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ANTI-HERO #シロクマ文芸部

秋桜コスモスを見つめて、秋桜から言葉が返ってくるまで飲み続け、愁嘆と混乱と涙の中ですっかり酩酊状態になった頃、やっと秋桜が小さく揺れた。
「おかしい?」訊いてみる。
「えぇ、すごくおかしい……」
秋桜はぼそっと答え、クックックと小刻みにまた揺れる。
「もっと話してくれない……?」
廃れた公園のすみっこに放置されているからか、この秋桜は寂しいのかもしれない。月夜に突如として現れた酔っ払いの話を聞きたいなんて、抱えている寂しさはどれほどのものなのかと酔った頭の隅で考える。それからこれは、夢なのだろうか?廃れた公園のすみっこで酔い潰れ、いつのまにか眠ってしまったのかもしれない。そうなると、だれかに通報されたりするのだろうか。それともこんな満月の夜には狼が来て、ひとつの肉片も残さずにわたしを食べるだろうか。どちらかといえば、狼がいい。通報されて恥をかくのなら、跡形もなくわたしを消し去ってほしい。
「だからね、エステに行ったの」
夢での恥は掻き捨てかな。性懲りもなくカップ酒を口にして、わたしは秋桜に話し続けた。
「えぇ、それで……?」
月明かりの下で期待を込めて、秋桜が一重咲きの花びらを震わせている。
「それでね、終わりなの」
わたしが言うと、秋桜は初めて大きく揺れた。「きゃははははは!」しんとしている廃れた公園に秋桜の笑い声が不気味に轟いて、わたしはなんだかとても楽しくなってきた。
「彼の前で脱ぐ予定もないのに、エステに行ったの?」
笑う秋桜にたずねられ、わたしはカップ酒を口にしてから軽く頷く。「そうだよん」
「じゃあ、無駄にぴかぴか?」
「うん、それから無駄にふわふわ」
今度はげらげらと笑い出した秋桜に、スーツの袖を捲って白い腕を見せてみる。「触りたい?」そんなことを訊くのだから、わたしはやっぱり正気じゃない。
「正気じゃない……」
ほら、秋桜もいった。それから意地悪なことを訊く。「ふわふわにしてきたくせに、彼の前ではお澄まし顔?」
そうでもなければ、こんなところで深酒して秋桜と話をしたりしていない。わたしはまたカップに口をつけてから頷いて、それから深く俯いてみた。
「一日中そうよ。女には性欲なんてありませんってふりをして、お澄まし顔で彼の前に座っていたの」
そして十八時に彼を見送った。お幸せに。さようなら。
「哀れな妖怪っぽい?」訊いてみる。
「ううん、お雛様みたい……」秋桜はぼそっと答えて、小刻みに揺れた。クックック。

