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レバンテUDの統合的育成戦略とスペインの育成における『文武両道』

 スペインにおいてサッカーは競技人口や人気の面でダントツのNO.1スポーツ。学校に部活動どころか日本のようなグラウンドがない(=あってもコンクリートのハンドボールコート程度)スペインの子どもたちは基本、小学校低学年からクラブチームでサッカーを始める。

 当然ながら彼らの夢は「プロサッカー選手になること」。日本でもJ1選手の平均年俸が「約2千万円」と言われているが、Jリーグに最低年俸を保証する制度がないためJ2やJ3とリーグのカテゴリーが下がるに連れ一桁月給の選手、社会的に見れば「ワーキングプア」が存在しているのも事実だ。

 一方、欧州5大リーグの一つ、スペインのラ・リーガでは1部、2部共に最低年俸が設定されており、1部は「15万5000ユーロ(約2千万円)」、2部は「7万7500ユーロ(約1千万円)」となっている。17年7月に統計として出たスペインの平均年収が2万2771ユーロ(約296万円)なので、「プロサッカー選手」になることは例え数年で現役を終えることになったとしても経済面で大きなメリットがある。


■プロクラブの11、12歳の8割以上に代理人が付くスペイン

 そのためスペインでは特に近年、自身の息子をプロ選手にしたい保護者や低年齢の選手に歩み寄る代理人の問題が大きくなってきている。例えば、今回話しを聞いたレバンテUD育成ダイレクターのセルヒオ・ゴメス氏の話しによると「スペインのプロクラブの選手は中高生どころか11、12歳選手の8割以上に代理人が付いている」現状だと言う。

 近年、保護者の過度な期待や介入、代理人の青田買いといった顕在化する問題に対して、スペインの各クラブは対応策を講じてきた。幸か不幸かそれによってスペインの各クラブの育成力は上がり、スペイン語で「カンテラ」と呼ばれる下部(アカデミー)組織は年々プロ化の方向に進んでいる。

 スペインに5年在住した筆者が帰国した2010年頃はFCバルセロナが他クラブに先駆けてユースチームをトップチームの強化部扱いにして、中学年代までに「トップチームに上がれるタレントかどうか」を見極めるシステムを導入していた。

 しかし、今ではそのシステムはスペイン国内では標準となり、プロクラブにおいてユース年代はもはや「育成年代」とは考えられなくなっている。そうした風潮にあってここ数年、危惧されてきたのが育成年代の選手が早期に学業を放棄することなのだ。

 実際、レアル・マドリーでクリスティアーノ・ロナウドやカリム・ベンゼマといった世界的スター選手に引けを取らない活躍を見せるスペイン代表MFイスコはここまでの選手に大成したから良かったものの、バレンシアCFのカンテラ時代に学業を放棄した当時はクラブ関係者(特に育成寮のスタッフ)から苦言を呈されていた。

 放映権料の高騰などで欧州サッカーの経済状況は相変わらず右肩上がりで、スペインに限らず欧州では10代の若者が一夜にして数千万、数億円というお金を稼ぐような危うい状況となっている。しかしながら、少なくともスペインサッカー界から毎年現れる10代のタレント、新星がコントール不能な巨額のお金を手にしたことで様々な誘惑に負け、選手としても人間としても堕落していったという悲劇を耳にすることはあまりない。

 その理由はひとえに、各クラブの育成力の高さにある。


■「文武両道」の言葉が存在しないスペインでは文武両道が“当たり前“

 学校の中に部活動が存在せず、スポーツ(サッカー)は外部のクラブで行うスペインにはそもそも「文武両道」なる言葉も存在しない。なぜなら、勉強とスポーツを両立することは当たり前のことであり、学業とスポーツに接する時間が教育システム上バランスよく配分されているからだ。

 例えば、スペインの小学生は昼休みが2時間(自宅に戻って家族で昼食を取る目的)もあるため、授業終了時刻が16〜17時と比較的遅い。しかもサッカーは学校とは異なるクラブチームで行うため、練習開始は18時から19時台だ。各チームの1日の練習時間も長くて2時間。

 なぜなら、一つのグラウンドで一つないし複数のクラブの全カテゴリーが練習を行うため、夕方以降は2時間区切りで厳密なスケジューリングがなされており、自主練、居残り練習を行うスペース自体が存在しない。

