飯田一史 ichiiida@gmail.com
菅野よう子事典(~2008)
「ロシア」「ウクライナ」に関係する内容の可能性がある記事です。
極端な内容・真偽不明の情報でないかご注意ください。ひとつの情報だけで判断せずに、さまざまな媒体のさまざまな情報とあわせて総合的に判断することをおすすめします。 また、この危機に直面した人々をサポートするために、支援団体へのリンクを以下に設置します。 ※非常時のため、すべての関連記事に注意書きを一時的に表示しています。

菅野よう子事典(~2008)

飯田一史 ichiiida@gmail.com

 雑誌などメディアで語られたエピソードを中心に構成しました。よって菅野音楽における重要人物でもオープンにされた情報が少ない場合には分量が少ない、または項目立てがなされていないことをご了承ください。なお、引用した雑誌名を一部省略させていただきました(月刊ニュータイプ→NT、月刊アニメージュ→AM、ピクトアップ→PU、CONTINUE→CNT)。

【愛の告白】

告白するならどういう方法がいいか考えたさい、電話では声がふざけているから伝わらない、メールはあまり信用していない、面と向かってでも格好つけすぎて失敗しそうだ――という流れで、自分のライブを見てもらう(日本一のミュージシャンを使い、お客さんにお金を払わせて……)という結論に。シートベルツの二〇〇一年ライブ時に、はじめて素直に「見てちょうだい聴いてちょうだい、これが私の気持ちなの」と言えた瞬間を経験、これだけ伝えられたら嫌われてもかまわない、と思った。なお、自分が言われてクラッときてしまう口説き文句は「嬢ちゃん、いい子だね」。

【赤根和樹】

六二年生まれ。アニメーション監督、演出家。サンライズを経てフリー。『天空のエスカフローネ』監督。『マクロスプラス』の一話を見終わってすぐ、監督の渡辺信一郎に「内容はともかく、この音楽、誰がやってるの!?」と聞きに行ったという逸話がある。『エスカフローネ』では、赤根が「エスカフローネ」という音の響きが呪文のように聞こえたため、その言葉を入れて番組のすべてを象徴するような音楽を作ってほしいと菅野にオーダー。現場での菅野の妥協のない仕事ぶりに感動を覚え、いつか物語で菅野をうならせるアニメをつくりたいと思った。他人がつくったアニメはあまり観ないが、菅野が携わった作品はチェックしており、観ると「予想どおり音楽がかっこいいのでむかつく(笑)」(「NT」〇九年六月号)とのこと。

【AKINO】

八九年生まれ。歌手。四人兄弟ユニットbless4次女。bless4として〇三年デビュー。〇五年にアニメ『創聖のアクエリオン』OP曲「創聖のアクエリオン」でソロデビュー。「一万年と二千年前から愛してる」というサビはキャッチーなものの全体には難曲である同曲を歌い上げる歌唱力が注目された。菅野作プロデュースのもと同作用に歌った曲は1stアルバム『Lost in Time』(〇七年)にまとめられた。

【芥川也寸志】

二五年~八九年。作曲家、指揮者。純音楽から映画音楽、CM音楽までを手がける。『編曲の本』によれば、幼児教室でピアノを習っていた菅野が四歳のとき「あさ」(ただし「NT」〇〇年二月号には「あさ」の冒頭部分の楽譜が掲載されているが、ここには「カンノヨーコ(6才)」とある)という自作曲を弾いた発表会に芥川が来ており「CからFのコードに移るとき、あいだに+5を入れてごらん」と言われ、音楽の世界が広がったことに衝撃を受けた。

【悪の華】

シャルル・ピエール・ボードレールの詩集。一八五七年刊行。菅野が小学二年生のとき、親にねだって買ってもらったはじめての本。タイトルに「悪」と入っているので買ってもらえないかもしれないと思い、ハイネの詩集といっしょにお願いした。「超時空七夕ソニック」パンフレットでガブリエラ・ロビンは「あなたにとって音楽以外に大切なものを教えてください」という質問に対し「物語と哲学。昔パパにねだって初めて買ってもらったボードレールの詩集は今でも宝物よ」と答えている。

【阿修羅城の瞳】

滝田洋二郎監督、市川染五郎、宮沢りえ他出演。中島かずき(劇団☆新感線)原作の伝奇時代劇映画。〇五年公開。プロデューサーの宮島秀司が菅野ファンだったため、オファー。「"阿修羅"って、少なくとも、日本のものではないでしょ。勝手な思い込みなんだけど、ヒンズーとか、そういうイメージだった。はじめは、和楽器のなんとか、とかいろいろ勉強してみたんだけど、だんだん面倒になってきて(笑)、もういいやって、なって」(『キネマ旬報』〇五年五月上旬号)、結果、民族楽器を採りいれた無国籍サウンドに。

【あだ名】

こども時代はタマゴ、ヒトコ、カリメロ。動きやしゃべりから。おとなになってからはアヒル、テンプちゃん(「天賦の才」から)。海外ではピアノデインジャー、ウィッチと呼ばれた。「超時空七夕ソニック」では「ひよこ隊長」を名乗った。『CMようこ2』(〇九年)のジャケットのひよこは自分のつもり。

【暑さに弱い】

暑いところは苦手。だがシートベルツのDVD『FUTURE BLUES』撮影のためタイに行ったときはなぜか平気だった。

【アニメ】

「アニメの仕事というと世間に認められていないうしろめたい分野だと思っていた。富野さんに「なんでアニメで、ロボットなの? なぜ実写じゃないの?」と聞いたら、「だって自分の好きなことだけやったら誰も観てくれないもん」と言う.アニメ、ロボットというカセの中でジタバタするからちょうどいい」(「『富野由悠季全仕事』)

【甘栗】

苦手。嫌いなのではなく、おいしいと思うが体に合わない(おなかがゴロゴロしたりする)。しかしその事実がおもしろくないので、むりやり機会があるたび甘栗を食べる。栗ご飯を炊き、ショートケーキやチーズケーキが好きなのにモンブランを食すほど。ほかにタマネギ類も体に合わないが、こちらはあきらめた。

【新居昭乃】

歌手。八六年デビュー。ファースト『懐かしい未来』のころはなかなかやりたい音楽ができず、一時は歌をつくる仕事から離れたが、菅野も参加した『ぼくの地球を守って』イメージアルバム(八八年)に曲を書いたことで現在のスタッフに出会い、やりたい音楽を良いと言ってもらえる世界を得た。OVA『ぼく地球』のときに菅野は新居に歌ってもらっているが、これは純粋に彼女の声が気に入ったから(新居の音源をちゃんと聴いたのは仕事をしたあとらしい)。デビュー二〇周年記念アルバム『sora no uta』は、自身が作詞作曲を手がけた曲がほとんどのなか、菅野が『マクロスプラス』用に書いた曲「VOICES」「WANNA BE AN ANGEL」が収録されている。この二曲はライブでもよく歌われるお気に入りの曲で、とくに「WANNA BE AN ANGEL」は、はじめてデモテープで聴いたとき新居は感動し、「これを私が歌うことができるのか」と喜びにうちふるえたほどだった。なお菅野によれば、新居は「あなたは曲を作らずにいられるの?」と菅野に真顔で訊いたことがある。

【アレンジ】

どんなつまらない曲でも、それなりに聴かせるようにすることができるという自負があるが、「それなりに」やっている自分がイヤになるので、他人の作品を編曲することはあまりない。「世間一般の良いアレンジ、素晴らしい編曲といのが、ややもすると普通になってしまっているので、自分はどこかに違和感とか、引っかかりのようなものを、常に求めて描いてしまう」「どんな仕事でも自分では、壊れるか壊れないかのぎりぎりの線で、違和感とかアテンションのようなものを大事にしている」(『編曲の本』)。

 音楽理論を学習していない(勉強する気もない)菅野はアレンジも独学。はじめはストリングスの基本編成を知らず、近くにいたひとに教えてもらった6/4/3/3/2という編成で一年ほど書くなど、仕事をしながらマスターしていった(そのため演奏家にはよく怒られた)。「オケの場合、楽器には出せる音の範囲があるので、譜面を書いてから確認して、ああ、こんな高い音は出ないんだ、失敗失敗。なんていっぽうで、パンク・ロックのタイコで絶対叩けないのを描いて、じゃあダビングしよっかみたいな。やっちゃいけないことの嵐」(「CDジャーナル」〇一年九月号)

【アレンジャーズ・サミットin東京'98】

九八年三月三一日、かつしかシンフォニーヒルズで開催された、TVドラマやゲーム、アニメの作・編曲家が集まって、東京フィルハーモニー交響楽団を一曲ずつ指揮するイベント。すぎやまこういち、服部隆之などが出演。菅野はポーランドからカウンターテナー歌手アルトゥールをまねいて『天空のエスカフローネ』中の「アルカディア」を指揮。

【アンコ】

長らく苦手だった。謎のどろどろした砂糖のかたまりだと思っていたが、あるとき豆を煮たもの、もとをただせば野菜だとわかってからは食べられるように。「「アンコール」って何度も言うと、「アンコ売る」に聞こえてくるぞ!」(「七夕ソニック」パンフレット内、ひよこ隊長の「今日の一言」より)

【アンジェロ・バダラメンティ】

三七年生まれ。作曲家。CFでの活動を経てデヴィット・リンチ監督映画『ブルー・ベルベット』の音楽で注目をあつめる。以降、『ワイルド・アット・ハート』『ツイン・ピークス』などリンチ作品を多数手がける。菅野はリンチとバダラメンティの関係を「それぞれが独立した仕事をしながら、映像と音楽がきちんと融合している」「信頼できる監督と音楽の信頼関係が、カッコイイ作品をつくるというよい見本」(「NT」九八年一一月号)「ことばで説明できないことだよね。あのネジまがった感性を共有出来る人ってあんまりいないと思う」(『PU』〇一年一〇月号)と形容し、理想としている。なおリンチはその微妙なバカさ加減ゆえに好きな映画監督のひとり。

【イエス・キリスト】

理想の男性。カトリック系の幼稚園に通っていた菅野は、絵本でみた白布をまきつけたスタイルで醜女に手をさしのべる姿や、磔姿に、キューとなった。ミッション系の高校に通っていた新居昭乃とイエスさまの話でもりあがったことも。しかし現在、特定の宗教は信仰していない。

【居心地】

坂本真綾によれば菅野の家は「超絶、居心地がいい」。「いつか飽きたら私に譲ってください」(「NT」〇九年六月号)

【一年に一作】

TVシリーズのアニメなど、何か月も関わらざるをえない「長物」は一年に一作と決めている。予算やスケジュールなどの問題でやり残したことがたくさん生じるとストレスで体を壊すため。とはいえシナリオや映像を気にいると原則が崩れることも。

【犬】

自分を犬にたとえることが多い。愛犬家。知らない犬同士が会うとき、お互いの順位(関係性の上下)が瞬間的にきまることにたとえて「初対面の人に会うとき、わたしは犬のきもちだ」「私の社会性は、いいとこ犬並み」(「NT」〇三年九月号)と語る。坂本真綾に書いた「マメシバ」(アニメ『地球少女アルジュナ』OP曲)は「柴犬のちっちゃいやつ」という意味で、坂本の詞がつく以前からそういうイメージで作られたもの。坂本真綾も犬好き。

 なお、ご飯を食べるときはライオンのメス(メスライオンはエサに最初に口をつけていい)、ご飯が終わると猫になる(猫は一日中寝ていていい)。たしかに坂本真綾や中島愛は菅野を「猫みたい」と形容している。猫も飼っている。

【イラリア・グラツィアーノIlaria Graziano】

ナポリ生まれの歌手。ゲーム『ナップルテール』(〇〇年)にはじまり『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズ(〇三年~〇六年)や『阿修羅城の瞳』などのサントラに参加。菅野いわく「小柄で妖精ちゃんみたいな、かわいい子」。イラリアに歌ってもらうときはかのじょをプロデュースするつもりで録音。イラリアに語感重視ででたらめの言語で歌わせることも。

【岩里祐穂】

五七年生まれ。作詞家、作家。いわさきゆうこ名義でシンガーソングライターとして活動後、作詞・作曲家に(八八年より作詞に専念)。菅野よう子とは坂本真綾作品、「創聖のアクエリオン」などで組んでいる。岩里いわく菅野は「超人」「明快な判断を瞬時に下せるスーパーウーマン」(「NT」〇九年六月号)。

【歌もの】

担当した作品の世界観を菅野なりに表現するためには、歌詞にしてしまうのがわかりやすいと考えている。言いたいことがある分だけ歌ものが増える。『ビバップ』のときには渡辺信一郎監督が「MEMORY」一曲だけをオーダーしたはずが、十数曲歌ものがあがってきた。

【打ち合わせ】

スタッフからどんな作品にしたいか聞くのが好き。相手の気持ちを汲もうと思って打ち合わせにのぞむため「打ち合わせしても、その通りにつくらない」という評判に対しては苦々しく思っている。

【宇宙】

「正直に言うと、宇宙にまったく興味がないんです。嫌いというわけではないんですけど、SFを読むとか、皆既日食を観察してみるとか、そういうのはどうでもよくて」(『マクロスF OFFICIAL FAN BOOL』)

【浦田恵司】

日本のシンセ・マニピュレーターの第一人者。菅野が特に信頼を置く二人のマニピュレーターのうちのひとり。菅野の注文に合わせてシンセの音色を自在に作り出す。菅野によれば、頭が痛くなるような暗い音楽が好きで、「暗い音を入れたい」と言うと無数の音色を繰り出し、「たった一音で、今までケラケラ笑っていた人を落ちこませることができる」という自負があるという。

【WOLF'S RAIN】

岡村天斎監督。BONES・信本敬子原作。〇三年放映(二七~三〇話はOVA展開)。人間の目をだましながら生きる狼の若者たちがこの世のどこかにあるという「楽園」をめざすシリアスな旅物語。菅野が『ウルフ』の作曲をはじめたのは〇二年夏ころ。多摩川でアザラシのタマちゃんが話題になっていたため、菅野は『ウルフ』のテーマを「タマちゃん」に決めた。仲間から遠く離れ、道を誤ったように見られるかもしれないタマちゃんだが、しかし生きることは立派だ、誇り高いと思った。そして歌い手として参加したジョイス、坂本真綾、スティーヴ・コンテはいずれも誇り高く日々切実に生きるひとたちである、と語っている。吹雪のなか狼たちが走るシーンでジョイスの歌うボサノヴァ調の曲が流れるなど意表をつく楽曲使用もなされた。

【絵】

絵を描くのが得意。NT連載エッセイ「ポッカリした。」(九九年一月号~〇六年三月号)のカットは自分で描いていた。ほとんどが動物の絵である。

【映画音楽】

映画音楽はひとつかふたつのメインメロディが存在し、そのヴァリエーションでつくられることが多いが、菅野はそれでは作り手が観る側にイメージをくどくど説明している気がするため、イメージを固定させないようたくさんメロディをつくる。が、この持論は監督と衝突することもしばしば。

【影響を受けたミュージシャン】

武満徹をあげることが多い。「CM NOW」九七年一二月号では「あなたの音楽人生の中で、影響を受けたミュージシャンを教えて」という質問に対し、「初めてアメリカで、遊園地などでやっているエンターテインメントを見て、出し惜しみなしのサービス精神に心を打たれた」と答えている。プロデビューするはるか以前にはクラシックではラヴェルをよく聴いた。てつ100%のころはパット・メセニーやスティングが好きだったという。

【英語】

海外に行くことが多いため、英語はある程度話せる。また、ふだんから英語の勉強をせねばと思っているため、なんでも英語に置き換えるクセがある。

【絵コンテ】

マンガもほとんど読まないので、絵コンテの読み方はいまだによくわからない。

【エド】

エドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキー4世。『カウボーイビバップ』に登場する無邪気な天才少女ハッカー。当初は黒人男性ハッカーの予定だったがベタすぎるという理由で変更。エドのモデルは菅野よう子(本人は認めたがらない)。録音スタジオで仕事を始めると床や机でところかまわずごろごろしはじめるところから監督の渡辺信一郎が着想。

