『ほっこりする話』 春風亭与いち
先日、秋葉原で用を足し、次の用事まで繋ぐ為に、そのまま駅の近くの喫茶店に入った。
もちろん、フリフリの格好をしたお姉様方が過度なもてなしをしてくれる、あの喫茶ではない。
茶色と緑の縞模様があしらわれたロゴのチェーン店だ。
私は、一人で喫茶店に入ること自体まずない。
あの静かな、そこに居る皆が大人っぽくしている雰囲気が苦手なのだ。
それぞれの空間があり、皆子供のようにはしゃいでいる、カラオケの方が好きだ。
そもそも、前回のピンで行った喫茶の記憶が無いので、ほぼ初めてのピン喫茶となる。
緊張の入店。
勝手が分からず、入り口付近でうろうろしていると
「初めにお席をお取りくださーい」
と、店員さん。
ははははははははははははははははははは。
店内のインテリアを眺めていたのだよ。
そう急かすんじゃない。
ソーシャルディスタンスを保った席を無事確保した。
ここは期間限定の柑橘系ティーにしよう。
期間限定品を頼む事で、初めて来た客では無い感じを演出するのだ。
「サイズをお選びください。」
サイズか。S,T,G,Eとある。
なんだこりゃ。
S以外、なんの略か検討もつかない。
今まで何百人もさばいて来たであろう、このお姉さんの方から今の私を見て、一番適切なサイズを見繕ってもらいたいものだ。
が、そんなわけにもいかないか。
ここは、下から二番目のティーサイズだ!
「はい、トールですねー。」
サイズの読み方なんてどーでもいいだろ!
私は「T」と書いてあったからそう言ったのだ!
それをわざわざ「トール」などと。
こざかしい。
洋服のサイズは「スモール」とか言わないだろうに!
まず、そのティーサイズのティーを席に置き、財布を持ってティーレ、いや、トイレへ。
戻ってしばらく本を読んでいると、さっきの店員さんが近寄って来て
「お客様、お財布をお忘れではないですか?」
と言った。
確認したら、確かに無い。
間違いなく、トイレに置き忘れたのだった。
名前を書き、財布の中の免許証と照らし合わせた後、渡してくれた。
有り難い。
このご時世、こんなに親切な人が東京にいるのか。
先程は、ぞんざいな口を心の中できいてしまって申し訳ありませんでした。
一目見た時から、なんて素敵な方なのだろうと思っておりました。
感謝申し上げます。ありがとうございます。
まさか、落とした財布が戻ってくるなんて。
東京なんという所は、
他人にぶつかり、靴を踏みつけ、割り込んでも何事も無かったかのようにしている無法地帯だ。
血も涙も道徳も何も無いこの荒れ果てた土地で、落とした財布が手元に戻って来た。
信じられない嬉しい出来事に、
とてもほっこりした気持ちになった。
念の為、中を確認してみた。
免許証、保険証ちゃんとある。
金。。。。。。。。。。。。。。。。あれ?
金。が、、、、、、無い。
入れていた札、小銭が全て。無い。
根こそぎすられていた。
まさか、あの可愛らしいお姉さんがそんな事をするはずが無い。
間違いなく、私の後に入ったあの男だ。
私は、トイレの目の前に座っていたから検討はつく。
が、時既に遅し。
店内にその男の姿はもう無い。
それに、金に名前なんぞ書いていない。
とりあえず心の中で、その男をとっちめた。
背後から馬乗りになって両腕を縛り、
ひたすら金的。
ただただ金的。
自分が飽きるまで、その男に金的を喰らわせ続けた。
もちろん心の中で。
それにしても、こんな時に限っていつも以上に入れていた。
その日の朝、ちょうど寄席のワリや他の仕事のギャラを財布に入れたところだったのだ。
恐らく、格安航空で韓国に行って帰って来られるくらい入っていたと思う。
それが急に、文字通りの一文無しだ。
ほっこりした気持ちを返してくれ。
格安航空で韓国に行かしてくれ。
ストレートに金を返してくれ。
ティーサイズの柑橘系ティーが最後の贅沢になってしまった。
激しい金的で渇いた喉に、一気にそれを流し込んだ。
あぁ。こんなことなら
イーサイズにしておけば良かった。
2020.6.20 (2021.2.14改稿)
来週はいっ休です。
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