ギルド

私はもうすぐ殺される。
絞首によって。
心配だ。

人生で一番心配かもしれない。
老人になったからそう思うだけなのかもしれないが。





私たちは短い移動は頻繁にするが、長い移動は私の長い人生でも14回しか経験がない。

長い移動の時は、自力で移動できない負傷者や高齢者はおいていかざるをえないが、ただおいていくとハエや蛇の餌食に意識のあるままされるので誇りを失う。
だから私たちは誇りのために、長い移動の前には同胞を殺す仕事がある。
産むのは女の仕事だから、殺すのは男がやる仕事だ。
太古の昔から、私たちはそうやってきた。


移動できないものを誰が殺すのかという問題がある。できれば誰もやりたくない仕事だ。これはまず血のつながりがあまりに近いものと遠いもの、普段の関係性があまりにないものは廃除される。
つまり、候補者はそこそこの距離の血縁関係であり、なおかつ普段の狩猟などで人間関係がある男になる。



今から一万回太陽が昇る前の頃
私たちは長い移動の必要があった。
私にとっては生まれてから6回目の長い移動だった。

このときゴノバという老人が移動不可能で、誰かが手をかけなればいけなかったのだが、私たちの昔からの暗黙のルールに従って関係性を考えると、私のこどものころからの友人のテンゲがやっても不自然ではないが、やはり私が手をくだすのが最も妥当な立場だった。

私は狩猟が得意で、テンゲは少し苦手だった。
もちろん食料は平等にいつも分配するし、少しでも狩猟が得意なことを鼻にかけてはならない。私もそんな素振りは出さない。出さないどころか、逆に気苦労するくらいなら狩猟が苦手になりたいと思うくらいだった。

長い移動の2日前の夜
テンゲを含む仲間5人で焚き火の前で他愛もない話をしていた。
だけれども、5人が5人ともゴノバをただ何もせずおいていくわけにはいかないという気持ちはあるのは間違いなかった。
誰もゴノバのことは、その夜話題に出さなかった。


長い移動が明日の昼に迫った夜
私は子どもたちが寝てからしばらくしてゴノバの所へ向かった。とりあえず向かった。
わざと遠回りをしていた。
近づくにつれて歩みが遅くなりなぜか木の実を集めていた。
木の実をかじりながらさらにゆっくり歩く。
ついてしまった。寝ているゴノバの顔を見る。
足場がぬかるんでいるような気がしたので地団駄を踏むようにして足場を固める。固めてみる。

余った木の実をゴノバの脇に置いて帰っていた。


家に帰り、横になった。
少しだけ寝たのか寝てないのかすら定かではないが、やがて早朝の太陽が顔を出した。

再び意を決してゴノバのもとへ向かった。
今度は普通のスピードで歩けた。
木の実が少しだけ食べられていた。
ゴノバが食べたのだろう。
早朝の太陽のせいか、ゴノバの顔が少し白い気がした。脈を取ると止まっていた。





長い移動が完了するまでに太陽が23回昇った。
移動の途中もその後もテンゲはいつも通りだったし、それに関して何も言わなかった。
私が狩猟で大成功した時にいつも通りでいるのと同じ態度だった。















それほどはぬかるんでいないはずの地面を執拗に固める地団駄の足音が聞こえる。
目をつむっていてもなんとなくわかる。
ケビニの方だ。
心配だ。

私の命を断つ仕事は、立場上、関係上、ケビニが妥当だろう。そうでなければブナムだが。

ゴノバにとっての私とテンゲの関係が、今の私にとってのケビニとブナムの関係にあたる。

ケビニの方がいざというときにブナムより頼りない一面があるのも同じだ。

たぶん目はつむっていたほうがいいのだろうが、心配と好奇心で片目だけ開けてみる。
足固めに見せかけた地団駄の2周半目の瞬間の右足を上げた後ろ姿のケビ二が映る。

なんだがおかしくて口角が自然と上がる。
片目だけ開けた目尻の下がった皺、ばれないようにあげた口角。

老人の仕事をするかとすぐに真顔を繕う。

これが私の最後の笑顔に、ちゃんと、なった。
やはり、老人ゆえの過剰な心配にすぎなかった。









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