【MC】

ライヴでは演奏よりもMCのほうが緊張する。

【演歌】

『ビバップ』#10「ガニメデ慕情」は南雅彦の「演歌やろうよ~」という話からうまれたが、そのエピソードを聞いた菅野は「演歌作ってみたかったな。自分で詞を書いて。『津軽海峡…』とか、「ひゅるり~」みたいなの」(『カウボーイビバップ5.1chBOX』ブックレット)と思った。『マクロスF』の「宇宙兄弟船」で演歌の作曲は実現したものの作詞は一倉宏の手によるもの。演歌の作詞作曲家への道は遠い。

【エンタテインメント】

エンタテインメントで一番好きなところは、いろんな思いものを全部パッとなくなって、自分の根本に戻れる、「なんでもできる!」と思える瞬間。また、その瞬間に夢をみんなで共有できること。例としてウォルト・ディズニーの思想を挙げている。

【オーケストラ】

『マクロスプラス』サントラでイスラエルフィルと組んだのを皮切りにオーケストラと仕事をするようになった。菅野によればイスラエルフィルは作曲者の顔色をうかがわず、じぶんが表現したいと思ったものに対して全身全霊で応え、イタリアでは自分はこう思う――と主張するが、その中身は全員バラバラであばれ馬のよう。チェコフィルは白髪頭の年配者ばかりで休憩を入れるとビールをひっかけてくるが、クリアで奥深い音を出す。日本のオケはリズムが正確でバランスがいい。ワルシャワフィルは、難しいフレーズが大好きで、指揮者に同化するまじめなタイプ(「七夕ソニック」パンフでは「モダンで賢くて強くてあったかくて、お好み焼きとラーメンがだいすき」とも)、だがポーランドでは「誉めてはいけない」ということわざがあり、じっさい演奏を誉めるとなぜか途端にメタメタになってしまう、とのこと。ワルシャワフィルは「七夕ソニック」でも来日したが、菅野とは『信長の野望』劇伴以来、五〇回以上におよぶコラボレーションを果たしている。

【オーディオオンチ】

全方位型機械オンチ。コンピュータが苦手で、シンセの音色づくりやサンプリングも自分ではできないため、信頼のおけるマニピュレータにイメージをつたえてやってもらう。また家庭のオーディオ設備は貧弱。「NT」〇三年六月号段階の情報だが、家のTVはビデオと一体型でモニタのサイズはハガキ大。携帯可能なコンパクトなCDラジカセ(仕事を始めて五年くらいしてから購入。コーヒーぶちまけ済み)、一〇年来(当時)使用している「その辺で買ったちっこい」ボロボロのヘッドフォンが菅野の自宅での聴取環境である。

【岡村天斎】

六一年生まれ。アニメーション監督。マッドハウスのアニメーター、演出家を経てフリーに。『WOLF'S RAIN』『DARKER THAN BLACK ―黒の契約者―』(〇七年)で菅野と組んでいる。本人いわく、音楽家に発注することばをもっていないので、言ったことばを額面どおりに受け取られるなどいつも苦労するが、菅野よう子はにおいや空気を野生の勘で判断するのですごい、という。しかし岡村が『ウルフ』の打ち合わせでうっかり「ボサノバ」と口にすると菅野はブラジルに飛んでしまった。また、『DTB』の打ち合わせ時に岡村がハンチング帽をかぶっており、刑事ないしフランスの芸術家のように見えたことが音楽に影響したという。

【お茶】

何かあるたびにお茶を飲む。砂糖は入れない。家には三〇〇ccは入るマグカップがいくつもあるが、お茶を飲みながらうろうろするので数が足りなくなる。ロンドンに行って以来、明け方はミルクティ。お風呂ではコーヒー。寝る前も紅茶かコーヒーを飲む。

【お使い】

幼少期からなぜかお使い、お願いを頼まれることが多い。

【おニャン子クラブ】

てつ100%と同時期にサークルの先輩からの紹介でおニャン子クラブのバックをつとめるバイトをしていた。八七年の解散コンサートでもピアノを弾いている。あまりにも普通の女の子に見えたため「アイドル」としては認識していなかった。

【オリヴィエ・メシアン】

〇八年~九二年。神学に傾倒したフランスの現代音楽家。菅野はメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」を聴いたとき「鐘っぽい」と思い調べるとガムラン研究からうまれたものだと知ったが、菅野が六歳(一説には四歳)でつくった「朝」という曲もピアノで鐘の音をあらわそうとしたものだった。菅野はこどものころのピアノの先生が「このフレーズは、どんな音で弾きたい?」と音色を想像させるひとだったため、頭のなかではピアノではない好きな音が鳴っていた。メシアンとの共通点に気づいたことにより、難しくてよくわからないと思っていた「現代音楽」が何をあらわそうとしているのか多少はわかるようになった。なおメシアンは鳥の声を採譜したことで知られるが、菅野は「七夕ソニック」パンフレットのなかで自身の特殊能力を「動物を手なずけること、特に鳥関係のコミュニケーション」としている。

【オリガORIGA】

七〇年うまれ。シンガーソングライター。九四年『ORIGA』で日本にてメジャーデビュー。故郷ロシアと日本を往復しながら音楽活動を展開していたが九六年より日本に拠点を構える。菅野との代表的な仕事として、浮遊感あふれる歌唱を披露した『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』OP曲「inner universe 」など。「私は彼女の大ファンで菅野さんの作品はすべて好きです。私の曲をもっと作ってほしい。大好き!」(「七夕ソニック」パンフ)

【オレ】

一人称は「オレ」。ただし成長にともない、最近は「わたし」に。

【音楽は聴かない】

ながいときは一日二〇時間スタジオで仕事をするため、家では音楽を聴かない。絶対音感をもっており、生活音でもいちいち気になるために無音状態を欲している。そもそも完全にオフの日は一五年くらい一日もないと「bounce」のインタビューで答えている。また、幼少期には親が厳しくTVも夜七時のニュース以外は見せない、また自分用のラジオもレコードプレーヤーもないような環境だったため、家でポピュラー音楽に触れる機会はあまりなかった。

【回復力】

からだがじょうぶで、足つぼのマッサージ師から、揉むそばからやわらかくなる=回復力がすごいと言われたことも。

【カウボーイビバップ】

監督・渡辺信一郎、シリーズ構成・信本敬子、企画・サンライズ。九八年~九九年放映。〇一年、劇場版『COWBOY BEBOP 天国の扉』公開。当時サンライズに在籍したプロデューサーの南雅彦が、あたらしいチャレンジができるディレクターとして『マクロスプラス』監督をつとめた渡辺に白羽の矢を立てた(音楽センスにすぐれていたことが決め手のひとつ)。賞金稼ぎのスパイクとジェットが二〇七一年の太陽系を駆け巡る「スペースオペラ」ならぬ「スペースジャズ」(渡辺の造語。ここで言う「ジャズ」はオーセンティックなジャズではなく九〇年代に台頭してきたクラブジャズのイメージ)。ジャズというキーワードと『シューティングスターバップ』という企画当初のタイトルを聞いた菅野は「こんなの売れるわけねえ」と思った。

 菅野は「いたんだ音・クサいメロ・悪い音楽」をめざした(ただし渡辺が「The Real Folk Blues」をED曲に使うと言ったときに菅野と「クサすぎない?」というやりとりがあった。菅野が当初EDとして用意したのは「Rain」。結局アレンジと詞を変えて再録したものが使用され、元のバージョンは最終話で使われることに)。レコーディングはニューヨーク、パリ、ワルシャワ、東京で行われた。菅野によれば制作現場のだらだらした雰囲気、「かったるいよね~」という感じがアニメにでも出ていると思う、とのこと。よく『ルパン三世』と比べられた作品だが、菅野はアニメに疎いため『ルパン』の音楽といってもテーマ曲くらいしか知らず、漠然とああいう「燃えるようなイメージ」「かっこよさやけれん味」はやりたいと思ったくらいだった。菅野は『ビバップ』の音楽をつくるときのきもちを犬の絵にしたことがあり(「NT」〇一年八月号。自分で作画)、キーワードとして「思わずしっぽが立ってしまう」「いい匂い」「脊髄反射」「無分別な」を挙げている。

【COWBOY BEBOP 天国の扉】

渡辺信一郎監督、信本敬子脚本。〇一年公開。ブルーノート東京で行われた映画の制作記者発表で菅野は「Piano Bar Ⅰ」を生演奏で披露。「音楽はまだ全然未定。スパイクがミュージカルをやるかもしれません」と語っていた(もちろん、そんなシーンはない)。サントラ制作は〇〇年九月ころから開始。当初は絵ができていなかったので菅野はまず歌ものから制作。例によってメニュー以上の曲数が録音された。渡辺のエレピ好きを反映させてRHODESをフィーチャーした曲も。TVシリーズは2chだったが映画は5.1chだったため、渡辺が音響監督の小林克良に「映画らしいダイナミックなサウンドづくりを」とオーダー、菅野の要望もあって映像が完成する前に仮アフレコをし、音楽、編集、効果にとってのガイドとして機能させた。音楽のエンジニアが映画にかかわるすべての音声をレコーディング/ミキシングするハリウッド方式を採用したほか、映画館の特性でハイが落ちるためにミックス段階で高音をガーンと上げるなど、サントラのMAに工夫もなされた。菅野は「WHAT PLANET IS THIS」に入っているコーラスをカットされたことに憤慨、死ぬまで忘れないと語っている(渡辺によればコーラスがセリフとかぶって聞き取りづらかったのでコーラスなしバージョンを採用)。

【柿の木】

〇二年の目標は「柿の木」。「我が身を省みずに実をつけて、危なくなったら落っことす。次の年は休み」(「NT」〇二年一月号)。しかし翌年以降も多忙だった。

【確認】

サントラやCM音楽をつくると、必ずその作品のなかで曲が絵にどうフィットしているかをチェックする。

【過去の作品】

自分にとってはつらい歴史。納得がいかないから仕事を続けている。

【歌詞】

自分のイメージを作詞家につたえて発注をだすことが多い。坂本真綾によれば「英語であろうと日本語であろうと、歌詞にすごくこだわりがある人」(「声優グランプリ」〇三年四月号)。

【カセット】

曲ができるときは一瞬で頭から最後までできる。「曲の入ったカセットが、空から頭ン中に降ってくる感じ」(「NT」九九年二月号)。譜面にするとき再生、録音時は頭のなかの音を早く外にだしてしまいたいから高速回転。頭の中のカセットより現実の音がすばらしかったことは一度もない、と語っている。よって、録音時の指示はテキパキとしており、セッションというより「命令」に近い。が、「いろんなひとの[ゆがみ]や[思惑]や[カン違い]によって、自分の曲の表面が、[デコボコ]したり、[ザラザラ]したりするのを楽しむのが好き」(同誌九九年一〇月号)でもある。曲を書いて詞が来るとアレンジを全部変えることもしばしば。一般にはループを基調とするはずのクラブミュージック的な楽曲であっても頭から終わりまで一挙に降りてくる。カセットを降ろすコツは、クライアントがどういう感性のもちぬしなのか、言わんとすることは何かを理解するためにきもちをリラックスさせ、右脳を空いた状態にすること。

【家庭環境】

大学教授の父(NHKの語学講座を担当)、元看護婦の母、現在ではコンピューター関係の仕事に就いている兄がいる。厳しく育てられ、映画館に行ったのも大学生になってから。また、家庭内で方言が禁止されたため宮城出身だが菅野になまりはない。菅野家で音楽に関わりがあるのは菅野よう子を除くと祖父のみ。どこかの学校の校長まで勤めた祖父が、校歌を作っていたという。菅野は祖父の霊が命日にスタジオのカーテンの裏に「いる」のを目撃したことがある。

【活字中毒】

スタジオに(ほとんど興味がない)スポーツ新聞しかないと仕方なくそれでも読んでしまうほど活字中毒。読書時間は主に夜寝る前。『日経エンタテインメント』〇八年一一月号では神田橋條治の心理学の本が楽しいと答えている。

【歌舞伎】

『阿修羅城の瞳』劇伴制作をきっかけに歌舞伎にハマる。歌舞伎もアニメも「きまりごと」(お約束)をわかったうえでたのしむものだとに気づき、「自分に日本人の血が流れていて、歌舞伎からアニメまで通じるエンタテインメントに関わっていることをすごく誇りに思ってしまった」(「bounce」)。『マクロスF』制作時に河森正治に対し、歌舞伎が時代に合わせながらも同じ演目をやることについて説いたところ、「初代『マクロス』をもう一度やる」というミッションを受けていた河森が、なぜ自分が主人公の早乙女アルトを「歌舞伎役者」という設定にしたのかについて、ようやく合点がいったという。また、富野由悠季作品で特徴的に感じる事、というアンケートに対し「時代がかったセリフまわし。歌舞伎の「見得を切る」みたいな」と回答している(『富野由悠季全仕事』)。ちなみに『阿修羅城の瞳』原作者で『天元突破グレンラガン』シリーズ構成を手がけた中島かずきも、名乗りがあって見得があるスーパーロボット・アニメは歌舞伎に近い「伝統芸能」なのだと語っている。

【ガブリエラ・ロビンGabriela Robin】

歌手、作詞家。菅野作品に多数参加する謎の女性、過去のライヴではORIGAや坂本真綾が代役をつとめた――が、「七夕ソニック」アンコールおよびパンフレットにて菅野よう子自身であることが明かされた。姿を現さなかった理由については「まだその時ではなかったの。形而上学的にも現存在としてみなさんの前に現れる必要がただ感じられなかった…それは私が多元主義者であり、また唯心論者ということに関係しているのだけれど。でも今年に入って星が巡り、時の輪が接したことを感じて、みなさんの前に出て歌うこと、つまりはみなさんと波動を共有することに決めたの。(中略)…まあそうね、あとは私がシャイってこともあるわ」(「七夕ソニック」パンフ)。

【神山健次】

六六年生まれ。アニメーション監督。スタジオ風雅での美術を経てフリー。『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズ監督。菅野と初めて会ったのは〇一年夏に『S.A.C』の音楽を依頼に行ったとき。神山は作品の骨子を伝えて断られるようならこの作品は失敗だろうと覚悟していたが、菅野は「音でメジャーにしてあげるよ」と答えた。神山は熟考するタイプで、菅野ができあがった曲を聴いてもらい感想を求めると「ちょっと明日まで待ってもらえますか」とその場で答えなかったという逸話がある。菅野いわく「俺とは真逆の人」。

【カラオケ】

業界に入りたてのころ、打ち上げでカラオケ酒場(スナック?)に連れて行かれ、素人の熱唱を延々聴かされて以来アレルギーに。その後、歌謡曲のアレンジ仕事をするようになってからは、カラオケで歌われることが良い(歌いやすい編曲や伴奏を求められる)という風潮も好きではなかったため「歌えるもんなら歌ってみろ」的な挑戦をしていた時期もある。菅野は、アレンジはメロディに合わせ、また、当の歌い手ひとりに最高に似合うようにするものだと考えていた。人生ではじめての自主的なカラオケは『エスカフローネ』劇場版を前に坂本真綾といっしょに行ったとき。しかし自分が歌うのが目的ではなく、坂本に延々一時間、一コーラスずつさまざまな曲を歌わせ、以降の歌手活動の参考にするためだった。なお、『ビバップ』主題歌の「Tank!」カラオケバージョンを作ろうということになり、渡辺信一郎がつくっていた替え歌をベースにエド(多田葵)が歌う「みんなで唄おう「Tank!」」がつくられたこともある。また、〇九年の松本隆との対談では「みんなが楽しそうに私の作った曲を歌っているの見てたら、「一度自分の手から離れたら、もういいか」と思えるようになった」(『CNT』vol.46)と語るなど、態度の軟化が確認された。

【河森正治】

六〇年生まれ。七八年にスタジオぬえ入社。メカデザイン、原作、シナリオなどを幅広くてがける。代表作に『マクロスプラス』『地球少女アルジュナ』『創聖のアクエリオン』『マクロスF』などで菅野と組む。菅野いわく「河森さんは、音楽に対して、映像で「こういうふうに受け取ったよ」と返答してくれるんですね。先に音楽を渡すことで、映像の表現が変わったり、極端な時はストーリーまで変わっていったりする。これ初めての体験で、すごく刺激的です」(『AM』〇八年七月号)。逆に河森によれば「菅野さんはマイクローン化したクラン・クランみたいにヤック・デカルチャーな音姫です。全身をジタバタさせながら、キュートなアニメ声で笑い転げたかと思えば、ふいに鋭いまなざしで、心の神秘に斬り込んでいく…何が飛び出してくるかわからない、ダークマターのヤミ鍋的なステキなサラウンドたちはヤミツキになります」(「NT」〇九年六月号)とのこと。ちなみに『マクロスF』劇場版公開が発表されたあとのスタッフ座談会で脚本の吉野弘幸と河森のあいだで「クランにも歌わせたいな」「そんなこと言うと、菅野さんが本当につくっちゃうよ(笑)。ゼントーラディが歌うっていうのは、それだけですごいパワーがあるからね。むしろ新シリーズがつくれちゃう!」というやりとりがある(「NT」〇九年二月号)。

