女が男社会で働くということ①

私は、THE 男社会で働いている。というのは、機械メーカで且つ人事、総務、広報ではない。気がつくと、打ち合わせは女一人ということもざら。その中でも、取引先はほぼ男性しかいない会社ばかりである。

二十代のことろは、ただがむしゃらに働いていて気がつかなかったし、私はフェミニストを声高に叫ぶタイプでもなく、かといって女の武器を使う(使える)器用な人間でもなかった。自分では、比較的ニュートラルな人間だと思っていた。

でも、30代も半ばに差し掛かった私は、自分の変化に気がついてきた気がする。「女である私」が、「女でいながら」、男性と同等に働いていくことってなんて難しいのだろうかと思う。

取引先に出した見積もりは男性見積もりをとった場合に比べて、2倍且つ、1500万円の初期投資費用を要求されたり、話を聞いてもらえなかったり、男性同士の情報網に食い込む難しさだったり、明らかに20代とは違う苦しさがある。男女差なんてないと思っていたのに、至る所にあるんだってまざまざと感じる。

RBG最強の85歳を見た。アメリカの最高裁判官を務めた女性の話である。彼女は、女であるということだけ、弁護士なかなか採用してもらえなかった。この話はまだ55年とかそれくらい前の話である。私が、今こうやって働く機会をもらっているがそれは、いろんな人が戦ってきたからある機会なんだと思う。

一方で、働く中で自分が女であるということを痛感せざる得ない日が続く。女だから、それとも私だから、その境界性は難しいけど、「男女差なんてない」って甘く考えていた若い頃の私とは明らかに違う。

女のことをわかって!!と主張することも大事なのかもしれないけど、私は、ああこの人の働き方、生き方素敵、ああ女性もなかなかいいじゃんって思ってもらえたらいいかもとかふと、思う。