「もう少しだけ、彼について教えてくれる?」
好奇心旺盛のぎょろっとした目が愛らしいその人は、お皿を頭に乗せたような特徴的な風貌で、緑色の濡れた身体でわたしに迫ってくる。
「だからね、彼はただの会社の先輩なの」
そしてわたしはただの会社の後輩で、これはどこにでも転がっていそうなつまらない話し。
彼に恋人がいることは知っていた。わたしに恋人がいたこともあったし、破局して落ち込んでいた時には彼が親身になって励ましてくれた。みたらし団子付きで優しく話しを聞いてくれて、週末にはビールと焼き鳥を奢ってくれて、そしてまんまと恋に落ちてぼろぼろになる。
それをわたしは一瞬懸命に、今度は河童に説明していた。
「この人おもしろいから話しを聞いてみて……」
廃れた公園の横にある、汚い池なのか沼なのかよくわからないところに秋桜がぼそぼそ語りかけると、ぷくぷくぷくと水面が揺れて、河童が姿を現したのは今しがたのことだった。けれどべつに驚きはない。これは夢なのか、それにしても情景がリアルだな……などと考えることもすでにない。いまは真夜中で、わたしは酔っている。足元にはカップ酒の空き瓶が数えるのも面倒なほど転がっている。
秋桜が言葉を返してくるまで飲み続けよう。
そもそもそう思って始めたことだった。つまり正気じゃなくなるまで飲み続けようとしたわけで、だからといってまさか本当に秋桜が言葉を返してくるとは思ってもみなかったけど、それから河童まで現れるとは想像の範疇を超えすぎてほとんどcosmosにいるような気持ちになっているけれど、こんなにも悲しい真夜中にそばにいてくれるなら、喋る花でも妖怪でもなんでもいい。
「彼に好きと言えばよかったのに」
へらへらしながら河童がいった。
「言えないよ。だって恋人がいるんだもん」
「そんなことが理由?」
「そんなことって……」
わたしが言葉に詰まると河童は勢いよく後ろを振り返り、突然遠くの方を指差した。あまりにも爪が長くて鋭い指にわたしがぎょっとしていると、秋桜はクックと花びらを震わせて、「たしかに、あっちにいる橋姫さんが聞いたら驚くね……」と妖しく笑う。
「橋姫?」とわたしは訊いた。
「うん、あっちに川があるでしょ?そこの橋にはお姫様がいるの」
河童が答えながら笑みを浮かべて、それがものすごくグロテスクでやっぱりすこしぎょっとする。それは恨めしい月明かりのせいなのか、それとも酔いが醒めてきたからなのかわからずに、とりあえずわたしはまたカップ酒を口にした。
「お姫様っていっても妖怪だけど……クックック……」秋桜の笑い方もそろそろ怖い。
けれど橋姫はもっと恐ろしい。秋桜と河童によると、彼女は嫉妬深すぎる。彼女は既婚者でもなんでも手に入れたいと思ったら、まず男を殺し、そして川に流してからすぐに自分も後を追い、「これで永遠に一緒だね」と囁くらしい。
「こ、こわすぎるよ。そんなこと出来るわけないでしょ」
やっぱりいま話しているのは人間とは違うんだ。わたしはまたほんの少し冷静になり、あわててもう何本目かわからないカップ酒を胃に流し込んだ。
「人間って、望みが薄いよね。だいたいその彼だって、せいぜい生きても100年ぽっちでしょ?そんなものに依存するなんて馬鹿らしいと思わない?ぼくたちなんて、鬼の嫁っ子の心臓を奪い合ってるよ?彼女の心臓を食べれば万年生き延びるといわれているからね。はやく食べたいよ」
河童の言葉には胸が痛んだ。そんなものと彼を卑下されたことが悲しくて、自分は人間なのだなと当たり前のことを自覚する。万年も生きてどうするの?と呆れてしまうこともなんだか悲しい。
「彼は結婚したんでしょ?」
河童がさらにわたしに追い打ちをかけてきた。
「本社に異動になって、それを機に……」
わたしがさっき話したことをなぞるように言い、「今日はさようならだったんだね?」と河童が確認してきた時にはもう、止まったはずの涙がぽとぽととカップ酒の中に落ちていく。
「そんなに好きなのに、どうして好きと言わなかったのかな、この人間は」
おい河童、もうやめて。
「そのくせエステに行ってぴかぴかふわふわになってきて……クックック」
秋桜はそれを笑いすぎていると思う。
「もしかして、忘れないでほしかった?」
河童は思っていたよりも、すごく意地悪な妖怪かもしれない。
「ぴかぴかでふわふわなわたしを忘れないでほしかったのね……」
わざわざ言わないでほしいけど、きっと秋桜の言う通り。彼がわたしに触れることはないのに馬鹿みたい。
「哀れであなたみたい?」訊いてみる。
「ううん、勿忘草わすれなぐさみたい……」秋桜はぼそぼそ答え、「でもあなたはわたしのほうがよく似合う。わたしの花言葉は〈恋の終わり〉だから……」と言って、花びらをクックと震わせた。

寒気を感じて目を覚ますと、廃れた公園にはキラキラと朝日が差し込んでいた。わたしはカップ酒の空き瓶に囲まれて横たわっていて、そばには濃紫の秋桜が咲いていた。固くて重たい身体を起こしあげてそばに立ってみると、放置されて伸び放題の秋桜は自分より背丈が高くて「怖っ」と感じ、通報されなくてよかった……と思いながら急いで家に帰ってシャワーを浴びる。
「100年ぽっちの寿命……」
そう呟くと気が楽になってくるのはきっと彼らに毒されたからで、けれどなんでも出来そうなスーパーヒーローに下手に希望を語られるよりは良かったような気もするが、「100年ぽっちの寿命だから愛おしいのに……」この喪失感から立ち直り、そんな風に思えるまでにあとどれくらいの時間がかかるだろうと考えていたらまた悲しくなってきて、もしかしたらまだ酔いが醒めていないかもしれない不思議な頭で昨夜出会った彼らについて考えてみる。
きっとあれは良いものではないだろう。
花言葉もなんだか怖いし、河童の話しは妖怪すぎてついていけなかった。けれどわたしにとってはそんなに悪いものではないかもしれないと考える。鬱々とした真夜中に誰かと出会うなら、喋る花とか妖怪くらいがちょうどいい。
わたしはこっそり摘んできた濃紫の秋桜を部屋に飾って、それから熱いシャワーを浴びて火照った全身にボディクリームをすべらせる。「クックック……」と無駄を笑う秋桜の不気味な声が聴こえたような気もしたが、お気に入りのボディクリームから漂う香りは癒しの金木犀であり、そしてこれは単に乾燥対策のために塗っている。