【観劇】

コンサートはほとんど観に行かないが、ニューヨークのブロードウェイをはじめ、ミュージカルやバレエ、歌舞伎を観るのが好き。しかし時間がなく、あまり観に行けない。〇四年に坂本真綾出演のミュージカル「レ・ミゼラブル」を本人からチケットを購入して劇場に赴いたさいには券を忘れ、劇場で「お忘れ券」を発行してもらったことも(余談ながら坂本真綾も忘れ物が激しい)。

【韓国】

韓国では菅野よう子が人気。菅野が歩いていると街行くひとから声をかけられるほど。坂本真綾に書いた「指輪」などがカバーされているほか、オンラインRPG『ラグナロクオンライン2』のサントラを手がけ(CDは日本未発売)、そのプロモーションも兼ねて〇七年六月二〇日に韓国セゾン文化会館大講堂でORIGAや坂本真綾、山根麻以を伴って三時間半にもおよぶライブを敢行している。舞台が一八〇度回転してオーケストラが登場するなどサービス精神あふれるライブだった。なお菅野はMCをすべて韓国語でおこなったほか、坂本真綾も「約束はいらない」「指輪」を韓国語バージョンで披露した。

【韓国語と右脳】

語学の学習法は、目につくものすべて、知っている単語を並べてとにかく大声でしゃべること。韓国語を二週間ほど勉強していたさい、頭のなかで音楽が垂れ流しに。見たままのことを口に出す行為によって理性のガードが解け、右脳の海にアクセスしやすくなったからではないかと菅野は推察している。

【機材】

『キーボード・マガジン』九九年八月号および〇一年五月号では、デモ作りにKORG T1やTrinity、MARK OF THE UNICORN Performer、TASCAM DA-88を使用していると語っている。

【きのこ】

きのこの味が好き。『ビバップ』制作時、きのこ好きが高じて黒人の女性シンガーが「Mushroom Hunting~」と歌う曲をつくっていたところ、セッション17「マッシュルーム・サンバ」で使用された。5.1chDVD BOXでは同回のオーディオコメンタリーを渡辺信一郎と佐藤大とでおこなっている。

【京極夏彦】

六三年生まれ。小説家。「七夕ソニック」パンフレットに「カンノさんは、まあ姫なのである」で始まるメッセージを寄せている。また、ひよこ隊長(菅野)が、京極夏彦とお笑いコンビを結成することになったとしたらコンビ名は? という質問に対し「葛飾モンゴリアート」と答えている。「七夕ソニック」では荻原規子とともに物販の列に並ぶ京極の姿が目撃されている。

【曲作りの道具】

楽器はつかわない。脳オンリー。作曲の極意は「Don't think.FEEL」。

【キンちゃん】

人を動かす漠然とした根拠のない自信を菅野は「キンちゃん」と仮に呼んだことがある。頭の三〇センチくらい上に浮いている、うすピンク色の雲みたいな近未来の予感。富野由悠季や河森正治の企画がたくさんのひとを動かすのはかれらの「キンちゃん」が伝染性をもつ強いものだからではないかと言う。菅野はアーティストや企画に魅力を感じなければ仕事をうけない。

【食いしん坊】

朝から見るひとがぞっとするくらいよく食べる。目ざめてすぐ天ぷら定食が食べられるくらいに朝ゴハン好き。こどものころはお米ばかり食べさせられたので、外国の朝ご飯にあこがれをもっていた。朝ゴハン世界一はイギリス、とのこと。海外レコーディングの理由はオモテ向きはミュージシャンがいい、制作費が安い、企画に合っている、電圧が違うので音が太い、などだが「本当は、おいしいもん食べたいからにきまってるじゃーん」(「NT」九九年四月号)。

【クサい】

シートベルツは「クサいもの」を追求している。「クドいとは少し違って、納豆みたいに発酵してゆく美味しさ」「渋谷系の洒落た音楽じゃなくてクサさの美学」(『アニメディア』九九年九月号)。

【ゲーム音楽】

代表作に『信長の野望』『大航海時代』シリーズ、『ナップルテイル』『ラグナロクオンライン2』がある。学生時代にバンドと並行して、アルバイトでゲーム音楽をつくりはじめた。最初に手がけたものは光栄(現コーエー)が八五年に制作したPC-88版『三國志』。大学で所属していた音楽サークルが歴史あるところだったため、先輩から仕事がもらえた(何かのバックバンドをやっていたとき、そのバンドが所属するレコード会社の社長が光栄の社長と知りあいだったから、とも語っている。『ミュージック・マガジン』〇九年七月号)。ゲーム全般に興味がなかったが、光栄の『信長の野望』は「大河ドラマみたいなもの」と発注を受け、映画のようなシーンを想像して作曲。しかし、当時のテクノロジーでは三音同時発音が限界であるなど「大河ドラマじゃなかったんですか?」と思い、以降、絵はあまり見ずに設定や企画書の文章をベースに作曲していた。

 スカイリラクゼーション・ゲーム『アースウインズ』(このゲームに使用された五曲が『Songs to fly』に収録)は、音楽担当者が『マクロスプラス』を聴き熱烈なラブコールを送ってきたためサントラを手がけた。担当者が『プラス』のブルガリアン・コーラスの曲を「雲を突っ切って飛び上がったところに、何も音がない静かな世界が広がっているというイメージ」と形容したことが決定打となった。菅野はまさにかれが言うようなイメージで作曲していた(じっさいは別の使われ方をしている)。

【攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX】

神山健次監督、士郎正宗原作。〇二年~〇三年放映。第二シリーズ『攻殻機動隊S.A.C 2nd GIG』は〇四年放映、第三シリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』は〇六年にCSで放映およびDVD展開。電脳化が進んだ近未来を舞台に草薙素子を中心とする警視庁公安9課を描くSFアニメ。いずれも菅野が音楽を手がける。話が来る以前には菅野は『攻殻機動隊』を知らず、スタジオにあった士郎正宗のマンガを読んでみたところ性的な内容に「まいったなあ」と思ったものの途中からハマった。『攻殻』のリズムは四つ打ちと考え、ガブリエラ・ロビンが歌う「スタミナ・ローズ」などを作曲。1stシーズンのときは素子の気持ちや9課の働きを想像して作曲。たとえば「ヤキトリ」は素子が9課の面々を連れて赤ちょうちんに呑みに連れていく背中をイメージしてつくられた。フィルムを観てつくったのは二曲だけ。菅野は、人間になろうとしてなれない機械であるタチコマに感情移入し、「BE HUMAN」を最初につくった(この曲は、自分たちが人間らしい生活をしていないという認識から「人間らしくある」とはいかなることかを裏テーマにつくられた)。菅野はタチコマに思い入れがあり、タチコマの曲だけで一枚アルバムをつくりたいと語るほど。

 菅野は神山が構築した、クリアで破綻がない作品を、どうやって壊し、空気を通すか、理論のすき間を見せ、気配を加えていくかを考えた。音響監督の若林は『S.A.C』1stの第一話録音のさい、士郎や押井の『攻殻』イメージの流れではじめは夜のシーンに落ちついた、暗い音楽をつけようとしたが、菅野とディスカッションに。菅野はまじめに音楽がつきすぎていると主張、この作品はエンタテインメントのはずであって、最初にキャッチーなもの、視聴者のこころをつかむものにしないとダメだという菅野の意見をうけ、若林は一話の一曲目を「スタミナ・ローズ」に変更。神山も、映像やストーリーだけでは沈み込みがちな部分を、菅野が音楽によってアッパーにするようにしていたと思うと語っている。そうした意味で菅野は、1stのときは人の話を聞かなかったが、『2ndGIG』ではアフレコを観ながら、また、画を補完するように曲をつくっていったという。

【交響楽】

『Songs to fly』(九八年)発売時のインタビューで「クラシックの世界でちゃんと勝負できる、交響楽に挑戦したいです」と答えていた。

【声の仕事】

声が特徴的なのでタクシーの運転手からよく歌手や声優、ラジオDJと勘違いされることが多い。声優初挑戦は森本晃司監督の短篇アニメ『Genius Party BEYOND』(〇九年)。

【コードネーム】

頭のなかで鳴っている音はつねに転回形もきまった和音なのでコードネームを(で)書きたくないし、コードネームそのものがそれほどよくわからない。ギター譜も本当はオタマジャクシで書きたいがギタリストに「弾けない」と言われるのでコードで書いている。コードは菅野にとって便宜上のものでしかなく「いつも自分の色彩がある」(『編曲の本』)。

【こどもらしくない】

幼少期、曲をつくってコンテストにだすと審査員に「もっとこどもらしいものを書け」と言われ、評価されなかった。

【個人名義】

「菅野よう子」個人名義の音源リリースには興味がない。ゆえに発売されたサントラの枚数にくらべて個人名義でのアルバムリリースはきわめて少ない。個人名義になっている『Songs to fly』もゲーム音楽からの流用が含まれているほか、『CMようこ』シリーズはCM音楽用に書いた曲をアレンジ、ミックスし直したものでオリジナルアルバムとは言えない。菅野としては個人名義での音楽と、CM音楽やサントラ仕事にはとくに区別がない(普段の仕事で十分個人的な創作ができているという認識)。「bounce」のインタビューではハイドン、バッハ、ストラビンスキーから團伊玖磨から武満徹まで、職業作曲家たちは(自主的な制作ではなく)注文に応じてさまざまな曲を手がけてきたことに注意をうながしている。「頼まれて作る方なんだと思う。自分から曲を聴いてくださいっていうより、やってと言われて初めてその気になる」(「キーボード・マガジン」〇八年三月号)。ただ、恥ずかしがりで、できれば隠れていたいというきもちがあるとも語っている。

【五線紙】

菅野が喫茶店や飛行機、新幹線など人前で五線紙をひろげると、とてもモテる。

【サークル】

早稲田大学に入学したさい、屋外で演奏している音楽を聴き、ロックやポップスをバンド形式で演奏しているところを生で初めて見て「なんだこの世界?」と思い、サークルに入る。菅野はこのとき後ノリのグルーヴやバンド独特の社会性、上下関係などを身につけた。

【採点】

演奏が終わったとたん「九七点!」などと反射的に点数で出来を断定するクセがある。スタジオでよく使うことばは「あとちょっと」「惜しい」「ほとんどOK」「悪くない」「まあまあ」など。英語で「九九%!」と叫んだところ「残りの1%は誰のせいだ?」と議論が起こったことも。

【坂元俊介】

菅野が信頼を置く二人のシンセマニピュレーターのうちの一人。七夕ソニックでもマニピュレ―ションを担当。もし菅野と入れ替わってしまったら?という質問に対し「ベガスで豪遊がしたい」と答えている。

【坂本真綾】

八〇年生まれ。歌手、声優、舞台女優。『エスカフローネ』の主題歌をだれにするのか決めるため菅野が二〇人分ほどデモテープを聴き、岡本真夜の「tomorrow」を歌っていた坂本が唯一、迷いのないまっすぐな歌声をしていたことに惹かれ、「約束はいらない」で歌手デビュー(なお『エスカ』で神崎ひとみ役をやることは先にきまっていたが、レコーディングはアフレコより前に行われた)。以降、九八年から〇〇年まで活動していた樋口智恵子とのユニットWHOOPS!!、九九年発売のPC用ゲーム『ヴォイスカーニバルvol1 ~メビウスの時計~』のオリジナルソング、〇一年のミニアルバム『イージーリスニング』(菅野ひきいる集団hogがプロデュース)、学園祭ライブなど少数の例外はあれど、〇三年のアルバム『少年アリス』まで、ライヴシリーズ「タナボタ」もふくめた音楽活動の大半を菅野がプロデュース。坂本真綾をきれいに、魅力的に見せるにはどうすればいいか?ということを一番に考えてバックアップ。菅野について坂本は「一度OK出したものをもう1回録り直したりとか、すごいゲリラ的なおもしろさがあるんです。感覚優先というか」(『声優グランプリ』〇一年九月号)、「菅野さんは私よりずっと大人なのに友達のお姉さんみたい」(『PU』、〇〇年二月号)「何か野性的なところがあって(笑)。いままでこういう大人にあったことがないし、うらやましい」(「NT」〇〇年七月号)、「女神のような魔女のような、子供のような仙人のような、天才のような変態のような」(「NT」〇九年六月号)などと語っている。デビュー以来、作詞をするときは曲先だったが、シングルコレクション『ハチポチ』に新曲として収録された「Call Your Name」で初の詞先を経験。2nd『DIVE』(九八年)から3rd『Lucy』(〇一年)のあいだに1stワンマンライブ「タナボタ LIVE1」を経験(〇〇年八月一四日、渋谷オンエアイースト。人前で初めて歌うという意味での初ライブは九六年七月二五日になかのZEROホールで開催された「天空のエスカフローネファンの集い」)、これが内側へ向かう歌詞だった『DIVE』からポジティブさを孕む『Lucy』への転換のきっかけに。菅野は1stライブの時点で曲を半分くらい完成させていたが、彼女の成長を感じ、一から作り直した。『Lucy』発売後の〇一年五月三、四日渋谷オンエアイーストで行われた「ルーシータナボタ2」では、菅野は坂本の「素」を引き出すために、ライヴ初日のアンコール時にバンド全員でチョンマゲで登場するなど、毎日サプライズを用意した(最終日には偶然坂本真綾も菅野たちと同じものを同じ店で五分違いで買っていた)。なお、発声練習の類いは九七年~九八年公演のミュージカル「水色時代」出演までしたことがなく(張って高い声を出すのが苦手だったのでコルクの栓を歯で挟んだまま歌う稽古をした。その成果が九八年リリースのアニメ『ロードス島戦記』OP曲「奇跡の海」に活かされた)、さらに本格的な発声は〇三年にミュージカル「レ・ミゼラブル」出演に伴う稽古までおこなっていなかった(楽譜の読み方もこのときマスター)。〇二年から三年にかけては大学卒業、八歳から所属していた劇団「グループこまどり」からの卒業、「レ・ミゼ」出演(人生初の挫折を経験。くわしくは坂本のエッセイ集『アイディ。』参照)があり、これらが『少年アリス』に反映され、そして同アルバムをもって菅野からも卒業。菅野がしきりに「プロになれ」(自分を磨くことにどん欲であれ)と言っていたこと本当の意味は、菅野から離れて(自立して)はじめてわかった、とアルバム『夕凪ループ』発売時のインタビューで語っている。とはいえ〇七年の菅野よう子韓国ライヴにも同行したほか、プライベートでも親交はあった。〇八年、アニメ「マクロスF」主題歌のシングル「トライアングラー」でひさびさに組んだ曲がオリコン三位のヒット。作詞を自分で手がけることが多かった坂本にとって、『マクロスF』ありきな楽曲であるというのみならず「私と彼女とどっちにするの?」というストレートな内容な詞も極端にアッパーな楽曲も自分のイメージとことなるものだったため最初はとまどったが、スタジオに入ると体力勝負な曲を歌いきるのに「楽しい!」と叫ぶほど爽快感を味わった。この曲を端緒に「こういう曲は私らしくないんじゃないか」という遠慮から解放され、アルバム『かぜよみ』制作へのモチベーションが高まっていった。『マクロスF』ではランカ・リー=中島愛が歌うED曲「蒼のエーテル」作詞(同曲は『かぜよみ』でセルフ・カヴァーしている)、「アイモ~鳥の人」「アイモO.C.」の歌詞をガブリエラ・ロビンと共作、またランカの母・蘭雪役として「母と子ランカのアイモ」を歌った(『娘たま♀』収録)。