 週の活動日数も小中年代であれば3〜4日、高校年代は4〜5日で週末も土日のいずれかに1試合をプレーするのみ。補足までにスペインの教育制度を紹介しておくと、義務教育は小学校6年、中学校4年の計10年間と日本よりも1年長い。義務教育後は高校が2年、大学が4年で制度としては「6・4・2・4」の設計だ。

 日本と大きな違いは高校の進学率。ほぼ全入の日本と異なりスペインでは6割を切る数字となっており、プロクラブのカンテラともなればプロ選手を職業にする可能性が高いことで必然的に高校、大学の進学率は下がるような印象を受けるが、意外にそうはなっていない。


■「トップチーム昇格」よりも「大学在学中」に価値を置く育成

 5年以上前の取材にはなるがFCバルセロナの“ラ・マシア”と呼ばれる下部組織選手向け寮の責任者はバルサB所属の約半数が「大学に通っている」ことを「トップチームに昇格する」こと以上に価値あることとして自慢していた。

 バルサのみならず、スペインで育成に定評のあるクラブはどこも「プロサッカー選手になることはもちろん、我がクラブのトップチームに昇格、定着すること」の難しさ、可能性の低さを直視している。

 それゆえに、「サッカー選手になれなかった人生」と「現役引退後の人生」に向き合う姿勢で選手育成事業に携わっている。今回、『ジュニアサッカーを応援しよう!』の連載向け取材に特別に応じてくれたのが17−18シーズン、2季ぶりにラ・リーガ1部へと復帰するレバンテUDだ。

 バレンシア州の州都バレンシアに本拠地を置くレバンテUDは、同州にある1部強豪のバレンシアCF、ビジャレアルCFの影に隠れる形で日本ではまだ馴染みの薄いクラブではある。しかし、下部組織や選手育成においては近年同州の2強に引けを取らない確かな結果を残している。

 昨季から育成ダイレクターとして7,8歳のプレベンハミンから17歳のフベニール(ユース)1年目までのチームの統括を担当しているのがセルヒオ・ゴメス氏で、現職までにジュニアチームの監督から8人制サッカーのコーディネーター、ユースAのフィジカルコーチなどを歴任している。そのゴメス氏にはまずレバンテUDのカンテラに在籍する選手がサッカーと学業をどのように両立している(両立させている)のかについて聞いた。


■サッカーと学業を両立させるためのレバンテUDの環境作り

「学業面については2つの側面に分けて考える必要があります。なぜなら、寮で生活する選手と自宅から通いで来ている選手に分かれているからです。寮の選手はより管理がしやすく、今年はメンタルコーチの資格を持つ人間が寮の管理人に就任しました。

 その管理人は30年以上学校勤務をした経験を持っているので、教育者としてのプロフィールも持っています。それ以外にも寮には複数の管理人がいますが、彼らは心理学の有資格者かサッカー指導の有資格のどちらかです。この2タイプの大人が寮の管理をすることで、選手のスポーツと学業の両面をサポートすることができると考えています。

 具体的な学業の管理ですが、寮生活の選手には授業以外に1日2時間の学習を義務化しています。通常選手は午前に学校の授業があり、寮に戻ってから昼食を取りその後夕方から練習を行うスケジュールで生活しています。そのため、カデーテ(U-16)以下の選手たちは昼食後から練習までの間に2時間の学習を行っています。ユース年代の選手は17時から練習がありますので、練習後の夜に2時間の学習時間を設けています。

 一方、自宅通いの選手についても1日2時間の学習義務を伝え、自主的に取り組んでもらっています。レバンテUDはシーズン終了後にトップチーム、女子チームを含む全チームが集まり、クラブ独自の授業式を開催しています。賞はヒューマニズムとアカデミーの2種類があり、レバンテUDに所属する人間の投票によって受賞者が決まります。

 アカデミー賞は学業で輝かしい成績を残した選手に贈られますが、純粋なテスト、成績の点数(数字)では決めていません。なぜなら、テストで高得点を取ることにそれほど苦労することがない選手もいるからで、クラブとしては選手の学業面でのプロセスと努力に重きを置いて賞を与えることにしています。そのためには当然、日々の生活で監督やスタッフが選手の学業面を注意深く観察していなければいけません」