〈了〉

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本当に、いくつになったら賢くなるのかな?と共感して……(  ・᷄-・᷅ )


先日(?)というのか、先週の日曜日の夜に公開した記事はいろいろあって下書きに戻しました。スキを押してくれた方やコメントをしてくれた方、ごめんなさい。それから嫌な気持ちにさせてしまった方、改めてお詫びします…(´•̥ω•̥`)

嫌な気持ちにさせるつもりはなかったのに…そう感じる人もいるのか…と、文章を書くのはむずかしいなあと改めて思いました。とくにわたしは文章暴走族みたいになってしまうところがあって、それをわかっていながらみなさん優しいから甘えてしまって……ごめんなさい。

意味のわからないことばかり書いているしもう辞めたら?ともうひとりの自分がつぶやいて、それだけが理由ではないですが鬱々としていたので旅に出ました!ちょうど秋休みだったので、いろんなことを気分転換したくなりまして。(なんにもうまくいかないな〜♪)

富士山

京都に行くのに、羽田から飛行機に乗る♪
「新幹線で行くのが普通だよ?」
だれかからそんな言葉が聴こえてきそうですが、空の旅がしたかったのでこれでいいです♪

突然思いついたひとり旅だったのでノープランであてもなくぷらぷらしていただけでしたが、急にカラフルな神社(?)が目に入り、入ってみると『欲を捨てると幸せになれる』みたいなことが書いてあり、あらあらなんだかこの間書いた話にシンクロしちゃったな〜と不思議なような気まずいようなこともありました。

「写真撮ってあげる♪」
優しいロマンスグレーのご夫婦が、ひとり旅をする寂しげな女に声をかけてくれまして、くくり猿というらしいカラフルなお守りの前で欲を捨てた認証ショットが撮れました。
正しく言うと、欲を捨てたふりしてお澄まし顔ショットかもしれませんけどね♪せっかく撮ってくれましたので載せちゃいます。(後々私が欲深いことをつぶやいていたりした時は、欲は捨てたっていってましたよね〜と注意してください♪)

欲って捨てないとだめですか?と首を傾げているわけではないですよ♪


夜は適当な居酒屋に入ってカウンターで黙って飲み続けていたら、途中からとなりに同じ年頃の女性が入店されていろいろと語り合い、それが今回の旅のハイライトとなって楽しかったです。
「店主はちょっと愛想がないけどいい店ね♡」「ふふふ♡」お姉ちゃんたちいい加減にしな〜と店主がぼやいていたような気もするけれどもう忘れちゃいましたよん

京都とあと小樽が好きで何度か訪れていますが、でもさすがにそろそろ違うところに行ってみたいなあと思ったりもします。けど不思議と同じ場所に何度も戻りたくなるんですよね。みなさんそうなのでしょうか。それともやっぱりわたしが正気じゃないのか?

何はともあれとにかく楽しい旅でした。みるものみるもの楽しくて、世の中素敵ね〜とまた思えたので性懲りも無くまた何かを書いたりするかもしれません…その時は暴走しないようになるべく気をつけますのでよろしくお願いします(  › ·̮ ‹  )

以上です。ありがとうございました☆*:.。

シロクマ文芸部さま、参加させていただきました゚ ✧˖ ٩( ‘ω’ )و ✧ ˖゚
「秋桜といったらなんとなく失恋だ!今回こそお題をしっかり守って秋桜のことを書こう!」と思っていたのに我慢できなくて河童を……ただの自分の最近の趣味です。うぅ……欲まみれ

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