【坂本龍一】

五二年生まれ。音楽家。菅野がアレンジャーとしてスゴイ!と思ったバックトラックは「世界のサカモト」と武満徹のもの。菅野は未来のカラオケルームで流れる演歌、という設定の音楽をつくるさい、「未来の演歌」と言ったらYMOあたりの音だろうと決めつけ、教授の音をマネしたことがある。菅野の分析によれば、教授のオケは聞こえてこない音が重なり合ってひとつの世界をつくっており(ひとつのスネアドラムに聞こえる音が、じつは七つのドラムループの重なった音だったりする)、聞こえている音をコピーしただけでは雰囲気が出ないという。よって表層をマネたその「未来の演歌」は、いかにもあかぬけないカラオケっぽい音楽として完成した。なお渡辺信一郎はYMOチルドレンを自認している。

【酒】

お酒は飲めない。

【佐々木史朗】

音楽、映像プロデューサー。『超時空要塞マクロス』が放映された八二年にビクターエンタテインメント(当時)入社。八六年から音楽ディレクター。○○年、FLYING DOG設立。『AKIRA』や勇者シリーズなどを手がけるなか、菅野よう子と出会い、『マクロスプラス』に結実(菅野を渡辺信一郎らに推薦したのは佐々木)。数多くのサントラのみならず坂本真綾のアルバムディレクターに携わるなど、菅野と非常に縁が深い。なお、「アニメサントラの歴史を変えた」と言われる『マクロスプラス』だが、キャラクターの絵を使わずロゴとデザインだけで構成されたCDジャケットは、佐々木の発案によるもの。佐々木は菅野のことを「犬にたとえると、尻尾が立たないと仕事をしないタイプ」と語っている。

【笹路正徳】

五五年生まれ。音楽プロデューサー。てつ一〇〇%は笹路がプロデューサーをつとめた。菅野は最初、口を出されることがあまり嬉しくなかったが、笹路が曲を直すとがらっと良くなり、実践的に教えてくれたことは「勉強になった」とふりかえっている。

【作曲をはじめた時期】

二歳くらいのときにはすでに、しゃべるより曲を作ったりピアノを弾いたりするほうがラクだった。近所のかっこいい男の子への口に出して言えない思いなどを曲にし、歌いながら表現。

【サディスティック】

曲は作品のためのものだが、演奏者や歌手のいちばんすてきなところが出る表現にしたいという思いもあり、それゆえハードルの高い曲をつくってギリギリに挑戦させるのが好き。中島愛やMay'nをはじめ、「もっとできるでしょ」と菅野に要求された話は事欠かない。自分を追いつめる傾向もある。坂本真綾は自分を追い込むのが好きで「ドSとドMは表裏一体」と語っていたが、菅野にも近いものがあるのかもしれない。

【佐藤大】

六九年生まれ。放送作家、音楽ライターおよびテクノレーベル・フロッグマンレコーズ運営などを経て、主に脚本家として活動。『ドラゴンボールZ』『マクロスプラス』などで作詞も手がけたほか、『ビバップ』ノベライズをはじめ小説も執筆。『ビバップ』『ウルフ』『S.A.C』など菅野参加作に多数関わっている。TVシリーズのアニメ脚本家デビューは『ビバップ』#9「ジャミング・ウィズ・エドワード」だが、菅野はエドが初登場するこの回を観てはじめて「ビバップ好きかも」と思った。佐藤は『ビバップ』劇場版の予告篇を作っていたステロタイプの山田大輔を菅野の依頼で『S.A.C』のミュージッククリップ作成時に紹介。『S.A.C』では菅野が佐藤が脚本を書いた一〇話用に「fish~silent cruise」をつくったが、そこには使ってもらえなかった。『マクロスF』では「射手座午後9時Don't be late」をhal、マイクスギヤマと共同作詞。菅野はスタッフに何か意見するとき、「監督が言ってたあれってこれじゃないの?」という感じで「菅野の考える作品像」に対して語っており、エゴからの発言とは違う、と佐藤は語っている。

【サントラ論】

自分が作るのではなく監督のやりたいことを引っぱりだすのがサントラ――というのが菅野の持論。

【賛美歌】

小さいころ教会に通っていた菅野にとって、人生最初に聴いた音楽が賛美歌。CM用にクリスマス音楽を求められると果てしなくつくれる。じっさい何曲作ったのかわからないほど。賛美歌は自分の「根底にある音楽」。とりわけ「小さな羊が」という歌が、わけもなく泣けるほど好きだった。普段から気を抜くと賛美歌みたいになってしまう。

【三間雅文】

六二年生まれ。音響監督。『マクロスプラス』『地球少女アルジュナ』『創世のアクエリオン』『マクロスF』で菅野と仕事をしている。

【CM音楽】

二二歳のときにはじめてCM仕事を経験。理由は、当時バイトしていた喫茶店よりはいいか、と思ったから。制作現場のバブリーな雰囲気や、ろくに打ち合わせもせずにはじめたわりにあれこれ口を出すスタッフの仕事ぶりを不快に感じ、「もう二度といやだ」とさえ思った。そのためしばらく声がかからなかったが、のちにピアノ弾きとしてスタジオに行ったところ、グランドファンク代表の金橋豊彦に「曲書けるの?」と訊かれ、制作していたゲーム音楽(おそらく光栄のもの)を手渡すと、次の日には早速仕事を振られた。このとき打ち合わせの段階からきっちり参加できたため、CM仕事へのスタンスが一変し、現在に至るまで五〇〇本をゆうに超えるCM音楽を手がけることとなった。『CNT』vol.46のインタビューでは最初にCMの仕事を受けたさい(ここで言う「最初」がグランドファンクとの最初の仕事なのか、それ以前のものなのか判別しがたいが)、受けた依頼に対して自分の主張をかぶせ「自己表現」しようとしたため、失敗。以来、依頼者の要望、願望をよく聞くようになった。ディレクターのみならずスポンサーやプロデューサーの意見をたくさん浴びたうえで「みなさんの言いたかったことはこれでしょ?」と提出するのが好き。制限があることが「燃える」。「CM NOW」vol.45(九三年一一~一二月号)によればイタリアンジェラートのCMがお気に入り。

 グランドファンクの社長からはCMのノウハウや音響学的なこと、TVを通じての聞こえ方などを学んだ。「CMは15秒なので一拍として気を抜けないんです。普通の楽曲に比べて綿密に気を遣いますね」「CMのお仕事をやったことで、"聴こえ方"っていうものについていろいろ学びました。他の楽曲制作でも役立っています」(「CM NOW」〇八年九月号)、「他の作品との絶対の違いは、CMは商品があってそれをよく見せてナンボだから暗いのはダメだし、目立ってないとダメだし、目立っても気持ち悪かったらダメだし、おじいちゃんから子供まで、受けいれてもらえるためにこまでやらなきゃだめってハードルが高い」(「PU」九九年八月号)、「映画やアニメの音楽を作るときはできる限り普遍的なものを意識して作っているのですが、CM音楽はそのときに流行っている音色もけっこう使うよう心がけます」(「CDジャーナル」〇九年五月号)、「絵よりほんのワン・フレーム前に音を出すと気持ちいいとか、家庭のテレビから流れることを前提にするときは、中域を立てた方が映えるとか、現場でやりながら覚えていった」(『ミュージック・マガジン』〇九年七月号)。ただし化粧品CMは先鋭的な表現が許される(求められる)ため、思い切ったアレンジにも挑戦できた。このようにCMは時間が短いうえに、サンプルを何パターンも用意しなければいけないため、いろいろな音楽の組み合わせが試せたことも良い経験になった。日本のみならず、アメリカやインドなど他国で流れるCMの音楽もつくったことがある。

 ほとんどのCMは打ち合わせで絵をみた瞬間につくる。『マクロスF』作中の「超時空飯店 娘々」CMソングも歌詞が届いてから一秒で完成。

 手がけた音楽の一部は『CMようこ』シリーズに収められている。ただし、CM音楽はナレーションの邪魔にならないようにしたり、逆に音を立たせるなど特殊なミックスがなされているものなので収録にあたり音質を整えたほか、全面的にやり直した。

 これまでに起用した湯川潮音、畠山美由紀、キセルなどは菅野によれば「普遍的な歌声」をもつアーティストであり、こうしたひとたちこそ本当の意味で「ポップ」だと思っている。

【シートベルツ】

『ビバップ』や『ブレンパワード』、坂本真綾主演映画『03†』主題歌「03」、『阿修羅城の瞳』に参加しているサックス奏者・菊地成孔らとのユニット「ティポグラフィカ」で知られ、アニメ『トライガン』『GUNGRAVE』サントラなどを手がけるギタリスト今堀恒雄、元SHI-SHONENのベーシスト渡辺等(またはバカボン鈴木。「七夕ソニック」ではバカボンがベースを担当)、モーニング娘。から村田陽一Hool Upにまで参加するドラムスの佐野康夫など菅野作品ではおなじみの凄腕ミュージシャンたちをメンバーとし、メンバーですら誰も会ったことがない(という設定の)正体不明のナイスバディのセクシーな美女「Y.K」(別名「ひよこ隊長」)がプロデューサーをつとめる「架空の」バンド。ずっと宇宙ツアー中である。

 名前をつけて「バンド活動」らしくしたのは、みんなを大事にしている気持ちを表現したいから。設定ではシートベルツは活動する国によってオモテに立つメンバーが異なるほか、メンバー構成はビクターの営業マンなどスタッフや『ビバップ』視聴者、リスナーをふくめたすべてのひとがシートベルツだと思っている。

 菅野がタクシーのなかで「シートベルトをお締めください」という注意書きをみて思いついた名前。やんちゃで悪ぶっていて、前ノメリにぶっ飛んでいきたいけどシートベルトは思わず締めてしまう、という愛すべき気の弱さをイメージした、とのこと(「NT」〇〇年九月号)。ただしこれまた設定では、宇宙一の巨乳と言われるY.Kがシートベルトをすると胸の隆起が大変なことになるという、そのお色気イメージからつけられたともされている。

 二〇四八年のガニメデでのライブ(銀河系ツアー)ののち、新開発のタイムマシン・ツアーバスができあがったため開催可能となった地球で行われるシークレット・ライブ、という設定で九九年八月一六日に渋谷オンエア・イーストで「Diggin' my POTATO プチ~踊るためのどうでもいい夜」と題したファーストライブをおこなっている(菅野によれば理由は「打ち上げをやりたかった」から)。会場のオープニングでは『ビバップ』最終回EDに「空を取り戻した日」を提供したシャカゾンビのツッチーがDJをつとめ、シートベルツは「Tank!」からはじまり、山根麻衣(当時)、坂本真綾を交えて演奏、アンコールをはさんで「The real Folk Blues」で締めくくり、ライヴは終了。明かりがつくとフェイ(林原めぐみ)のアナウンスが流された。〇一年八月一〇日にも渋谷AXで「EARTH GIRLS EASY 最期のウィークエンド」と題したライブを敢行。TV版のダイジェスト映像、劇場版の予告、シートベルツのPVが流されたあと、ステージに真っ赤なロングコートを着た菅野らシートベルツのメンバー一四人+ヴォーカリストが入れ替わり立ち替わり六人登場(山根麻以らはむろんのこと、M.S.――坂本真綾――も参加)。「Tank!」ではじまり菅野のピアノソロで幕を閉じた。(録音した音源では伝えにくい演奏者の表情や汗、聴き手からの直接的な反応までひっくるめたライヴの良さをこのとき実感し、以降ステージに立つのがとくに楽しくなってきた、という)。このライヴの様子は五曲がDVD『FUTURE BLUES』に、また、『COWBOY BEBOP CD BOX』のDISC4に収められている。

 もともとシートベルツは『ビバップ』のためにつくったバンドだったため、『COWBOY BEBOP 天国の扉』をもって「解散」。ただし「1年に1回集まってこのメンバーとライブを行う、七夕的なバンド活動がいいとこ取りな感じですごく楽しいんです。今回とは違う形になると思うんですが、シートベルツのライブは続けたいなって思っています」(『キーボード・マガジン』〇一年九月号)と語っていたとおり、〇九年七月七日には「超時空七夕スーパーソニック」が開催され、それにあわせて"来地球記念コレクションアルバム"『SPACE BIO CHARGE』(ライヴのための予習盤三枚組。一枚目はドラマティック、二枚目はインナー、三枚目はプライベート)もリリースされた。

【J-POP】

今井美樹、小泉今日子、クリスタル・ケイ、湯川潮音、井上陽水、EPOなどいわゆるJ-POPのフィールドのアーティストのプロデュースや作曲、編曲も多数手がけている。

【時間のムダ】

時間のムダが許せない性格。録音のときにはワン、ツー……といった前二小節分のカウントする時間さえもったいなくて「せーの」で始める。仕事は一刻も早く終わらせ、一秒でも長くだらだらと寝ていたい。

【仕事】

「う~~ん、仕事として音楽を考えたことは、たぶんまだない」(『林原めぐみの愛たくて逢いたくて…』)。

【自分のオーケストラ】

「もともと自分のオーケストラを作りたいという気持ちがあって、それはクラシックのような弦もいたり、ブラスもいたりで、あらゆるジャンルの音楽を縦横無尽に駆け巡れる自分のオーケストラがあったらいいなと思ってて。ポール・モーリアみたいな感じの(笑)。少なくとも50人とか。(中略)バンドをやるんならそういうのがしたいなと思ってたんだけど、いつの間にかしてるんですよね、これで」(『スタジオボイス』〇一年九月号)。

【ジャケット】

CDのジャケットにはこだわりがある。アニメはマニアだけのものじゃないという持論があり、アニメサントラもかっこよくなれると示すために注文を出す。たとえば『ビバップ』のサントラ一枚目では「スパイクが"んニャー!"ってしてる顔」、二枚目は「実写のフェイ」、ミニアルバムは「子供が落書きしたようなタッチで、ヤクザなアイン」、三枚目は「ニセモノっぽい絵」と川元利浩に発注した。自身がジャケットに映っているのは『CMよう子』とDVD『FUTURE BLUES』のみ(しかも後者はほとんど視認不能)。

【写真】

写真を撮るのが好き。ただし「絞り」も「感度」もわからない。「NT」連載エッセイ「ポッカリした。」の写真は自分で撮っていた。坂本真綾の『ハチポチ』ブックレット写真も菅野の手によるもの。〇一年ころにはポラロイド写真に凝っていた(撮ってすぐ結果が見えるのが性に合うらしい)。逆に撮られることや、写真うつりについて言われるのは苦手。『CMようこ』ジャケットに映る菅野をMay'nが「可愛すぎですよー!!」と言うと、菅野のペースは完全に乱れた。

【ジャズ】

「ジャズが大っ嫌いだった」「長くてつまんないし、どこを、何を聴いていいか分からない。ジャズじゃ誰も見ないよって監督(引用者注、『ビバップ』のときの渡辺信一郎)を説得した」「後ろノリは身体が持ってないリズムなので、すごく苦手」「4ビートは工夫がない」(『キーボード・マガジン』〇八年三月号)「あまり知らない」(『hm3』九八年夏号)と口にしている一方、「NT」九九年四月号では、昔バンドでジャズっぽいことをやろうとしたがうまくできず、はまったことがあり、ジャズを「壊しちゃいけない」ものとして神格化しているところがあるかもしれない、とも。同号では、たいがいのジャンルの音楽はふざけたり崩しているくらいのほうが好きだがジャズに関してはディープなくらいの本当のジャズ、おっさんくさいジャズが好き、と語っている。

【ジャズの人】

「ジャズの人が弾けば何でもジャズになる。ロックの人がやればロックになる」(『声優グランプリ』〇二年三月号)

【Just do it.】

どうやったら作曲家になれますか、とよく尋ねられるが菅野の答えは「Just do it.」。曲をつくって、人前で発表すればいい。「だけど」「でも」と言い訳しない。頭じゃなくて「腰でやる」。「できない」と思ったら一生できない、「できる」と思えば、いつかできるという考えの持ち主。