 現在、レバンテの選手寮にはユース以下の選手が35名ほど生活している。基本的には地元のバレンシア州出身選手で年齢は13歳以上だが、例外的に他州出身、11、12歳の選手もいるという。続いて、スペイン1部のプロクラブの選手育成において「なぜ学業が必要(重要)なのか?」という疑問についてゴメス氏は次のように回答してくれた。


■「プロサッカー選手になれない」ことを想定した育成

「サッカーのトレンドを客観的に分析すれば、2つのファクターがあります。まずは選手育成においても選手の知性が求められているということ。未来のサッカーはますます選手のインテリジェンス、頭脳が求められることになるでしょうから、プロサッカー選手の育成機関は選手の頭脳をきちんと育成しなければいけません。

 そのためにも14、15歳までに全ての側面からアプローチをする必要があり、レバンテUDではインテグラル(統合的)な育成を心がけています。もう一つはプロクラブの下部組織に所属する選手たちもほとんどがプロの世界まで到達できるかわからないということです。

 それを踏まえてレバンテUDでは、『サッカー選手になれない』ことを想定した育成を行っています。学業にきちんと向き合うことで身につく知力はサッカー選手になれた場合でも、なれなかった場合でも必ず役に立ちますので、サッカーと学業の両立は交渉の余地がありません。

 また、サッカーと学業を両立させるためにはタイムマネージメント能力が必要となりますので、そうしたスキルも身に付けてもらいたいと考えています」

 スペインサッカー界の現役選手で文武両道の代名詞がマンチェスター・ユナイテッドでプレーするMFフアン・マタだ。レアル・マドリーのカンテラで育ち、バレンシアCFへ移籍後にプロ選手として開花したマタはマドリードの大学でマーケティングとスポーツ科学を専攻し、プレミアリーグ移籍前から英会話教室に通う優等生だった。

 バルセロナのイニエスタが国立体育大学へ通っていた話も世界的に有名だが、彼らのようなスペイン代表レベルのトップ選手とまではいかなくともスペインのプロクラブからは年々優秀な文武両道実践選手が輩出されている。セミプロのレバンテBチームの昨季のキャプテンは、スペインの大学で最も難関学部の一つとなる薬学部を卒業している。

 実際、レバンテUDはバレンシアの私立大学と提携を結び在籍選手向けの特別コースを用意し、トップチームに所属する若手選手にも大学進学を勧めている。もちろん、大学の学費はクラブが「奨学金」という名目で全額負担。こうした環境を用意し、在籍選手の大半が高校、大学進学を目指して学業を継続しているレバンテUDだが、中には高等教育を受けるために必要な成績を獲得できず学業を断念せざるを得ない選手もいる。

 ただ、クラブとしては「レバンテ在籍期間中の学業面でのアプローチ、努力、プロセスを観察し、専任のメンタルコーチや家庭教師のサポートを活用しながら彼らの学業面での能力向上に寄与していきたい」と考えている。


■全員をプロ選手にすることはできないが、クラブのファンにすることは可能

 日本の部活動と異なりスペインでは学業とサッカーが切り離された環境が存在する。そのため、スペインのクラブ、指導者から「サッカーを通じた人間教育」なる謳い文句、指導方針は聞こえてこない。

 しかし、ゴメス氏からは「レバンテは人としての成長を促す育成を行いたい」という言葉と育成に関わる人間としての確固たる哲学を聞くことができた。

「在籍選手の大半がトップチーム、プロの世界に残れずサッカーのエリートにはなれません。ですので、育成に従事する人間として育みたいのは、レバンテへの帰属意識、忠誠心です。

 トップチームで活躍するプロ選手は1学年で1名出れば良い方ですが、在籍した全選手、その家族を『レバンテUDのファン』にすることは可能です。選手の人生において何らかの縁があってレバンテUDというクラブでプレーしてもらう以上、彼らには『選手としてはもちろん、それ以上に人間として成長した』と思ってもらうことが私たちの仕事だと考えています」


(2017年9月6日発売『ジュニアサッカーを応援しよう!VOL.46』の連載を許可を得てリライト、転載)

 レバンテUD育成ダイレクターのセルヒオ・ゴメス氏が4月5日から10日までの日程で来日中。滞在時に実施する各種イベントの詳細はこちらで確認できます。

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77年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住歴5年。日本とスペインで指導経験あり。サッカー専門媒体に執筆する傍ら、欧州サッカーの解説業、専門番組の出演などもこなす。これまでに著書7冊、構成書4冊、訳書5冊。(株)アレナトーレ所属。
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