立てに放り込み 、極々自然に私の手をひいて「せっかく来てくれたんだからお茶でも出すよ。今日は応接室じゃなくて悪いけど、さぁ座って」

普通ならばいきなり手をひかれたら「キモッ!このウンコ野郎が!」などと思う私だが川島さんのそれは何故か自然に受け入れ、導かれるままに二人がけのソファに腰をかけた。彼の作品に囲まれた部屋でキョロキョロしていると、川島さんが紅茶とお菓子を携えて戻ってきた。

「しろいしさん、どうぞ」

そう言って川島さんはローテーブルに紅茶とお菓子を置くと、私の隣にスッと腰をおろした。いくらボンクラな私でもさすがに「ん?なんかおかしいぞ?」と思ったが、時は既に遅し。

この時点で完全に私は罠に落ちていた。傘だと思っていたものは大きなトラバサミだった。気付いたら私の足にがっちり食いついて離れなくなっていた。気付いていないだけで、骨が見えるほど深く食いつかれていたのだ。


狼狽えながらもせっかく淹れてくれたので紅茶だけは飲んで帰ろうと、焦ってティーカップに手を伸ばすと、私の手首を川島さんの手が捕らえた。ティーカップに指があたり、琥珀色の美しい液体が少しだけソーサーに溢れた。

「しろいしさん。あなたはいつもなにか困ったような顔をしている。昨日一目見た時から気になって仕方ない」

そう言って川島さんは私の手にそっと唇をつける。

「しろいしさん、僕と付き合いませんか?僕はきっとあなたの助けになれると思う。あなたの抱える鬱屈とした何かのやり場を僕はきっと知っている」

川島さんの鋭い眼差しに射ぬかれ、何故か私は頷いていた。昨日会ったばかりのよくわからないおじさんと付き合うだなんてどう考えてもおかしいし、あり得ないのに何故か頷いていたし、泣きそうだった。

「ありがとう、今日からしろいしさんは僕のものだ」

川島さんは笑顔を浮かべて私の指を噛んだ。痛みと驚きで狼狽える私の顎を乱暴に掴んで今度は私の唇を噛んだ。

痛い。痛いけれど何故か抵抗できない。陳腐な表現だが、魔法をかけられたみたいに私は川島さんを受け入れていた。もうこの瞬間から私は私ではなかったのだ。もう川島さんの所有物だった。

「ほら、しろいしさんは僕のもの」

そう言って今度は優しくキスをして立ち上がらせて抱き締めてくれた。

「これから痛いことや苦しいこともするけれど、本当に嫌なことはやらないからその時はきちんと伝えて」

頷く私のスカートに川島さんは手を入れて下着の中に指をそっと入れた。そしてすぐ手を抜いて私に見せつける。ひどく濡らしていたようで、ぬめぬめと光る粘液が川島さんの指にたくさんついていた。

「可愛いね、すごく可愛い」そう言って川島さんは私の下着に再び手を入れ、今度は私の中まで指を挿れた。そして私の首や肩を噛みながら、私が立っていられなくなるまで何度も絶頂に導いた。私は朦朧とした頭で肩で息をして床に伏せ「なぜこんなことになったんだろう」と思いながらも、夕陽が差し込むアトリエの床で涙と涎と愛液を垂らし続けていた。






これが私と御主人様の出会いだ。私が自分でトラバサミを外して一人で歩けるようになるまで物語は続く。

いざ、SMの旅へ。


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