【ジャンル】

作曲をするさい、ジャンルで区別はない。また、どれがとくに好き/きらいということもない。作品のもとめるシーンやムードを考慮して作曲。

【16歳】

日本の声優界には"永遠の一七歳"井上喜久子を始祖とする「17才教」が存在するが、対してガブリエラ・ロビンは年齢を訊かれ「永遠に16歳よ」と答えている。

【賞】

数々の受賞歴があれど、菅野にとって賞をもらうことはトラウマ。幼稚園のころからなにかと音楽賞をもらっており、学校では「どうせまたあのひと一番でしょ」という雰囲気になって伴奏で賞をとっても誰も拍手してくれないような状況だったため。地元(宮城)の作曲コンクールも参加すれば毎回トップ。その後もヤマハジュニア・オリジナル・コンサート東日本大会を最年少で優勝、同全国大会で最優秀賞、川上特別賞を受賞。資生堂(九七年)、サントリー(九八年)でCM音楽賞の最高峰・三木鶏郎広告音楽賞受賞。ほかにCM音楽ではJAM金賞、JAM告音楽競技会最優秀賞、ACC音楽ディレクション賞、ACC優秀賞など。アニメではTV版『カウボーイビバップ』O.S.T1で九九年に日本ゴールド・ディスク大賞受賞。トウキョウアニメアワードアニメーション・オブ・ザ・イヤー音楽賞を『S.A.C』『創聖のアクエリオン』『マクロスF』で受賞。

【聖徳太子】

曲を録りながら別の曲を書いている菅野の姿を見た多田葵は「このひとは聖徳太子か!?」と思った。

【職業病】

舞台の上では電源が落ちる、コンピュータがフリーズ、弦が切れるなど事故がしばしば起きるため、どんな非常事態でも非常事態だとまわりに悟らせないように、それをショーの一部のようにしてコトを収める術を考えるクセがある。問題が浮上するとワクワクしてしまう。

【視力】

とても目が悪い(0.01)のでコンタクトが欠かせない。レーシック手術はこわい。

【好きな音色】

ぬれた音よりドライな音、すっとんきょうな音、ニヤッとしちゃうような音、シンセならちょっと鼻にかかったような音が好き。グルーヴィでおとなっぽいビートより「何だコレ?」というような、中途はんぱな、ぜんぜんわかってないひとがつくったもののほうが好き。一八歳でシンセを買ってバンドコンテストに出たさい、エフェクトも何もなしに(おそらくプリセット音のまま)演奏したところ審査員に「シンセの音色がひどい」と言われたことも。

【杉森秀則】

六〇年生まれ。映像作家、CMディレクター、映像コンサルタント。NHK勤務を経てフリーに。サンダンス/NHK国際映像作家賞を受賞した映画『水の女』(〇二年)の音楽を菅野が担当。坂本真綾主演の短篇映画『03†』(〇三年)も監督(同作の主題歌は菅野作。杉森を坂本や彼女のスタッフに紹介したのも菅野)。

【すぎやまこういち】

三一年生まれ。作曲家。フジテレビ勤務を経てフリー。ザ・ピーナッツなどが出演した音楽番組『ザ・ヒットパレード』ディレクター、GSザ・タイガースのプロデュース/作曲、『ドラゴンクエスト』シリーズ、アニメ『伝説巨神イデオン』の音楽などが有名。無類のゲーム好き。菅野が光栄で携わったゲーム音楽を気に入り、日本作編曲家協会への入会を推薦した。

【スコット・マシューScott Matthew】

ニューヨーク在住オーストラリア人シンガー・ソングライター。〇八年デビューアルバム、リリース。『天国の扉』制作時、ニューヨークでヴォーカリストのオーディションが行われ、日本人の友人のつてで参加したところ、菅野がスコットの歌声に惚れ込み、「Is It Real?」が誕生。『S.A.C』シリーズでも菅野と組んでいる。「超時空七夕ソニック」にも参加。

【スティーヴ・コンテSteve Conte】

歌手、ギタリスト。The Contes、クラウン・ジュエルスのボーカル兼ギター、再結成ニューヨーク・ドールズのメンバー。作詞家ティム・ジャンセンとともに菅野作品に参加することが多い。『WOLF'S RAIN』主題歌「stray」のパワフルな歌唱で菅野ファンには知られている。『Songs to fly』、『ブレンパワード』『ビバップ』『S.A.C 2nd』に参加。〇三年春、菅野本人もふくめて彼女の周囲で交通事故が多発したことがあり、コンテも事故に遭っている。

【ストレス】

仕事を選ぶ基準は「ストレスを感じないもの」。好きで集まったり、好きなひとといっしょのときはノーストレス。自分で人にお願いするときにも相手にとってストレスがないように考える。「食べるための仕事」は一切しない。企画が最高でもプロデューサーによってストレスが発生しそうな場合はプロデューサーを替えてもらう。

【3セッション】

オーケストラの録音は1セッション、2セッションという数え方をする。一セッションの中身はだいたい三、四時間。菅野は海外遠征で三セッション組む事が多い。うまいオケなら一八曲、だめなら九曲しか録れない。三セッション書き上げるのに(悶々とする時間も含めて)三か月もらうことにしている。

【成績】

国語は一〇〇点、算数は七点。

【星間飛行】

ランカ・リー=中島愛のデビューシングル。〇八年六月二五日発売。オリコン初登場五位。河森によれば、この曲はアイドル歌謡は売れないと言われている時代にリスクの高い「賭」だったという。シェリルの曲はヒットすると思っていた河森だが、「星間飛行」のデモを菅野から受けとったときにはこの感覚がいま受けいれられるか不安だった。そのため、画面でやれることはすべてやろうと決め、『マクロスF』一二話「ファステスト・デリバリー」に結実。作詞を手がけた松本隆によればこのタイトルはサン=テグジュペリの「夜間飛行」のもじり。「銀河一のアイドルのデビュー曲」というオーダーを受け、ゼントランにも愛される歌詞にしようと心がけた。また、"星間"を"性感"の意味にとる人がいても別にいいと思うと語っている。間奏に入る「キラッ☆」は当初メロディに組み込まれていて音が低かったが、レコーディングのときに菅野がセリフっぽく、高い声で歌わせることにシフト(もっとも、菅野によればいちばんひどいテイクを使ったらしい)。菅野はこの曲のおかげで初めて本気で、音楽の力で戦争を止められるかもしれないと思えたと語っている。

【整体】

整体の勉強をしている。犬の前立腺を直したことも。家とスタジオを往復しながら毎日同じ顔ぶれで長丁場の仕事をしていると、ひとの役に立っているかわからなくなってくるが、整体ならはっきりわかる、とのこと。

【生徒会長】

小学校から生徒会長をつとめていた。学校が窮屈でいやだったからこそ、自分の裁量で「今日はダンスの日です!」などと決められる(?)生徒会長になった。余談ながら山根麻以は小中学校時代は副生徒会長だった。

【洗脳】

『マクロスプラス』に登場するバーチャル・アイドルのシャロン・アップルはその歌声を通じてひとびとを洗脳しているという設定だったが、菅野はこのとき書いた曲をふりかえって「やり過ぎちゃって、結構危険だった。エンターテインメントとして許される表現には、表現する側にも自己規制がいると知ったのはあの作品です。音楽って洗脳できちゃうんですよ。変な話、音で人をトリップさせることなんて簡単」(『CNT』vol.46)と語っている。

【前半と後半】

菅野が担当したTVシリーズのアニメ作品では前半と後半で音楽のトーンが違うことがある。これは初期の打ち合わせ時に浮かんだイメージから作曲したものと、実際放映されてから受けた印象の違いをフィードバックして新たに作曲したものの違いから生じる。たとえば『エスカフローネ』は「へなへなしたファンタジーっぽいもの」という先入観から、放映が始まると「ずっしりしたもの」にイメージが変遷をとげたために菅野は自分から曲を増やしたいと申し出、新曲をつくった。『カウボーイビバップ』も「シリーズ前半の音楽は(中略)タイトルだけをキーワードに、ストーリーをろくすっぽ知らずに作った曲で、後半はディープに感情移入してできた。その2種類の音楽が同居してる」(朝日新聞〇一年八月三一日夕刊)。

【創聖のアクエリオン】

河森正治監督。〇五年放映。〇七年にOVA発売、劇場用短篇映画公開。「合体」を手段ではなくテーマとして追求した豪胆ロボットアニメ。河森が打ち合わせで物語の内容や「神話」についてひととおり説明したあと「もっと『何か』ないの?」と菅野に尋ねられ、「一二〇〇〇年前に書いたラブレターを取り返しに行くという…」と河森が口にした瞬間、主題歌ができた。〇七年にパチンコ台「CR創聖のアクエリオン」がリリースされたさいに「あなたと合体したい」というキャッチフレーズとアポロ(寺島拓篤)、シルヴィア(かかずゆみ)、麗花(小林沙苗)が歌うOP曲の別バージョンが大きくフィーチャーされて放映時以上に(?)注目が集まった。

【即興】

即興演奏のイメージは薄いが、本人的には即興と作曲の違いはあまりない。八〇年代にTVのトレンディ・ドラマでピアノ演奏の仕事をしていて「ここのシーン、画面見てなんか弾いてください」というオーダーに従って観ながら弾くこともやっていた。

【Darker than BLACK―黒の契約者―】

岡村天斎監督。〇七年放映。特殊能力を持った「契約者」黒(ヘイ)が"組織"のメンバーとともに"地獄門"(ヘルズゲート)の謎を追うSFサスペンスアニメ。菅野はBONESから声がかかり、岡村と会うことに。この作品にかかわるとしたら何ができるのか? ということを一か月ほど考えたのちに、引きうけた。シナリオも設定画もない段階で音楽制作をはじめた。キーワードは打ち合わせ時に出た「一九七〇年代から八〇年代」の「刑事もの」(『太陽にほえろ』『傷だらけの天使』などのこと。しかし菅野はどちらも観ていない)。「ざっくりした音づくり」や、短いシークエンスのなかに登場人物の情感の変化がたくさん入っていて、そのすべてに音楽がついていた……という菅野が八〇年代TVドラマのサントラから受けるイメージから、数十秒の短い曲もたくさん作られた。サントラのタイトルは昭和の匂いただよう古くささを意識したため『劇伴』となった。音響監督の若林和弘はメニューに「感情がなくて冷たい」「冷静」などと書いていたが、できあがったのは逆のもの。岡村との打ち合わせで出てきた「赤いハイヒールの女が通りにゴミがさんらんしているような東京の街を逃げて走り抜ける」ということばがグラマラスな世界=ラテンに、菅野による黒の張り詰めた神経の糸をはじくというイメージ=ギターサウンドというかたちで結実した。なお、本作は第二期制作も決定している。

【∀ガンダム】

富野由悠季監督。九九年~〇〇年放映。〇二年に映画『地球光』『月光蝶』公開。『ガンダム』を生みだした富野が自身の手でその「歴史」に決着をつけるべく作ったかのようなあたらしいガンダム。富野は菅野に「腹にこなきゃだめ」とリクエスト。菅野いわく「富野由悠季さんの作る世界がものすごく出来上がっているので、基本的に音楽を必要としない」「ですから、逆にどんなアプローチでもいいやって考えた」「うまくはまったときにはすごく面白い。お互いの予想を超えるようなものができるという、スリルのある現場」(『キーボード・マガジン』九九年八月号)。

【∀コンサート】

九九年一一月一二日、東京国際フォーラムで菅野が東京フィルハーモニー交響楽団を指揮し、『∀』の音楽をメニューとする「ガンダム生誕20周年記念コンサート」が行われた。記者会見で菅野は「指揮棒をあげると、一点にピピピと100人もの演奏家の気が集まって、音になって出て行く。その感じがすごく興奮して気持ちいい(笑)。みなといっしょに自分も楽しもうぜ、という感じです。バレエやオペラのような、総合芸術として楽しいパフォーマンスにしたいですね」と語った。曲目はロランたちが地球に来て戦乱に巻き込まれゆくという物語の流れに合わせて構成され、オケのバックに大スクリーンを用意して本編映像と実写(地球の自然)を編集したものが映し出されたほか、伊藤なつ・かなの双子がディアナ&キエルのコスプレをして登場するなど、さまざまな仕掛けがなされた。つねづね旧来のクラシック・コンサートがつまらないと考えていた富野は終了後「なんでクラシック畑の人はあれをやらないのか?」とまで言った。コンサートの様子はフジテレビで放映され、のちに『∀ガンダムwith菅野よう子コンサートライヴ』として音源化された。なお、聴衆を前にしてのオーケストラの指揮はこのときが初めての経験で、指揮棒を使わなかったのは「なかったから」(一度、友人から借りたものを折ったことがある)。

【武満徹】

三〇年~九六年。作曲家。自身が影響を受けたアーティストとして、現代音楽、CMや映画音楽、ポップスまで手がけていた先人としてしばしば名前をあげている。菅野は武満が作曲した歌謡曲の録音現場にピアノ弾きとして参加したさい、一度だけ会ったことがある(その曲はアレンジの出来があまりよくなかったためか、CDに収録されなかった)。仕事をしているときの武満はこどものようで、スタジオのなかをフワフワと浮いていた、と菅野は語っている。

【ダニー・エルフマン】

五三年生まれ。音楽家。ロックバンド、オインゴ・ボインゴの元リーダー。ティム・バートンやサム・ライミ監督作品の映画音楽を手がける。『ビバップ』放映時に菅野が「シンパシーを感じる」と語っていた人物。

【ダンス】

山寺宏一に〇二年に何かやりたいことはあるかと尋ねられ、「ダンス!」と答えている。また、ダンスミュージックはノリがずっと同じで飽きるために好きではないから、聴いていても踊っても楽しい、聴いただけでエンタテインメントになっているお祭りみたいな曲を作りたい、とも語っていた。「七夕ソニック」ではひよこの格好をしてダンスを披露。

【地球少女アルジュナ】

河森正治監督。〇一年放映。地球のリズムとシンクロし、気や命の流れを感じるオーラ・パワーをもちいて人類滅亡をくいとめようとする女子高生・樹奈をえがいたニューエイジ・アニメ(アルジュナの名はインド神話の英雄から)。河森はことばや映像だけでは伝えきれない内容の濃い作品にしたかったため、菅野にオファー。打ち合わせで自分のこどもがアトピーであり、あらゆる西洋医学や漢方を試し、農薬の影響がない川のそばに移り住んでようやく完治させたことを語り、「目に見えないエネルギーとかが向こうからざわざわ来る感じ、背筋が寒くなったりする第六感の感触、そういうものを、一つ一つが響きあって呼応しているような感じが音楽にほしいんだ」「周囲のものが波動を感じて動く雰囲気」「みんなが一緒に生きている感じ」とオーダーし、自作農の畑や水田の豊年エビのVTRも観てもらった。キーワードは「共鳴現象」。菅野は環境問題を扱ったアニメなんて絶対売れない、負け戦だと悩んだが、河森の男気に加担しようと思い、引きうけた。しかし環境問題にまじめに取り組むような想定可能な音楽ならつけなくていいと考え、環境問題の打開策は高校生くらいの女の子が彼氏があぶない目に遭っているから行かなきゃ、というような前向きなきもちなのではないかと解釈、坂本真綾が歌う「マメシバ」を作曲。同曲途中で入るベンチャーズ的な(少し古くさい)ギターは、オジサンなのに青くさい河森へのリスペクト的な意味も込められている。

【腸】

胃腸も丈夫でメキシコで茶色い水を飲んでもお腹を壊さなかった。『マクロスF』では腸内細菌のネットワークが重要なモチーフとして登場するが、菅野は中島愛の声を聴くとおなかがざわざわする。

【超時空七夕ソニック 次回公演は22世紀を予定しております】

〇九年七月七日にさいたまスーパーアリーナで開催された菅野よう子&シートベルツの来地球コンサート。菅野にゆかりあるORIGA、坂本真綾、May'n、中島愛、山根麻以、スティーヴ・コンテ、スコット・マシュー、ガブリエラ・ロビンをヴォーカリストとして、またワルシャワフィルをはじめとした演奏陣を迎え、アンコールも含め三時間超に及ぶ公演をおこなった。「inner universe」を歌うORIGAのコーラスを坂本真綾が担当、参加できなかったAKINOの代わりにMay'nがワルシャワフィルとともに「創聖のアクエリオン」を歌うなど、この日しかありえない組みあわせ、サプライズが多数用意された。パンフレットによれば七月七日は「宇宙の祝日」。また公演タイトルには「次回公演は22世紀を予定しております」とあるが、「どれくらいレアかと言うと、「オリンピック以上、ハレー彗星以下」かな」とひよこ隊長(Y.K)は語っている。

