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TENSAI-NO-SENPAI

世間はGW中だというのに仕事の打ち合わせで代理店のオフィスビルへ。

到着したら関係者全員ヨガしてて「ご一緒にどうですか?」だって。なにこれ。

参加しようと思ったけど履き古したスキニーだったので断念。

股がすでに裂けかけているので、ヨガなんてしたらホットパンツかTバックになってしまう。




午前中の打ち合わせが終了。時間つぶしがてらコーヒーを飲みに街へ。

渋谷は元々人の多い街ではあるがそれにしても多いような気がする。

いつも空いてて安くて夜までやってる俺たちの秘密基地【人間関係】ですら行列ができてた。

とは言え並んで買うほどのファンではないのでとりあえず通り過ぎて、他の店でコーヒー買おうと思ってたんだけど気付いたらディスクユニオンに入ってしまう。

また気付いたらSQUAREPUSHERの7inchとMOSES SUMNEYのCDを手に持ってて、またまた気付いたらお会計してた。

ちょこちょこ気付いてはいたが、コーヒーを買わずに音源を買った。今気付いたけど、俺は全然気付けてない。




仕事チームと解散した後、仲の良い他部署の先輩が近くにいるということで、久々に会ってご飯を食べたりした。

この先輩は今の会社に入る前からバンド繋がりで出会っていた古い友達でもある。

記憶の限りでは俺が人生で直接的に出会った最初の天才の人だった。

かつての俺は何をやっても上位3%以内に入るのが当たり前だと思っていて、夏休みの工作、読書感想文、文化祭での演奏やマラソン大会まで、幅広く評価されていた。

背の順に至っては小中ともにナンバーワンのみに許された勝者のポーズ(例の腰に手を当てるアレ)を義務付けられ、先生や同級生から天才と持て囃されて育ってきたので何となくそれを受け入れていたけれど、

先輩に出会ってから自分は普通のちょっと器用な人間であり天才などではないのだ、という認識に固定された。




出会った頃の先輩はまだ20代前半で、周囲のバンドマンや業者からは天然キャラ的な扱いを受けていたけれど、俺の視点からは感覚が進みすぎて言語化できない場所にいる人に見えた。

V9時代の長嶋茂雄にホームランの打ち方インタビューしたら「スーッと来た球をガーンと打つ」って言われた、みたいなエピソードがあるけど、先輩も似たような感じで、一般人が理解できる範囲にいなかったのだと思う。

同じPAを生業にしているのに「最近音楽にハマっていて毎日メモってるンゴ!」というので、やっぱり天才だなって思ってそのメモ書きをザッと見せてもらうと、やっぱり理解不能な言葉や感想が並んでいてほんと天才だなって思った。

全部日本語なのに、全く知らない言語みたいですごく良かった。天才は永遠に天才のままでいてほしい。なんだか嬉しくなってしまう。




先輩は「ワイはファンクの汗とブルースの足に注目してるンゴ!」と言っていた。

俺は先輩ほど音楽に詳しくないけれど、言っている意味は何となくわかる。


自分が古い音源を聴くときは、録音されている場所の雰囲気と空気に向き合っているので、その気持ちに似ているかもしれない。


空気というか、弦の素材とか指のカサついた質感とかメンバー同士の緊張感、マイクと楽器の位置や天井の高さや壁の材質なんかも含めた、言葉にしにくい要素ぜんぶ。

エアーノイズやリフレクション、音階の隙間にそういうものが詰め込まれているように聴こえて、エンタメだけじゃなく、歴史資料として味わっていく感じ。

80年代以降の流通音源だと、整備されたレコーディングブースでラインを直接差し込んだり、がっつりオンマイクで録音しているので、この辺の味わい深さが無いことが多い。

これは完全にワガママなのであんまり言わないようにしてるけど、中途半端に音が良い録音は楽しみが減るので、あんまり好きいくない。やめてほしい。

先輩とは普段連絡取り合わないし現場でも会わないけど、ずっと近い感覚で生きててくれてすごく嬉しい。友達ってこういう人を言うんだろうな。










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