【挑戦】

やったことがないものに挑戦し続けていないと自分でおもしろがれない。「いつもの」とか「前にやったような」とオーダーされるとがっかりする。

【突っ込むスキ】

「ブレーン」〇一年一一月号で「最近、自分がつくるものに人が突っ込みたくなるような余地を残しているんです。前は絶対に残さなかった」と発言。ものによってスキの度合いを使い分けているという。

【T.M.Revolution】

西川貴教のソロプロジェクト。九六年デビュー。菅野はT.M.Revolutionの一〇周年記念セルフカバーベストアルバム『UNDER:COVER』(〇六年)およびツアーに参加(こちらは『T.M.R LIVE REVOLUTION '06 "UNDER:COVER』に収録)。西川は菅野の大ファンだったため、スケジュール的な無理を承知でオファー。シンプルなピアノと歌だけで「THUNDERBIRD」をアレンジするはずが菅野の持ち前のサービス精神から生のストリングスをふんだんに使ったトラックとなった。

【Dメジャー】

大好きな音で、大事なときに使う。Dメジャーひとつで泣けたこともあった。イメージは春っぽい夕方、空全体がミカン色。なお、Bフラットは水っぽく、Bは乾きまくってパリパリ、ドミソのドはガラスコップ一杯分の水の味。Gメジャーは一切悲しみのないおバカさんな和音。

【ディズニー】

夢に描いたことのほとんどを実現している、ウォルト・ディズニーの思想が好き。世界じゅうのディズニーランドに行く。ディズニーのショーも好き。しかしディズニーアニメは観ていない。

【ティム・ジャンセンtim jensen】

作詞家、ヴォーカリスト、ディレクター、ナレーター。ミュージシャン、声優としてCMソングなどの制作に多数参加。『音響生命体ノイズマン』『ビバップ』『S.A.C』など菅野作品にも(とくに作詞家として)欠かせない存在のひとり。

【てつ100%】

早稲田大学に入学し、バンドサークルに入っていたところ、友だちの友だちから「バンドでコンテスト出るからキーボード弾かない?」と誘われ、練習を一回だけして出場したところ優勝し、その特典として八六年にレコードデビュー。代表曲に東京の駅名をダジャレで歌う「TOKYO TACO BLUES」。「憂歌団とジャズの混じった感じのものをやろうとしていた」(「PU」九九年八月号)。JBを聴いてブラスアレンジに挑戦、本田雅人や村田陽一らと交流が広がった。ヒットが出なかったてつに対してレコード会社が外注の作家や別のプロデューサー、アレンジャーを投入するなどしていった結果、モチベーションがさがり、八九年に解散。菅野は当時、人前で演奏することやバンドっぽい格好がいやで、恥ずかしくて顔を見せたくないがために髪を伸ばしていた。

【デモ盤】

思い浮かんだモチーフを忘れないうちに譜面に書いたりデモにしたりする(デモを作る確率は一〇曲に一曲くらい)。サントラ制作時には、できあがった曲をタイトルや順番も決めCDRに焼き、自前で絵や写真を使ったジャケットまでつくってデモ盤(サンプル盤)をつくってスタッフに渡す。『S.A.C』のときはCDRデモに菅野が自分でタチコマを描くなどした。

【手を抜く】

『ビバップ』の音楽は「手を抜いて」つくられた。ふだんはキャラクターの精神性までつきつめて作品のなかに入り込むようにして作曲していたが、『ビバップ』では「作品のために」ということをあえて考えず、脚本のなかで気に入った単語や「気分」をとらえるかたちで作曲。

【天空のエスカフローネ】

監督赤根和樹、原作・シリーズ構成・スーパーバイザー河森正治。九六年放映、劇場版二〇〇年公開。異世界ガイアに飛ばされた占い好きの少女・神崎ひとみが、自国ファーネリアを滅ぼされた王子バァン、アストリア王国の気高い騎士アレンとともに戦禍にまきこまれていくという、ファンタジー・ロボットアニメ。菅野は『マクロスプラス』でできたつながりから参加することに。最初の打ち合わせで「ロボットと占いを融合して恋とファンタジーをえがく」と聞き、「本気か?」と思ったものの放映がはじまるとハマってしまい、本放映より先につづきを知りたいあまり音と絵を合わせるダビング作業に立ち会いに行くようになった。全体としての方向性を把握しないとやりづらいため、菅野はほかの人の楽曲といっしょになるのは基本的に避けているが、この作品では、依頼からあがった曲を採用するかどうかまでを菅野が主導するかたちで溝口肇と分担して制作。地球の文化とすこしだけズレた異世界ガイアの「ズレ」を音楽で表現するため、ヨーロッパの民族音楽とハウスをミックスするといったこころみが考案された(なお、赤根監督やアニメーションディレクターの結城信輝によればバァンの故郷ファーネリアのイメージはヨーロッパではなくアジア。とくに劇場版はアジア色が強い)。赤根は菅野に「普通にしたくない」というオーダー以外はほとんど注文をつけなかったが、エスカフローネ起動シーンには「男性コーラスがいいな」とふと漏らし、菅野がそのアイディアを採用したためメインテーマの男性コーラスが誕生。なお、レコーディングはオーケストラや男性コーラスはワルシャワ録音したほか、イタリア、日本のスタジオ、溝口の自宅の計四か所でおこなわれた。質、量、制作予算のいずれもが通常のテレビシリーズの音楽をはるかに凌駕したものとなった。

【動機】

「私は、何のために、この仕事〈作曲〉を続けてるのかなと思う。音楽が好き。聴いてくれる人のため。有名になりたいから。どれも違う。私が最高に嬉しい瞬間は、ミュージシャンやスタッフがその人自身を発揮してるのを見るときだ。自分の音楽でその瞬間を招くことができたら最高。その人らしくあってほしい、という気持ちが、私を支えている」(「NT」〇六年三月号。「ポッカリした。」最終回より)

【動物園】

動物ものの音楽を手がけたいと公言する菅野の趣味は動物園や水族館に行くこと。仕事で海外にいるときも動物関係施設に行く。世界じゅうで一番すきな動物園は、パリ市内の植物園の中の小さな動物園のそのまた中にあるダニ館。妙に明るく白々とした壁と窓で構成された小さな空間に〈宇宙〉を感じる(DVD『FUTURE BLUES』はこのダニ館のような存在、とも語っている)。また、サファリパークに行くときは嵐の日に限る、という持論がある。台風の前後は動物がもっとも野性に還る時間であるため。

【得意不得意】

近未来、社会派、刑事ドラマ、和風など不得意(苦手)なジャンルの作品ばかりよく音楽を頼まれる(頼まれた)。動物もの、ファミリー企画、恋物語は絶対得意だと自負しているがなかなかオファーがない。

【翔ぶ】

菅野初のコンセプトアルバムにして初のオリジナル作品(ただしゲーム『アースウィンズ』用に書いた曲を含む)『Songs to fly』のテーマは(精神的な)「翔ぶ」。イメージは原始時代の鳥。飛行機が好きで飛ぶことにつねづね興味があった菅野は『マクロスプラス』や『エスカフローネ』でも飛ぶことのきもちよさを曲であらわしていた。

【富野由悠季】

四一年生まれ。アニメーション監督。千住明がサントラを手がけた『機動戦士Vガンダム』の録音でピアニストとして菅野は参加。本格的には『ブレンパワード』で組んだのが初。作曲家を探しているさなかに菅野のCM曲をまとめたサンプル盤を聴き、「これが一人の女性の仕事なのか?」と富野は驚いた。菅野ははじめ富野が何を言っているかわからず、一〇日ほど聞いてまわったという。いまでは富野に対して臆せず「こうしたら?」と進言するのみならず、頭を叩いてもお互い笑っていられるほぼ唯一の存在である。富野は井荻燐名義で作詞も手がけているが、「ターンAターン」の詞を菅野が良いと言ったことから劇中曲「宵越しの祭り」「月の魂」の詞を書く動機を得たという。これらは「作品の表現そのものにかかわる機能をもって」おり、「以後、音楽にひっぱられるように演出をすることもおぼえた」(『∀の癒し』)。『∀』の最終回は菅野の音楽をききながら絵コンテを切った。「彼女が紡ぎだすオーケストレーションというかハーモニーには、独特の色合いがあって、音色の組みあわせそのものに"夢的"な、なにかもうひとつの感覚が間違いなく存在しているように思う。聞こえてくる以上のふくらみ(音楽になった物語性という艶)がそこにはあるのだ」(「七夕ソニック」パンフ)、「アニメだから、予算が少ないから、という言葉は、菅野からは聞かされたことがないのには感謝している。が、ぼくの知らないところで、大変なことになっているのだろう。プロデューサーの富岡秀行やキングレコードのスタッフは泣いていたとおもう」(『∀の癒し』)。

 菅野が富野に対し『富野由悠季全仕事』で送ったメッセージは「ウソつかないから好き。/きれいごとやお世辞言わないから好き。/ごあいさつが要らないから好き」。

 なお、富野はGS「ブルーコメッツ」の井上大輔とは日本大学芸術学部での同期であり、のちに井上はCM『機動戦士ガンダム』劇場版の主題歌を手がけているほか、CM音楽の作り手としても名高い。

【ドラムンベース】

『ビバップ』#16「ブラック・ドッグ・セレナーデ」で移送船とのドッグファイトシーンで使用された「THE REAL MAN」でドラムンベースを初作曲。菅野はドラムンベースがなんなのかよく知らず、調べに調べてつくった(この界でジェットの敵として登場するウダイはドラムンベースDJ、LTJブケムがモデル)。菅野は「本気でヤバい」曲ってなかったなーと思いながら面白がりながら作っていたが途中で突然飽きてブツ切りのトラックに。しかし渡辺はそんな曲を映像に合わせて使用。ほかに菅野によるドラムンベース的な曲に『∀』の「Alfa And Omega」などがある。

【トリップ】

「オレってすごくドライだと思う。泣きながらつくるとかそういうのはない。ただトリップすることはある。作っていて。なんか、こう、ちと変なもの見えたとか、そういうのはある。限界を超えて、なんかこうスカーとなっちゃうことはある」(『声優グランプリ』〇二年三月号)

【永石勝】

五八年生まれ。ディレクター、フォトグラファー。CMプランナーを経て九七年ディレクターズカンパニー『トリプル・オー』設立。坂本龍一や今井美樹らのグラフィックデザインで知られる。菅野作品のジャケットのロゴデザインなども手がけており、ある日打ち合わせで初めて会い意気投合、『FUTURE BLUES』監督をすることに。菅野は永石の魅力を野太くウェットな感性にあるとし、泣きのバラードのあとバカバカしく終わるようなシートベルツの両面性、恥ずかしがり屋なバランス感覚とフィットしていると感じた。『FUTURE BLUES』は永石が菅野の音楽からインスパイアされて画を考えていったが、菅野は「オレの音楽からこういうことを思い浮かべる人がいるんだ」と新鮮さを覚え、この画を観たら新曲を書かねばなるまいと思ってあらたに作り、周囲を困らせた。永石は菅野の音楽を「装飾はしているんだけど、本質的な部分は内側に入っていく感じ」(『PU』〇一年一〇月号)と形容している。

【中島哲也】

五九年生まれ。映画監督、CMディレクター。日本天然色映画を経て、八七年よりフリー。CM制作で菅野と出会い、以降、映画『夏時間の大人たち』(九七年)『Beautiful Sunday』(九八年)『下妻物語』(〇四年)やTVドラマ『X'smap~虎とライオンと五人の男~』(〇四年)などで菅野と組んでいる。『下妻物語』はスケジュールの問題(長尺は一年に一本だけというポリシー)でいちど断ったものの、どうしてもと請われ、一曲だけつくるつもりで画を観たところ「これはオレがやんなくて誰がやるんだ!」と思い、結果、たくさんの曲がうまれた。「おバカさんなところとか可愛らしいところとかくだらないところとか中島監督が持っている毒とかを2時間の中に全部ぐじゃぐじゃって入れられる人はなかなかいないだろうなと思って、自分のところに来た意味が分かった」(映画『下妻物語』パンフレット)。

【中島愛】

八九年生まれ。声優、歌手。『マクロスF』ヒロインオーディション(Victor Vocal&Voice Audition)でグランプリを獲得し、デビュー。課題曲はリン・ミンメイ(飯島真理)の「愛・おぼえていますか」だった。初ステージは日本青年館大ホールで行われた〇七年八月一八日のマクロス25周年記念ライブ「MINMAY meets FIRE BOMBER」にて。〇八年六月二五日「ランカ・リー=中島愛」として「星間飛行」でシングルデビュー(作中のランカのデビュー曲は「ねこ日記」)。スタジオではじめて会った菅野は、中島がそれまで想像していた「仕事」からかけ離れた存在で、まず第一に歌い手の意思を尊重し、自由に歌わせてくれたことに中島は感動した。菅野からは「ランカちゃんで歌って!」と指示された(アーティスト表記はシェリル・ノームとMay'nの場合のように「starring」ではなく「=」)。「愛・おぼえていますか」はもともと大好きだったためカバーをする話がきたときには不安に思ったが、菅野のアレンジを聴いて「新しい音で、新しい私にしか歌えない『愛・おぼえていますか』を歌うんだ!」というきもちに。アニメで売れないアイドルだったランカがみかん箱に乗って場末で営業していたように、〇九年六月一四日の「ランカ・リー=中島愛ミニライブ@フォルモぢゃないよ!ヴィーナスフォート」、「星間飛行」インストアイベントでみかん箱に乗って歌うところから始まり、May'nとともにZepp Tokyo「超時空スーパーライブ"デビュー! ランカ・リーwithシェリル・ノーム"(〇八年七月二七日)、「ギャラクシーツアーFINAL」inパシフィコ横浜(一〇月一三日)、inアイランドオーサカ(大阪厚生年金会館/一〇月二三日)、そして「こんなサービスめったにしないんだからね inブドーカン☆」(日本武道館/一一月一二日)まで駆けのぼった。「歌いながら「ひとりじゃないんだ」と感じられたのは、菅野さんに出逢ってから。私がことばにしない気持ちも出来事も、音楽を通じて、母親のように"見てくれている""知ってくれている"……そう感じます。それが本当に、泣きたいくらい、うれしかった」(「NT」〇九年六月号)。

【ナップルテイルNapple Tale Arsia in Daydream】

セガから〇〇年発売されたドリームキャスト用ゲームソフト。ファンタスティックなアクションRPG。主人公ポーチ・アリシアの声を坂本真綾が担当、ゲームのOP、ED曲、挿入歌も坂本が歌っている。監督は最初の打ち合わせで「オペレッタ、いわゆるクラシックの歌曲のようなものを作ってほしい」とお願いしたが、菅野は制作期間約一年間はむろんのこと、ゲーム発売後にいっしょにインタビューをうけたときまでまったくそのことを考えず、忘れていた。サントラ『napple Tale怪獣図鑑』『Napple Tale妖精図鑑』(ともに〇〇年)はブックレット(図鑑)も菅野が考えた。レコーディングは東京とローマで行われた。ローマを選んだ理由は、ゲームがイギリスのファンタジーっぽかったため、生音でもゴージャスなものではなくスモーキーな、ふるくさい音にしたかったから。菅野いわく「ポワッとしたあったかくて余裕のある音をつくってくれる」名匠バーニー・グランドマンがマスタリングを手がけた。

【名前をつける】

曲名、バンド名、キャッチコピーなどを考えるのが好き。モノの名前はそれがうまれたときにすでにあり、それをみつけてやればいいだけ、さがしあてるには理屈や意志はむしろじゃま、と考えている。曲名にはおかしなものが多いことについては「そのほうが面白いじゃない。楽しめるところは楽しまなきゃ」(『キネマ旬報』〇五年五月上旬号)と答えている。

【肉体的な活動】

菅野いわく、作曲は肉体的な活動。頭ではつくれない。狂気を表現するならしばらく寝ない、など、まず肉体をつくりかえていく。また、関わる作品によってその日着ていく服を選んでいる。

【ネタ帳】

メロディの切れ端帳がある。紙に二小節分書いたりするが、よくどこに書いたかわからなくなる。五線紙があるときは音符で書くが、ないときは「ド、ソ……」などと書くこともある。何もないときは留守電に入れることも。

【歯】

歯みがきしないで寝ることも多いのに虫歯がない。

【初めて買ったレコード】

『日経エンタテインメント』〇八年一一月号では、大学に入るまで自分で買い物をしてはいけないほど厳しい家だったため、初めて意識したという意味で家に一枚だけあった『パリのアメリカ人』を挙げているが、「CM NOW」九七年一二月号ではラヴェルの「ダクニスとクロエ」だったかな、と答えている。

【はっつけ行動】

菅野は怒ると何かをのりやテープで貼りつけてしまう。幼少期、兄にいじめられて悔しくなり、兄の部屋へ向かう階段に工作用のりをチューブ一本分塗りたくったことが最初だったという。以来、レストランで店員にぞんざいに扱われたため味噌汁のおわんをセメダインでテーブルにくっつけたり、待てどもバスが来なかったさいに時刻表をシールまみれにしたり、アシスタントをガムテープ巻きにしたりしてきた。

【ピアノ】

幼児期の菅野が親戚の家のピアノから離れなかったため、親が買いあたえるに至った。菅野の親は菅野をピアノの先生にさせたかったらしく、小さいころに中学生向けクラスに入れ、作曲の勉強をさせた。たいがいの曲は初見で弾けるし、一回聴いた曲もだいたい弾ける。小学校のとき弾くのが好きだったのはドビュッシーやラヴェルといったフランスの作曲家たち。あるとき、ジャズ系のピアニストが「つぶやく」ように弾くのを聴いて感化され、はねまわる指をなだめすかして動かないようにしつけたため、昔より指がまわらなくなったらしい。

「家にピアノはない」と語っていた時期もあったが(「CM NOW」九三年一一~一二月号)、のちのインタビューでは思いついた曲を楽譜に落とすために「家でピアノの前に座る」と言っている。『Songs to lfy』発売時のインタビューでは「高度なテクニックがなくても、みんなが弾けるようなピアノだけの曲をつくってみたい」と答えている。BOSENDORFERのグランドピアノの包容力があるサウンドと、途中で遊びのあるような鍵盤のレスポンスが好き。

【ビートルズ】

ビートルズ楽曲はアレンジすると権利者による審査があるが、その判断が非常に厳しいことで有名。しかし菅野はすべて一発OK。代表的なものはNTT docomoのCMソングとしてつくられた「All you need is love」。

【ファンタジー】

『世界の民話二〇〇』という分厚い本をこどものころ繰りかえし読んだが、大きくてかなわないもの(たとえば竜)にも、ちいさくてくだらないもの(たとえばおしゃべりするかえる、穴のあいた手袋)にもなれない中途はんぱな「人間」であることに気づき、一〇歳になるまえにファンタジーが嫌いになった。それが解消されたのは萩原規子『西の善き魔女』を読んだとき。同シリーズの中公文庫版八巻巻末では「ブルグミュラー二五番」と題した解説を菅野が執筆している。

【普遍】

くだらないもの、きたないもの、俗っぽいもののなかにある神聖さや普遍、そうしたバランスがとれている作品が好き。敷居の低い、通俗きわまるものが爆発的に「普遍」に昇華される瞬間、真理に触れた気にさせるものがあるという。

【フューチャーブルースFUTURE BLUES】

シートベルツが「解散するまでの最後の七日間」を題材とした、永石勝監督による短編映画とPVを収録したDVD(しかし「最後の七日間」のはずが映画パートではシートベルツのメンバーは菅野以外は出てこない)。〇一年発売。サントラのジャケットを永石に依頼したところ、打ち合わせで菅野が永石のことを気に入り、なし崩し的に撮影も頼むことに。タイ撮影にきまった理由は「シートベルツはとにかくフューチャーで、火星の荒涼した感じか、アジアのごちゃまぜみたいな感じがいいと思った」(『PU』〇一年一〇月号)からで、「荒涼とした」ロスでの撮影が断念されたため。

 もともと「フューチャーブルース」ということばは『カウボーイビバップ 天国の扉』の音楽を形容して出てきたもの。渡辺信一郎は同作を「スペース・カントリー」と言ったが、菅野は「スペーシーかもしれないけど、でもソウルっていうか、ブルースっていうか…」と制作時のインタビュー(「NT」〇一年七月号)で発言、それを受けたインタビュアーの古川耕が「"フューチャーブルース"とか?」と口にしたところ菅野が「採用!」と言い、以後、使用されることに。

【ブラスバンド】

中学、高校時代はブラスバンド部。担当楽器はいちおうオーボエだったが、楽器は軒並みいじっていた。ブラバン用の編曲にかっこいいもの、演奏して楽しいものがなかったため、自分でロッド・スチュアートの曲や『ルパン3世』のテーマ、校歌をブラス・アレンジしていた。

【ブルガリアン・ポリフォニー】

『マクロスプラス』にはブルガリアン・ポリフォニーのような歌がある。これは「雲の上に出たときのきもち」をイメージして、たまたまああいう歌い方をやってみただけで、菅野はブルガリアふうであることを意識してさえいなかった(渡辺信一郎もとくにオーダーしていなかった)。その後『Song s to fly』ではブルガリア人と組んでいる。「本物を聞いたら…ただの合唱だった(笑)」(『ミュージック・マガジン』九八年六月号)。

【プレイヤーよりコンポーザー】

プレイするよりつくるのが好き。つくった曲を演奏者にもリスナーや観客(サントラの場合)にも楽しんでもらえるように工夫するのが好き。

【ブレンパワード】

富野由悠季監督。九八年放映。自然災害で荒廃した近未来の地球を舞台に、海底から浮上した遺跡オルファンとともに宇宙へ飛び出そうとするリクレイマーたちと、それを阻止しようとするサバイバル艦ノヴィス・ノアのクルーたちを描く。『ブレン』サントラ制作時にサンプルとしてあげられたものは『ブレードランナー』。しかし菅野に言わせれば、同作のサントラは単体で聴くと「寝てしまう」ため、そのせつなさを参考にしたうえでロックっぽくした、とのこと。菅野によると当時の富野は音楽が映像を助けるなどとは考えておらず、セリフですべて説明すればいいと考えていたふしがあり、あまりうまくいかなかったと言っている。また、富野から渡された「オーガニックなものの中に内在する~」といった類いのメニューの解釈に戸惑い、一〇話をすぎるころまで試行錯誤だった。

【プロデュース】

先入観にとらわれず、人間の本質や内面を瞬間的に見抜くという意味で「プロデュースってスタイリストの仕事に似ている」(「CDジャーナル」〇三年六月号)。アーティストのことばにできない感情を真綿でやさしくつつくながら抽出したい、"情"をスッと取り出す作業をしたい、という。

【文学】

思春期のころは音楽より文学への関心が強く、文筆家を志していた(菅野によれば、一三歳から二〇歳までは作曲をほとんどしていない)。小三(『CNT』での松本隆との対談では、小四とも言っている)の読書感想文で三島由紀夫の『憂国』について書き教師にしかられた(三島は文章をノートに書き写していたほど好きだった)ほか、大江健三郎に憧れ、宮沢賢治は絶版のものまで探して読んだ(余談だが坂本真綾も『よだかの星』が愛読書)。そのため音大ではなく早稲田大学文学部へ進学、しかしすぐバンドサークルに加入したため一週間しか大学に行っていない。ペン一本でひとのきもちを操れるとさえ思っていたが、大学受験生用の小論文添削をしていたさい、「私にはこういうものは書けない」と思わせる書き手二人に出会い、テクニック以前にやるべきことがあると気づき、物書きの道を諦めた。

【並行五度】

かつて作曲理論では二つの声部が連続して一度、五度、八度で並進行する並行(平行)は禁則になっていたが(初期の宗教音楽では協和音程。またポピュラー音楽をはじめ現在ではよく使われている)、菅野はこどものころに「やってはダメ」と叱られるとそれが染みついてやらなくなるが、しかしそういう「並行五度はダメ」と言うことこそダメではないか、と語っている。

【平熱】

体温が高く、平熱で三七度くらいある。そのため身体を冷やすトマトやスイカなど水っぽい野菜や果物が好き。なかでもさくらんぼは収穫期の六月にはそれしか食べたくなくなるほどの大好物。

【ベスト】

ベスト盤や「集大成」みたいなものは一生出したくない。シートベルツの三枚組『スペース バイオチャージ』も本人的にはベスト盤という位置づけではない。もっとも、〇四年に『ビバップ』のサントラベスト盤はリリースされている(『Tank!THE!BEST!』)。ただし聴きかえして「いらねえ、ここ」という部分があった曲を短くしたりしたディレクターズ・カット版(?)である。

【ヘヴィメタル】

『ビバップ』#7「ヘヴィ・メタル・クイーン」用にはじめてメタルを作曲。「Live in Baghdad」というタイトルは「バグダッドでヘヴィメタやったらあんな感じかな」「ターバン巻いてるひとが、五万人ぐらいのコロシアムで「うわー!」って盛り上がっているのを想像して」(『カウボーイビバップ5.1ch DVD BOX』ブックレット)ということらしいがアラブテイストは皆無。

【保刈久明】

音楽家。『ガサラギ』OP曲「MESSAGE#9」や新居昭乃のプロデュースでも知られる。『創聖のアクエリオン』を菅野と担当。菅野いわく「幼なじみ」。色っぽいシーンでは保刈の曲が使われているが、保刈が細くて顔色が白い「日陰にいる植物のような」ギタリストで菅野が知るかぎり「一番エロ度が低い」ひとのため、菅野は『アクエリオン』の色っぽいシーンを観ると笑ってしまう。

【保存】

性格がおおらかなので、デモテープや譜面、録音した音源をほとんど保存していない。サントラCDにはアニメで使われた曲がすべて収録されているわけではないため、音源自体は散逸してしまってアニメでしか聴けないもの、アニメですら聴けない未使用楽曲が無数にある。

【掘り出す】

「自分の音楽性っていうものは全然なくて、作品が最初から音を持っていると感じています。それをただ、掘り出してるみたいな感覚」(『アニソンマガジン』vol.2)

【前に出る】

人前に出ること、バンドのフロントマンとして立つことがもともとは苦手(オケの指揮はフロントではないという認識)。DVD『FUTURE BLUES』でジャケに登場したほか、短編映画に出演したときに肝がすわったらしい。

【マクロスプラス】

河森正治総監督。渡辺信一郎監督。九四年~九五年発売。九五年、劇場版アニメ『マクロスプラス MOVIE EDITION』公開。次期主力戦闘機のテストパイロットに選ばれたイサムとガルドはかつて親友同士だったが、いまや憎しみをぶつけあう関係。そして女性プロデューサーのミュンをめぐって三角関係が……。初代『マクロス』は歌のパワーで宇宙戦争が終結に導かれたが、『マクロスプラス』では歌のパワーが暴走し、マインドコントロール的な力をもった場合に何がおこるのかを描いた。劇場版パンフレットで河森正治は「現実にCMソングってそういうものがあるじゃないですか」と語っているが、まさに菅野は紹介の紹介でCM音楽をサンプルとして渡していた。そのとき菅野はアニメに興味がないどころかかっこ悪い仕事だと思っていた(ただし劇場版パンフでは「アニメや映画の音楽をやりたかった」とも語っている)。が、シナリオと設定を読み、未来に誕生した史上初のヴァーチャルアイドル、銀河チャートを席巻する「洗脳」ソングを歌う、年齢や容姿はもちろん歌声さえ不定なシャロン・アップルの曲を書ける、つまりシャロンをプロデュースできることに興味をもったため引きうけた。渡辺信一郎は初代『マクロス』との差別化を強調するため歌謡曲調のものは避けたいと考えていたが、それにしても想像していたものとまったく違うイメージの曲があがってきたため、映像にフィードバックさせた部分も大きかった(本作は音楽先行でつくられ、しかも渡辺や河森は菅野にほとんど指示を与えていない)。菅野は宗教的なものとマイケル・ジャクソンのような黄金のポップスの二つを柱として「SANTI-U」や新居昭乃の歌う「Idol Talk」、を作った。なお選曲は河森、渡辺、音響監督の三間雅文の三人で行われている。菅野は完成試写を観たときに、飛行シーンなどが想像していたものより物足りなく感じ(戦闘機が二機ではなくもっとたくさん描かれると思っていた)、終わった瞬間スタッフを前に「ひっどーい」と漏らし、怒った。とはいえ、ディズニー好きで映像と音楽が合ったときの快感を追求していた菅野は、シャロン用に書いた曲に合わせてつくられたパートを気に入り、「この仕事はいいかも」と思いはじめたことがのちにアニメサントラを多数手がけることのきっかけとなっている。「洗脳」をテーマにした作品で「そういう音」を求められたため、聴いていると頭がぼんやりするように仕上げた曲があったが、その曲を聴くと自殺したくなるという手紙をもらったことや、アメリカで戦闘機乗りに『マクロスプラス』を観て空軍に入ったんです! と言われたことがある。また、オーケストラのことはよく知らなかったが設定を読んで「砂漠だしイスラエルなんかいいんじゃないの」と適当に言ったらイスラエル・フィルと仕事をすることに。これが初のオーケストラ仕事である。本作以降、アニメサントラの潮流が変わったとしばしば指摘されている。

【マクロスF(マクロスFRONTIER)】

河森正治総監督、菊地康仁監督。〇八年放映。『マクロス』生誕二五周年作品。〇九年一一月二一日より劇場版アニメ『マクロスF 虚空歌姫~イツワリノウタヒメ~』公開予定。銀河チャートを席巻する歌姫シェリル・ノームと彼女に憧れるランカ・リー、そして空に焦がれる早乙女アルトの三角関係と、とつじょ現れた謎の存在ヴァジュラと人類との戦いとを描く超時空ロボットアニメ。河森とは『アクエリオン』で組んだばかりだったので「しばらく間をあけてから組もう」という暗黙の了解があったが、とはいえ河森としては「意識と無意識が一緒に流れているような感覚」が欲しかったため、菅野に数曲お願いできればと思いオファー。演歌もあると聞いた菅野は「少なくともそれは私がやる!」と思い、脚本を読んだところ「これ、全部やる!」ということに。菅野は音楽監督のみならずシェリルとランカというふたりの歌姫のプロデュース、キャラクター設定にも関わったらしい。シェリルはマドンナのような、はじめはバカっぽい衣装でデビューするも徐々に思想を深めアーティストとしての地位を確立していくイメージ、ランカは松田聖子のような一昔前のアイドルのイメージ(という流れで松本隆に作詞を依頼した)。

 菅野が目指したのは「フィジカルな音」。〇七年末放映のTVスペシャル版で使われた「射手座☆午後九時Don't be late」や劇中に登場する中華料理店「娘々」のCMソング、演歌などから作りはじめた。「射手座~」はリスナーには親切ではないがかっこいいと思える曲をつくったところ、河森から「ちょっと頭が良すぎる」と言われ作りなおした。また、劇伴は歌を引き立たせるため、抑えめにつくられた。

 河森が#02「ハード・チェイス」でランカが歌い、シェリルがそこに声をのせてくるシーンをつくったところ、レコーディングのときに菅野も手応えを感じ、以降、デュエット曲が次々と送られてくることに。#20「ダイアモンド・クレバス」ではシナリオを読んだ菅野が同名曲をリアレンジしたほか、河森も「一年後にこの曲を歌っても、もう彼女たちの一八歳の曲じゃないんだ」という菅野のことばをうけ、今しかできないことをしようと絵コンテや脚本を直す(直してもらう)ことにも発展。

 リリースしたCDはいずれもオリコン上位にランクイン。またランカ・リーを演じる中島愛とシェリル・ノームの歌パートを担当するMay'nによる「マクロスF超時空スーパーライブ 「デビュー! ランカ・リーwithシェリル・ノーム」、「ギャラクシーツアーFINAL」はいずれもチケットは瞬殺、超満員のコンサートとなった(菅野は「カンノヨーコ」名義で参加)。

【松本隆】

四九年生まれ。はっぴいえんどのドラマーを経て、作詞家に。菅野が中学生のころ、兄が自作スピーカーで松田聖子のレコードを繰りかえし聴いていたため、菅野も「裸足の季節」や「瑠璃色の地球」を聴いていた(プロデビュー以前の数少ない歌謡曲体験)。その松田聖子のプロデュースを手がけていたのが松本である。松本は初代のころから『マクロス』に参加したいと思っていた(『マクロス』以外では飯島真理の作詞も手がけた)が、『マクロスF』でランカ・リー=中島愛に提供した「星間飛行」でようやく実現。菅野はランカを「プロの大人たちが作り上げるアイドル」というイメージを欲していたため、歌謡曲のトップ作詞家である松本にオファー(もっとも、歌謡曲について疎かったので構想段階で周囲に何人か著名な作詞家をピックアップしてもらったなかから考えている)。松本は菅野との打ち合わせで開口一番「僕は書いた歌詞を直さないから」と言ったという逸話がある。「いままで数え切れないほどの作曲家と仕事してきたけど、詞先で満足のいく仕事を返してきたのは、菅野よう子で五人目。しかも作家として、すごく俺と似ていると思う」(「CNT」vol.46)

【窓際】

飛行機に乗るときは窓際、と決まっている。

【南雅彦】

六一年生まれ。八四年サンライズ入社。制作進行、制作デスクを経てプロデューサー。九八年、BONES設立。『天空のエスカフローネ』『カウボーイビバップ』『WOLF'S RAIN』など菅野が担当したアニメ作品のプロデュースを多数手がけている。

【民族音楽】

民族音楽や民謡、土着の音や暑苦しいものはあまり好きではないし意識的に聴こうとも思っていない。ただ作品に「違和感」をもとめるために民族楽器を使用するので「民族系」にくくられることがある。

【耳】

「聴力」という意味での「耳」は悪い。左耳を中耳炎で手術したことがある。

【名義】

仕事上の名前がいくつかあるが、印税を受け取るために登録できる名前は二つだけ。違う名前を使うには前のものを捨てなければいけない。自分の名前に飽きているから「古い名前を捨てようかな」と「NT」〇二年一月号で語っていた。

【May'n】

八九年うまれ。シンガー。〇五年メジャーデビュー。〇八年、『マクロスF』の"銀河の妖精"シェリル・ノームの「歌パート」を担当。同年、シングル「ダイアモンド・クレバス/射手座☆午後九時Don't be late」がオリコン三位にランクイン。菅野から初めて曲を与えられたとき、キーが高すぎて声が出せないと思ったものの「一回出してみて! 出るから!」と言われ挑戦してみると、出た。これはMay'nにとっては衝撃だったが、以降も限界以上を求める難曲が次々と与えられることになった。なお「射手座☆午後九時Don't be late」は菅野が『マクロスF』のためにつくった最初の曲だが、完成した時点では歌うひとが決まっておらず、菅野がMay'nが歌うことを前提に曲を書いたのは(発売直後に秋葉原で完売した)「ダイアモンド・クレバス」が初。シェリルは詞も曲も自分で書いているという設定なので、菅野はMay'nが作っているかのごとく、彼女と一体化するように心がけた。May'nは「毎回レコーディングを終えると、「難しいのつくったから今回は絶対歌えないと思ったのに~!」と笑顔で言う菅野さん(笑)そんなどえすとこが大好きです♪」(「NT」〇九年六月号)と語っている。菅野は彼女の魅力を「泣き声を聞いてくれなきゃ寂しくて死んじゃうような切実さが、歌声に含まれているところ」(『AM』〇八年七月号)としている。菅野はミニアルバム『メイン☆ストリート』(〇九年)にもパーティチューン「May'n Space」を提供している。

【森本晃司】

五九年生まれ。アニメーター、アニメーション監督。STUDIO 4℃所属。『マクロスプラス』のシャロン・アップルのコンサートシーンは森本が作画した。劇場用オムニバスアニメ『MEMORIES』の「彼女の想いで MAGNETIC ROSE」(九五年)を監督したさい、オペラの編曲が必要だったため菅野にオファー。このときはじめて顔合わせをする。チェコフィルを前にテキパキと師事をだす菅野の「作曲家の顔」を目撃。その後『音響生命体ノイズマン』(九七年)では菅野に「まったく聴いたことのないような音楽をつくってほしい」と発注。その時点でフィルムがすべてできあがっていたため、菅野は十数分の作品全部切れ目なしのミュージックビデオのようなものにするつもりで全一曲を作曲。同じリズムを繰りかえすのがきらいな菅野らしい、一小節ごとにリズムを変えるという非テクノ的なテクノ(?)となった。その後、アニメ『鉄コン筋クリート』パイロットフィルムで劇伴を、オムニバスアニメ『Genius PartyBEYOND』で森本が監督した「次元爆弾」(〇八年)では、音楽を担当したジュノ・リアクターの曲に勝てる声を求めて菅野に声優としてオファー(森本いわく、同作は菅野よう子への「ラブレター」)。台本では「夏が好きなのよ、夏」と書いてあったが菅野は「冬が好きなのよ、冬」に改変したほか、同作でキーワードとなった「アイスクリームの天ぷら」というセリフなどアドリブを爆発させた。森本は「七夕ソニック」に寄せたメッセージで菅野のことを「音の子供」と表している。

【薮原正史】

エンジニア。フィッシュマンズやコーザ・ノストラ、ROUND TABLE、LITTLE CREATURES、窪田晴男を手がける。ダブで有名。菅野は「そういう人にクラシックっぽい曲とかやらせるのがおもしろいんだよね」と語っている。菅野との仕事は九三年ころから。坂本真綾のアルバムもファーストから『少年アリス』まで手がけており、娘の名前は坂本が考えたものを薮原が採用。

【山根麻以(山根麻衣)】

五八年。シンガー。八〇年、1stアルバム『たそがれ』リリース。〇一年に「山根麻衣」から「山根麻以」に改名。「ヒーリングミュージック」ならぬ「アウェイクニングミュージック」の実践者。『マクロスプラス』の「After in the dark」以来、スティーヴ・コンテとともに菅野曲のハスキーボイス・サイド、パワフルな歌ものには欠かせない存在である。「(あ~、この人には重力が働いてないんだ~)で、一目ぼれ」(「七夕ソニック」パンフ)。過去三回のシートベルツのライブにはいずれも参加しており、DVD『FUTURE BLUES』でも『ビバップ』ED曲「The Real Folk Blues」などを熱唱する姿が観られる。

【夢】

外国のオーケストラを前に、指揮台でスコアをひろげたら真っ白、という夢をよく見る。『S.A.C』のアフレコ現場に行ったら「タチコマの声をあててくれ」と頼まれるも数学的な専門用語がいっぱいでうなされて目が醒める、という夢をみたことも(菅野いわく、そのときホテルの隣の部屋で坂本真綾が寝ていたので、声優である彼女の夢が侵入してきた)。

【ラブストーリー】

ラブストーリーの音楽を長年つくりたいと思っていたが、なかなかオファーがなく映画『阿修羅城の瞳』でようやく実現。しかし『エスカフローネ』では戦争シーンや獣人族のパートなどを菅野が、恋愛関係を溝口肇が担当しており、さらに「AM」九六年三月号のインタビューでは菅野は「恋の部分は『ようわからんわ』という理由で溝口にまかせたと語っている(「NT」〇〇年六月号では、戦闘シーンの音楽を書くのは報われないし、好きじゃない、とも)。なお、ほかになかなか話が来ないがつくってみたいジャンルとして動物ものとこども向けアニメがある。

【リサーチ】

CM音楽制作では企画が立ち上がってから撮影済みの絵に音楽を当てて納品するまで二週間、というスピード感が好きだった菅野だが、〇〇年代以降、CM制作には音楽のある/なし、商品カットのながい/短いなどいくつか試作品を用意して道行くひとに見てもらい、感想を反映させたうえで進行する「リサーチ」が導入されるようになった。この流れができてからCMクリエイターは勘で走ることがしづらくなり、作り手のレベルや勢いが落ちたと菅野は感じている。リサーチはプレゼントする相手に何が好きかを細かく聞くようなヤボのきわみ、プロなら相手が欲しそうなものを察してサッと差し出すもの、というのが持論。

【リズム】

クラシック音楽畑で育ち、ポップスやロックをほとんど聴かなかった菅野は、バンドを手伝うようになるまで音色や響きのほかに「ノリ」が存在することをそれまで意識しなかった。そのため仕事で音楽をやるようになってからは注意してリズム、ビートを聴くようになった。だが〇〇年の段階で「リズムでおしゃべりできるようになるには、あと三〇年かかる」と自己認識している。アフロ・ポリリズムの探求者である今堀恒雄をはじめ、菅野が技巧派のバンドマンと組むのはこの弱点の自覚に由来すると思われる。

【リミックス】

場合によっては会ったことも話したこともない相手に音源を送り、作業してもらって返送、依頼した側は「聴いて面白ければレコードに入れる」、依頼された側は「こういうの面白いんじゃないの」くらいの気合いの入れ方で進行する(と菅野が考えている)リミックス仕事は嫌い。

【理由もなく惹かれる】

靴とズボンのあいだからチラチラ見える黄色いくつした、動物のおしりの穴、においをかぐこと、水っぽいもの(ただし自分は泳げない)といったものに理由もなく惹かれる。

【ルディ・ヴァン・ゲルダー】

二四年生まれ。ジャズ史における最重要レコーディング・エンジニアのひとり。『ビバップ』劇判制作時に菅野が「NYで一番ジャズの音を作る人は誰か?」と周囲に尋ねたところジョン・コルトレーンやマイルス・デイヴィスとの仕事で知られるヴァン・ゲルダーの名が挙がったため、オファー。「Odd Ones.」など『ビバップ』のスタンダードなジャズナンバーはすべてRVGスタジオで録音された。結果、中音域のハイファイ感を抑え、ボトムとハイの分離がきれいな仕上がりに。リハやサウンド・チェックをせずに譜面をみながらコーヒーを呑んだり和気藹々としゃべっていたスタジオの人間たちがレコーディングがはじまると一変し、音を聴きながらリヴァーブをめいっぱいかけたり、EQをいじったり思いっきりパンニングしたりするゲルダーの仕事ぶりに菅野は驚いた。取材はお断り、写真も嫌いで一枚もないという伝説の人物だが、菅野によれば最初は頑固親父といった印象だったものの、レコーディングしているうちに打ち解け、菅野のカメラを触りだしたため撮ってあげたりした。

【ワーカホリック】

ほぼ毎日作曲し、仕事量は自分でも多すぎると思うほど。全部に一生懸命になる「尽くす」

タイプ。いつも何か足りない、もっとよくできる気がして延々とつくる。果てしなくやらせてくれるならば最高のものをつくることができる、という「無意味な万能感」がある。

【若林和弘】

六四年生まれ。音響監督。TVシリーズのBGMはあらかじめ使うシーンをイメージしてつくられた楽曲を音響監督が編集して映像にあてはめていくが、菅野は若林の手腕に全幅の信頼を置き、『攻殻機動隊S.A.C』では菅野が神山健次に対して若林を指名した。若林は菅野をスイッチのオン/オフがはっきりしてるシャープなひとと語り、また菅野の音楽を玉手箱にたとえ、中から何が飛び出てくるかを待つしかない、と言っている。菅野いわく、若林の音楽メニューは全体の流れにおいてここがポイントだから押さえる、とかここで盛り上げる、という地図がしっかりしている。またそのうえで詩的な文章、「そそる」文章が添えてある(「愛だろう、愛」など)。なお、『エスカフローネ』で(赤根監督の意向を汲みつつ)坂本真綾を声優として起用したのは若林である。

【わがまま】

なかばありえないことを知りつつ、仕事を受けるときに「五千万円ないとできません」など最初にわがままを言ったりする。それでもビビらないひととでないと仕事ができない。しかし結局、演奏メンバーをたくさん呼んだり、ジャケットを凝ったりしているうちにほとんどノーギャラ、あるいは持ち出しになることもよくある。

【渡辺信一郎】

六五年生まれ。アニメーション監督。愛称はナベシン。サンライズで制作進行を経て、演出家に。サンライズの同期に赤根和樹。監督をつとめた『マクロスプラス』で、CM音楽を中心とした菅野のデモテープを聴き、採用(このとき河森は「ちょっと可愛らしいし、戦闘シーンの音楽とか無理じゃないの」と言っていたが、渡辺が推した)。途中からは菅野の曲をイメージしてシーンを考えたほど気に入る。サントラに触発されて作品にフィードバックしたのは菅野音楽が初めて。初対面のとき、菅野はロールケーキをまるまる一本かかえてバクバクちぎって食べながら打ち合わせをし、終わるころには食べ終わっていた。全曲自分で選曲するようになったのは『ビバップ』以降。菅野は渡辺について、ほとんどのアニメ監督は音楽の当て方が一色にきまるが、渡辺の場合はCMの当て方に近く、ハッキリしないギリギリのところを狙ってくる、と語り、「無意味な音とかコラージュ的な音楽に意味をもたせたりとか、そこから触発されて映像をつくっていったりするセンスがすごい」として、『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリックに近いものがあるとさえ語っている(『NT』九九年四月号)。逆に渡辺によれば「菅野さんはこちらの発注通りには曲を作らない人です。(略)菅野さんは暴れ馬なんですよ。決してゴールまでまっ直ぐ走ってくれない。でもめちゃめちゃ足の速い馬で、さんざん脱線してコースを飛び出したりしても、ゴールしてみたら一着だったって感じですか」とのこと(『AM』九八年二月号)。『ルパン三世』1stTVシリーズの初期演出を担当したおおすみ正秋との対談では「山下(引用者注、毅雄)さんのつくる劇伴(BGM)は劇伴になっていないんですよ(笑)。(中略)劇伴として不的確だったからこそ、使い方を変えざるを得なかった」というおおすみの発言に「よくわかる話です」と答えている(「NT」九九年一一月号)。菅野とのふたたびの仕事が望まれるが「この作品は菅野さんじゃないと、ってときが来たらまた頼もうと思ってるんですよね」(「CNT」vol.46)とのこと。

■主要参考文献

林原めぐみ『愛たくて逢いたくて…』

坂本真綾『アイディ。』

『朝日新聞』〇一年八月三一日夕刊

『アニソンマガジン』voll.2

『hm3』九八年夏、冬号、〇四年二月号

『オトナアニメ』vol.9

『COWBOY BEBOP THE AFTER』

『キーボード・マガジン』九九年八月号、〇一年五、九月号、〇八年三、九月号

『キネマ旬報』〇五年五月上旬号、〇七年一〇月上旬号

『月刊アニメージュ』九六・八月号、九八年二、五月号、九九年八、一〇月号、〇〇年一月号、〇二年一二月号、〇四年二月号、〇六年一月号、〇七年八、一〇月号、〇八年四、五、七月号、〇九年二月号

『月刊アニメディア』九九年九月号

『月刊ニュータイプ』九八年二、一一月号、九九年一月号~〇六年三月号、〇七年八月号、〇八年二、五、七、八月号、〇九年二、六、月号

『攻殻機動隊S.A.C PRODUCTION NOTE』

『広告批評』〇二年五月号

『CONTINUE』vol.39、vol.46

『CM NOW』九三年一一・一二月号、九七年一二月号、〇八年九月号

『CDジャーナル』〇一年九月号、〇三年六月号、〇四年一月号、〇九年五月号

『Genius Party BEYOND』(公式ムック)

『下妻物語』映画パンフレット

『STUDIO VOICE』〇一年九月号

『SPA!』九九年一二月一五日号

『声優グランプリ』〇一年一、四月号、〇二年二~三月号

富野由悠季『∀の癒し』

「超時空七夕ソニック」パンフレット

『天空のエスカフローネ メモリアルコレクション』

『天空のエスカフローネ MEMORY OF GAEA』

『富野由悠季全仕事』

『西の善き魔女VIII』中公文庫版

『日経エンタテインメント』〇八年一一月号

『ピクトアップ』九九年八月号、〇〇年二月号、〇一年一〇月号、〇五年一二月号、

『ブレーン』〇一年一一月号』

『編曲の本』

『マクロスALL SONG BOOK』

『マクロスF OFFICIAL FAN BOOK』

『マクロスF 2059:MEMORIES』

『ミュージック・マガジン』九八年六月号、〇一年五月号、〇九年七月号

『RECOLLECTION OF COWBOY BEBOP』(『カウボーイビバップ5.1ch DVD BOX』ブックレット)

そのほか、各作品、アーティスト、クリエイターの公式ページ、および菅野よう子さんの発言を中心に、インターネット上のたくさんのサイトを参考にさせていただきました。

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マーケティング的視点と批評的観点からウェブ文化や出版産業、マンガ、アニメ等について取材&調査して解説。単著『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ』『ウェブ小説の衝撃』。現代ビジネス、リアルサウンドブック、新文化などに寄稿。単行本構成仕事なども。グロービスMBA